第20話 鬼と神の違い
「じいちゃん、前に鬼も神様と一緒だというようなことを言っていたと思うんだけれど、鬼について何か知っていたら教えてくれる?」
図らずも夕食に遅れて帰宅することとなった眞仁は、同じく帰宅が遅れていた
「おお、今度は鬼か」
「まだ何とも説明が出来ないんだけれど、気になって」
嬉しそうに目を細めた重幸は、そうだな、と丸い顎を撫でる。そして一つ頷くと、眞仁に質問を返してきた。
「眞仁はどう思う。鬼と神様の違いについて」
「鬼は恐ろしくて怖いものだと思うけど、悪い鬼ばかりではないし。神様よりも人間に近いイメージかな。いや、怨霊も元は人間なんだし、よくわからないよ」
「なるほどな。眞仁の中では区別はつかないというわけだ。それで正しいと思う。鬼も神様も言葉通りに同じものだからな」
え、と眞仁は訝しむ。どういうことだろう、鬼は神社に祀られていないと思うのだが。しかし眞仁の指摘を祖父は否定した。
「そんなことはないぞ。鬼を祀る神社もある。今でこそ鬼を主祭神としている神社は少ないが、そうだな。例えば
鬼を祀る神社、そんなものもあったのか。それならば鬼と神の違いは… ないではないか。
「一口に鬼といっても、鬼にはたくさんの意味があるだろう。死人や悪魔、超人に犯罪者。後世になるにつれ、たくさんの意味が付随したんだな。しかし鬼という漢字はな、もちろん中国から入ってきたんだが、亡くなった人を鬼籍に入ったと言うだろう。大陸では死んだ人の意味だ。忌むべき穢れの意味合いが、漢字に付随して入ってきたんだな。しかし文字が入る前から日本にもオニという言葉はあって、こちらは
「立場っていうのは?」
「天皇を中心とする中央政権、朝廷から見た場合の敵に対して、鬼という言葉を主に使ったんだ。朝廷に
朝廷に叛意ある者。それならば。
「えっと、じゃあ平将門や菅原道真は」
「怨霊も鬼と同じだ。実際、将門は鬼とも呼ばれて畏れられていた。怨霊と鬼と神様。この三者は根が同じものなんだよ。神様と鬼は古来から同様の概念で、特にまつろわぬ敵となりうるモノを鬼と呼ぶ。強い恨みと力を持った御霊を怨霊と呼ぶ。つまり元は朝廷にとっての鬼だ。そして鬼であれ怨霊であれ、祀れば等しく神となる」
「だから人間のように、悪い鬼と善い鬼がいる?」
「ふむ、難しい問題だな。光と影、内と外。鬼は実に様々なものを背負っているから。しかし一般的な鬼のイメージの場合は、仏教の影響が大きいんだよ。神道は元々、なんでも祀ってしまうような性質があると思うが、対して仏教はなんでも
そういうことか。童話の鬼は、仏教の鬼。鬼の正体にかかわらず、鬼は悪者でないといけない。だから退治されるということだろう。逆に言えば、仏教の教えさえ受ければ善い鬼となる。しかしそれ以前にもオニという存在はあって。
「一方、善いか悪いかは、やはり立ち位置の違いでもあるだろうな。自分たちに仇なす鬼は恐ろしいものだ。しかし鬼の庇護下にあるものにとっては善い存在でも不思議じゃないだろう」
「それはわかるけど、つまり自分たちに従わないものが鬼だっていうことだよね。少し可哀想な気がする」
「実に同じものだから、呼び名で区別するのは可哀想だな。…眞仁はゴジラを知っているだろう」
「怪獣映画の?」
「そう、そのゴジラ。一作目は少し違うんだが、ゴジラは概ね災害のメタファーだ。海から現れて街を破壊する」
眞仁は頷いた。なぜここでゴジラなのだろう。
「例えゴジラに破壊の意図がなくても、歩くだけで街は壊れるだろう。正に災害だ。しかしもう一匹怪獣が現れると、ゴジラは怪獣を排除しようと戦う。すると人間はゴジラを応援するんだ」
破壊の権化である怪獣の蹂躙は人類存亡の危機だ。それに対峙して戦うゴジラは…。
「ゴジラは戦いに勝利して海へと帰る。ゴジラこそが荒ぶる神であり、鬼だと考えるとわかりやすい」
以前見たハリウッド映画は、まさしくそんな感じのストーリーだった。眞仁は映画を思い出して納得した。映画でもゴジラのことを神だと表現していたはずだ。
「じゃあ、ゴジラが神様で…」
「そう、怪獣は台風や地震と同じく天災で、そこに善いも悪いもない。但し人が祈ることによって、そのパワーを味方にできるかもしれないんだ。そして怪獣をもって、怪獣を制する。神道を理解するのにはとても分かりやすい構図なんだな」
「神をもって、神を制するってこと?」
「同時にゴジラは鬼でもある。味方となれば神様で、敵対する場合は鬼とも言える」
なるほど、ゴジラは破壊をもたらす鬼として現れるが、更に危険な厄災から人類を守る神ともなる。その契機は人の祈りだ。神と鬼は容易に入れ替わる関係なのだろう。
ミヤコの言葉を信じるならば、あの殺人犯には鬼が憑いている。ファンタジーな存在のおかげで戸惑ってしまったが、殺人犯に憑いているものが幽霊だろうが悪魔だろうが、眞仁たちにとっては鬼そのものなのだ。
眞仁は思う。それがどんな存在であれ、理解が及ぶ事柄ならば悪戯に恐れることはないのだ。あまりにも危険であれば手を引くことも選択できるのだから。
ミヤコと改めて話をしなくてはいけない。彼女の言う鬼とは何者なのか。それによって何が起きているのかを。
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