1-18.魔王と語る夜
「意外ですね。タクヤ殿にはお見通しだと思ってました」
いや、散々疑ってはいたけどさ。
「まさか、面と向かって自己紹介されるとはな……」
少年賢者改め魔王は、クスクス笑いやがった。
「まぁ、勇者の鼻を明かすのは、魔王として望外の喜びでして」
嫌な性格だ。魔王だけのことはある。
「特にタクヤ殿は、最初から私への警戒心が尋常ではなかったですからね」
そう。初めて会った時、帰り道にミリアムに魔王疑惑を訴えたっけ。まるで相手にされませんでしたが。
今だって、警戒心はMAXだ。こいつは魔王で、しかも先日の戦いでは転移を使っていた。……つまり、空間魔法の使い手。俺にとっては天敵だ。もはや、いつ何時、賽の目に切り刻まれてもおかしくない。
だからと言って、逃げても無駄だ。どこまででも転移で追って来る。ペイジントンと一緒。なら、相手の懐に飛び込むだけだ。
「で、ぶっちゃけ、魔王さんの目的は何なの? 人類皆殺しでも世界征服でもなさそうだけど」
そもそも、分からないことだらけだ。
「その点も、
……なるほど。そういうことか。エレの事はミリアムが話したんだろうな。
「魔物だから、魔王だから、人に敵対するとは限らない、てことか」
少年魔王はうなずいた……いや、前言撤回。コイツが見た通りの年齢のはずがない。
「で、魔王さんの本当の年齢はおいくつ?」
魔王オーギュスト・メルマーク……これも偽名だろうな、奴はほほ笑むと答えた。
「およそ百五十歳でしょうか。人生最後の奉公と思い、異世界から召喚された若き勇者の魔王討伐に身を投じたのが、ほぼ百年前です」
ずいぶんと歳が行ってからだったんだな。
「まだ十代の勇者殿には父親のように慕われ、歳甲斐もなく舞い上がってしまいまして、たびたび
ん?
「戦いが激化するにつれ、気心の知れた仲間たちが次々に倒れていきました。そのたびに消沈する勇者殿を励まそうと、足しげく通ったのが間違いの元でしたな。結局、魔王との最終決戦の直前に、最後の一線を」
「ちょっと待った!」
年寄りの昔話では済まない点がある。
「あんたは若がえり以外に性転換でもしたのか? それとも勇者は――」
「はい、勇者殿は可憐な黒髪の少女でした」
爆発だ爆発。リア充は爆発すべき。三十も歳が離れてるなんて。ファザコン女勇者かよ。
「つか、なんでこんな大事なことを誰も教えてくれないんだ……」
「現在では、帝国でもアストリアスの公用語でも、『勇者』は女性名詞になってますが」
なんだそりゃ。あー、大学の第二外国語でやったな。万物にオス・メスの区別があるって考えの言語。フランス語とかドイツ語とか、わりとポピュラーなんだよな。
ちなみに、こっちの公用語では名詞の前に特定の一文字を加えると性別が変わる。
「そんなわけで、今の皇帝陛下は、私の実の孫なのです」
孫がかわいいってのは人類の真理なんだろうか。俺がその境地に達するのは、まだずいぶんかかりそうだが。子供すら怪しいし。
「で、君の目的は何なのよ?」
最初の問いに戻る。
「それはもちろん、魔神様の望む世界を実現するためです」
魔神か。やっぱりそこへ行くか。
「次に君は『魔神だから邪神とは限らない』と言うわけだ」
魔王はほほ笑んだ。
「さすが、話が速いですな」
「だからって、変なところをはしょるなよ?」
「それはご心配なく」
魔王くんは話し出した。
この世界には
しかし、真実はその逆で、魔神こそ創造神が最初に生みだした神だという。その役目は、この世界に変化と多様化をもたらすことだった。
「イデア界の設計図に基づいてこのソーマ界を創造したとき、創造神はこの世界を魔素で満たしました。しかし、バラバラの魔素の処理能力は低く、大地を苔で覆い、海原にプランクトンを育てるのがせいぜいでした」
動くものがほとんどない、単調で停滞した世界。そこに変化と多様性をもたらすには、力が必要だった。
処理能力を上げるには、魔素を凝集させて魔核とする必要がある。そこで、魔核を育てる器として創造されたのが、原始の魔物、ベヒモスとリヴァイアサンだった。
ベヒモスは山ほどもある巨体を持つ、草食獣だったとされる。また一日で大陸の半分の苔を食べ尽くしたとも伝えられている。
リヴァイアサンはプランクトンを食べ、こちらも大洋の全てを数日で食べ尽くしたといわれている。
ただ、苔もプランクトンも育つのが速いので、なくなりはしなかった。
これらの魔物が持つ魔核のおかげで、より複雑な生物が生まれた。多種類の植物が大地を覆い、海や川には魚が満ちた。しかし、まだまだ創造神は満足しなかった。もっと多様な魔核を生みだすため、肉食の魔物、竜たちが生みだされた。その餌として作られたのが、魔核を持たぬ動物たちだ。
「まてよ、餌とするなら草食動物だけでいいはずだ。なんで普通の動物に肉食もいるんだ?」
「竜たちは寿命が長いので、繁殖速度が遅すぎるのです。なので、草食動物が植物を食べ尽くさないように肉食動物も作られました」
「竜を草食にすれば良かったんじゃ?」
「ベヒモスやリヴァイアサンで失敗してますからね。草食で魔核を持つには、あのサイズになってしまいます」
そこで、さらに変化と多様性をもたらすために、創造神は自分の代理を立てた。それが、今は魔神と呼ばれている存在だという。
魔神は繁殖力の高い魔物を生みだし、魔核の数と量を飛躍的に高めた。そして、魔物を意のままに操れる力を持った。
この頃、初代の魔物であるベヒモスとリヴァイアサンは眠りについたとされる。燃費が悪いからお役御免なのか。
一方、創造神は最後の仕上げとして、人間を作り出した。高い知能を持ち、神々のようにイデア界に働きかける魔法を駆使することができる存在だ。彼らは言葉を操り、道具を生みだし、文明と言う変化と多様性をこの世にもたらした。彼らは農耕や畜産も発達させ、余った穀物で酒を作り、牛や山羊を育てて、それらを供物とすることで竜たちから貴重な鱗や髭などを得て、魔法の活用に役立てた。
「だが、それだと魔物や魔族が人を襲う理由がわからないな」
俺の疑問に魔王くんはうなずいた。
「それは、人間が堕落したからです」
「人間が? 魔物じゃなくて?」
魔王は語った。
高度な文明を持った人間は科学を発達させた。科学は魔法のような対価を引き受ける必要がないため、人々は魔法を捨てて科学に頼るようになった。その結果、イデア界が停滞するようになったという。
魔物の魔核だけでは変化と多様性が満たせなくなっていたのだ。
そこで、魔神は人間が魔法を使うように仕向けた。要するに、魔物に人を襲わせたのだ。科学だけでは倒せない魔物との戦いで、人々は再び魔力に頼るようになった。
その中で
一方、魔法を駆使して魔物と戦わざるを得ない人間は、自分たちを守護してくれる存在を求めた。そこで創造神がつかわしたのが、七柱の主神であり、その配下である
ここで創造神は全てに満足し、眠りに就いた。あるいは、他の世界を作り出すために旅立ったとされている。
「つまり、七柱の主神と魔神さまは同格であるばかりか、魔神さまの方が先輩だということです」
「まぁ、それはそうかもしれない。だからって魔神を崇める気にはなれないがね」
そもそも、魔物や魔族に人を襲わせているのが気に食わない。イデア界の為とか言っても、襲われる側の身にもなれっての。
「その点ですが、解決策があります」
魔王はにこやかに言った。愛想のいい魔王ってなんだかな。
「魔人になればいいのです」
あまりのことに、しばらく固まった。
「魔人……だと?」
「はい。自分が
うーむ。確かにそれは魅力的かもしれない。
「さらに、私のように若返ったり寿命を延ばしたり、病気を治したりもできます」
ちょっと待てよ?
「病気を治す魔法薬や上級魔法には、材料や触媒として竜の鱗や髭などが必要だと聞いたが」
「はい。魔人や魔族なら竜族と交易ができます。昔の人間との盟約が途絶えてからは、竜も普通の魔物と同様に、人を襲って食べたりしますからね」
竜を味方につけたのか。
「じゃあ、もうひとつ。例の魔核を埋めて植物を魔物化したのは?」
「普通の獣を魔獣化するのが目的です。全ては魔核増産のため」
徹底しているな。
「既に、地方の開拓村では、魔物化した穀物の生産が行われていて、一部の市場に流通しています」
「それ、食べたら魔物化するんじゃ……」
「
魔王の親切、大きなお世話。
「魔人になったら人を襲うんだろ?」
「そうでもありません。私は襲ってませんから」
「そんなの個体差ってやつじゃ?」
魔王はニッコリと微笑んだ。
「魔核を早い時期に分裂させ、片方を腹とかに移動させ、対価の処理をそっちに受け持たせれば、精神への侵食は抑えられます。私もそうしてますから」
魔核分裂って、放射能とか出ないよな?
「魔族はどうなんだ? もう二人倒してるが」
「魔族と魔人の違いは、肉体的な変化の有無です。魔核がかなり大きくなるまでは肉体に変化は出ませんし、変化は望まなければ起こりません」
ここでも意志の力か。
「あの兄弟は両親に虐待されて育った為に、人の世に対する恨みが強かったのでしょうね。私も止めたのですが」
「魔物がみんな世の中に恨みを持ってるとは思えないがな」
またしても
「知性を持たない魔物なら、魔核が本能に命じるままに人を襲うでしょうけどね」
「人を襲わない魔物もいるんだろ?」
「あなたの従魔のように?」
そうだ。エレが人を襲うなんて考えられない。
「あなたがいるからこそです。あなたが死んだり、元の世界に戻ったら分かりませんよ」
「違うな。エレは本質的に違う。どこが、とは言えないが」
なんとなく、確信があった。親の欲目とか言われそうだが。
そうだ。ザッハが言ってた事も確認しよう。
「アストリアスの商人たちが、この国から続々引き上げているようだが、一体何が起きてる?」
またもや
「彼らには魔物化穀物を試食してもらいました。その上で、この穀物の増産がうまく行ったら、あちらの国で販売するように『お願い』してあります」
あの商人たちは魔人化しかけてて、コイツの命令に逆らえないのか。確かにそりゃ、「やっちまった感」も漂うわけだ。そして、魔物化穀物が売りさばかれれば、さらに魔人モドキが増えることになる。
「私はこの究極の計画を、文字の最後であるZになぞらえて、『Z計画』と呼んでます」
Zはギリシャ語のアルファベットと同じ読みで、形も一緒だった。
「つまり、『
胸を張って宣言しやがった。
俺は思わず、空にそびえる
うーむ、しかしこれは、まさしく緩やかな世界征服じゃないか。魔王はやはり魔王だ。
ではどうするか。正直、正面切って戦うには歩が悪すぎる。こっちの仲間は七人。エレとキウイを含めても九人だ。しかも、実際に戦えるのは俺、ミリアム、グインの三人だけ。
対する魔王は、世界中の魔物を操れるし、魔人化した者も配下に多数いるだろう。やろうと思えば、この国の正規軍も動かせるはずだ。
どう考えても戦うべきでない。
再度、ではどうするべきか?
知識だ。情報が要る。しばらくは帝都に留まり、この魔王君から聞けるだけ聞き出そう。さらに、魔法や魔核についてももっと調べないと。
知的労働者が冗談にしか聞こえないらしいこの世界だが、プログラマをなめんなよ。
そうこうしているうちに、晩餐会の夜は更け、ようやくお開きとなった。俺はミリアムとグインを連れて天空の城を後にした。
******
帝都での宿は、その名も「帝国ホテル」と言った。そのまんまだ。
しかし、豪華にもほどがある。何だってスウィートルームに噴水があるんだ? トゥルトゥルが大はしゃぎだったし、アリエルはそこで沐浴しようとするし。えらい騒ぎだった。
ようやく皆が落ち着いたところで、俺はエレに呼びかけた。
『ふわぁ~、パパ?』
相変わらず眠そうだ。
アイテムボックスを開いて外に出してやる。サイズ的にはセントバーナードより大きくなったが、この部屋は十分に広いから大丈夫だろう。
……あれ?
「エレ、その背中どうした?」
皮膚があちこち白っぽくなり、しわが寄っていた。
『なんか、むずがゆいの』
皮膚病だろうか。指で触ると、細かい鱗がパラパラと剥がれ落ちた。
「ああ、それ脱皮よ」
ミリアムが言った。手をポンと叩いて。
脱皮? 蛇がやるやつ?
「じゃあ、病気じゃないのか」
ほっとした。寝てばかりいたのも成長の過程なんだな。というか、脱皮したらさらに大きくなるんだろうな。
電撃も強くなってきているから、そのうち「自分も戦う」なんて言い出さないだろうか。お父さん、心配だよ。
もう遅いので、各自部屋に引き揚げさせて、俺も寝ることにする。俺の部屋はエレと二人きりだ。キウイに充電しながら、エレは俺と念話で今日会ったことを色々おしゃべりした。
いつの間にか寝てしまったが。
******
翌朝。帝国ホテルのルームサービスで皆と食事をする。流石、一流だけあっておいしい。
やわらかい食パン。この世界に来て初めてだ。小麦もあったんだ。卵なんて、調理人が来て目の前でフライドエッグやスクランブルエッグなどにしてくれる。ベーコンの焼き加減も注文次第だ。
ギャリソンが料理や飲み物に舌鼓を打ちながら、材料や調理法を料理人から聞きだしていた。今後の食生活がさらに向上しそうだ。
「ところでタクヤ、昨夜は補佐官さまとずいぶん長く話してたけど」
ミリアムが水を向けてきた。さて、どこまで話したものか。
「この世界の天地創造神話について話してもらったんだよ」
まずは当たり障りのない部分。いきなり彼が魔王だと告げても、混乱させるだけだろうしね。創造神がこの世界に変化と多様性をもたらすために、太古の竜や人間を生みだした話を、魔神の役割をぼかして要約した。
「神話の内容は太祖の七神ごとに少しずつ違うけど、大枠はその通りね」
ミリアムによると、七柱の神々の名前と主な役割は次の通り。
学問と知恵の神 ソフィエル (無属性)
戦と武術の神 ガロウエル (火属性)
美術と性愛の神 アフロディエル(水属性)
商業と交易の神 マキエル (風属性)
慈愛と癒しの神 アスクレル (光属性)
豊穣と裁きの神 デメトエル (土属性)
死と再生の神 モフィエル (闇属性)
やはり、ギリシャ神話と似ている気がするな。役割も実用的と言うか、人間の文明を支える活動を示している。ミリアムによると、他の
ここで言う属性が、魔法の主な体系になっているらしい。ちなみに、「無属性」がすべての基本で、
ちなみにモフィエルの「死と再生」というのは、輪廻転生のことらしい。葬式が専門だな。死者の復活は取り扱っておりません。
「ん? ガロウエルって」
俺が気づくとミリアムはほほ笑んだ。
「うちは代々、ガロウエルの
ふーむ。
ちなみに、「~エル」というのが神をあらわすので、その手前までが本来の名前らしい。まさか、経典の名前は「ガロウ伝説」じゃないよな。
あと、この七神の名前がそのまま曜日になっている。
月 ソフィメラ
火 ガロウメラ
水 アフロディメラ
木 マキイメラ
金 アスキメラ
土 デメティメラ
日 モフィメラ
「イメラ」が暦の「日」を意味する。
日本の曜日は中国の五行+日月だが、なんとなくマッチしてるのが面白い。こっちの一カ月はキッチリ四週間だしね。
召喚の時に刷り込まれた「基礎知識」でなんとなく理解してたが、こうしてミリアムに由来を教えてもらうとなかなか面白い。
朝食の後、俺は魔法や魔核について調べたいので、帝国図書館に行くと皆に告げた。
「じゃあ、私も行くわ」
ミリアムが名乗り出た。これは当然。
「ボクも行く!」
トゥルトゥルが名乗り出た。これは意外。
「本を読むのか?」
思わず聞き返したが、本人はいたって真面目だった。
「ここの図書館には、世界中の衣服の絵を収めた画集があるって聞いたの。見たい! 作りたい!!」
なるほど、ファッション愛好家の血が騒ぐか。何かに夢中になれば困った性癖も出ないから助かる。
皆、それぞれにやりたい事があるので、今日も一日充実しそうだ。
問題は魔王君。
人と魔物とこの世界の、ある種の共生関係を極めようとしているのは分かる。しかし、やはりどことなく悪魔的な印象がぬぐえない。人間だったころは高潔な人物だったのだろうが、百年も魔と触れていると影響を受けるのだろうか。
ところが、いざ出かけようとすると、ミリアム宛てに王宮から使いが来た。例の、魔王討伐における魔力使用料を調べるための資料の山が届いたのだ。早速、図書館遠征からミリアムが脱落。
でもさ、俺はその
ちなみに、資料は膨大なので、彼女一人では一生かかってしまう。そこで、全体の方針と手法を確立したら、魔法ギルドに協力を仰いで多人数で分担するらしい。魔法の研究と言っても、意外とやり方は科学的だ。
「やった! 久しぶりにご主人様とデート♡」
何か誤解しているトゥルトゥルだが、気持ちが高ぶってると変な手癖が出ないからいいか。こいつが肩に掛ている鞄の中身は、帰りにチェックしないといけないが。
ホテルの出口には馬車が待ち構えていたが、俺は久しぶりに少し歩きたい気分だった。朝日に輝く帝都の街並みを、それでもトゥルトゥルの手はしっかりと掴んで歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます