第27話 七つのお祝い
子供は神様のものだという祖父の言葉は、どうにも不可解で。意味を
「ああ。七五三の行事についてだが、その由来には様々な説がある。なぜ七五三をするのか、どうしてこの歳なのか。一般的には成長に伴って髪を生やしたり、袴を着用したりする年齢を祝ういうことになっているが、なぜその年齢を祝うのか、という説明にはなっていない。道教的な解釈から導いて、奇数は縁起が良いからなんて話もある。でもその実は、昔の医療技術の問題だ」
「医療…」
コックリさんの話のはずが、急に七五三について重幸は語り始めた。
「日本に限らず、かつて子供たちの成長は簡単なことじゃなかった。様々な病気や事故の中、無事成長するかどうかは神のみぞ知る事だったんだ。だから七つまでは神のうち、なんて言葉もある。七歳まではいつ亡くなっても不思議ではなく、亡くなった場合でも神様の下へと帰ると考えれば諦めが付きやすい。難しい話を抜きに、三歳五歳七歳と、子供が無事に成長したご報告こそが七五三だよ」
確かに体が成長していない子供は細菌やウイルスにも弱い。現代のように軽々しく医者に見せることができなければ、死亡率も高かったろう。それはわかるが。
「逆に言うと、つまり七歳までは人間ではなく、神様のものだ。眞仁じゃないが、お前も聞くだろう。子供が幽霊を見たり、前世を思い出したりする話を」
「う、うん。そうだね…」
環奈も時々、何か不思議なものを見ている気がする。しかしそれを口に出すことは、本人を前にして憚られた。直接聞くのが怖かったのかもしれない。
「つまり人間よりも
そうか。子供が神楽を舞うのは、姿が可愛いからではなくて、人よりも神に近い存在だから適任だということだ。
神隠しにしても、本当の理由はいろいろと考えられる。事故も、犯罪も、間引きだってあっただろう。それでも神様に呼ばれて帰ったと考えるならば、気持ちの切り替えは可能だったかもしれない。
「そこでコックリさんだが、さっきも言った通りに儂には事実かどうかわからん。でももし、幼い子供が御霊を引き寄せたりしたら、巫女でなくてもどうなるかわかったもんじゃないからな」
「だから七歳を超えるまでは、環奈を遠ざけるってことだね。今年が七五三だっけ」
「数えでは七歳になるから、その通りだ」
「環奈もコックリさん…」
コックリさんの言葉に三度反応する環奈。そろそろ泣き声になっている。しかしこうして理由を聞いてしまった以上、眞仁は確信にも近いものを得る。ただでさえ何かを持っていると思われる環奈にとって、いかに危険かを。
「今は早いけど、もう少し大きくなったら、環奈もやっていいって」
「ホント、環奈もコックリさんできる?」
「うん。その時はお兄ちゃんと一緒にやろう」
「やったあ!」
一気に笑顔を咲かせる環奈。環奈の笑みに場の空気は一転する。
「眞仁くん、この写真は預る。幽霊の証言という訳にはいかないが、あたってみる価値はありそうだ。もちろん正式なルートには流せないが」
「うん。手掛かりになりそうなものを隠すのもどうかと思っただけだから。ところで捜査の方は?」
この機会にとばかりに、眞仁は捜査情報を手に入れたいと考えた。おとり作戦にも有用かもしれない。
「…被害者が襲われたのは学校からの帰り道だ。当日の彼女の目撃証言は多い。雨の中、傘を差さずに一人で歩いていたから目立ったんだろうな。比べて被疑者に繋がるような目撃例が何も出ない」
「あの場所が通学路だったってことだよね。犯人は愛結ちゃんを知っていたのかな」
「そこなんだが、彼女は携帯を持っていてネットも頻繁に覗いていたが、特定の誰かと連絡を取っていた様子はないんだ。偶然路上で犯人に遭遇したのかもしれん」
「偶然… 犯人があの子を知っていた可能性はないの?」
「そういう人物の証言が出ないんだ。しかし彼女はその、少しいじめられっ子だったようだ。仲の良い友達もなくて普段から一人で行動することが多かったらしい。誰も知らない人物と会っていた可能性は否定できんな」
知り合いだったとしても、偶然にしても、殺されたことには変わらない。でも子供が命を失うような偶然なんてやり切れない。
「例えば、近所に住む人が犯人だとしたら、誰も知らなかった可能性はあるよね」
「もちろんそうだ。偶然だとしてもあの道は土地勘のある人間でしか利用しない。だから団地の住人を中心に聞き込みを行っている」
やはり警察も近隣に犯人がいると考えているのだろう。眞仁たちの素人考えも割と的を射ていたのかもしれない。
「あの道を使って通学する子は多い。実際に犯行時刻の前後にも子供が通っているんだ。雨で気づかれなかったとしても大胆すぎる。そう言えば、やじ馬に交じっていたと言ったな」
「うん。丁度テレビも来ていて… でも放送の時間にはもういなかったはず」
男を追いかけようとして報道の人間に止められたことを思い出す。テレビに映っていれば良かったのだが、男は事前に逃げたので可能性はないはずだ。
「放送前にもカメラを回してるかもしれん。当たってみよう」
「同じ犯人だって事はいいよね。どんな人物とかわかるものなの?」
「…そうだな、犯人は廃虚の地下室を知っていた。今回の事件では十分な土地勘を持っている。この辺りに住んでいる可能性が濃厚だ。物証も遺留品もほとんど出ないから、よほど注意深い性格をしているんだろう。その割には犯行が行き当たりばったりにも見えるのが腑に落ちないんだが…。子供にも容易に近づいているし、これは偶然かもしれんが目撃証言が出ない。外見上は何の変哲もない人間、正にこの写真の様な人間だろうな」
「それだけ?」
眞仁は少々鼻白んだ。実際の刑事からもう少し具体的な話が聞けるかと期待したのだ。しかし浩一はさして気にする素振りもなく笑顔を見せた。
「映画の様にはいかないさ。眞仁くんはFBIのプロファイリングをイメージしているんだろうが、そもそも日本の警察はやり方が違うからな」
「なぜ日本の警察は映画のようなプロファイリングをしないんだろう」
「そんなことはないぞ。日本でもプロファイリングは重要視されていて、むしろ日本のプロファイリング研究は世界的にも注目されているくらいだ。映画とかで見ているものとは手法が違うんだ」
「手法ってなに?」
「映画で描かれるのはFBI方式といって、実際の受刑者にインタビューを行って、得られた共通項を事件に当てはめる方式だ。こうした犯罪を犯す犯人は学歴が高い人だとか、猟奇殺人には白人が多いとか。犯罪の性質と犯人の特徴を、経験のある捜査官が結びつけるんだ。実際に成果もあるんだが、俗にいう『刑事の勘』というものとあまり違いはないんじゃないか。基礎となるデータも少ないし、加えて人種的な差異が多いから主流じゃないんだよ」
映画向きのプロファイリングだな、と浩一は言う。浩一の説明では名前の通り、FBIでしか採用されていないという。劇場型犯罪や猟奇犯罪には有効かもしれないが、そもそもアメリカとは犯罪の質が違う日本では採用できないらしい。
「日本のプロファイリングは少し違って、統計学を使って事件や犯人に見られる共通項を洗い出す。犯罪の性質と犯人の行動を数値化して予測するんだ。複数の事件の共通項を割り出したり、犯罪の傾向を分析したり。つまり犯罪予防に長けている。勘を培った歴戦の刑事だけでなく、経験が浅い刑事でも有用だと期待されているんだ。今回の事件の場合はFBIの方が有利かもしれないが、いずれにしてもデータが少なすぎる」
もっとデータが揃えばまた違う。浩一は言外にそう言っているが、それはつまり新しい被害者の誕生を意味する。それは阻止するべきものであり、今はプロファイリングが有効とされる段階ではないのだ。
刑事の仕事を少々甘く見ていたのかもしれない。眞仁は素直に反省した。
「まあ、眞仁くんの心配も最もさ。実際に犯人が野放しになっているわけで、ぶっちゃけ被疑者の目星もついちゃいない。でも前にも言ったが必ず犯人は警察が探し出して捕まえる」
眞仁も浩一を信頼しているし、警察の能力は疑っていない。しかし。
犯人には鬼が憑いている。悪鬼が背後に潜んでいるのだ。人間ではない鬼の思惑を勘案した場合、プロファイリングは――警察の能力はどれだけ通用するのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます