第11話 パソコンが苦手?
昼間だというのに、薄暗いままの室内にはモニターの明りのみが灯っていた。ノートパソコンから洩れる毒々しい光を、顔を寄せ合うように覗き込むのは
パソコンから離れた場所でポツリ、ポツリと箸を口に運びながらも、久咲の表情は冴えない。この暗い部屋で弁当を食べようというのだから、食が進まず当然だろう。
「明り、つけようか」
「ちょっと待てって、今いいところだから」
眞仁の提案は久志によって却下された。弟が言うんなら仕方がないと、眞仁も弁当に箸を伸ばす。力になれずごめんなさい。
昼休み、久咲の撮った写真を確認しようという趣旨である。何もこんなに薄暗い部屋で弁当を広げながら、心霊写真を探さなくてもいいのにな、と眞仁は少し残念に思った。
「これ顔じゃね? なあマヒっち」
「違うと思うよ」
「こりゃ、ただの汚れだな。シミュラクラ現象ってやつだ」
「しみくらくら?」
「大体それな」
一枚一枚を端から端まで、器用に箸を動かしながら眺めていく二人。しかし全ての写真を検証しても、幽霊らしき姿は発見できなかった。
眞仁が今度こそ許可なしに明りをつけると、久咲は途端に元気を取り戻す。
「ほら、幽霊なんていないじゃない」
「でもさ、智蔵もマヒっちも、幽霊を見たんだろ。写ってないのはむしろカメラマンとして失格じゃね」
適当なことを言って睨まれる久志。
「そもそも心霊写真なんて、全部作り物だと思うのよね」
意外にも根が怖がりだった久咲は、心霊写真の存在自体を信じたくないのだろう。写真を検証している間は、気が気じゃなかったに違いない。
彼女の言い分は脇に置いておくとしても、しかし眞仁の琴線に触れる写真は一枚も見当たらなかった。
心霊写真はいいといて、眞仁がもう一つ期待していたこと。幼い頃ペンションを訪れたという記憶だが、こちらも甘くはないようだ。確かに玄関などは見覚えがあるような気がする。しかし似たような扉など他にもありそうで、確証に至らない。
「まあ、久咲の写真に何も写っていないのはわかった。ところで眞仁、幽霊の方はどうだ」
ウインナーを頬張る智蔵太の質問に、眞仁は頷く。
「昨夜も幽霊が出たんだ。何か目的があって出てくるんだと思う。だからパソコンを通じて会話ができないものかと試してみたんだけど」
眞仁は昨夜の出来事を三人に伝えた。
「吾輩は猫である? 幽霊がそう言ったのか」
「言いたいことは別にあるんだろうけど。でも幽霊には害意がなくて、意思の疎通もできるんじゃないかと思ったんだけど、どうだろう」
顔を見合わせる成瀬姉弟。思ったほどには久咲も怖がる素振はない。眞仁もそうだが、相手に悪意がなく、コミュニケーション可能かもしれないということが大きいのだ。
会話が一切通じない、正体もわからない。そんな闇こそが恐ろしい。
「それって猫の幽霊なんじゃ」
わかった、と嬉しそうに言い放つ久志の後頭部を久咲が叩く。
「…もしかしてパソコンが苦手なんじゃないかしら。相手は女の子なのよ。小学生だって授業でやってるだろうけど、扱い方がまだわからないのかも」
「なーる、サキだって苦手だもんな」
それは予想外の意見だった。パソコンを使って会話しようという試みに無理があったのかもしれない。
「パソコンだからダメなのよ。昔から霊と会話をする方法なんて決まっているわ。コックリさんよ」
なるほど、コックリさんか。もちろん話には聞いたことがあるが、さて、どうやったら良いものか。
「成瀬さんはコックリさんをやったことがあるの?」
「久咲よ、眞仁くん」
え、と眞仁は戸惑う。名前で呼べと言うのだろうか。気後れする眞仁を気にもせずに久咲は続ける。
「私もそういうの詳しくないけれど、詳しい子を知っているわ。ルールは簡単じゃないかしら」
久咲が言うには、コックリさんはスマホアプリもあるという。眞仁だけなら至らないアイデアだろう。その知り合いに話を聞いて、一度試してみようという流れに纏まった。
「もう一つ気になることがあって」
眞仁は昨夜浩一から聞いた、ペンションが建つ前に同地で起こったという事件の存在を伝える。
「幽霊は女の子だけど、やっぱり事件の被害者とは違う気がするんだ。確証はないけれど、幽霊の正体は火事があったという事件の方の関係者なのかも」
「そうか、幽霊話の元はそのペンションが建つ前の、旅館だか何だかにあるってことだな。図書館に当たれば当時の記事くらいは出てくるか」
智蔵太はやる気だ。眞仁に迷惑をかけてしまった自覚があるだけ、今は取り戻そうという心持ちなのだろう。
「にしても、今日は幽霊屋敷のこと、誰にも聞かれなくて寂しかったぜ」
「良いことじゃない。何が不満なの?」
話さないと決心したのに無駄になった、と久志が嘆いた。
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