1-12.オークは多くを書かない
宿場町を発って二日目。早めに野営の準備を始め、トゥルトゥルには狩猟の罠を仕掛けに行ってもらう。エレの食べる生肉が心細くなったからだ。
それと、確認したいことや試したいアイディアもあった。
まずは確認したいこと。
「ミリアム、ちょっと頼めるかな? 長杖も持ってきてほしいんだ」
「何をするの?」
「実験だよ。今後のためにね」
野営地から二人で移動した。街道から逸れた、森が切れて広場のようになっている場所だ。あらかじめ、遠隔視で探しておいたのだ。
そこで、目を閉じてキウイの画面を脳裏に映し出す。タスクマネージャを起動し、パフォーマンスのタブに切り替える。CPU処理量のグラフがリアルタイムで更新されていく。今は音声UIのキウイが十パーセントほどを占めているだけだ。
ミリアムによると、強力な魔法を使って対価が積み上がると、頭が重くなって思考が鈍るという。一応、鑑定の呪文の簡易版があって、対価の量が百分率でわかるらしいが。最初は、魔法を使ったせいで疲労が溜まるのかと思ったが、そうではないようだ。そもそも、パソコンのキウイが疲れるはずがない。
まず、ゲートの盾を出現させる。奥行きが限りなくゼロのアイテムボックスだ。縦横五メートル近くあるが、容積はコップ一杯にも満たない。見た目は空中に浮いた四角い鏡という感じだが、黒魔族との戦いで分ったように、これがなかなか頑丈だ。
「ミリアム、こいつに最大レベルの火の玉をぶつけてみて」
「いいの?」
ちょっと不安そうだが、俺はかなり確信がある。黒魔族の攻撃に耐えたこのアイテムボックスの亜空間は、核兵器並みの破壊力でもなければ壊れそうにない。
「大丈夫さ」
ミリアムは五十メートルほど離れたところまで下がり、声を掛けてきた。
「いくわよーっ!」
しばしの間、いつもより長い呪文の詠唱。そして、直径三メートル近い火の玉が、もの凄い勢いで突っ込んできた。
耳がどうかなるかと思うほどの轟音。地響きで脚を取られて、俺は無様にすっ転んだ。それでも、アイテムボックスの壁は持ちこたえている。炎に直面した側を見ても、もちろん傷一つない。しかし、地面の草は見事に焼け焦げていた。
「キウイ、エレ、そっちはどうだ?」
『どうって?』
エレのきょとんとした念話。
「揺れたり、大きな音がしたりしなかったか?」
『しずかだよ。ねむくなっちゃう』
やはり、切り分けた亜空間は完全に独立しているようだ。黒魔族と戦った時は、そんなことを考える余裕もなかったが。
さて、パフォーマンスの画面を見る。思った通り、魔法を使い終わった「後で」CPU処理量が増えている。プロセスのタブに切り替えて、CPU処理を食っているプロセスを探す。ユーザ名が俺では見つからないので、全てのユーザに切り替える。
その名もズバリ「魔力対価」という項目があった。ツリーを開くと、アイテムボックスと項目が出る。試しに遠隔視を使ってみると、その名で項目が追加された。サービス管理画面に切り替えると、それらが起動したサービスは「Universal System」となってた。起動アカウントは空欄。
しばらくたつと、魔力対価のプロセスは処理量の小さな順に消えて行った。しかし、「Universal System」というサービスは停止せず、わずかだがCPU処理を食い続けている。
パフォーマンス画面のネットワークとファイル入出力のグラフを見ても、ここしばらくほとんどフラットだった。まぁ、ネットワークは無線も有線も繋ぐ相手がないから当然だけど。
普通、プログラムはファイルやネットワークから読み込まれて実行される。しかし、魔力対価が起こると、メモリ上に突然プログラムが湧いて出て、かなり重い処理をして、やがて終了し消滅する。
今までも、大きな魔法を使ったあと、キウイの処理が重くなることがあった。初めはコンピュータウィルスかと思ったが、ここでは感染経路などあるはずもない。正体は魔力対価だ。
ここから分るのは、対価とは何らかの情報処理だということ。戦闘中には慌ただしくて気づかなかったが、ゲートの盾は、維持するだけでも若干の対価が発生し、強い攻撃を受けるとその対価が増えていくと言う事。
『キウイ、「Universal System」というサービスを停止してくれ』
『マスター、エラーです。管理権限がありません』
キウイのコンピュータ管理者である俺より高い権限か。それはもう、神だな。まぁ、コンピュータ上で動く処理のことをデーモンとか呼ぶくらいだし。
「タクヤ、もういいかしら?」
ミリアムが腰に手を当てて聞いてきた。あ、ちょっと放置し過ぎたな。
「ああ、ありがとう、今日はもういいよ。また、後で頼むと思うけど」
ミリアムのところまで駆け寄ってねぎらい、宿営地へと戻る。
その道すがら、俺はキウイと念話を交わした。
『ゲートにかかる負荷が増えて、対価がお前の処理能力を越えたらどうなる?』
キウイの返事は、いつもながら客観的なものだった。
『ゲートは消滅します。また、対価が限界以下に下がるまで、新たなゲートは出現させられなくなります』
つまり。ゲートの盾と言えど、無敵ではないと言うことだ。限界を越えれば消滅するし、そうなればしばらく魔法は使えなくなる。というか、盾が消滅した瞬間に、俺は即死だろう。
黒魔族の時は、たまたま限界以下だったから助かったのだ。もちろん、さっきの実験でわかった限りでは、ミリアムの最大火球を100発同時に喰らっても何ともないだろうが……魔族は無尽蔵かと言うくらい連発できるからな。
「どうしたの、タクヤ?」
ミリアムが心配そうに顔を覗きこんでいる。
「いやなに、盾は思ったより堅牢だけど、頼りすぎたらいかんよな、ということで」
俺が努めて明るい笑顔を振りまくと、彼女は真面目な顔でうなずいた。
「確かにそうね。気を付けないと」
馬車の前まで来ると、ミリアムは手を振ってからギャリソンの方へ歩み去った。食事の準備を手伝うのだろう。
次に、試したいアイディアだ。
「グイン、ちょっといいか?」
「何でしょう、我が君」
野営地から少し離れたところにある、樫の巨木を指さす。
「あれを魔物に見立てて模擬戦闘をしたいんだ。協力して欲しい」
グインはうなずいた。
俺はアイテムボックスから一振りの木剣を取り出し、彼に渡す。昨日の休憩中に作っておいた奴だ。
「これを構えて。お前をあの巨木のそばに転移で転送するから、攻撃できるようなら攻撃してくれ」
うまく理解できてるとは思えないが、グインは木剣を構えた。
その彼を巨木のそばに転送する。一瞬、戸惑ったようだが、幹に一太刀、木剣を打ち込んだので、すぐに元の場所に戻す。
グインは膝をついてこめかみに手を当てた。
「ちょっと眩暈が……」
「きついか?」
気になって聞いたが、彼は
「慣れだと思います。何度もやればきっと。何より、一瞬で間合いを詰められ、反撃を受ける前に避けられるのは、願ってもないことです」
なるほどな。究極のヒット・アンド・アウェイだ。
「じゃぁ、慣れの意味も込めて、ちょっと過激なのやってみるか」
もう一度構えさせて、今度は巨木の周囲のランダムな場所に連続で転送する。向きは常に巨木の方を向けて。地上だけでなく空中も、アイテムボックスで足場を作って送り込む。転送の間隔は一秒になるよう、キウイにプログラムしてあった。
戻ってきたグインは、流石にきつかったのか、がっくりと膝をついて喘いでいる。
「大丈夫か?」
何度か息をついてから、彼は立ちあがってうなずいた。
「行けます。タイミングが分ってきました」
もう一度、グインは構えた。転送開始だ。
巨木の周囲にランダムに転送する。そのたびにグインは斬撃を、突きを加えていく。
転送が終わって戻って来ると、さっきとは違ってしっかりと立っていた。
「一度攻撃したあと、次の時にどんな場所でも攻撃できるよう、残心すれば良さそうです」
何か専門用語が来たぞ。でも、上手くいくならオッケーだ。
「もし叶うなら、次にどこへ転送されるか分っていればいいのですが」
俺もうなずいた。当然、その方がやりやすいよな。しかし、あらかじめ順番を決めておくと、おそらくパターンを読まれてしまう。魔族ってのは、人間より知能が高かったりするみたいだからな。
「お前とキウイが直接やり取りできれば、一番いいんだがな」
今のところ、キウイもそんな便利な魔法は使えないようだ。
しかし、この戦術はなかなか有効だ。相手を攪乱させ、時間を稼ぎつつ、体力を削ることができる。致命傷を与えるのは難しいが、そんな大技てのは大抵時間がかかるものだし。
今夜も歩哨に立ってもらうので、あまり疲れさせてもいけない。グインと話して、今日はこのくらいにしておき、野営するたびに少しずつ繰り返すことにした。
魔族との戦闘で、この世界の兵士は手も足も出ずに死んでいった。なんでも、レベル二十の達人となると、戦士でも身体強化の魔法の一種である「闘気」と言うのを扱えるようになり、皮膚で弓矢を弾いたり、剣の一振りで大岩を砕く事ができるようになるとか。
ただ、大抵の戦士はその域に達する前に死んでしまうそうだ。戦死か老衰で。そうならないように、アシストしなきゃな。
ちょうどそこへ、罠を仕掛け終えたトゥルトゥルが戻ってきた。
そろそろ夕飯だ。三人で野営地へと戻ることにする。
******
翌朝、朝食前にトゥルトゥルが罠を見に行くというので、同行することにした。この子がどんな罠を使うのか、ちょっと興味があったからだ。
「やった! ご主人様と二人っきり! ご主人様を独り占め♡」
はしゃいでるけど、なんか違うぞそれは。
森の中の道なき道を進むが、トゥルトゥルにははっきりと道がわかるらしい。いわゆる獣道というやつか。ごくわずかな下草を踏み分けた跡が手掛かりになるという。
一つ目の罠では、定番の野兎がかかっていた。かなり大きな体が、木の枝から宙づりになっている。ちょっとかわいそうな気もしたが、エレのお肉になってもらわねばならない。ナムナム。屠って血を抜いたあとは、丸ごとアイテムボックスに仕舞った。
トゥルトゥルによると、一度に仕掛ける罠は三つ程度だという。理由は、二つ以上かかっても、彼(彼女じゃないよ)の力では運べないからだ。三つすべてにかかることはまれだが、その場合は三つ目の獲物は放してやるという。無駄な殺生をしないというのは感心だな。
二つ目の罠も野兎だった。こちらもすぐに屠ってアイテムボックス行きだ。
「今日はアイテムボックスがあるから楽だなー♡」
トゥルトゥルはご機嫌だ。
「これなら、三つ目の罠にまでかかっていても、いつもみたいに解放しないで持ち返れるね」
良いことだ。エレのごはん的に。
そして、その三つ目の罠だが。
「これは……大物だな」
野兎どころではない。体重だけなら俺に匹敵するくらいだ。ダイエット成功して七十キロ切ったくらいだが。……その肉体が、野兎と同様、後ろ足を罠にひっかけて逆さ吊りになってる。
「でっかいブタ。肉がたっぷり取れますよ、ご主人様」
トゥルトゥルはご機嫌だ。
しかし、俺は頭を抱えた。そのブタに似た生き物の前足が、人間のような指を持ってたからだ。しかも、その両目は俺に向かって何か訴えてる。鳴き声は確かにブタに似ているが、イルカやクジラの声がそう聞こえるくらいには言語っぽい。
「おにく、おっにく♪」
トゥルトゥルは唄いながら短剣を取り出し、獲物の首に突き立てようとする。両手があるのに、ブタモドキは抵抗しようとしない。
慌てて止めさせた。
「どうして? ご主人様」
その、何かというとウルウルするのやめなさい。
「この獲物、変わってるだろ? ミリアムに見てもらおう」
というわけで、生きたままアイテムボックスに直行。野兎とは別にした。
「帰るぞ、トゥルトゥル」
「はーい」
なんとなく、一刻を争う気がしたので、転移で野営地に向かう。
「……オーク・プリンセスって出てるけど?」
野営地に戻ってミリアムに鑑定してもらって、この一言で面倒を抱え込んだのが確定。
しかし、ケンダーがいるこの世界で、D&Dとは違う解釈のオークとは。この
確かあのゲームでのオークは、「生まれついての暴力的で邪悪な存在」じゃなかったか? この子は言葉は通じないけど、間違いなく知性とか気品を感じられる。
「気品」というと曖昧だが、「相手の善意を信じる意志」だろうか。現に、この子は出会った時からずっと、俺の目を見つめている。
その時、キウイが警告してきた。
『森の中より、多数が接近してきます』
わぁ! 団体さんのお着きだあ。
仕方ない、こちらも出迎えないとな。
グインを呼んで、オーク・プリンセスを文字通り「お姫様抱っこ」してもらう。もしかしたら衣類をまとう習慣があるかもしれないので、シーツにくるんで、だ。
外に出ると、森から出たところに横断幕が翻ってた。
「ヒト族よ。我々は『
誤変換はそれなりの
これではっきりした。この世界のオークは、曲がりなりにも文字を、それも他種族の文字を学習して使いこなせる存在だ。そして、彼らは粗末ではあるが、確かに衣類を着用していた。
俺は声を張り上げて叫んだ。
「気高きオークの民よ。あなた方の姫君は私たちが保護した。怪我もないので、すぐにでもお返ししたい」
グインが抱きかかえてるオークの姫君を示す。ヒト族の言葉が書けるなら、聞き取れると信じてもいいはずだ。
はたして通じたらしく、オークの集団にどよめきが走った。
良かった。下手すると、種族間全面戦争になりかねない。それで喜ぶのは魔族だけだ。
……と思ったのは早計だった。
『危険感知。森から矢が来ます』
キウイの合成音声と共に、オーク姫を抱いたグインの横にゲートのシールドが生じる。カツン、という音と共に弾かれる矢。草地に落ちたのを拾い上げると、その矢じりからは茶色い液体が滴ってた。
オークの集団は騒然となった。アイテムボックスのゲートが生じるときの魔法陣は目立つからな。
しばらくの間、森の中で大騒ぎがあったが、やがて簀巻きにされた数名のオークが引きずられてきた。
どうもオークたちの口はヒト族の言葉に適さないらしい。さっきの横断幕の裏側に何人かが知恵を寄せ合って文字を書いている。やがて、それが広げられた。
「ヒト族よ。我らが一族の『防寒』から姫をお守り頂いて『観劇』に耐えない。我らはヒト族と『遊行』を結ぶことを欲す」
誤変換はどうか脳内補正で。
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