1-17.魔族、再び
エレが寝てばかりだ。
お腹がすくとモリモリ食うが、その後はキウイに充電しながらずっと寝てる。パパは寂しいよ。
それでも、体調は悪くないようだから問題ないかな。人間でも成長期には良く食べるから、そんなものなのか。
それはさておき、目下の問題は植物性の魔物。いや、魔物化した植物か? この帝国に多数ある、埋められた魔核で巨大化した植物だ。
何といっても、食べただけで牛馬などが魔物化すると言うので、見つけたら片端から深淵投棄してきた。しかし、数が多すぎる。恐らく、帝国全土では何万カ所もあるだろう。
そんなわけで、トゥルトゥルが鋭意作成中のドレスが完成したら、帝都に向けて出発しようと思ってたんだが……。
ギャリソンが宿屋の厨房を借り切って、腕によりをかけて作った料理に、朝から皆で舌鼓を打っているときだった。
キウイが念話で警告を発してきた。
『マスター、都市の中心部に異常な魔力反応です』
同時に、目を覚ましたエレも。
『パパ、いやなかんじがする!』
遠隔視を起動する。閉じた片目にキウイの画面が映り、この街の中心部が真上から見下ろしたアングルで移された。
その中央広場に居座るのは、身長十メートル近い巨体の魔族だった。前回の倍だが、体力や魔力はどれだけ上回るやら。赤黒い巨体が、なんとも禍々しい。
皆には待機を命じ、俺はキウイに亜空間鎧を起動させると、目元だけを隠す銀仮面とカツラを付けて、マントを裏返して羽織り、転移で中央広場の時計塔に移動する。
相手が空間魔法の使い手でないことを願いたい。鎧ごと賽の目に切り刻まれても、俺じゃくっつかないから。考えただけで、玉がヒュンとなる。
まずは穏便に話しあいだ。魔族料理は後味が最悪だったしな。
俺は時計塔から赤魔族に向かって話しかけた。
「あんたの目論見はなんだい? 帝国やアストリアス王国に恨みがあるなら、場所を移そう。この街に迷惑をかけるのは避けたい」
が、残念ながら話の通じる相手ではなかった。
「キサマか! 兄者の仇!」
いきなり、亜空間鎧の暗黒の中だ。
「キウイ、状況説明を」
『マスターは
……そんな端数まで聞きたくなかったな。確か、ミリアムが大狼に使った風魔法だ。空間魔法ではなかっただけ、ましか。
「真っ暗なままなんだけど」
『時計塔が完全に崩壊して、残骸に埋もれていました』
「……ました? 過去形?」
『敵は残骸ごと切り刻もうとしたため、残骸だけが細かくなりました』
なるほど、動くには動けるんだな。
『亜空間鎧に阻まれても、敵は構わずに攻撃を続けてます』
遠隔視で見ると、時計塔が巻き込まれて粉みじんだ。これ以上被害が出てはまずいし対価も気になるから、転移で間合いを取ろう。
数キロ離れた開けた場所に退避する。ほどなく、赤魔族も追って来た。風魔法を使うから、移動も高速なのか。
「ペイジントンで倒したのがキミの兄さんなのか。同じ悲劇を繰り返さないためにも、ここは話し合いで」
また真っ暗だ。
「キウイ、遠隔視を」
「空間断裂斬」
亜空間ゲートの魔法陣が発生した瞬間、サッとかわされた。巨体のくせに素早い。ゲート刃を出す際には僅かなタイムラグが生じる。手の内を見透かされたか。
しかし、それでわずかに向こうも手数が減ったので、再び転移で距離を取る。すぐに奴も移動してきたが。
「だから話し合いで」
だめだ。右も左も真っ暗闇じゃぁござんせんか。亜空間鎧の中からじゃ、話も出来ん。遠話をかけても着信拒否された。
「キウイ、OCRで取り込んだ呪文はどれか使えないか?」
『該当スキルのモジュールがインストールされていません』
くそっ。人間ならスキルを学べるんだろうけど、パソコンはモジュールのインストールが必要なのか。ディープラーニングどうなってんの。モジュールってなんだよ。どこからダウンロードすりゃいいんだ。MSのアップデートか?
『グインとミリアムが参戦します』
遠隔視で宿から走り出る二人が見えた。冗談じゃない。こいつは疾風斬撃を連射するんだぞ。あっという間に微塵切りにされちまう。……しかし、警告しようにも、俺は亜空間鎧に閉じ込められたままだ。奴の攻撃が干渉するのか、遠話が通じない。ちくしょう!
と、二人の傍らに人影が出現した。あの少年賢者だ。二人に何か呪文を掛けている。そして、三人とも姿を消した。
『グイン、ミリアム、オーギュストが転移してきました』
オーギュスト? ああ、少年賢者か。さっきの呪文は疾風斬撃に効く防護なんだろうな。問いただしたいが、相変わらず亜空間鎧に押し込まれたままの俺だった。まずい。そろそろ、息が持たない。
ミリアムの特大火球が炸裂するが、この魔族はガタイがでかいだけに火が通りにくいらしい。グインは家宝の長剣を構えている。木剣だけじゃなく、本物の大剣を与えておけばよかったと、後悔先に立たず。
グインに遠話をかける。特大火球で魔族の集中が途切れたのか、うまくつながった。
『グイン、連続転移攻撃を仕掛けるぞ』
『御意』
グインの体が魔族の周囲へランダムに転送される。そのたびに長剣が赤黒い肌に突きたてられ、切り裂く。魔族の注意が逸れたのか、俺への攻撃が止んだ。ようやく亜空間鎧から解放される。
ふう。大きく息を突く。亜空間鎧は体に密着しているから、長時間だと酸欠になるな。
「はじめまして、勇者様」
気がつくと少年が傍らにいた。
「賢者殿。もう隠しても無駄のようですね」
面と向かって誤魔化せる相手ではない。仮面なんて意味は無いだろう。少年の方も、最初のような横柄な態度が消えている。口調も敬語になってるし。
「はい。タクヤ様は変わり種の勇者ですね」
「勇者でないのは確かなんですがね」
なにしろ、レベル1だ。生身では棒きれで殴られても即死。
グインの連続転移攻撃が終わり、傍らに戻ってきた。余裕が出た魔族が、こちらに疾風斬撃を放ってくる。また暗転。
良かった。皆、少年の魔法で守られている。本人にしか効かない亜空間鎧とは別の呪文のようだ。
『グイン、もう一回頼む』
『御意』
グインを連続転移で送り込む。何度も長剣を柄まで突きたててるが、巨体ゆえに致命傷にはならないらしい。それでも、防御が完全でないなら、まだやり様はある。
「ミリアム、ここに火の球を入れてくれ。そっとな」
容量を最大限にしたアイテムボックスのゲートを開く。
「分かったわ」
ミリアムが火球を発生させるたびにゲートを閉じ、魔力対価をキウイに引き継ぎながら連発してもらう。十分に中の温度が上がったところで、ゲートを閉じてその亜空間を圧縮する。それによって、内部の温度はさらに上がった。
やがて、連続転移が終わったグインが戻ってきた。すかさず、アイテムボックスのゲートを魔族の目の前に開く。
大爆音と共に凝縮された火炎が間近で解放され、魔族は言葉を発する間もなく、頭部の脳髄と魔核を吹き飛ばされ、胴体から大量の血を噴き出してその場にくずおれた。兄貴分と違って、胴体に予備の魔核は入れて無かったようだ。
少年賢者の結界だろうか、魔族の血潮は降りかかるたびに光るシールドで防がれた。
「お見事です、勇者どの」
ねぎらわれてしまったが、俺としては一番イヤな相手に正体を知られてしまった感じだ。
******
翌日、俺たちは帝都へ招かれた。
いや、事実上の強制連行だ。朝一番に何人もの宮廷魔術師が強襲してきて、有無を言わさず転移魔法で馬車ごと移送されてしまった。
ちなみに、馬車は逃げ出すために準備してました。先手を打たれました。
それにしても、さすがに帝国の首都と言うだけあって、規模といい絢爛豪華さといい、圧倒されるばかりだった。
高い建物なら新宿とかの高層ビルで見慣れていたが、これだけゴテゴテと装飾がある塔が林立していると重厚さが違う。ましてや、皇帝の居城たるや、力学的にありえない形状だった。
――なんだって城全体が細い一本足で立ってるんだよ!?
地上に接しているのは尖塔と言えるほどの細さ。その上に巨大な構造物が載っている。明らかに、維持そのものに莫大な魔力を使っているのがわかる。ほとんど天空の城だろう、こりゃもう。バルス叫んじゃうぞ。
多分、敵に攻め込まれたら尖塔を爆破して、空中に籠城するんだろうな。空飛ぶ魔獣の大軍でも用意しなきゃ、攻めようがない。
そして、なんか知らんがその宮殿までの道はパレードそのものだった。
俺とミリアムとグインは、お立ち台のある派手な馬車に少年賢者と共に立たされた。銀仮面とカツラは、俺のささやかな抵抗だ。俺たちの自前の馬車には非戦闘員組が乗っていて、後ろからついてくる。
沿道沿いに集まった帝国臣民たちの喝采を浴びつつ、俺は遠話でザッハに愚痴った。
『もうだめ。正体ばれた』
またも爆笑するオッサン。そろそろ鉄格子のある病院に隔離されるぞ。
『すげぇ御身分じゃねぇか。オジサンうらやましいよ』
『冗談きつい。これじゃこっそり調査するのも無理だ』
俺にとっては、魔王の正体と目的を探ることが最優先課題だ。どうも、常識的な「いわゆる魔王」とは違う印象なんだ。
アストリアス王国では、以前は魔物の被害が出ていたが、最近は減少傾向らしい。こっちの帝国内では、それ以上に魔物は増えているようなのに被害は少ない。しかも、植物の魔物化など、異常な現象は増えているのに、だ。
魔族の襲来も、単発的なペイジントン襲撃と、その仇打ちだと言ってた今回の二回のみ。本気で世界征服とか考えるなら、もっと戦略的に動くはずだ。
その辺を地道に調べようと思ってたのに、これではぶち壊しだ。
『そっちでは何かわからないか?』
オッサンに期待したのだが……。
『すまんな、追加情報はなしだ』
つかえねぇ。
『ただ、帰国する商人はまだ多いな』
『そのことなんだけど』
俺は疑問を投げかけた。
『こっちの帝国側では、特に物資の不足とか物価の上昇とかはないみたいなんだ』
『そいつは妙だな』
ザッハもそう思うか。
『穀物なんかは、こちらからの輸出がかなり占めていたはずなんだ』
てことは、第三国から輸入してるのか。あるいは自国内で増産したか。まさか、食いぶちを減らしているわけじゃないだろうし。
まぁ、後で皇帝陛下にお目通り叶いそうなんで、直接聞いてみるか。
傍らの少年賢者は、どう考えても今はまともに答えてくれそうにないしな。
******
ミリアムがやばい。
謁見かなった皇帝陛下に釘付け。どう見ても、十分以上瞬きしてない。ドライアイになるぞ。魔王嫌疑はどうなったんだ。
あのパレードで城の直下につくと、俺たちは転移の魔法陣でここ謁見の間まで運ばれた。あの尖塔の中には一応階段はあるらしいが、通常は魔法でしか城に出入りしていないようだ。
火事とかになったらどうするんだ? 耐震基準とかどうなってる? バルスバルス!
銀仮面とカツラは、謁見の間で没収された。後で返してくれると言ってたが……。
謁見の間では、家臣が長々と口上を述べている。皇帝について、初代からの威業がどうのこうの。俺たちの功績がどうのこうの。
ザッハは使えないので、俺は皇帝陛下を観察した。
黒髪に黒い瞳……もしかして初代皇帝も日本から召喚された勇者だったのか? とはいえ、顔立ちはかなり彫りが深い。こちらの血も交じってるのだろう。こいつもかなりのイケメンだ。
玉座の隣に座る皇后陛下も亜麻色の髪の美女。リア充め爆発だ爆発!
ようやく口上が終わり、皇帝陛下が口を開いた。
「勇者タクヤよ。このたびの奮闘、大義であった」
「はい、光栄に存じます」
敬語ってこれでいいんだろうか? 日本では使う機会なんて無いからわからん。
「そなたには紫宝珠賞の勲章と、名誉臣民の資格を授ける」
なんか知らんが、栄誉な事なんだろう。
「ありがとうございます」
うう。宮廷作法とか、ミリアムにレクチャー受けておくんだった。
「魔術師ミリアム・ガロウラン、剣士グイン。そなたたちの活躍も見事であったと聞いている」
皇帝は、皇后とは反対の側に立つ少年補佐官に、ちらと眼を向けて言った。
「恐悦至極に存じます」
ミリアムの返事が正しいんだろうな。グインは
「二人には青宝珠勲章を授ける」
勲章をうやうやしく台座に載せて掲げた家臣が、三人やってきた。俺たちが立ち上がると、皇帝自らが玉座から降りてきて、一人ひとり、胸元に勲章をピンで留めていく。
俺はさておき、ミリアムの胸に触るとは何事か。近い。近いぞ! おまけに何かささやいてるし。口説くなよ!
ちなみに、上半身裸のグインにもピン止めするのかと思いきや、彼の分だけ首から下げるリボンがついていた。そりゃそうだよな。
そのあとはお約束の宮廷晩餐会。借りたドレスで着飾ったミリアムはもちろんだが、いつものスタイルにマントを羽織っただけのグインも、貴族の子女にモテモテだった。ちなみに、うちの非戦闘員組も城下町で御馳走がふるまわれているらしい。
体格が合わなくて着替えてない上に、礼儀作法もダンスもダメダメな俺は、壁の華というか葉っぱだ。取り返した銀仮面とカツラで、気まずい表情を隠す。
「楽しんでおられますか、勇者どの」
少年賢者があらわれた。ふしぎなおどりをおどっている。
……嘘です。
「田舎者なんで、この手の場所は苦手です」
俺は正直に話した。
元の世界での仕事仲間との飲み会なら、カラオケになだれ込んでアニソンで盛り上がれるんだが。
「では、あちらでじっくりと話しませんか?」
どうせなら美少年より美少女に誘われたかった。
とはいえ、聞きたい事はいくらでもあるから、好都合ではある。俺は少年賢者についてバルコニーへ出た。
空中の宮殿だけあって、バルコニーからの眺めは素晴らしかった。高所恐怖症だったら卒倒する高さだけど。
帝都の明かりには光魔法がふんだんに使われているらしく、あっちの世界の大都会に引けを取らない。どれだけの対価になるのやら。
小さなテーブルを挟んで籐で編まれた椅子が向かい合って置かれていた。少年はその一つに腰かけ、俺にも座るようにうながした。
「多分、質問があると思うんですよ。色々とね」
何もかもお見通しだな。少年が手を上げると給仕がやってきた。
「まずは飲み物でも。紅茶でよろしいかな?」
俺がうなずくと、給仕は下がってすぐに紅茶を二つ持ってきた。この世界でも、紅茶は紅茶の味がした。召喚されてすぐに飲んだあのお茶は、薬膳の一部だったのか。
「我が主君、ルテラリウス三世にお会いしていかがでした?」
俺は紅茶を一口飲んで答えた。
「若いけど聡明な方という印象を受けました」
少年はうなずいた。
「魔王ではないか、と言う疑いは解けましたか?」
「それには、もう少しお聞きしないと」
ミリアムは一目で嫌疑を解いたらしいが、疑問点がまだある。
「アストリアス王国などからの魔王討伐の要請に、皇帝陛下は返事をなさってないようですが?」
俺の質問に、彼は再びうなずいた。
「疑問はごもっともですね。もちろん理由があります」
聞かせてもらおうか。俺は紅茶をもう一口飲んだ。
「それは、私が魔王だからです」
ブハッ。盛大にむせた。
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