2-17.ミナミの国王

「まさか借金大王、シャッキングが実在するとはな」

 その日の夕食にて。ギャリソンがクラーケンの肉で作ったイカ料理を頬張りながら、俺はマオからトラジャディーナ王国の国王が来訪した本当の目的を聞かされた。


 要するに借金だ。「今ちょっとかねが足りないんだけど、きっとそのうちドン・ガバチョと儲かるから。その時返すんで貸して」だと。

 これが個人なら、銀行も何も「一昨日おとといきやがれ!」と追い返されるだろうが、国となるとちょっと違う。

 何しろ、人間には寿命があるから、少なくとも死ぬまでには借金を返しきる保証が必要だ。しかし、国には寿命なんてものはない。

 仮に滅亡しても、その領土や国民を元に新しい国が興る。そうなると、前の国が残した借金を受け継がない限り、周囲の国は独立国として認めない。認められなれば侵略され放題となるわけだ。


 二人目の魔王、オルフェウスが現れて、国内の迷宮が活性化し、魔核の生産量が増えているトラジャディーナ王国だが、それを買ってくれる財力が国内に充分なければ、どうしようもない。

 そこで、魔王討伐を名目に魔核を国が買い上げることになった。

 しかし、金貨を作るにはきんが必要。だから、帝国が百年溜め続けたきんを貸してくれ、と言うわけだ。


 ちなみに、魔核を輸出したとしても同じで、外国の金貨をそのまま国内で使うわけには行かないから、どの道、きんは必要だ。


「その辺、俺はどうしようもないし、ぶっちゃけ、興味も関心もないわけだけど?」

 マオの微笑みが微妙に悪魔的サタニックだ。

「例えば、今日手に入れたクラーケンの巨大魔核が、二束三文でしか買取りされなくなったら?」

 Oh……それは勘弁だ。確かに、どれだけ魔核を持っていても、誰も買いとるかねを持ってないのなら、値崩れするのは避けられない。


「で、マオとしては俺に何をして欲しいわけ?」

 俺は金属の地金としてのきんなんてほとんど持っていない。帝国の金貨なら個人レベルでは相当な額をもらっているが、国家予算レベルでは芥子粒だ。レベル一のスライムと九十九の魔王くらい差がある。


 俺の問いかけに対する、マオの答えが謎だった。

「勇者としての実績の提示です」

「なんでそこにつながるんだ?」

 勇者になったら錬金術でも使えるのならまだわかる。しかし、そんなわけがない。


「クラーケンを倒した勇者がいて、これから南の大陸で魔物退治をしてくれるなら、トラジャディーナ王国の経済発展も安定するでしょう。つまり、国家としての信用が増すわけです」

 なるほど。

 信用が増せば、帝国としてもきんを貸し与えやすくなるわけだ。魔王のせいであだ花的に潤ってるのでは支援する気になれないだろうが、その魔王を倒せる勇者がいれば話は違ってくる。異例なことだが、本来は勇者と同時に存在しないはずの皇帝本人が、非公式とはいえ俺を勇者として認めているわけだし。


 ……そう言えば、きんは無いけどダイヤモンドなら、でっかい塊で持っているな。

 竜の谷で手に入れた奴が。売り払おうにも、そのままでは出所が怪しすぎる。そこでこの間、ゲート刃で握り拳くらいの大きさに切り出して、いわゆるブリリアントカットのつもりで仕上げてみたんだが。やっぱり、宝石のカットは専門家でないと厳しいね。


 先日、ミリアムに見せたら目を丸くしてた。

「これ……本物?」

「いや、鑑定してみたら?」

 早速、呪文を唱えるミリアム。

「カットは独特、というか適当だけど、確かにダイヤよ」

 何分、素人の作品なのでスイマセン。

「一体どこで?」

 竜の谷で手に入れた経緯を話したら、卒倒しそうだった。

「そんなの世間に知られたらパニックだわ」

 いや、空でも飛ばないとたどり着けないし、竜に追い回されながら採掘なんて無理でしょ、普通。


「これ、カットがアレだけど、売れないかな?」

 言ってみただけです。けど、真顔で聞かれてしまった。

「誰が買うの?」

 確かに、このサイズじゃ誰も買わないな。

「君に上げようかと思うんだが」

 女の子はみんな、光り物が大好きだからね。

 しばらく固まったあと、ミリアムはかぶりを振った。

「いくらなんでも、アクセサリには大きすぎるわ」

 はい、そうですね。指輪どころか、ネックレスでも無理です。

 ……なんて思って、ずっとアイテムボックスの肥やしにしてたんだが。


 マオの話で思い出したので、久しぶりに取り出してみた。

「ところでマオ、このダイヤモンドを見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく……大きいです……」

「でかいのはいいからさ。このままじゃおさまりがつかないんだよな」

 マオも用途について考え込んでる。その彼を見ていた俺は閃いた。

「いいこと思いついた」

 マオと言えば皇帝の補佐官。こんなの付けられるのは、皇帝や国王の冠くらいだ。

「トラジャディーナ王国に着いたら、国王に献上するのはどうだろう? 皇帝陛下には一回り大きいのを贈ればいい。何なら、他の王国にも」

「アッーー!」

 声にならない叫びをあげたマオの瞳が、ダイヤに劣らず輝きだした。

「それです! 勇者としての実績の提示!」


 早速、夕食後にジンゴローと二人でダイヤの加工をした。俺がゲート刃で大まかに切り出している間に、ダイヤを固定する治具をジンゴローに頼んだ。おかげで、ダイヤのカット具合もそれなりに改良されたと思う。


 翌朝、俺とマオで帝都に転移する。マオ一人で行かせても良かったが、対価が蓄積するとまずいので。往きが俺、帰りがマオだ。帰ってから、キウイの対価に十分余裕があれば、マオの対価をギリギリまで引き受けさせる。マオの魔核がこれ以上成長するのだけは避けたいからね。


 マオのおかげで、皇帝のいる天空の城は顔パスだった。俺は例の仮面を付けてるので、一人だったら絶対ひと悶着あったろう。

 が、マオが「こちらが噂の『涙の勇者』殿です」などと言えば、誰もがすぐに信用してしまうのだ。コイツ何か、ヤバイ魔法を使ってないか? 精神系・洗脳系の。


 というわけで、すんなりと皇帝陛下に謁見が許された。以前は文字通り雲の上の人だったけど、随分気安く会えるようになったもんだ。

 皇帝本人が気さくな性格だったのが意外だ。皇帝には面が割れているので、仮面は外した。

「勇者よ、旅は順調であるかな? 先日は港湾都市エルベランで爆弾テロを防いだと聞いたが」

 嫌なことを思い出させてくれる。

「防げてはいません。自爆させられた女性は助けられませんでしたから」

 俺にできたのは、女性を抱えて人のいない路地へ駆け込んだことだけ。それだってキウイの緊急対応の身体操作で、俺は本当に指一本動かしていない。


 俺のそんな様子を見て、皇帝は話題を変えた。

「ところで、オーギュストが遠話で伝えてきたのだが、余に献上したいものがあるとか」

 そう、それが本題。

 ちなみに、オーギュストはマオの本名だ。聞くまで忘れてた。

「以前、竜の谷を訪れた時に入手したのですが、使い道もなかったので放置していたものです」

 アイテムボックスからダイヤを取り出す。

 ちなみに、加工のために固定する治具を応用して、転がらないようにする台をジンゴローに作ってもらった。


 ダイヤを見た皇帝陛下の顎が下がった。余りにも馬面なので、不敬罪になるからなるべく見ないようにしよう。


「一番大きいものを皇帝陛下に。冠に飾るのが良いかと思います。一回り小さいものを、帝国と盟約を結んでいる諸国の国王へ。陛下の名で下賜されれば、皇帝の威光はなおさら増すでしょう」

「……なるほど、それは妙案だ。早速手配しよう」

 皇帝が眉を上げると、部屋の隅から侍従らしきジーサマが駆け寄ってきた。歳の割に、足腰が達者だな。

 彼も一瞬、ダイヤに目を奪われたが、皇帝の命を受けると俊足で部屋を後にした。


「ダイヤですが、トラジャディーナ王国には私自らが献上しに行きます。この後、南の大陸に渡りますから」

 俺の言葉に、皇帝はうなずいた。


 昨日の昼頃まで国王は帝都にいたが、謁見の後、帰国の途に就いたという。まぁ、出先でこんなのもらっても、道中が心配になるわな。


「ところで、それに関して勇者に一つ頼みたいことがあるのだが」

「なんでしょうか?」

「実は、エルベランの太守から、クラーケンと思われる魔物の被害で船が出せないとの報告があってな」

「ああ、それなら昨日退治しました」

「なんと!?」

 傍らでマオが頭を掻いた。

「済みません、報告漏れでした」

 男のくせにテヘヘペロすんな。


「そんなわけで、今夜の船でこちらを出ますから、早速ですが失礼します」

 要件は済んだから、急いで帰らないと。

「それは残念だ。宴でもてなそうと思ったのだが」

 エリクサーが完成したら帝都に戻らないといけないから、その時にと約束し、俺とマオは転移で港湾都市に戻った。


 ちなみに、トラジャディーナ国王より俺たちの方が一足先に到着しそうだが、どう考えても真っ直ぐ王都や迷宮にたどり着けるとは思えないので。今までの経験からしてね。


 いや、そんなこと思うとフラグ立っちゃうよな。今までの経験から言って。


******


 その夕方、ようやく船が出た。


 元の世界でも同じかもしれないが、どうやらこの世界の港では、出航時間と入港時間が分れているらしい。昼間が入港、夜が出航なのだそうだ。

 港湾事務所で職員に聞いたところ、何でも海岸では、昼は海から陸へ風が吹き、夜は逆になるのだという。大地は温まりやすく冷えやすいのに対して、海水は温まりにくく冷えにくい。そこで、昼間は陸上の空気が温まって上昇気流が起こり、海から空気を引き寄せて風を起こす。夜はその逆だと言うことだ。


 出航が夕刻になるのはそのためで、帆船にとっては陸から海に吹く風に乗れば都合がいいわけだ。

 ものは聞いてみるもんだな。一つ賢くなった。


「船だ! おっきー!」

 トゥルトゥルは大はしゃぎだ。いかんな、両手をしっかりホールドしておかないと、例の癖が出そうだ。俺はミリアムと目を見合わせた。


 この船には、俺たちの馬車と馬たちも載せるスペースがあった。カーフェリーだな。馬は馬車から外されて、隣にある厩舎で係員に世話をされるそうだ。

 任せっきりでも大丈夫だろうが、時々様子を見に来よう。ギャリソンもグインもそのつもりのようだ。


 船員によると、船は港を出てもすぐには外洋に出ないらしい。夜遅くに陸からの風が強まるまでは、湾の中央で待機なのだそうだ。

 大海原を満喫できるのは明日のお楽しみだ。船内の食堂に行って、料理を味わうことにしよう。

「お魚だ! お魚がいっぱい!」

 トゥルトゥルがまたも大はしゃぎ。


 食堂はビュッフェ形式だった。

 好きな料理を皿に取って食べられるのだが、船の上だから魚料理が大半を占めていた。肉大好きなグインだが、魚も嫌いではないらしい。

 てことは、エレにはどうだろう?

 丁度、一角に刺身が盛られていた。イカやタコは食べなくても、刺身はあるんだな。やはり醤油は無いが、魚から作る魚醤はあるようだ。ナンプラーみたいな香りで、旨味が豊富。


 エレに聞いてみた。

『エレ、生の魚、食べてみるか?』

『うん、たべてみる』

 二、三切れを皿に盛って、部屋の隅で目立たないようにアイテムボックスを開き、エレの前に置いてやった。エレは前足で刺身を掴むと、もぐもぐ食べ始めた。

『かわったあじ。あぶらがなくて、すっきりしてる』

 マグロかなにかの赤身の部分だからね。気に入ったようだ。


 これなら、洋上で生肉の補充で悩まなくていい。あー、でも出港しちゃうと獲れたて新鮮な魚は手に入らなくなるか。今のうちに少し余分にもらっておこう。


 俺は一旦ゲートを閉じると、刺身のコーナーに戻り、別の皿に多めに取った。そして、部屋の隅で再びエレに与える。

『食べ終わったら教えて。足りなければまだあるからね。残ったらしまうから』


 エレが食べてる姿は何とも可愛いのだが、あまりゲートを開きっぱなしにして人目を引いてもマズイ。ゲートを閉じて自分の食事に戻った。


 今度、ギャリソンに頼んで魚を丸ごと調達しよう。エレ用には、生肉の他に生魚用の冷蔵アイテムボックスを用意するか。


 で、問題は食事の後に起こった。

「タクヤ、大変よ。トゥルトゥルが見当たらないの」

 そりゃ一大事だ。

 一人でうろちょろするなと言ってあるんだが、好奇心に負けたのだろう。海に落ちたら最悪だが、それ以上に船の中の物に無意識に手を出す確率が高い。


 みんなで手分けして探すことも考えたが、もう夜も遅いから船内を騒がせたくない。今朝の転移で対価がもったいないが、遠話で呼び出すことにした。

『トゥルトゥル、今どこにいる?』

『あ、ご主人様♡今ね、船員さんに頼んで、船橋ブリッヂを見せてもらってるの』

 やれやれ、ほっとした。

 他の乗客の部屋に潜り込んでたりしてたら大事だからね。何かに夢中な間は、コイツの悪い癖は出ないし。


 俺はみんなに伝えた。

「あいつは今、船橋を見学中だ。俺が引き取りに行くから、みんなは先に部屋に戻っていてくれ」

 みな一安心で、部屋に向かった。俺は船橋へ。折角だから、俺も見学しておこう。


 この船の船橋は、船首から少し下がって甲板から一段高くなったところだった。周囲には手すりがあるだけで、露天だ。見晴らしがよくて、船尾の方向には港の明かりが見えた。

 しかし、雨や嵐の時は大変だろうな。


「どうも、うちの子がご迷惑を」

 入り口から、当直の船員に声をかける。そのすぐ横にトゥルトゥルが居た。

「ご主人様だ♡」

 ぱっと駆け寄ってきて、俺の手を取る。


「可愛いお嬢さんですね」

 船員は微笑んでそう言った。

 うーむ、この誤解、解いた方がいいんだろうか。

「違うよ、ボクはご主人様♡の奴隷なの」

 その表現、俺がとんでもない変態野郎に聞こえるからやめて。船員さんの笑顔が固まってるし。


「うちの奴隷はみんな、俺の家族なんで。こいつは手のかかる一番下の妹みたいな感じです」

「……はぁ、そうですか」

 うう、あんた今、俺とコイツのあーんなシーンとか妄想したろ。顔に書いてある。まぁ、責めないよ。立場が逆なら俺も同じ事を思うだろうからね。


 とにかく、話題を変えないと。

「折角だから、私も船橋を見学したいんですが、よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」

 まず見せてもらったのは舵輪。舵を動かす奴だ。今は碇を降ろして停泊中なので、自由に回させてもらった。

「右ー! 左ー!」

 トゥルトゥルが夢中で回していた。


「船では右を舵取舷スターボード、左を港舷ポートと呼ぶんです」

「左が港舷なのは、こっち側で接岸するからですか?」

 船員がうなずいた。

「昔の船は、船の右側に舵がついてました。今の小舟もそうです。なので、右が舵取舷。舵が邪魔にならない左側で接岸するので港舷となります」

 なるほどな。


「国ごとに言葉は違いますが、意味は一緒です。船乗りは世界中を回りますからね」

 そうか、異世界でも船乗りは国際人だな。左舷で接岸するのも世界共通らしい。確かに、その方が港の施設も使いやすいだろうね。


 あとは羅針盤を見せてもらった。

 船橋の中央にその台があり、透明な油の入った平たいガラスの器の中に、磁石の針が軸に支えられて浮いている。油が入っているのは、針の細かい揺れを抑えるためだという。要は大型の方位磁石だ。


 船員に礼を言って、トゥルトゥルの手を引いて船橋を後にした。

 もちろん、船内に戻る前に身体検査は済ませた。なにも出てこなかったので助かった。


 その夜は部屋に戻って寝るだけだった。ちなみに、一等船室を三部屋だ。俺とエレ、男子組、女子組。流石に値が張ったが、宿屋と一緒だ。


 俺は、エレと色々なこと、特に今日食べた刺身のことを念話で話して寝た。


 ……で、本当の一大事は、翌朝に起こった。


 一同、朝食を食堂で取ってから甲板に上がる。船は夜の内に湾を出て、既に大海原の中だった。潮風が気持ちいい。


「我が君、二時の方向に別な船が見えます」

 グインが梶取舷、つまり右側の斜め前を指さす。

「クラーケンがいなくなったから、漁師たちが船を出したんだろう」

 客船ならこの船が一番最初に出航したから、それより前にいるのは客船ではないはずだ。


「どうも、漁師の船ではないようです。妙な旗を掲げてますし」

 妙な旗?

 俺も遠隔視でグインの指さす方向を見た。確かに漁船ではない。二本マストで、この船のようにマストの横木から帆を吊るす横帆ではなく、三角形の縦帆が主だ。その構造のせいだろうか、追い風で進むこの船へ向かって、つまり風上に向かって斜めに進んでいる。


 だが、何よりもそのマストにはためく旗だ。黒字に白く、ドクロとぶっちがいの骨が染め抜かれてる。この世界でも、ジョリーロジャーがそのマークなのかよ。

 さらに、マストの上の見張り台から、船員が両手の小旗を振っているのも目に入った。

 キウイが報告する。

『マスター、手旗信号を解読しました』

 いつの間にそんなものを学習したんだか。が、それどころじゃない。

『停船せよ。海賊王に、俺はなる』


 ――誰だか知らんが、オマエは悪魔の実の食いすぎだ!

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