2-18.海賊か遺族か

 魔物が増えると山賊が減る、逆もまた真なり。

 同じことが海賊でも言えるのか。クラーケンを倒したおかげで海に出れるようになったのは、漁師や商船だけじゃなかったらしい。


 こうなったら戦闘準備だ。全員、一旦船室に戻り、非戦闘組はアイテムボックスへ退避。俺、ミリアム、グイン、マオは、装備を整えて甲板へ。


 と思ったら、トゥルトゥルが抗議してきた。

「ボクも戦うよ! こっちに海賊が乗り込んで来たら、これで狙い討ちだ!」

 Y字型の杖、フーパックを掲げる。これを使ったスリングショットの威力は侮れない。ペイジントンの戦いでは、空からの小物魔物を結構な数、倒していた。


「よし、じゃあ船の守りを任せたぞ」

 要は、こっちに乗りつけさせなければいいのだ。先手必勝。

 あとはグインが大剣を手にしていたので、長剣にするように言った。


「揺れる船の上では大剣だと動きにくいぞ。海に落ちたら手放すしかないしな」

 重い大剣を手にしてたら、浮いてはいられないからね。うなずいて、グインは長剣を腰にいた。


 ミリアムはいつもの長杖。マオは手ぶらだ。

「マオはいつも手ぶらだが、それでいいのか?」

 マオはクスリと笑った。

「百年も魔人をしてると、自分の体が魔力の発動体になっちゃうんです」

 発動体とは、魔力を発動するきっかけとなるものだそうだ。オーケストラの指揮者の指揮棒のようなもので、意識を集中するための物なのだとか。ミリアムは短杖と長杖を使い分けているが、これは呪文に込める魔力を調整するためだという。


 ちなみに、キウイの場合は俺自身が発動体らしい。俺が命じて、俺自身から魔力が発する。なるほど、これでは俺が魔法を使ってるようにしか見えないな。

 ……しかし、立場としては杖ですか。


 戦闘組で甲板に取って返す。海賊船はかなり近づいている。さっきは全体をざっと見るだけだったが、今度は遠隔視で一人一人の顔を確認する。


 ……何か知らんが、ありえねぇ面々だな。


 とりあえず、仮面を被った勇者スタイルで、ゲートボードに乗って船橋へ。

「義によって助太刀いたす。このままの進路を維持していただきたい」

 船長の徽章らしい派手な肩章を付けた人がうなずいた。


 みんなのいる甲板に戻り、戦闘組を乗せた。

 念のため、トゥルトゥルに声をかける。

「やばくなったら逃げろよ。アイテムボックスに格納するから」

 遠話のトゥルトゥル専用回線を開いておいた。

「みんなに危険がせまったら、教えるんだぞ」

「はい、ご主人様♡」

 だから、そのキメポーズはいらないって。遠隔視でわざわざ見なくても、声の感じで脳内に再生されてしまった。


 透明鎧と身体操作を起動し、マオにはミリアムとグインに防御の呪文を掛けてもらうように頼んだのだが。

「グインはレベル二十なので『闘気の鎧マヒスソラキ』をまとえますから。保護の呪文より強力ですよ」

 そうだった。戦士が身につける、呪文によらない身体強化の魔法なんだよな。


 ともあれ、ゲートボードで戦闘組と海賊船に向かう。むしろ目立った方がいいから、高度を取って進む。

 突然、右目に矢が当たって、透明鎧に弾かれた。やたら腕のいい射手がいるぞ。与一とか言わないよな?


 それが嚆矢こうしだったのか、次々と矢が飛んできては弾かれた。ミリアムはマオの物理防御の呪文で守られ、矢は弾かれている。グインは体の周囲に薄赤い光が取り巻いていて、これが矢を弾いている。

 「闘気の鎧」って凄いな。まるで魔法だ。

 しかしこうなると、矢がもったいない気がしてくる。身体操作を駆使して、飛んでくる矢を掴んで回収してみよう。


 近づけば矢も収まるだろうと思ったんだが、甘かった。目と鼻の先から、ガンガン射てくる。

 その射手がそろいもそろって、二十歳前後のオネーチャンなんですが。これって、女海賊団? やたら露出度の高い服装なので、眼福なんですが。


 困ったな。色々話しあう余地が有りそうなのに、透明鎧が活性化していると、声も通じないんだよね。長時間だと息も苦しくなるし。


 甲板を見ると、船橋らしい一段高くなったところに、腕組みをしてこちらを睨んでるマッチョな男がいた。アレが船長か。


 ゲートボードを船べりに近づけ、俺は甲板に飛び移る。……失敗。甲板を踏み破ってしまった。透明鎧が外からの力を弾いてしまうから、膝を屈めるタイミングがつかめなかったんだ。


『グイン、済まないけど、引っ張り上げてくれる?』

 遠話で頼んだ。すぐにグインは甲板に飛び降り、踏み抜いた穴から俺を引き揚げてくれた。下手に自力で出ようとすると、さらに船を壊しかねないのでね。


 呆気にとられたのか、矢が尽きたのか、攻撃が止んだ。透明鎧が不活性化し、音が戻ってきた。


 俺は深く息をついた。

「やれやれ、ようやく声が通じるな。会話が成立するかは別問題だが」

 そこへ、オネーチャンの一人が短刀を構えて突進してきた。しかし、キウイの身体操作より速く、グインが組み伏せた。


 ……豹頭戦士が若い女性を組み伏せてると、変な妄想が沸いていけない。

「武装解除したら解放してあげなさい」

 グインは短刀を取り上げて、女性を解放した。


 俺はグインを伴って船橋に向かった。女海賊たちが通り道を開けてくれるのは、グインに威圧されてるんだろう。俺じゃないのは分ってる。

「海賊王ってのはあんたか?」

 船橋ではマッチョな男が苦虫を噛み潰した顔で仁王立ちしていた。グインといい勝負の体格だ。


「俺はキャプテン・ネロ。海賊王には、これからなるところだ!」

 見た目どおりのドスの聞いた声でそう言うなり、ネロは剣を抜いて襲いかかってきた。それをキウイが身体操作でかわすと、グインが長剣を抜いてネロに打ちかかる。


 女海賊のオネーチャンも、短剣やこん棒などを手にかかって来た。グインはネロと対戦中だから、みんな俺をめがけて。

 女性にモテたいとずっと思ってたけど、これは違う。身体操作で攻撃をかわし、俺は目を回す。


 透明鎧が発動中なので、声が通らない。俺は遠話をかけた。

『ミリアム、マオ、こいつらをおとなしくさせる魔法はないか?』

『こんなに動き回ってたら、電撃がグインにもあたっちゃうわ』

 それはまずいな。闘気の鎧って、電撃も弾けるのかな?

『ありますよ、麻痺の霧オミヒパライシ!』

 マオが無詠唱で魔法を発動させた。たちまち、甲板の上に白い霧が立ち込める。女海賊たちが次々とくず折れていく。


『おいおい、グインは?』

『大丈夫です』

 見ると、グインの周囲だけ霧が晴れている。というか、霧がグインを避けているように見える。あれも闘気の鎧の作用なんだろうか?

 俺の方は、透明鎧が霧をさえぎってくれてる。衣服の間に溜まった空気しか吸えないからそろそろ息苦しいし、オナラをすると悲惨なんだ。


 しかし、ネロの方は霧にまとわりつかれても影響を受け付けないようだ。

『どうやら麻痺耐性の魔法具でも持ってるようですね』

 そんなものがあるのか。

『やっかいだな』

『グインに任せましょう』

 ネロとグインの真剣勝負。

 マオの言う通り、俺は見守ることにした。霧は次第に薄れ、消えていった。透明鎧が解除され、音が戻って来る。俺は深呼吸した。


 ネロも相当の使い手だが、グインのレベル二十は伊達ではない。ついにネロの剣は弾き飛ばされ、離れた甲板に突き刺さった。

「くそっ。オレの負けだ。好きなようにしろ」

 どっかりとその場に胡坐をかいて座りこむ。


 その前に歩み寄って俺は声をかけた。

「キャプテン・ネロ」

 しかし、色々混ざってそうな名前だな。

「あの船には俺の仲間が乗ってる。襲うのはやめてくれ」

「馬鹿かてめえは。はいそうですか、と行くとでも思ってるのか?」

 はい、思ってませんでした。それでも、だ。


「クラーケンは倒したんだ。漁に出るなりして真っ当に稼いだらどうだ?」

 ふん、とネロは鼻を鳴らした。

「てめえが倒したってのか?」

 俺がうなずくと、ネロは言った。

「ちーっとばっか、遅かったな。こいつらを見てみろ」

 女海賊のオネーチャンたちは、まだ倒れていた。良く見ると、オバチャンくらいの女性も混ざっているようだ。


「こいつらは全員、夫や父親をクラーケンに殺された寡婦や孤児さ。誰も面倒を見ようとしねぇから、俺の手下にしたんだ」

 甲板の上にいるだけで数十人いるな。船内にもいるなら百は下らないだろう。

「孤児ってことは、男もいるだろう?」

 ネロは再び鼻を鳴らした。

「ちびどもなら下だ。一人前になりゃ、男は自力で何とかなる。女を乗せる船なんてないからな」

 そう言えば、客船の船員は男ばかりだった。


「女を乗せない理由があるのか?」

「何も知らねぇんだな」

 すんません、異世界生まれなんで。

「海の女神は嫉妬深いんで、女が船に乗ると沈めるって言われてるんだよ。客船はまだしも、漁師は迷信深いんだ」

 なるほど、理屈は通るな。この世界には神も魔神もいるし。だからって海賊行為を認めるわけにゃいかんが。


 振り返ると、客船はもうすぐそこだった。女海賊たちは麻痺から回復したらしく、起き上がり始めている。

「手下を食わせるために金が必要なんだな?」

「あたりめぇよ」

 てことは、だ。

「金貨や銀貨はたいして無いが、これなら沢山ある。海賊をやめてくれるなら、あげてもいい」

 小ぶりなアイテムボックスを開き、中身を一掴み取り出す。掌の上で、大小さまざまな欠片が陽光を浴び、七色に輝く。透明鎧が働いて、一瞬音が消えた。


「ダイヤの切りくずだ。売れば結構な値が付くはずだ」

 例の巨大ダイヤをカットした時に出たものだ。切りくずとは言え、大きなものは親指の頭くらいある。

 輝く小片をアイテムボックスに戻し、亜空間の深さを減らし面積を広げると、欠片の小山が現れた。

 ネロは毒気を抜かれたようだ。

「こんなもの……いったいどうして」

「ちょっと宝石職人の真似をしてね。あ、鋭いから素手で触ると怪我をするぞ」

 女海賊の一人が手を伸ばそうとしたので注意した。


「壺か何かに入れるのが良いだろう。袋だと多分、破ける」

 別の女海賊が壺を持ってきたので、亜空間を縦長にしてそこに流し込んだ。


 これでネロも満足かと思いきや、思いっきり渋面だ。

「ここにいる連中は、これでしばらく食えるだろう。だがな、食いつめてる寡婦はいくらでもいるんだ」

 この何倍もいるのか。そりゃそうだな、あのクラーケンしぶとかったし。

「だから、俺は海賊になった。命まで取ろうとは思っちゃいない。持ってる奴からちょっとずつ頂くのさ」

 継続は力なり、か。ダイヤの欠片がどれだけ高く売れても、宝くじに当たったようなものだ。日々の暮らしには結びつかないか。

 ため息がでる。


「じゃあこうしよう。この欠片はやるから、少なくとも、あの客船を襲うのは止めてくれ。そのあとのことは任せる。ただ、無益な殺傷をやれば、また来るぞ」

「……いいだろう」

 俺はグインを促して、甲板の上にまで寄せたゲートボードに戻った。

 そこで、さっき集めた矢の束に気づいたので、甲板の上に落としておいた。


 そういえば、ミリアムは今回も出番なしだったな。ちょっと気の毒かも。そっと様子を伺ったが、フードを降ろしているので表情は読めなかった。


 ゲートボードで上空へ舞い上がり、海賊船の動きに注目する。船はゆっくりと港舷ひだりに回頭し、客船との衝突コースから外れて行った。


「さて、戻るか」

 海賊船は客船の後方に遠ざかるのを確認して、俺は客船にゲートボードを向けた。甲板では、トゥルトゥルが手を振ってた。


******


 客船が通常の航海に戻り、食堂で昼食をとっている時。ミリアムが話しかけてきた。

「あの海賊たち、山賊の妻子がいる村に送り込むのかと思ったけど」

 ああ、そうなんだよな。

「俺もそれは考えたけど。三十人の集落に、その倍以上を送り込むと問題が起こりそうでね。土地改良の魔核も三十人分だし」

「ふーん。意外と考えているのね」

 なんか、酷い言われようだ。今日、出番が無かったせいかな?


 そうそう。ジンゴローに用があったんだ。

「食事の後、部屋に来てくれないか。作りたいものがあるんだ」

 満面の笑みで二つ返事だった。

 部屋に戻るとアイテムボックスを開いた。エレとキウイのいる所だ。

「エレ、ちょっとキウイをこっちに出すよ。おまえも出るかい?」

『うん、でるよ』


 エレはまた大きくなったな。俺のベッドに乗ると一杯だ。そのうち、俺を乗せて走れるようになるかも。

 それはさておき。まずはアイテムボックスのキウイを取り出す。充電キットも一緒に。船室の小さなテーブルにそれらを置くと、ドアがノックされた。

「ジンゴローか? 入ってくれ」

 一等船室と言ってもさほど広くない。こんな時、小柄なレプラコーンは有利だ。


「旦那、今度は何を作るんですかい?」

 興味津津だな。

「この間のダイヤの塊で、乳鉢を作ろうと思うんだ。エリクサーを作るのに便利だと思うんでね」

 あの時、一番手間がかかったのは竜の鱗を粉にする工程だ。何しろ、この世で一番固いもののひとつだからね。ゲート刃で微塵切りにしてからすりつぶしたけど、普通の乳鉢では鉢の方が削れてしまって、その粉を取り除くのが大変だった。

 ダイヤなら固さは竜鱗以上だから最適だ。


「と言うわけで、作ってほしいのは万力のついたなんだ」

 万力でダイヤを固定し、回転させながらゲート刃で表面を削り取る。そのゲート刃は、少しずつ傾きを変えてていく。こうすることで、ダイヤを半球形の切り子細工に丸めることができる。

 次に、今度は回転するダイヤの半球の上面を、正方形のアイテムボックスで削っていく。正方形を次第に小さくしながら、深さを増していく。こうすることで、内側を滑らかな半球状に削ることができるはずだ。


 で、ゲート刃の傾きやアイテムボックスのサイズを一々自分で変えるのは面倒なので、簡単なプログラムを汲んでしまおう。キウイを取り出したのはそのためだ。

 普通の文章と違って、どうもプログラムはキーボードで打たないと、考えがまとまらない。


 ジンゴローは早速道具箱を開けて作業に入ってくれた。俺もプログラムを書きあげて、何度かテスト実行させた。目の前にアイテムボックスが次々と現れては消え、半球形を描き出す。


 次は素材の方だ。ダイヤの塊から二つのブロックを切り出す。立方体を半分に切ったようなのが乳鉢で、ずんぐりした直方体が乳棒になる。これも、仕上げには回転式万力を使おう。


「できやしたぜ、旦那」

 ジンゴローが得意満面だ。回転する台に万力が上を向いてついている。万力と言うより、ネジで絞めるのような感じだ。

 ただ、爪は四本あり、四方から挟んで固定できるようになっていた。


「うん、上出来だ」

 回転台はぶれもなく、滑らかに回った。

 早速、作業用のアイテムボックスを開き、その底に設置する。万力に乳鉢にするブロックを固定し、横から見てきちんと水平になってるか確認する。何度か微調整したあと、回転させながらゲート刃の方のプログラムを走らせた。

 うまくいった。ミラーボールのように輝く半球の完成だ。


 今度は上下を逆に万力に固定し、再度水平になるよう調整する。そして、今度はアイテムボックスのプログラム実行だ。見る見るうちに、平らな上面が半球形に削られていく。

 削った屑は別なアイテムボックスに溜めてある。細かい粉末状なので、研磨剤に使えそうだ。ただ、最初に削り取ったものはちょっと特殊だ。手のひらに出してみる。厚さ一ミリ程度の正方形。ダイヤの薄板だ。これも何かに使えそうだ。


 乳棒の方も回転させながらゲート刃で削り出した。こっちは作業用のアイテムボックスに切り屑が結構溜まった。


「さて、使い心地はどうかな?」

 あいにく竜鱗は切らしてるが、硬い素材なら何かあったはず。ペイジントンにいた時、小物を作る素材にしようと、色々な鉱石のサンプルを買っておいたのがある。

 よしこれだ。正長石。モース硬度6で、普通のナイフでは傷も付けられないほど硬い。


 まずはゲート刃で一ミリくらいに微塵切り。それを乳鉢に入れて、乳棒でゴリゴリやる。ほんの数分で細かい粉末になった。良い磨き粉が出来たな。

「成功だ!」

 ジンゴローも喜んでる。特に、この回転する万力は色々使い道がありそうだ。


 アイテムボックスとジンゴローのおかげで、色々と工作がはかどる。旅もこんな風に進めばいいのにねぇ。


 ……最近、何かとフラグ立ててる気がするな。

 気のせいだよね?

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