第7話 作戦会議
眞仁が登校すると、教室にはいつもと違う空気が流れていた。
理由はすぐに判明する。休んでいた成瀬姉弟が登校していたのだ。人気のある二人は、それぞれが生徒たちに囲まれていた。
近場で起こった大きなニュースである。どこから伝え聞いたのか、遺体の発見者が誰か知っているのだろう。学校を休むほどショックを受けた二人だが、もう大丈夫なのだろうか。
成瀬久咲の表情はこわばっているように思う。一方、弟の久志を囲んでいるグループからは笑い声が漏れているから、あれは事件の話などしていないのだろう。
こうした彼らの輪に入ることなく、眞仁は自分の席についた。
昼休みになると、智蔵太が教室にやってきた。話があるからと成瀬姉弟を呼び出して、お前も来い、と眞仁も捕獲されてしまった。目的も聞けないうちに三人は生徒会室に連れ込まれた。
「この時間は生徒会室に用事があるヤツはいないからよ、貸し切った」
そういえば智蔵太は生徒会のメンバーだった。と言っても偉そうな役職についている訳ではなく、たまに借り出されて雑用をしていたはずだ。生徒会メンバーというよりは、生徒会の仲良しメンバーという雰囲気だったと思う。
「どしたの、智蔵」
「作戦会議よ!」
久志の疑問に答えたのは、したり顔の久咲だった。
え、何の? と久志と眞仁の声が重なる。
「さすが久咲だ、話が早いぜ。これより作戦会議を始める」
偉そうに宣言する智蔵太が、さっさと会議テーブル代わりの長机に着席した。当然のように久咲も智蔵太の正面に位置を取る。二人だけはわかり合っているらしい。両肘をテーブルに着け、組んだ手の甲に顎を乗せるポーズも同じだ。
「その前に説明を。智蔵くん、この場になぜ眞仁くんも呼んだのかしら?」
「それについては、まだ回答を差し控えたい。ただしこいつも関係者だからだと言っておく。よって気にする必要はないぜ、安心してくれ」
「そう。今後の私たちの動き次第、それもある程度道筋が立っているというわけね。手の平の上なのは悔しいけれどいいでしょう。何やってんの、二人共座って」
「一体何ゴッコが始まってるわけ?」
置いてけぼりの二人を無視した会話に脱力する久志だったが、久咲の気迫に押されて下座に着いた。話が飲み込めないままに眞仁も従う。そんな皆を見回して、改めて智蔵太は宣言した。
「さて、俺たちはすでに重大な事件に巻き込まれちまったと言っていい。今日二人も経験した通り、俺達に注がれる好奇な目は多い。いわば檻の中の猿だ。よって今後の対策を立てることが必要であり、そのためには密な情報交換が必須となる。ここまではいいか?」
猿かよ、猿ね、と成瀬姉弟。おおよそ概要は眞仁にも理解できた。事件が事件なだけに、心なく根掘り葉掘りを聴き出そうとする生徒もいるかもしれない。おそらくだが、智蔵太も昨日は散々囲まれていたのだろう。未だ何故この場に自分がいるのかはわからないが。
「わかっているとは思うが、余計な事は言うなと警察にも釘を刺されている。大丈夫だよな久志?」
「俺かよ」
名指しされた久志が嘆く。その心配は眞仁にも少しだけ理解できた。
「ニュースでは遺体の状況は言っていなかったわ。それは状況が酷いからというだけではなくて、事実を意図的に隠す場合があるの。犯人しか知らないはずの事実を捜査の決め手とするのね。わかる?」
「俺だってペラペラと喋ってないよ。今後も注意します」
「うん、よろしい」
なるほど、注意するのはやじ馬根性を発揮した生徒たちだけではなくて、マスコミ対策でもあるのか。眞仁の理解が進むようにか、智蔵太が説明する。
「一応な、マスコミなんかに追われることがないよう、浩一さんが俺たちの素性は隠してくれた。因みに浩一さん、こないだの刑事さんは眞仁の叔父さんだ。でもどこから漏れるかわからねえ。こんな事件で、俺たちはピチピチの高校生だ。特に久咲なんか奴らの大好物じゃねえか? どんな気分でしたか、悲しいですか、ってな」
マスコミも良識は持っているのだろうが、事件が長引けばどう出るかわからない。スクープを狙って追いかけ回されたり、果ては捜査の邪魔をしてしまうこともあるだろう。
考えてみれば、通報者が高校生であることは報道されているのだ。その気なら付近の高校生を何人か捕まえ、それがウチの生徒に当たればすぐにも特定される。しかし人の口に戸は立てられないから、これは心構えの問題だ。
「でもさ、割と大丈夫なんじゃね?」
しかし久志は楽観的だった。頭の後ろに手を組んでいる。
「いろいろ大きな事件たくさんあるじゃん。マスコミも俺達どころじゃないでしょ」
「それでも気をつけるのに越したことはないもの。私は智蔵くんに賛成よ」
「実際に取材に来るかどうかは知らねえよ。でも来たら煩わしいし、何より警察の邪魔だけはしたくない。情報が犯人を利する可能性もあるんだからな。俺達が黙っていれば皆すぐに興味をなくすだろ。久志もそのつもりでいてくれ」
この要請には久志も頷いた。それを確認すると、次は久咲の顔に目を止める。
「ところで久咲は、もう大丈夫なのか。眞仁も心配していたが」
何故自分をダシに使うのだろうかと思う眞仁だが、心配していたのは確かだ。
「それが大変だったんだよ、聞いてくれよ智蔵。こいつトイレに行けずに…」
「ちょっとうるさい久志! もう大丈夫よ。一日沈んで、復活したわ」
顔を赤くして久咲が慌てている。漏らしたなんてことはないと思うけど、スルーした方が賢明だろう、うん。
「でも心配してくれていたのね。眞仁くんありがとう」
「えっ、そうだね。大事なくて安心したよ」
いきなり柔和な視線が眞仁に向いたおかげで、眞仁はどぎまぎとした。こちらはスルーしたが相手はスルーしてくれなかった格好だ。
今まで成瀬姉弟とは挨拶程度、あまり友達付き合いはなかったが、普段から明るく振る舞う久咲が沈んでいるかと思うと、やはり気にもなる。
加えて彼女は校内でも人気が高い。二人とも美女とイケメン、元々見栄えがいいのだが、特に久咲はその公正で
赤くなる眞仁に目を細めた智蔵太だったが、俺の心配は? とか呟いている久志を無視して、すぐに真剣な顔に戻った。
「ところで、だ。嫌な話になるが、どうしても話さなきゃならないことがある。ここからがこいつ、眞仁を呼んだ本当の理由なんだが」
久咲と久志が注目する。眞仁もごくりと一つ飲み込んだ。嫌な予感しかしない。
「お前ら、あの屋敷で変なもの見なかったか?」
やはり智蔵太はあの話を、幽霊の話をするつもりなのだ。喫茶店で見た幽霊。昨夜見た少女の姿を思い出し、背中に戦慄が走る。
しかし二人は、智蔵太が何を言い出したのか判断しかねて首を捻る。久咲の顔は微かに陰っていた。
「変なモノって、俺たち散々見たんじゃね」
「そうじゃなくて、死体以外に変なモノ」
ますます顔を傾げる二人。
「例えば… そうだ、久志は鏡を覗いただろ。何か見なかったか?」
「何かって、幽霊か?」
びくりと久咲の体が跳ねた。対する智蔵太はコクリと頷く。もちろん真剣な表情だった。久志は智蔵太の目をのぞき込み、本意がどこにあるかを探っている。
「幽霊は見なかったよ、鏡を覗いてすぐに騒ぎになったから。そも、どういうこと?」
実は地下室を見つける前に、と前置きをして智蔵太は話し始めた。彼が廃屋で見たモノを。
「…つまり、俺たちの後ろに幽霊が立っていたってこと? 冗談言うなよ、これ何かのドッキリ?」
周囲にカメラはないかと見回す久志とは異なり、久咲は真っ青になっていた。その姿に眞仁は悪いことをしている気分になる。しかし智蔵太は容赦をしない。
「久咲はどうだ、何も見なかったか。申し訳ないが答えて欲しい。大事なことなんだ」
「わ、私も見ていないわ。そもそも幽霊なんて本当に…」
「そうだ、写真。何もおかしな所はなかったか?」
「写真はデータを警察に取られて…。ううん、返して貰った。最後の方は削除したって言ってたけど。でも確認していないわ。こ、怖くて」
「そっか、本当に心霊写真が撮れてるかもしんないのかぁ」
怖がる久咲とは違い、後頭部に手を組んだ久志は軽薄に呟いた。久咲があまり気を詰めないよう、努めて軽い態度を取っているのだと眞仁は気づく。
今まであまり久志に良い印象は抱いていなかったが、普段はおちゃらけていても良いやつなのかもしれない。
「悪かった。怖がらせてごめんな久咲。見ていないなら二人は大丈夫なはずだ。実はな、この眞仁には幽霊が視える」
「は?」
「…え?」
突然のカミングアウト。二人とも目が点になっている。何を言っているんだという目で智蔵太と眞仁を交互に見つめる。眞仁は目を逸らさずにはいられない。
「俺が見た幽霊な、あれから俺に憑いてきた。昨日も眞仁と会ったんだが、こいつにも見えちゃったんだわ。いや失敗失敗」
「はあ?」
「…えええっ?」
軽薄な告白に理解が追いつかない二人。そりゃあ誰だって混乱するよと眞仁は思う。智蔵太が恨めしい。
「えっと、本当に眞仁くんは視えるの、幽霊が?」
「…視ようとして見えるわけじゃないんです。ごめんなさい」
「お前、すげえじゃん」
久志はともかく、久咲がおかしな人を見る目で眞仁を見ている――と眞仁は感じる。カミングアウトすれば変な目が向けられることは予想していたが、存外にショックだ。
何故か申し訳なくて頭を下げた眞仁だが、智蔵太は眞仁にも容赦をしなかった。
「眞仁、昨日見た幽霊の説明を」
「…実は昨日、智蔵が幽霊に取り憑かれたなんて言うものだから、そんなバカなとは思ったんだけど、本当に幽霊がいたんだ。で、でも今は見えないし、二人にも幽霊は憑いていないから大丈夫!」
今更誤魔化すこともできず、半分は自棄だった。勢いで親指まで立てて見せた。どうせ幽霊の存在など心から信じないのだろうし、二人を怖がらせるのは本意ではない。眞仁にしても常時視えるモノではないのだから、今は居ないということにしておこう。
これは出任せだが効果的だった。幽霊が見える、ということを二人が信じるか信じないかは別にしても、今周囲に居ないと聞くことで、パニックになりかけた雰囲気に少し余裕が戻る。智蔵太も安心した様子だ。
「というわけで、俺は幽霊にも対処しなきゃならなくなった。俺と眞仁は今日、こいつのじいさんに対策を聞きに行く予定だ」
「あ、そのことなんだけど。もう智蔵にも憑いていないと思うよ。昨夜は僕の所に出たから、僕に憑いたんだと思う」
「何だって!? 取り憑く人を変えるとか、そんなこともあるのか。すまん、想定外だったわ」
予想外の展開に謝る智蔵太。結局は予定通りに眞仁と行動を共にすることとし、久志には写真の確認を頼んで作戦会議は終了した。
「あーあ、今日も夜中に叩き起こされるのな、これは」
テーブルに身体を預けて伸びた久志の頭を、顔を染めた久咲が叩いた。
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