1-11.泣き虫勇者の伝説

 夜の酒場の一角で、竪琴を構えた吟遊詩人が唄い出した。茶髪の線の細いイケメンだ。


 商業の都として栄えたペイジントン

 その繁栄は一夜にして潰えた

 西の空より黒き影来たる

 そは魔族、邪悪な意志で人々を貪り喰らう

 国軍の精鋭もたちどころに敗れ

 もはや民草を護るものなし

 もはや民草を救うものなし


 魔族は街を破壊し、太守の館にまで迫る

 空は魔物に埋め尽くされ

 もはやこれまでと誰もが諦めた時

 無数の刃が魔族を切り刻む

 何度もよみがえる魔族と

 見知らぬ勇者の死闘

 名もなき勇者の奮戦


 東の空が白むころ、勇者は勝利する

 街に押し寄せた幾万もの魔軍は消えさり

 朝日が勇者の涙に輝く

 名もなき勇者を人は呼ぶ

 嘆きの聖者、いたわりの勇者

 涙の勇者と

 泣き虫勇者と


 戦いは終われども、勇者に安息はあらじ

 破壊された街を巡り

 瓦礫の中から人々を救い出す

 助かった人と抱き合って泣き

 助けられなかった骸を抱きしめ号泣する

 人は彼を泣き虫勇者と呼ぶ

 泣き虫勇者と人は呼ぶ


 勇者は名乗らず、報いすら求めず

 密かに街から姿を消した

 人々の記憶にあるのは

 黒髪と黒い瞳

 涙に濡れて泥に汚れた顔だけ

 人は彼を泣き虫勇者と呼ぶ

 泣き虫勇者と人は呼ぶ


 真の勇者とは誰か

 強大な敵に立ち向かい、雄々しく戦う者

 だが、その陰で傷つき苦しむ民草を

 涙を流して救おうとする者こそ

 誠の勇者と呼ぶにふさわしい

 人は彼を泣き虫勇者と呼ぶ

 泣き虫勇者と人は呼ぶ


 泣き虫勇者よ、今はいずこに

 あなたはまだ泣いていますか

 まだ悲しみは終わりませんか

 いつの日か、あなたの涙が止まりますように

 勇者に微笑みが訪れますように

 微笑みの勇者と呼ばれますように


 竪琴の最後の旋律が消え去ると、酒場は喝采で満ちた。


 俺はどうにもいたたまれなくなって、カウンターに銀貨一枚を残して立ち去った。称賛なんて俺には似合わない。俺はできそこない勇者だ。卑怯者だ。

 ……足元にゲートを開いて、今すぐ自分自身を深淵投棄してしまいたい。


 ここはペイジントンから西へ、馬車で三日ほどの宿場町。

 街道を挟んだ反対側の宿に戻ると、ミリアムたちはまだ起きていて、一階の食堂に集まっていた。


「情報収集の方はどう?」

 俺はミリアムに答えた。

「泣き虫勇者だってさ、俺は」

 ペイジントンの噂がここまで届いているとはな。


「すっかり伝説の勇者ね」

 ミリアムにからかわれた。

「たったの十日かそこらで伝説かよ」


 俺にとっちゃ、トラウマ級の悔いがあるんだけど。しかも、髪と目の色をバラされてるし。これじゃ折角用意した仮面やカツラが無駄になるじゃないか。


 情報と言えば、気になるのは魔族の動きだが、この辺ではまだ話題になっていなかった。魔族が来るのはもっとずっと西の彼方なのだろう。魔王とやらも、きっとそのどこかにいるはずだ。

 魔族の先兵ですらあんな苦戦したのだから、魔王を倒すなんて気が遠くなる。それでも、逃げ回れば被害が増え、悔いが残るばかりだ。前に進むしかない。


 幸い、ペイジントンからここまでは、魔物も盗賊も出なかった。酒場での噂では、魔物が増えると盗賊は減るらしい。よく考えれば、森などに潜む山賊は、魔物から見たら恰好のエサだろう。


 西方こっちに来て良かったのは、異種族への偏見が薄れてきていることだ。現に、この宿ではみんな同じ屋根の下に泊まれてる。部屋割は、俺とエレとキウイ、女性陣のミリアムとアリエルとトゥルトゥル、男性陣のグインとギャリソンとジンゴローだ。

 ……トゥルトゥルだけは男の娘だが、そこはあえて突っ込まない。


「ここで一泊したら、またしばらく馬車の旅だ。早く寝て、旅の疲れをいやしておこう」

 倉庫だった家はザッハに引き渡したので、すでに旅の準備中から中庭で野宿だった。一週間ぶりのベッドはありがたい。

 キウイを充電しながら枕元に眠るエレ。大きくなったもんだ。そろそろ大型犬のサイズ。おかげで充電もどんどんできる。食べる方もすごい勢いだが。

 旅の間に、トゥルトゥルに狩りをお願いするかな。大物だと手に余るだろうから、グインにも手伝ってもらうか。

 そんなことを考えているうちに、俺は眠りについた。


********


 翌朝、かなり日が昇ってから起き出し、顔を洗って着替える。一階の食堂に降りると、もうみんな揃っていた。


「おはよう」

 皆もそれぞれで挨拶する。

「遅いわよ。起こしに行こうかって、みんなで話してたの」

 ミリアムに叱られてしまった。


「ごめん。疲れが溜まってたんだな」

「別なモノも溜まってたんじゃ~?」

 トゥルトゥルがニマニマしながら両手をワキワキさせる。


「そんなことを言う悪い子はこうだ」

 頭だけをアイテムボックスにしまう。もちろん、ゲートは閉じてない。はたから見ると、首を置き忘れたデュラハンだな。

「わーっ、ごめんなさい許してください、ご主人様!」

 出してやると、涙目になってた。ちょっとやりすぎだったかな。

 こんなおふざけができるのも、俺たち以外に客がいないからだ。


 そこへ、宿の女将さんがみんなの食事を運んできた。

「はいよ、朝食八人前ね」

 一人分多いのは、もちろんグインが二人前食べるからだ。いざとなったら最前線で体を張ってもらうのだから、体力作りも仕事の内だ。


「女将さん、この時期はこんなに旅行者がすくないのかい?」

 愛想笑いが曇った。

「今まではそんなでもないんだけどね。最近は西への客が酷く減ったね。逆に、西から来る人は増えたようだよ」


 この宿場町は東西に走る街道の両脇にあり、北側は西から東、南側は東から西へ走る馬車が入りやすいように道が接していた。そのせいで、今は南側が寂れてきているようだ。それもあって、夕べは北側にある酒場に脚を伸ばしたのだった。


「西の方でも、魔族が暴れてるんだろうか」

 水を向けると、女将さんはますます顔を曇らせた。

「嫌だねぇ、商売あがったりだよ」

「タクヤ」

 ミリアムが割り込んできた。

「みんな、食べるの待ってるわよ」

 しまった。ギャリソンがいつも、主人より先に奴隷が食べるわけにいかない、て言ってたっけ。


「いただきます!」

 俺がスープに口を付けると、みんな一斉に食べだした。

 寂れているとはいえ、味はまぁまぁだった。女将さんによると、別に宿場の南北で対立しているわけではなく、北の宿の客も時々こちらに買い物や食事に来るのだと言う。小さな宿場だから、片方で全て間に合うわけでもないらしい。


 旅を続ける前に、いくつか補充しておきたいものがある。片目を閉じて、キウイの画面にメモ帳を開き、買い物リストを念話で記入する。これは非常に便利だ。いつでもどこでも、キウイのパソコンとしての機能を使える。究極のモバイルコンピューティングだな。


 まず、水だ。1立方メートル、1トンは欲しい。これは、格納はアイテムボックスだし、裏手の井戸を使っていいと言うから問題ない。水浴びのためにも、このくらいは必要だ。

 ちなみに俺の贅沢ではなく、アリエルのためだ。人魚なので、日に一度は沐浴をしないと乾燥肌になってしまうらしい。ペイジントンに来るまでは辛かったようだ。


 次に食料だが、エレの食べる量が思いのほか増えてるので、生肉が不足気味だ。夕べ考えたように、グインとトゥルトゥルに狩りをしてもらうつもりだが、酒場で噂になってたように魔物が西側で増えているなら、普通の野生動物が減ってるかもしれない。

 ただ、この辺で売ってるのは塩漬け肉ばかりだ。塩出しした肉を、ちょっとエレに試してもらおうか。


 後は薬だ。この世界にはいわゆる魔法薬や治療魔法が見当たらない。旅の途中に戦闘や病気となった時を考えると、普通の止血剤や消毒薬、解熱剤で良いからそろえたい。

 ペイジントンの薬屋は中央通り沿いに多かったから、ほぼ全滅だった。わずかに残ったものも、市内の怪我人で使い尽くされていた。


 この魔法薬や治療魔法については、ここまでの馬車の上でミリアムに聞いてみた。

「怪我人を沢山助けたけど、治療のしようがなくてね」

 ペイジントンでのことを話すと、ミリアムも沈痛な面持ちで言った。

「主神七柱の神官たちなら、癒しの祈祷をしてくれるわ。お布施がいるし、時間もかかるけど」

 重傷者の場合、何人も交替しながら何日も祈り続けるのだとか。


「そうか……あんなに被害者が多くなると、手が回らないんだな」

 対価が後払いとなる魔術とは対照的に、神への祈りはそれ自体が対価なのだろう。機会があったら調べてみたい。


「大昔にはエリクサーなどの優れた魔法の治療薬があったらしいの。でも、極めて特殊な材料や触媒が必要なので、その製法や術式そのものが失われて久しいわ」

 エリクサーはアラビア語起源。ギリシャ語ならエクセリオンのはず。俺の半端なオタク知識によると。こっちでエリクサーと呼ばれてるのは、これを探し求めた勇者が昔、南の大陸に居たかららしい。あっちはアラビア風なのか。

 ……てのは置いといて。


「その、特殊な材料とか触媒って?」

 興味を引かれたので聞いてみた。

「材料は竜の鱗や髭などらしいわ。触媒というのは、上位の魔法を使うときに必要な物なんだけど、何なのかは不明なの」

 竜とは参ったな。魔族以上の難敵だ。さらに正体不明の触媒か。


「大昔は、竜を狩ってたのか?」

「まさか。竜と人が盟約を結んでた時代があったの。もう失われてしまったけど。その頃は、自然に抜け落ちた鱗や髭を竜たちからもらって、かわりに人はお酒や山羊などを捧げてたらしいわ」

 なるほど、持ちつ持たれつか。酒と山羊を手土産に竜の里を訪れるのも良いかもしれない。


「竜はどこに住んでるんだい?」

 ミリアムは困った顔になった。

「はるか西にある山脈のどこか、というくらいしかわからないわ。もう何百年も人間の前に現れてないので、魔王以上に資料が少ないの」

 うーむ。意外と絶滅危惧種だったりして。


 もし、なんとかして魔王を倒せたら、そのうちに行ってみよう。正直、それくらいの考えでしかなかった。……この時は。


********


 塩出しした肉は、エレには絶賛大不興だった。

「へんなあじ」

 と言いながらも少し食べてくれたが、その後で全部吐いてしまった。可哀想なことをした。


 そんなわけで、宿場を出たらトゥルトゥルとグインに狩りをお願いしよう。

 水の方は、井戸の釣瓶のそばに樽を置いて、グインに汲んでもらってる。もちろん樽はダミーで、その中にアイテムボックスのゲートを開いてある。一斗樽なのにその何十倍も入るわけだ。


 薬はギャリソンに頼んだ。人種的偏見さえ相手になければ、この手の交渉が必要なことには向いているようだ。

 俺はというと、ジンゴローと一緒に馬車の整備だ。中古で買ったせいか、どうも前輪の車軸の調子が悪いのだ。調べてみたら、軸受けに亀裂が入っていた。


「早めに気付いて良かったですな、旦那」

 ジンゴローがニカッと笑った。

「確かに。このまま走ってたら事故になってたかもしれないからね」

 異常に気付いたら早めに対処するのが鉄則だ。


「しかし、手持ちの工具で軸受けを作れるかな?」

 ただの軸を通す穴の開いたパーツに過ぎないが、これだけの太さの穴を正確に開けるなら、出来ればボール盤が欲しいところだ。


「宿場町なら、馬車の整備をする店くらいあるはずですぜ」

 それもそうだ。宿の女将に聞いてみると、北側の宿場に一軒あるらしい。

 車輪などの外したパーツをもう一度付け直す。もちろん、ひびの入った軸受けもだ。馬も付けて、北側の整備屋まで走らせる。

 着いたところは、整備屋というより鋳掛屋の延長のようなところだった。店の親父との交渉をジンゴローに任せて、俺はこちら側の雑貨屋を覗いてみた。女性陣が来ているはずだ。


 店内はペイジントンのザッハの店より狭く、置いてある品も素朴だった。それでも時々、西の国々からの物が混ざっていて、異彩を放っている。雑貨だけでなく、衣類も置いてあるようだ。


「あ、ご主人様!」

 両手に色々な小物を抱えたトゥルトゥルが駆け寄ってきた。これはもう絶対、店を出る前に身体検査だ。


「ミリアムとアリエルは?」

「あっち」

 カーテンの向こうを指さす。

「試着か」

 西の国の衣裳が珍しかったのか、中からは「これカワイイ!」とか嬌声が響いてきた。


「よし、一人当たり銀貨五枚までの予算なら買っても良いぞ」

 ちょっと大きめの声で言うと、カーテンからアリエルが顔を突き出した。

「ご、ご主人様?」

 はずみで胸元まで見えてしまったが、ひそやかな眼福ってことで許してもらおう。

「そんなにいただくわけには……」

 うーん、だって日本円換算で五千円だよ? 魔核を換金した大銀貨デカスタが、まだ十枚くらい残ってるし。


「いいってば」

 ミリアムと合わせた銀貨スタテル十枚を握らせる。貨幣は専用のアイテムボックスに入れてあるので、人目さえなければ、いつでもどこでも取り出せる。絶対にすられないしね。


 次はトゥルトゥルだ。

「ほら、欲しいものはこれで買いなさい」

「うわぁ、ありがとうご主人様!」

「だから、まずはポケットなどの中に入ってるのはお店に戻そうね」

 きょとんとしてやがる。俺は容赦なくトゥルトゥルの服をまさぐった。

「ああっ、ご、ご主人様だめぇ♡」

「毎度そんな声出すのやめなさい。誤解されるだろう」

 小物だの何だの、出るわ出るわ。


「全部お店に戻して、本当に欲しいものだけ選んで買いなさい。予算内でね」

 女性二人は当分試着室から出てこないだろうから、俺が見張ってるしかなさそうだ。

 結局、馬車の修理に時間がかかることが分り、出発は明日の午後となった。なので、男性陣三人にも銀貨五枚ずつを与え、羽根を伸ばさせることにした。

 ……のだが、なぜか夕方から北の酒場に乱入となり、朝まで飲む羽目になってしまった。


 どうもギャリソンが滔々とうとうと、様々な酒の銘柄の薀蓄うんちくを語っていた気がするが、よく覚えていない。そして意外にも、一番酒に弱いのはグインだった。個人的なのか種族的なのか分らないが……。

 いざ帰ろうと言うときに、俺と小人族二人で酔いつぶれた巨体を担いでいくのは無理過ぎだった。なので、店の人に頼んで外まで運んでもらって、人目を忍んでアイテムボックスに入れて連れ帰った。


 結局、二日酔いのグインが回復するまで出発を見合わせていたので、さらに一泊逗留することになってしまった。予定外の出費だ。


 伝説の泣き虫勇者としては、涙がとめどなく溢れます。

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