1-16.魔核汚染

「そもそも、魔核に触れたくらいでは、魔物になったりしないわけ」

 ミリアムの言うのはもっともだ。

「触るくらいなら、俺だってさんざん触れてるからな」

 彼女はうなずいた。


「この魔核も、こうして直に持っていても、それだけなら影響ないわ。ただ、肌身離さず何日も持っていると、徐々に魔素が浸透していくように調整されてるの」

 新出単語だ。りぴーとあふたーみー。魔素、マソ、マゾ……ううう、ゲシュタルト崩壊が。


「魔素って?」

「魔核の素になるもの。魔力行使の最小単位と考えられてるわ」

 どうも今まで聞いた限りでは、魔核はナノマシンの集合体のような感じだ。割れてもくっつくし。魔素がそのナノマシンか。


「魔素にまで細かくすると、通常の人や獣の体にも吸収されるらしいの。ただし、理論上の話で、試した例はないんだけどね。魔核を普通に粉にしただけではそうはならないから」

 すり鉢でゴリゴリやっても、ナノサイズにはなりにくいようだ。


「魔物は魔核を噛み割っただけで吸収してたけど」

 ペイジントンの戦いで目の当たりにした光景だ。砕けてこぼれた破片まで、体の表面から吸収していた。


「魔物の血液には魔素が高濃度で含まれてるから、それが破片も引き込むのね。ちなみに、魔物の肉を食べる時に血抜きをしっかりするのは、魔素を取り込まないためにも重要なの」

 げ。大熊肉は結構食っちまったぞ。


「魔物の肉を食いまくったら魔人化しないか?」

「なるでしょうね。毎食おなかいっぱい食べて百年も生きれば」

 普通ならその前に老衰死だ。量の問題ってやつだな。


 あっちの世界でも、食品添加物とかで同じことが言われてたっけ。二百歳まで食べ続ければ癌になります、とか。


「そもそも、魔素はこの世界のどこにでもあるの。濃度は極めて薄いけど、私たちの体内にもあるわ。だから、魔力対価の限界を超えると、魔素が凝集して魔核が発生するわけ」

 ミリアムから魔核を受け取って、ランプの光りにかざす。赤く光る細かいパターンが浮かぶ。

 ミリアムに以前聞いた話では、魔核の色が赤みを増すほど高度な魔法が使え、サイズが大きいほど威力が増すという。この魔核、サイズは小さめだが、深紅色だからかなりの上位魔法まで使えるはずだ。


「しかし、これを掘りだした時には魔物は見つからなかったんだが」

 ただ、円形に草が枯れているだけだった。

「その『浸透』の術式、もう一つ特徴があるわ」

 あの支部長は「特に変わったところはない」とか言ってたが、色々あるじゃないか。


「どうもね、植物にたいして優先的に浸透するようになってるようなの」

「植物ってことは、マンドラゴラとかが生えるのかな?」

 ヒトの形をした人参みたいな魔物を思い浮かべた。


「それ、あなたの世界の魔物?」

 ミリアムは虚を突かれた感じだ。

「こっちにはいないのか」

 俺がつぶやくと、ミリアムはかぶりを振った。

「他の世界はどうかしらないけど、この世界では魔物は全て動物、しかも肉食と決まってるのよ」

 それは初めて聞いた。


 けど、確かに今まで出会った魔物は全て、肉食動物か肉食の昆虫だ。考えてみれば、死んだ魔物の魔核を取り込むのに、草食では具合が悪いだろう。


「草木が枯れていたところだけど、良く調べてみれば多分、魔物化した植物の芽があるはずよ。」

 なるほど。そう言えば、変わった芽が出ていた気もする。こちらの世界の植生とか知らないから、そんなものだと注意していなかった。


「じゃあ、そのうち魔物化した植物が暴れ出すのかな?」

 ミリアムは眉間に皺を寄せた。

「わからないわ。そもそも、魔核ができるかどうかも不明だもの」

「魔物化するってのは、魔核ができるんじゃないのか?」

 俺の指摘に、ミリアムはうなずいた。

「ただ、動物の場合、中枢神経の近くにできるの。植物に神経はないでしょ?」

 そうか。なるほどな。


「実際に、魔物化した植物ってのを調べてみるしかないな」

 ミリアムが言った。

「明日、見て回る?」

 お、なんかデートっぽいかな。

「そうしよう」


 そうして、俺たちは寝た。……いや、別々の部屋だよ?


******


 三日目の朝。

 朝食の後、俺はミリアムと魔核が埋まっている場所を回ることにした。

 皆のことはギャリソンに一存だ。とくにトゥルトゥルは暇にすると碌なことがないからね。馬車の整備をするジンゴローの手伝いとか、部屋の掃除をさせるとか。


「まずは、この魔核を掘りだした場所に行ってみようか」

 ミリアムが頷くので、転移で最後の野営地に向かう。


 円形に枯れた草はそのままだったが、その中心に背の高い草が群生していた。……草だよな? 二メートル近い背丈だが、葉っぱも咲いている花も、どう見てもパンジーだ。花の直径が数十センチあるけど。ただ、明らかに枯れ始めている。

「魔核を掘り出したせいかな?」

 ミリアムがうなずいた。

「そのようね」

 放置するのも何なので、深淵投棄で処分する。


 次の場所へ向かう。こちらは魔核を取り出していないせいか、十メートル近い高さで生い茂っている。が、どう見ても秋桜コスモスだ。花が茶器の受け皿くらいあっても。

「……凄い濃度の魔素よ」

 先ほど唱えた魔力検知の呪文でわかるのだろうか。茎と言わず葉と言わず、魔素がみなぎっているらしい。とはいえ、人を襲ったりする気配はない。


「その辺の呪文、どのカテゴリーなんだろう? 鑑定とかさ」

 キウイが覚えてくれると、凄くあり難いんだが。

「一応、初級の基本魔法に入るんだけど、高度に使いこなすには鍛錬も必要なの」

 なるほど。支部長は鑑定の呪文を侮ってたんだな。

「鑑定を欺く欺瞞の魔法もあるし。結構奥が深いのよ」

 基本は大切だよね。俺は基本魔法の魔導書もギルドで借りることを、片目を閉じてキウイの画面に書きこんだ。


「やっぱり、植物自体に魔核はないみたいね。これだけ急速に育つために、周囲から水や養分を奪ったから、円形に枯れたんでしょう」

 なるほど。しかしミリアムによると、この魔物化したコスモスとかパンジーを牛や馬が食べたら、すぐにでも魔物化しそうな濃度だという。魔核から吸収した量にしては多すぎる。


「どうやら、地下や大気中の魔素を取り込んで濃縮しているみたい」

 ミリアムの予想通りならエライことになるな。

 なので、地下の魔核を取り出して、コスモスはこのまま深淵投棄。


「うーむ、根っこが残っちゃったな」

「そこまで掘り返して食べることはないでしょう」

 ミリアムの言う通りであって欲しい。

「……牛や馬が魔物化したら、人を襲うのかな?」

 俺のつぶやきに、ミリアムは答えた。

「前例がないから分らないわ。でも、魔物化した牛を食べた魔物は、間違いなくレベルアップするわね」

「て事は、これは魔王の戦略の一環かな?」

 腕組みして考え込むミリアム。悩む美女って(以下略


「ひょっとしたら、放っておいても強い魔物が育つようなシステムなのかもしれないわね」

 魔物がどんどん湧いて出るのが迷宮だとしたら、それが地上に現れてしまうわけだ。これはもう、魔界と呼んで良さそうだ。

 この辺に村があれば魔界村。イチゴ柄のパンツ一丁で走り回るのはヤだな。


 埋められた魔核は魔素を植物に送り込んで小さくなるだろうが、魔物化した植物はそれ以上の魔素を濃縮して溜めこんで成長していく。それを食べた動物は魔物となる。

 魔の食物連鎖だ。


 その後、他の植物が枯れた場所を回ってみたが、ほぼ例外なく中央部から異常に大きな植物が生えていた。片っ端から深淵投棄したが、全体から見れば微々たるものだろう。

 誰かは知らないが……いや、間違いなく魔王なんだろうけど……魔獣養殖計画は止めるのが難しそうだ。

 なによりも、仮に魔王を倒しても、気が付かなければこの計画は勝手に進むだろう。敵ながらあっぱれというか。


 お昼が近づいていたので、一旦宿に転移で戻ると、ギャリソンが手料理を用意して待ち構えていた。宿に掛け合って、厨房を使わせてもらったという。食材は手持ちの物だったが、調理器具が揃っているとレパートリーが広がるんだな、やはり。

 久しぶりのギャリソンのフルコースに舌鼓を打ってると、宿の女将さんが声をかけてきた。

「なんでも、魔法ギルドの人が伝言だって」


 通されて来た青年は、伝言を読み上げた。

「皇帝補佐官の賢者、オーギュスト・メルマーク様が当ギルド支部をご訪問され、ミリアム・ガロウラン女史との面会を希望されております。願わくば、御同行願えないでしょうか」


 皇帝の補佐官つーたら、かなりのお偉いさんだよね。隣でミリアムが固まってる。余りのことにびっくりしてるようだ。

 帝都からここまでは馬で駆けつけても何日かかかるから、転移か何か、魔法を使ったんだろう。ギルドの支部長が本部に連絡したのを聞きつけたに違いない。その連絡手段も魔法なんだろう。

 さすが魔法ギルド。


 ミリアムに代わって、俺が伝令の青年に言った。

「わかりました。早速伺いたいのですが、色々準備もあるので、少々お時間をください」

 食堂の空いている席に座ってもらい、ギャリソンにお茶の用意を頼む。


 俺は固まってるミリアムを押して階段を上がった。

「あれかな、やっぱりこんな時、女性は身支度に時間かけるよね?」

 俺が水を向けると、ミリアムは噛み噛みでまくしたてた。

「だだだ大丈夫よ、ほほ補佐官さまはがが学術的なきききききき興味で」

 舌を噛むのも時間の問題なので、割って入った。

「とりあえず、外から帰ったところだし、アリエルの沐浴用の水があるから、さっぱりしたらいいと思うよ」

 ミリアムを女子組の部屋に押し込み、部屋の真ん中にアイテムボックスを開いてやった。ドアを占めて、俺は階下に下る。


「皇帝の補佐官とは、さぞかし高名な方なのでしょうね。私は生憎、田舎者なので何もわかりませんが」

 伝令の兄ちゃんに話しかけると、なんと直立不動で喋り出した。

「はい、メルマーク卿はお若いにもかかわらず、帝国屈指の賢者との評価を各方面から戴いておられます」


 うん。凄い人なんだろうな。いるんだよね、天才というか、若くして偉業をなしちゃう人は。俺の業界にもいるよ、窓よりもドアよりも広く開く出入り口(ゲイツ)な人とか。リンゴがトレードマークで仕事がたくさんジョブズな人とか。

 でも、後者はこの間亡くなっちゃったな。合掌。


「まぁ、女性が出かけるには準備に時間がかかるから、気長に待ってほしいんだけどね」

 すると、伝令君は意外なことを口にした。

「あの……実はもう一つありまして。補佐官殿は、あなたとも面会したいとの事です」


 最近、この手が多い気がするのは、きっと錯覚だよね。そうだと言って。

「俺なんてただの田舎商人ですが?」

 その反論は、伝令君に華麗にスルーされた。


 半時後、身支度が整ったミリアムが二階から降りてきた。ぐはっ、とライフを大幅に削られそうな露出度の高い装い。悩殺ってホント、殺人的だわ。勝負服、てやつ?

「お待たせして申し訳ありません。参りましょう」


 これが全部、皇帝補佐官とやらのためのだと思うと、何やらどす黒い想いが湧きあがりそうだが……今回に限っては抑制する。


 伝令君に先導されて、俺たちはギルド支部へ。ちなみに、昨日借りた魔導書は今日いっぱいの約束なので、持ってこなかった。アリエルとジンゴローが鋭意キウイに取り込み中だ。


 ギルド支部につくと、前回のように支部長室へ通された。ロイド眼鏡の支部長が控える横には、立派な椅子に腰かけた少年がいた。

 うん、どう見ても十代の少年だ。支部長が紹介してくれた。

「皇帝補佐官のメルマーク閣下です」

 少年老い易く学成り難し。嘘つけ、て感じだな。

 椅子から立ち上がると、結構背が高い。ハチミツ色の金髪と、同じ色の瞳。さすが理不尽世界ファンタジーワールド、こんな瞳の色もありなんだ。

 それでイケメンだし。クソッ。


 ミリアムがカチカチに固まりながらも、何とか挨拶の口上を述べようとする。

「本日はお招きに預かりまして――」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」

 少年は鷹揚にたしなめ、ミリアムの手を取って唇を当てた。


 ますます気に食わん。リア充め爆発しろ。そう心の中で叫びつつも、表面的にはあくまでもジャパニーズ・スマイルを維持。


「今日はあくまでも、同じテーマで研究する学究者として議論したいと思いますので」

 感極まってるミリアムの横で、俺は「ぐぬぬ」となった。なにこの、「そもそも格が違います」感は。


 そんな想いが漏れたのか、少年は俺に視線を向けて言った。

「そちらがタクヤ殿ですな。帝国内に埋められた魔王の秘策を看破されたとか」

「いや、看破なんて……」

 おかしい。魔王の秘策疑惑は、昨日、宿に帰ってから持ちあがった話だ。さては、カマかけられた?


 俺が黙っていると、少年賢者さまはクスクス笑いながら言った。

「いえ、私も国内の円形立ち枯れに注目していましたからね」

 勘が鋭すぎますよ、賢者様。

「質問があれば、何でもお聞きください」

 余裕だな、賢者様は。


「では、失礼ながら。閣下はおいくつですか?」

 隣に立つ支部長のロイド眼鏡がずり下がった。しかし、皇帝補佐官の少年はにこやかに答えた。

「つい先日、満で十八歳となりました」

 そうですか、若さは見かけだけじゃなかったと。そう言えば、今の皇帝も十代で即位し、今も二十代半ばだとか。随分、若い政権だな。


 俺は問いかけた。

「それだけの人生にしては、随分と広く深く学ばれたようですね。私のような浅学の徒に、何かアドバイスを頂ければ幸いです」

 うーむ。なんか卑屈になってるな。

 賢者の少年が屈託がないので、なおさらみじめ。

「興味を持ったことは、とことん追及する。あなたと同じだと思いますよ」

 無難な返事だ。だからこそ、胡散臭い。


「円形立ち枯れに注目なさってたとの事ですが、なにか対策を取られてましたか?」

 少年賢者は、それでも神妙な顔で言った。

「対策というなら、完全に後手に回ってます。僕が気が付いたのはつい最近ですから」

 なんでそうもあけすけに言うかな。

「それは、あなた以外は無能と言ってませんか?」

 傍らのロイド眼鏡がビキッとひきつった。

 しかし、少年は寂しげに微笑んだ。なんでそれが絵になるんだよ、とツッコミたい。


「有能な部下も、上に立つ者次第、と言うことです」

 ああ言えばジョーユーって、あっちの世界であったな。

 しかし、ここまでの会話、見事に中身がない。強いて言えば、ミリアムが立ち直ったくらいか。


 その彼女が、少年に問いかけた。

「閣下、私の研究に関心を示されたと言うことは、閣下も過剰対価オーバードーズの危険性に注目されたと言うことでしょうか?」

 ミリアムの単刀直入がグサッと来た。しかし、少年は涼しい顔だ。

「そうですね。その危険性は常にあります。現存する資料はすべて開示しますので、存分にお役立てください」

 なんだろう、このあたりさわりのなさ。

 しかし、重大な言質は得たな。これで「該当する資料無し」とかになれば、疑惑は確定だ。


 ギルドを辞する前に、俺は支部長に基本魔法の魔導書を貸してもらった。これも取り込んで、後で他の本と一緒に返そう。


 宿に戻るとき、俺はミリアムに告げた。

「あの少年賢者も魔王の筆頭容疑者じゃないか?」

 だが、ミリアムには不興だったようだ。やれ、「年齢的に合わない」とか「そもそも研究の方向性が」とか「感情に走りすぎ」とか言われた。うん、最後のは否定しないけどね。


 とは言え、ミリアムが調べようとしている課題は、俺も興味がある。果たして、百年前の対魔王戦で、魔法使いの魔王化は起こりえたのかどうか。「起こりえなかった」なら、それに越したことないんだけど。


 宿に戻ると、魔導書の取り込みは終わってた。アリエルとジンゴローをねぎらって、さらに基本魔法の本をお願いする。

「すぐに終わりますわ」

 アリエルは取り込みながらキウイとお喋りするのが楽しいらしい。ジンゴローはというと、書見台のページめくり機構の改良に余念がない。

 俺はギャリソンが入れてくれたお茶を飲みながら、書籍の取り込みが終るのを待った。片目でキウイの画面に出したOCR結果を見る。上手く読み取れたようだ。ざっと斜め読みする。


「そう言えば、グインやトゥルトゥルはどうしてる?」

 食事の時以外、見かけないので気になった。

「グイン殿は裏庭で鍛錬しております。若様の与えられた大ぶりの木剣が気に入ったようで」

 ペイジントン戦で両手持ちの大剣をうまく使いこなしていたので、本格的にやってみるように勧めたのが良かったようだ。残念ながら、あの大剣はボロボロで、鍛冶屋が匙を投げちゃったが。


「トゥルトゥルは部屋にこもって裁縫をしております。こちらの国で見る衣裳が気に入ったとかで」

 反物をいくらか購入したようだが、予算内だから問題ない。何かに夢中になってれば、トゥルトゥルの困った癖が出ることもないから、良いことだ。


 やがて基本魔法の魔導書の取り込みが終わったというので、俺は借りた本をひとまとめにしてバッグに入れると、魔法ギルド支部へ返しに行くことにした。ミリアムを誘おうとしたが、女子部屋にこもってる。ドアの向こうではトゥルトゥルと話しこんでいるような感じだ。製作中の衣裳で盛り上がってるらしい。

 ギルド支部には一人で行くか。あの少年賢者の補佐官殿がまだいるようなら、もう少し突っ込んだ話が出来るかもしれない。


********


 ギルドの受付で借りた本を返すと、奥から職員が出てきた。

「補佐官閣下がお前に話があるそうだ。来てもらおう」

 おいおい、ミリアムがいないと随分態度が違うじゃないか? まぁ、こっちが本来の対応なんだろうけど。なんたってギルド組員でもないし。


 場所はギルド支部長の部屋だったが、支部張本人は席を外していた。ロイド眼鏡君には用がないから構わないけど。


「またあえて嬉しいよ、タクヤ」

 愛想よく微笑む少年。

 何か絶対裏がある。そう、わたしのゴーストが囁くのよ。ひねくれてるけど。


「ペイジントンを魔族から救った勇者とは、君ではないのか?」

 おう。いきなり直球かよ。

「違いますけど?」

 こちらも即座に否定だ。

「君が豹頭族の戦士を奴隷として抱えていることは分っている。勇者と共に戦ったうちの一人だ」

 いつの間に調べたのやら。

「アストリアス王国にいる豹頭族なぞ、片手で足りるほどの人数しかいない。そして、もう一人の女魔導士は、ミリアム殿なのではないかな?」


 こうなったら、徹底してしらを切ろう。

「うちのグインでしたら、当時は正門の門番として勤務してましたから、魔族の来襲で戦いに参加したのは当然でしょう」

 俺の言葉に、少年は顎に手をやって続きを促すようにうなずいた。

「ミリアムが戦ったのも事実です。しかし、それで俺と結びつけるのは無理でしょう。勇者は魔法を駆使して戦ったとされてますが、俺は全く魔法が使えませんから」

 しかし、少年は納得していないようだ。


「失礼ながら、鑑定の魔法を使ってもよろしいかな?」

「構いませんよ」

 聞きなれた呪文が流れ、少年はしばし瞑目した。

「なるほど。確かに君は魔法が使えないようだね」

 最初からそう言ってるけど。

「しかし、珍しい従魔を持っているじゃないか。電光トカゲアストラサブラとはね」

「動物には好かれるんですよ、なぜか」

 嘘はついていない。いい加減諦めてほしいものだ。


「なるほどな。髪の毛と目の色が一致するが、他には共通点はないか」

「ご期待に沿えず、すみませんね」

 顔の前で手を振り、少年は話題を変えた。


「時に、我が主君についての噂を、君はどう思う?」

 少年の主君てことは、今の皇帝のことだな。

「魔王ではないか、というやつですか。ご本人に会ったことすらありませんから、なんとも」

「そうだろうな」

 少年はため息をついた。

「良く知りもしないからこそ、人は無責任な話が出来るのだろう。我が主君は誰よりも帝国の民草を愛しておられるのに」

 少年の嘆きには真実味があった。


「民草といえばですが」

 俺は話を切り出した。

「どうも、この街の雰囲気が暗いように思えるのですが」

 少年は眉をひそめた。

「君も気づいていたか。実は、ペイジントンを襲った魔族は、最初はこの街に出現したのだ」

 ほほう。


「しかし、ここではほとんど暴れることなく、真っ直ぐペイジントンへ向かったようだ。だから、また魔族が現れるのではないか、と心配なのであろう」

 実にそれらしい話だ。

 が、だからと言って真実とは限らない。俺の話がまさにそれだからね。


「魔族は、なぜこの街に現れたのでしょう?」

「わからんよ。魔族に聞いてくれ」

 賢者様にも分らないことはあるんだな。

「勇者の子孫への当てつけなんでしょうか」

 少年は肩をすくめた。


 結局、本質に迫る話題は出なかった。補佐官は今日中に帝都に戻らないといけないらしいので、会見は切りあげることになった。しかし、帝都についたらまた会うことを確約してくれた。

 超お偉いさんとコネができたのは良いんだけどさ。


 ……そして。

 帝都に向かうのは、もう何日かこのメルビエンに滞在してからと思っていたのだが、そうもいかなくなってしまった。


 第二の魔族がここに現れたからだ。

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