1-13.オーガ棲む巣

 要するに、姫様はオーク国内の政権闘争に巻き込まれ、裸に剥かれて森に放置されてしまったのだろう。気の毒ではあるが、ヒト族の方がよほどえげつない事をしそうだ。

 ヒト族の男は年がら年中発情期だということで、どうやらヒト族以外では悪名高いらしい。

 ……個人的に、その点に関しては同族至上主義なんですけどね。


 オークの一団の指導者が何やら熱心に引きとめるので、俺たちは野営地を引き払って、馬車ごとオークの集落へと向かった。

 驚いたの何のって。森の方が勝手に、俺たちを避けるように木々が移動するのだ。一体どんな魔法なんだろう? 隣のミリアムに聞いても、さっぱりだった。


 やがて俺たち一行はオークの集落に辿りついた。森の中の開けた空間に、数十軒の家屋があるだけだった。オークたちには統一帝国とか国家は無くて、あちこちにこうした自治区もどきがあるだけなのだろうか。

 到着してすぐ、真昼間だというのに俺たちを歓迎する宴がもうけられた。どうやら前もって準備していたようだが、森の外とどうやって連絡をしていたのかは不明だ。意外と高度な魔法を駆使しているのかもしれない。


 供された食事は、森の中で手に入る果実や山菜、そして肉だった。全て生だ。

 エレとグインは生肉を喜んで食べていたし、帰りにいくらか分けてもらうことにしたが、俺や他の者はちょっと手が出なかった。


 そこで、アイテムボックスの一つにきれいに洗った小石を敷き詰め、十メートルくらいの深さにしてミリアムに何発か火の球を打ち込んでもらった。深さをギリギリに戻すと石焼き釜の完成だ。いや、皿かな?

 焼けた石に肉や山菜を乗せるといい感じに火が通って、なかなか行けた。美味しい豚肉だ……豚? そういや、さっき簀巻きにされてた造反組は……

 いや、考えるのはよそう。お肉だよお肉。


 酒も出たが、あまり醸造技術は進んでないらしく、酸味と雑味が強くうまいとは思えなかった。それでも、ジンゴローはグイグイ飲んでいる。天性の飲ん兵衛だな、コイツ。もちろんだが、グインには飲ませなかった。

 グインと言えば、オークの女性にモテモテだった。王女を御姫様抱っこしたのが印象的だったのだろうか。この辺は、言葉は通じなくてもなんとなくわかる。


 そんな中、先ほど横断幕を書いていた指導者層らしい一団が再び現れ、また何か書いている。布は貴重なのだろうから、洗えば落ちるインクを使ってるのだろうか。書き終わると俺たちの眼前に広げた。

「ヒト族の勇者よ。我らの『点滴』オーガの討伐に協力願いたい」

 誤変換は(以下略)。


 オーガとはヒト食い鬼だな、RPG的に言うと。ヒトを食うくらいだから、オークも御馳走扱いなのだろう。

 ミリアムに聞いてみると、確かにしばしばヒトも襲う魔物だと言う。ただ、この辺の街道まで出てくることはまれなようで、被害にあったと言う話は宿場でも聞いていない。


 しかし、放置しておけばヒトも襲うようになるのは時間の問題だろう。魔物による被害が増えているのはどこも一緒だ。そもそも、被害が出るまで放置した結果が、ペイジントンの悲劇だ。

 かなり手ごわい敵ではあるが、さすがに黒魔族程ではないだろう。不意をつかれたら危険だが、キウイのレベルが上がったおかげで便利な呪文も使えるようになったし。


 よし、やるか。グインを見ると、彼もうなずいた。

「わかった。協力しよう。案内してくれ」

 ミリアムは何か言いたそうだったが、水を向けても「別に……」と言葉を濁すだけだった。


 連絡役にエレを残して、俺とグインがオーガ討伐隊に加わることになった。ジンゴローは気持ちよさそうに酔いつぶれてたし、残りの連中には楽しんでいてもらおう。

 しかし、言葉の問題があると何かと不便だ。戦闘中に筆談はしてられない。ミリアムもオーク語は分からないようだし困ったな。


「グインもオーク語は分からないか?」

 かぶりを振る。分からない、ってことだよな。あっちの世界でも、日本人と欧米人でこの点が食い違ってたっけ。

 その時。


『オーク語の学習が完了しました』

 急にキウイが念話で告げてきた。

 ちょっとまて。確かに未知の言語の学習はディープラーニングの目標の一つだが、そんなことは命令していないぞ。


『その学習は自発的か?』

 俺は念話で問うた。

『基本命令の語彙拡張の一環です』

 なるほど、そうか。そもそも日本語の語彙を増やせ、というのは最初から組み込んであった。こっちに召喚されたとき、日本語に帝国公用語とやらが加わった時点でこうなったわけだ。

『では、同時通訳を頼む』

『了解しました』


 周囲で討伐隊の準備をしているオークたちの会話に、キウイの翻訳が念話が被さった。

「キーキーブヒキーブーブ『あの恐ろしいオーガと戦うだなんて』」

「ブーブヒキーキーブヒー『ヒト族の魔法は強力だと聞くぞ』」

 面倒なので、オーク語は以下省略。


 俺は彼らに宣言した。

「君たちの言葉が聞き取れるようになった。今後は文字で書かなくても伝わるぞ」

 俺の言葉に、長老格のオークがほっとした様子で言った。

「ありがたいことです。私はこのオークの里の族長ブヒーヒ」

 名前の部分は翻訳できないようだ。


「オーガはこの森の奥地の我々オークの狩場に居座っており、逆に我々を獲物として狩るようになりました」

 と言う事は、最近現れたと言うことだな。あちこちで耳にする魔物の被害の増加の一つか。


「オーガが君たちを襲うようになったのは、いつ頃からか?」

「半年くらい前からです」

 そのあたりから魔王復活の影響が出てきたのだろうか。

 などと話しているうちに、オークの討伐隊が準備できたらしい。俺たちは、そのオークの狩場へ向かった。


 移動は徒歩だが、例の木々が避けていく不思議な魔法が使われた。なかなか便利だ。

 辿りついた狩場は、森の中を流れる川沿いの少し開けた場所だった。なるほど、水場に動物が集まるのはこの世界でも一緒か。


「あそこにいます。オーガです」

 族長が指さす方を見ると、日当たりのいい岩の上に寝そべる巨体があった。昼下がりの陽だまりの中、のんびりと昼寝しているらしい。

 こうしてみると平和な光景なんだが。口から飛び出てる牙なんかはさておき。腰のあたりに粗末な布を巻きつけている以外は、全裸だった。筋肉の塊。


 ちょっと接触してみるか。もしかしたら話が通じるかもしれないからな。

『キウイ、オーガの言語分析の優先度を、他の言語より高めてくれ。言語を持っているかが、まず知りたい』

『イエス、マスター』

 話が通じなかったら、キウイの新しい呪文の効果を実地で試すことになるな。

『亜空間鎧は起動してるか?』

『イエス、マスター。起動中です』

 よし。


 俺は他の者に声をかけた。

「オーガの様子を見てくる。皆はここで待っててくれ」

 アイテムボックスで階段を作り、俺は川を渡ってオーガに近づいて行った。


「やあ、オーガ君。俺はヒト族のタクヤ。良かったら少し話がしたいんだが」

 ぱちりと目を開けたオーガは、物凄いうなり声をあげた。昼寝を邪魔されたせいか、やたら機嫌が悪いようだ。

「起こしちゃってごめんよ、君がオークを襲うと聞いてね」

 いきなりパンチが来た。

 俺の頭くらいある拳が触れる直前、目の前が一瞬真っ暗になった。次の瞬間、俺は空中を吹っ飛ばされていて、向こう岸の崖に衝突する寸前、また真っ暗に。気が付くと、俺は崖の下に尻餅を突いていた。


「ふー、びっくりした」

 なかなか心臓に悪い。亜空間鎧は身に危険が迫った時に自動的に活性化し、体の線に沿った亜空間断層を発生させるものだ。アバウトに俺の髪の毛や服なども含めてくれるので、解除したらつるっ禿で服がズタズタとはならずに済んでる。


 ただしアイテムボックスと同じで、包まれている間は外からの衝撃は伝わらないし、慣性の法則も通用しない。ただ、外からの光も音も遮断されるので、真っ暗になる。

 違うのは、ゲートに当たる亜空間断層があるため、俺自身がこの世界のどこにいるかが分ること。つまり、魔法の起点となりえる点だ。


『キウイ、オーガの言語は分析できたか?』

『今のところ、オーガの発声に言語的要素は見つかりません』

 意志疎通の可能性は低そうだ。しかし、単に虫の居所が悪かっただけかもしれない。

 俺はもう一度、オーガに近づいて話しかけた。

「もしかして驚かせちゃったかな。できたら君と話がしたいんだが」

 また暗転。今度は川の中だった。服を乾かす呪文が欲しい。


「仏の顔も三度までと言うしな」

 今度は真っ暗になったままだ。

『キウイ、俺の状況は?』

『マスターはただ今、オーガに頭を齧られてます』

 遠隔視で少し離れた視点から見ると、確かに銀色の亜空間鎧に包まれた俺の頭を、オーガが丸齧りにしている。もちろん歯が立たない。

 しかし、鎧が発動しているとろくに呼吸もできない。このままではじきに息が詰まる。キウイのCPU処理量を確認すると、ジリジリと上がっている。この亜空間鎧も、対価が溜まりすぎればそこで解除されてしまう。何とかしないと。


 遠隔視の映像を頼りに、俺はオーガの顎に手をかけて、はずしにかかった。

「この魔法は強力だけど、触覚が無くなるのは不便だな……」

 亜空間鎧は内部の俺の体の動きに合わせて変形するが、外からの力は遮断される。つまり、この鎧に包まれている間、俺は怪力無双と言うわけだ。


 自由の身になった俺は転移で皆のところへ戻り、一息つくと振り返った。

「あー、やりすぎちゃった」

 オーガの顎が外れて、胸元まで垂れ下がっている。すごい馬面うまづらだ。


「グイン、交渉は失敗だ。仕留めよう」

「御意」

『キウイ、亜空間鎧をグインにかけてくれ』

『イエス、マスター』

 しかし、一瞬後。

『マスター、魔法は失敗しキャンセルされました。この呪文は発動体であるマスターにしか適用されません』

 俺専用か。まぁ仕方ない。グインならこんなのなしで戦えるだろう。


「昨日試した技を使ってみるか?」

 グインはうなずき、愛用の長剣を構えた。

『連続転送開始。目標、オーガ』

『イエス、マスター』

「行け、グイン!」

 グインの姿が消え、オーガの周囲にパッパッと現れては消えるのを繰り返す。そのたびにグインは剣を振るい、突く。十数回の転移後、ついにグインの剣がオーガの心臓を貫いた。

 巨体が地響きを立てて倒れ伏すと、グインが傍らに転送されてきた。

 長剣の血糊を拭きとり、鞘に戻す。オーガに反撃の機会はなかったようだ。


「グイン、お見事」

勿体もったいのうございます、我が君」

 その、いちいち膝を突いてかしこまるの、よそうよ。


 魔核を放置するわけにはいかないので、オーガの体はその場で解体された。魔核の大きさは大熊や大狼と同じくらい。値崩れしなければ金貨十枚か。肉はオークたちの御馳走になるらしいが、俺としてはちょっと遠慮したい。ヒト型の生き物を食うのは、流石にね。……昼に食った焼き豚は別として。


 その晩もオークの里で歓待されたが、出された肉がオーガのでないことを祈る。

 しかし、オーガの巨体が倒れた瞬間はすごかったな。カ・イ・カ・ン。

 ……いえ、ちがいます。か、感じてオーガスムスないもん!


********


 オークたちの用意してくれた小屋の中の寝床で、今日の戦いを振り返る。新しく手にした呪文、亜空間鎧。オーガなど歯牙にもかけない程の、非常に強力な力だが、それでも万能ではない。対価の量を常に意識しないと危険だ。


 そして、もう一つ気になる点。

 起き上がり、マントを手繰り寄せ、その先をこよりのようによじって細長くする。次に、キウイに命じて亜空間鎧を活性化させた。真っ暗な鎧の中から遠隔視で手元を確認する。マントは俺の一部と見做しているので、よじって細長くしたその先まで銀色の空間断層で覆われている。ここまではいい。


 次にアイテムボックスのゲートを出す。エレのいるところで良いだろう。そのゲートに銀色に覆われたマントの先を突き立てていく。すると、グリフォンの爪にもびくともしなかったゲートに何の抵抗もなく入って行く。遠隔視をアイテムボックスの中に切り替えると、アイテムボックスの壁面に穴が開き、そこからマントの先が垂れ下がっていた。引きぬくと、穴は塞がった。

 今度は鎧で覆われた手を差し入れる。今度も何の抵抗もなく入って行き、指先がエレの頭に触れた。


『むにゃあ。パパ?』

 エレが目を覚ましたが、匂いで俺とわかったのか、手に頭をこすりつけて眠ってしまった。そのままそっと手を引きぬき、ゲートを消滅させる。


 思った通りだ。亜空間断層同士なら、このように干渉出来てしまう。つまり、空間魔法を持つ相手には、ゲートの盾も亜空間鎧も役に立たない可能性がある。

 そもそも、亜空間鎧をまとっていても、自分の身体なら普通に触れるのだから。


 尤も、こうまで無抵抗なのは、どちらも俺の意志で作った亜空間だからかもしれない。ゲートを刃にした時も、俺の手などが触れれば保護が働いたように。

 いずれにせよ、空間魔法の使い手とだけは戦いたくないものだ。


 もう一度横になり、寝ようと努める。が、そうすれば目が冴えて眠れなくなるものだ。

 ミリアムが言っていた。空間魔法は召喚された勇者に付与されると。そして、魔王や魔族などの魔人は、勇者こそなりやすい。

 ……勇者のなれの果ての魔族や魔王にだけは、絶対会いたくないものだ。

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