1-4.奴隷買いますた
俺がしばらく固まってると、後ろの馬車の乗客が話しかけてきた。名前は知らないが、ザッハより少し歳が行った商人風の男だ。
「すまないが、誰か手を貸してくれないか? 一番後ろの馬車の奴隷商人、死んじまったんだ」
ザッハが答えた。
「それは難儀だな。奴隷たちの主人なのか、やっぱ」
「そうらしい」
眠っているミリアムを指さし、ザッハは俺に言った。
「付いててやってくれ、兄ちゃん」
意識の無いミリアムと、魂の抜けた俺を残して、ザッハは後ろの馬車の方へと歩み去った。
やがて、エレが肩に上ってきて、頬に頭を擦りつけてきた。
『パパ、おなかすいた』
あー、そう言えば人間の新生児って、二時間おきぐらいに授乳するんだそうだよね。
で、エレに授電するケーブルは、パソコンのキウイに差したままアイテムボックスの中だった。
俺はおのれの迂闊さに思わず叫ぶ。
「くそっ! どうやってキウイを取り出せばいいんだ!」
『きゃ!』
エレが怯えて肩から膝に転がり落ちた。
「ああ、エレごめんよ『イエス、マスター』」
脳裏にキウイの合成音が響く。
「……キウイ? これは……」
『念話です。エレと同じく、私はマスターに
つまり、頭で思っただけでパソコンを自在に使えるのか。MITもびっくりの脳波操縦だぜ。
しかし、調教なんてした覚えないんだけど? ……もしかして、プログラム組んで処理をさせるのは、調教なのか?
アイテムボックス、オープン。
念じただけで目の前に魔法陣が現れた。中央のパネルには「キウイ」と表示されている。それをタップすると、パソコン・キウイが現れた。
何だったんだ、さっきの絶望感は。別な意味で脱力する。
「キウイ、バッテリーの残量は?」
「現在、六十%です」
ずいぶん減ったな。あれをつないでおくか。
鞄から外付けバッテリーを取り出し、パソコンの電源端子に繋ぐ。
「充電を開始します」
キウイが状況報告。俺はさっきほぐしたUSBケーブルの銅線を、再びエレの二股の尻尾の先端に巻き付ける。
『おねえちゃんのデンキ、おいしい』
「ありがとうございます、エレ」
電気に味があるのやら。まー、パソコンの電源は電圧とか安定しているけどね。
それより、キウイとエレも念話で話せるのか。しかも姉とはな。確かに、俺と出会ったのは先だし、あと話し方とかなんだろうか?
とは言え、確認しておかないと。
「キウイ、お前の電源が切れると、アイテムボックスはどうなる?」
「アイテムボックスの空間はそのまま残りますが、開くためには電源を入れる必要があります」
なるほどな。キウイの内蔵バッテリーは節約しないと。今後はアイテムボックスを使うときだけ、電源を入れることにしよう。
「ひょっとして、アイテムボックス内では
電源を入れたまま、処理を止めて節電に専念するモードだ。
「可能です」
なるほど、そりゃ便利。
「もしかして、俺の念話で復帰できるわけ?」
通常の待機状態も、キーボードやマウスから入力があれば復帰するし。キウイが肯定したので、試しにやってみる。
「キウイ、待機状態に移行」
「待機状態に入ります」
画面が消え、電源ランプが点滅しだした。
すると、エレがこっちを向いて言った。
『あれ? おねえちゃんのデンキ、きれちゃった』
「ああ、待ってな。今、お姉ちゃん起きるから」
心の中で念じる。
キウイ。
電源ランプが点灯し、画面が明るくなった。
「イエス、マスター」
なるほど、念話で復帰に成功。これで電池切れをさらに先延ばしできるな。
そこへ、再び後ろの方から声がかかった。
「おーい、職人志望の兄ちゃん。ちょっと来てくれ」
ザッハの声だ。
俺はエレをアイテムボックスの中に入れた。
「ちょっとここに入っててくれるか?」
『いいよ。ここ、ほんのりあったかいね』
エレはキウイの横で丸くなって寝てしまった。
アイテムボックスを閉じ、寄りかかっているミリアムを座席に寝かせると、俺は馬車列の後ろへ向かった。
一番後ろの奴隷の檻を載せた荷車は、狼の魔物に蹴られて大破し、横転していた。乗せられていた奴隷たちは脱出していたが、全員、その場に残っていた。
「一人も逃げなかったんだ」
俺の疑問に、ザッハは肩をすくめて言った。
「やれやれ、あんたは一体どこの異世界からショ」
うん?
「ショ……くそ。喋れねえんだっけ」
ミリアムが気絶までして使った契約の呪文か。召喚とか勇者とか他言できないんだっけ。
「俺の生まれたところじゃ、奴隷なんていなかったんだよ」
俺が助け舟を出すと、ザッハは何度か頷いて教えてくれた。
「奴隷ってのは魔法で縛られてるんだよ」
またもや魔法か。さっきの契約の呪文みたいなものなんだろう。
「逃げ出したり主人に不利な行動をすると、全身に激痛が走るんだ」
「随分きついな」
俺は顔をしかめたらしい。
「そんな顔をするな。だから奴隷は逆に信用できる場合もあるんだ」
なるほど。まず絶対に裏切れないからな。
「ただ問題は、奴隷を解放しないまま持ち主が死んじまった場合だ」
「……今回がそれか」
壊れた馬車のそばに、布を掛けられて横たえられた奴隷商人の遺体があった。
「そうなると、奴隷の体力は少しずつ減って、やがて死んでしまう」
「……それは酷くないか?」
俺の抗議に、ザッハは肩をすくめた。
「奴隷を奪うために主人の命が狙われたら元も子もないからな」
確かにそうだが……。
「で、だ。お前さん、彼らの主人になってくれんかね?」
え? なんて言った?
「持ってる奴隷の人数に応じて、税金がかかるんだよ。俺も自分の店で奴隷を六人使っててね。十人を超えると税金が跳ね上がるんだ。余程のお大尽でもないと十一人は無理だねぇ」
事情は、ザッハを呼びに来た、後ろの馬車の商人も同じらしい。
座り込んでこちらを見つめている奴隷の数は五人。
「……ちょっと考えさせてくれ」
流石に、これはミリアムに相談したい。
「まあいいぜ。今すぐ死んじまうわけじゃないからな」
そうだ、ミリアムに主人になってもらえばいいじゃんないか?
急いでミリアムのところに戻る。彼女はまだ眠っていた。
魔力を回復させる手段ってないのかな。RPGなんかでは魔力回復の薬とかあるんだが。
アイテムボックス、オープン。
魔法陣の中の銀パネルには「キウイ、エレ、外部バッテリー」という言葉が浮いていた。中にあるものの名前が出るのか。
タップするとパネルが開き、若干暖かい空気が流れてきた。
エレが眠そうな目で言った。
『パパ? なんかあったかくなってきたから、よくねちゃった』
閉鎖空間でパソコンと一緒じゃ、熱がこもるな。長く入れておくなら、冷却方法を考えないと。
「お腹はどうだい? まだ空いてる?」
『んー、もういっぱい』
尻尾から銅線を外し、肩に乗せてやる。
さて、本題だ。
「キウイ、減った魔力を短時間で回復させることはできるか?」
「魔力は減りません」
……なんだそりゃ。
「魔法を使い続けると、どうなる?」
「魔法対価が詰みあがります」
対価か。確か、ミリアムもそう言っていた。
「その対価を短時間で減らすことはできるか?」
「できません」
即答だな。
「ミリアムが魔法を使いすぎて意識が無いんだ。起こしてやりたいんだが」
「魔法の対価を他の者が負担すれば、意識が戻るはずです」
うむ。俺の質問の仕方が悪かっただけか。
「ミリアムの、その対価とやらを引き受けてくれ」
「いかほどですか?」
対価の単位なんてわからん。
「ミリアムの対価が半分減るか、お前の対価が限界の半分に達するか、どちらかが真になるまで」
思わず、プログラム的な表現になってしまった。
「了解しました。……対価の引き受けを完了しました」
しばらくすると、座席に横たわるミリアムが、うーんと唸って起き上がった。
「随分楽になったけど、私、どれだけ気を失ってた?」
軽く伸びをする。美女の寝起きってそそるな……じゃなくて。
「たいして経ってないよ。それより相談事があるんだ」
俺は、後ろにいる奴隷たちのことを話した。
「ミリアムは奴隷を持ってるか?」
いや、見とれてないで話を進めないと。
「じゃあ、あの奴隷たちの主人に――」
「なれないの。魔術師は、奴隷を持てない決まりなのよ」
……なんてこったい。
「それは、さっきの『契約』の呪文と関係するの?」
ミリアムは頷いた。
「奴隷と言っても、主人に絶対服従ではないの。主人に不利益となる逃亡などの行為は出来ないけど、それ以外なら拒むことはできるから。そうでないと、奴隷を犯罪に使い放題でしょ?」
確かにそうだ。悪徳商人が邪魔な商売敵の殺害を奴隷に強要、とかやりそうだよな。
「でも、『契約』の呪文ならそれができてしまう。一応、相手の承諾がないと呪文は成立しないんだけど、奴隷は拒否しにくいから」
なるほど。魔術師と奴隷は危険な組み合わせだな、確かに。さっきのザッハとの契約魔法も、一応相手の同意は取ってたみたいだし。
「主人をなくした奴隷、どのくらいで死んでしまうんだ?」
ミリアムはしばし考えて答えた。
「健康状態によるわ。そんなに酷くなければ、三日くらいは持つわね」
三日か。目的の街について主人を探すまで持つかどうか。
「あの傭兵さんたちは――」
「後ろの馬車の誰かの奴隷みたいね。奴隷は主人になれないから」
なるほど、わざわざ俺に頼むだけあって、詰んでるな。
「じゃあ、あの奴隷たちの主人、俺が成るしかないのか」
「何も、奴隷を持つことを嫌がることないじゃない?」
ミリアムは不思議そうだ。まぁ、こっちの常識じゃそうなんだろうな。
「……そうだ、奴隷って解放できるよね?」
一度主人になって解放すれば、誰も死なないはずだ。
「お金かかるわよ?」
え?
「奴隷の解放は主神七柱のどの神殿でもやってるけど、大体、一人当たり
ミナは十デカスタ。俺が受け取った「当座の生活費」の半分だ。
「奴隷にするのは無料なんだろ?」
ため息をついて、ミリアムは言った。
「別に神殿が儲けてるわけじゃないのよ。解放された奴隷が暮らしていくのは大変なの。だから、身を持ち崩しても炊き出しなんかで食いつなげるように、寄付をするわけ」
なるほど。この世界も弱肉強食だけじゃないのか。失業保険みたいなものだな。貧困から犯罪に走るのは、このファンタジーな世界でも一緒らしい。
……しかし、合計で金貨五枚か。今の俺には無理だな。
「そのトカゲもいるでしょ」
うん? エレ?
「あと二、三日したら、猛烈に食べるわよ、その子」
そ、そうか。あんなにでかくなるんだものな。
「食費かかるわよ。生肉しか食べないから」
うわ……。
肩に乗せてるエレが、俺の顔を覗き込んで言った。
『おにく、おいしい?』
「うん、美味しいお肉、一杯食べようね」
『いっぱいたべたら、おおきくなる?』
「ああ、エレはパパより大きくなるぞ」
この子のためにも、何とかして稼がなきゃ。
……そうか、奴隷たちにも働いてもらえばいいんだな。
よし、繋がったぞ。こうなったら腹をくくろう。エレのために奴隷を持つと。
気が付くと、ミリアムが眉をひそめてこっちを見てた。
「まさかと思うけど、あなたその子と念話で話せるの?」
「ああ……って、これ珍しいことなの?」
ミリアムは
「
なるほど、そらそうだ。乳飲み子が喋ってるようなもんだからなぁ。この世界は不思議なことばかりだから、かえって気にならなかった。
「実は、パソコンのキウイとも念話が通じるんだ」
アイテムボックス。
目の前に魔法陣が出現する。
「……詠唱なしで魔法が使えるなんて」
ミリアムは釈然としないようだが、ちゃんと唱えてるよ? キウイが。
********
しかし、奴隷っつーたら「来週もハーレム・ハーレム~♡」なのがデフォだろうに。
目の前に並ぶ五人の奴隷は、妙齢の女性は一人だけ。後は十二歳くらいの少女か。俺、オタクだけどロリータは二次元限定なんだよな。
残りは男が三人。
ザッハのオッサンが、俺の脇で色々教えてくれる。反対側にはミリアムが立ってるが、フードを深く被ってるので表情が見えない。
「奴隷には契約時に新しい名前を与えるのが通例だぜ、兄ちゃん」
ザッハの言葉にうなずく。まぁ、人生のリセットだろうしな。
一人目は、ガタイのいい戦士風の男。上半身は裸で背中は体毛に覆われ、腹筋もばっちり割れてる。身長も二メートル近くはあるな。
「……グイン」
そいつの豹の頭を見た瞬間、俺の口から某キャラの名前が漏れた。
「ありがとうございます、我が君よ。このグイン、誠心誠意お使え致します」
俺の前に
――え、もう決まりなの? 著作権とか問題ない?
ザッハが俺の手に魔法具を握らせる。死んだ奴隷商人の持っていた品らしい。取っ手のついた玉のような形だが、コーンに盛ったアイスクリームにしか見えない。
「では、この契約具を掲げて。こう宣言してください」
アイスクリーム型魔法具をグインに向けて、俺はザッハの言葉を繰り返した。
「契約の儀に基づき、豹頭族のグインを我が下僕となす」
グインが額を契約具の玉に押し当てると、ミリアムがザッハに契約の呪文を掛けた時のように、俺とグインを白い光が包んだ。
「豹頭族は優秀な戦士を数多く出してるわ。レベル十だし、護衛としては最適ね」
ミリアムが鑑定の魔法で教えてくれる。ありがたい。
二人目は、ロリロリ少女。大きなとび色の瞳に赤毛のボブカットが似合う可愛い顔立ちだが、髪から除く耳は少し尖ってる。オマケに、なんだかうるんだ瞳でこっちを見上げてる。もしかして、恋愛フラグとか立ってる?
「鼻の下伸ばしてないで、取り返した方がいいわよ」
薄い目のミリアムに言われて気づいた。手に持っていた契約の魔法具がない。あれっと思って少女を見直すと、魔法具を手の中でなでまわしているではないか。慌てて取り返す。
「その子はケンダー。ちなみに性別は男よ」
げっ。男の
しかもケンダーって、D&Dの創作種族じゃないのか? 天性の天然の
「お前の名前はトゥルトゥルだ」
盗る盗る、ね。気を付けないと厄介なトラブルに巻き込まれそうだが、死なせるわけにはいかないから契約するしかない。
魔法具をスリ盗ったことを
三人目も、やはり
「彼はブラウニー。よく、貴族の館に執事として仕えてる種族よ」
執事と言ったら、この名前だな。
「ギャリソン」
ブラウニーは
「このギャリソン、若様の身の回りのお世話に
うーん、日曜にだらけた格好をしていると叱られそうだ。そう言えば、この世界に曜日ってあるのかな? あとでミリアム先生に聞こう。
四人目もチッサイ叔父さん。緑の一張羅を着ている。見た目の年齢は、ザッハ以上ギャリソン未満か。
「レプラコーン。手先が器用な職人種族」
疲れが出たのか、ミリアムの口調がぞんざいになってる。
「一番の得意は?」
俺の質問に、レプラコーンはニカッと笑って答えた。
「革靴でさぁ、旦那」
そういえば、靴の修理をしてる絵をファンタジーもので見たな。
「名前、ジンゴローでよろしく」
俺の方も、名前のネタが尽きた。左甚五郎って彫刻のほうだっけ?
そして、最後の五人目。ようやくまともな美女だが、足元に座り込んでいる。
「もしかして、足が悪いのか? 怪我とか?」
俺の問いに
「足は元からありませんが、魔法で空中を泳ぐことができます」
ドレスの裾から見えたのは、魚というかイルカの尾ひれ。
……
「アリエル」
これっきゃない。
「素敵な名前をありがとうございます、ご主人様。誠心誠意、お使え申し上げます」
さすがのデ○ズニーも、まさか異世界まで版権で訴えに来ないよね?
とはいえ……身体の肝心な部分がこれだと、イチャラブしても最後が決められないではないか。ハーレムは遠いな……。
ちなみに、ずっと魔法で浮いてるのはさすがに疲れるらしい。アリエルは再び俺の足元に降りて座り込んだ。
……しかし、五人の奴隷が全員違う種族とは。元の主人の奴隷商人は、一体誰に売りつけるつもりだったのやら。
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