1-15.今夜はハード魔核(コア)
見張りをミリアムと交替して横になったが、寝れるわけがない。
俺はミリアムがジンゴローと交替して寝につくのを待った。やがて、彼女の規則正しい寝息が聞こえてくる。
『キウイ、断面透視』
ミリアムの体内の断面が、頭からつま先まで表示される。念のためだ。三回繰り返す。
少なくとも、見えるサイズの魔核はなかった。
心底ほっとして、涙がにじみそうになる。
ペイジントンの戦いで、俺はミリアムの魔力対価を何度もキウイに引き取らせた。ただ、対価が積み上がって倒れてからではなかった。そうなって対価を引き受けさせたのは、王都からペイジントンまでの旅で一度だけだ。
魔核の発生は限界を越えて失神するごとにある確率で起こると、ミリアムは言っていた。その確率は、魔法のレベルが上がるのに比例して大きくなるという。
もし、あの一度で魔核が発生していたら……考えるのも恐ろしい。だから、対価が積み上がらないようにこまめに引き受けさせるのは、魔核を生じて魔人化するのを防ぐのに有効だ。これからも、出来るだけそうさせよう。
ミリアムが言っていた。魔法とは呪文でイデア界に働きかけることだと。イデア界はこの世の全てを記述してある世界だと。
やはりこれは、どう考えてもソフトウェアだ。
しかし、ソフトは単体では実行できない。何らかのハードウェアが必要だ。
それが人の脳髄であり、魔核なのだろう。キウイの場合はCPUだが、位置的には恐らく魔核に相当する。
そして、そのどれもが等しく、この世界を存在させるための負担を負っているのではないか? 魔力対価とは、魔法を使った者に対価として負担量を増やすものなのだろう。
では、人と魔核はどちらが先なのだろうか? 大抵の創世神話では、神々が最後に作ったのが人だとなっている。例外は聖書の創世記で、神はまずアダムを作り、彼のためにエデンの園を作ったとある。
まあ、あっちの世界とこっちでは違うのかもしれない。
ヒトと魔物、どちらが先に埋まれたのか。
魔物とは、果たして本当に邪悪な存在なのか。
……考えても答えは出ない。なら、もう一つの気がかりを片付けておこう。
その気がかりの場所に、遠隔視の視点を飛ばす。
『キウイ、アイテムボックスの残りの最大容量でゲート開け』
遠隔視で見下ろす場所は、野営地から少し離れた草地だ。野営する前に気づいたのだが、ここはなぜか円形に草が枯れている。冬枯れとは違って、葉っぱなどがねじくれていた。
その原因を調べるために、数メートル四方のゲートで四メートルほどの深さの土壌をアイテムボックスに格納して切り取った。遠視で穴の中を覗きこむが、特に何もない。次にアイテムボックスの上面を開き、切り取った土壌を上から断面透視していく。
あった。
深さ五十センチ程のところに、パチンコ玉大の魔核が埋まっていた。別に小さなゲートを開いて魔核を回収し、切り出した土壌を基の場所に戻す。
この魔核を、明日にでもミリアムに見てもらおう。あと、魔法そのものも、もっと知りたい。
******
翌朝、俺はミリアムに頼んだ。
「魔導書を読みたいの? 構わないけど」
年季の入った革表紙の本を受け取る。中級の火魔法の本だ。繰り返し読まれた本って、汚れや傷も味があるね。
この世界では印刷技術が発達していない。精々、木版画や銅版画程度なので、ほとんどの書籍は手書きの写本だ。
ちなみに、この魔導書はミリアムが自分で書き写したという。この世界での学問は、自分で教科書を写本するのが第一歩だと言うことだ。
借りた魔導書を直接読むのもいいが、パソコンのカメラで撮ってOCRで文字起こしした方が効率的だ。ブロック体で書かれており、ミリアムの書く字は綺麗で読みやすいので、認識率も悪くはない。OCRすれば検索もできるしね。
移動中の馬車の中は揺れるので、休憩時間にサクッとジンゴローと書見台を作り、アイテムボックスのキウイの前に据えた。あとはゲートを開いたまま、アリエルの魔法の手でページをめくってもらえばいい。アイテムボックスの中は揺れないし、魔法の手なら揺れが伝わらない。
移動中は何もすることがないアリエルは、仕事を貰えて嬉しそうだった。
「こんなに沢山のページを覚えちゃうなんて、キウイさんは頭がいいんですね」
しきりに感心している。パソコンに慣れてる俺には当然だが、人のような存在だと思うとそうなるんだろうな。
「お褒めに預かり恐縮です」
キウイの返事がまた人間臭いし。
夕方、野営のために馬車を降りるまでには、魔導書の読み取りは終わっていた。オリジナルはミリアムに返して、片目を閉じてキウイの画面に読み取ったページを出す。うん、充分読み取れる。読書はこの方が楽だな。
OCRはバックグラウンドで続けさせよう。キウイにはご丁寧にもアストリアス語のフォントまで入れられてるから、OCRも問題ない。
魔法はキウイに任せっぱなしだったが、呪文は言語なんだから翻訳できるはずだ。それを読み解くことはこの世界を理解するのに役立つに違いない。特に、イデア界の仕組みについて。
ルテラリウス帝国に入ってから、魔物の気配はするが襲ってこない。その代り、あちこちに魔核が埋まっていて、その周りの草木が赤茶に枯れている。
昔倒された魔物の死骸が埋まっていたところなのか、それとも誰かが意図的に埋めたのか。
謎ばかりが膨れ上がるまま、夕方俺たちの馬車はかなり大きな都市についた。交易都市で、メルビエンという名だった。
まずは宿を探す。
幸い、この国では人種差別はほとんどないみたいで、最初に当たった宿で全員が泊まれた。馬車から馬を外し、グインとギャリソンが馬の世話をしている間、俺は少し街を見て回ることにした。ジンゴローには、書見台にページめくり機能を付けるアイディアを試してもらうため、残ってもらった。
トゥルトゥルが一緒に行きたいとせがむので、俺とミリアムが両手をつないで連行だ。アリエルは久しぶりに沐浴をしたいというので、借りた部屋の真ん中の床に水を満たしたアイテムボックスのゲートを開いてやった。
エレはキウイのそばで充電させながら寝るいつものパターンだ。
気になるのは、最近、エレが眠る時間が増えていること。魔獣博士のミリアムに聞いても、よくわからないらしい。
「街だ、街だ~おっきな街だ♪」
謎歌を歌いながら、トゥルトゥルが通りをずんずん歩く。両手はもちろん、ガッチリホールドだ。
「結構賑わっているようだけど、なにか違和感があるな」
道を行き交う人々を見て、そんなことをつぶやく。
「そうね。どうも表情が暗いような気がするわ」
商店を覗いても、食品など生活必需品は特に物価が高いとか品薄とかでもなさそうだ。なのに、どこかとりとめもない不安が、街中を覆っている感じがする。
「商人がどんどん逃げ出しているはずなんだが」
交易都市というだけあって、アストリアス王国などとの交易で潤っているはずだ。そこから王国側の商人が撤退しているとして、誰が穴を埋めているのか?
またもやすっきりしない事が増えた感じだ。
見物が物足りなそうなトゥルトゥルを引きずって、宿に帰る。
宿では、アリエルがさっぱりとした顔でメイド服に身を包み出迎えてくれた。旅に出てから久しぶりだ。
ジンゴローも得意満面で、改良書見台の設計図を見せてくれた。背後のレバー操作だけでページがめくれるように工夫されてる。
揺れる車内ではやはりアリエルの魔法の手が便利だが、宿にいる間は誰でも出来そうだ。ただ、本の厚さやサイズが変わると上手くいかないかもしれない。そこは今度一緒に考えよう。
明日はミリアムと魔法ギルドへ行く。多分、様々な魔導書が揃っているに違いない。相談に乗ってくれる人がいれば、色々な疑問点をぶつけてみるのもいいだろう。
******
この街で二日目の朝。
宿の食堂で食事を済ませると、俺はミリアムと一緒に魔法ギルドの支部を訊ねた。入り口でミリアムがギルドの会員証を見せると、身なりのいい係員が飛んできて、丁重な扱いで支部長の部屋に通された。
すっかり忘れてたが、ミリアムの祖父ガロウランは、アストリアス王国の魔法ギルド長だっけ。国が違っても、その地位は影響力有るんだな。
支部長は四十代半ばの男性で、こちらの世界では珍しく眼鏡をかけていた。レンズが丸くてロイド眼鏡風だ。
「ミリアム・ガロウランさま、ようこそメルビエン支部へ」
あのジーサンのガロウランって名前、ファミリーネームだったのか。まあ、わざわざファーストネームを聞くこともないだろう。
「ありがとうございます。今回は個人的な探求でこちらの帝国へ参りました」
ミリアムの言葉に、支部長が眼鏡をなおして聞いた。
「探求ですか。どのような?」
「百年前の勇者の戦いにおける、魔法の果たした役割と効果です」
「ほう……」
「特に、魔王を倒すためにどれだけの魔力が必要だったかに注目してます」
支部長も興味を持ったようだが、俺も内心びっくりしてた。いかにもそれっぽいテーマだし、夕べの話ともリンクしている。あらかじめ考えていたのだろうか。
「わかりました。詳しい資料となりますと、帝都の本部に問い合わせることになりますが」
「ありがとうございます。いずれ本部にも伺いますので、支部長様からご連絡していただければと思います」
支部長は協力を確約してくれた。
「ミリアム、俺からもいいかな?」
折角だから、俺も助力を頼みたい。ミリアムはうなずいた。
「ミリアムさま、こちらの方は?」
支部長の問いかけに、ミリアムは微笑んで答えた。
「商人のタクヤさんです。ペイジントンからここまで馬車に同乗させてもらいました。魔法に興味がおありだそうです」
前もって打ち合わせしたわけでもないのに、それらしい話がよくできるな。
「私自身は魔力はほとんどないんですけどね。あくまでも学問的興味で」
学問と言っても、中級魔導書を一冊読んだだけだが。
「何かご相談ですか?」
支部長が聞いてきた。
「実は、この国に入ってから、まだ真冬には早いのに枯れている木や草地が目立ったんですよ。木の実などの実りも少なさそうだし」
ほう、と目を細めてきた。微妙な反応だな。
「で、たまたま野営で馬車を止めた近くに、円形に草が枯れてる場所がありましてね。そこを掘ってみたら、これが出てきたんです」
ローブの懐から魔核を取り出す。
「魔核が草木を枯らすわけでもないと思うので、奇妙に思いましてね」
「拝見してもよろしいですか?」
支部長に魔核を手渡した。
「ふーむ、土壌改良の魔法具に魔核を使うことはありますが、裸の魔核が何か作用するというのは私も聞いたことがありません」
しばらく掌の上で眺めたあと、支部長は呪文を唱えた。
「……
しばらく瞑目して鑑定結果を確認すると、支部長は魔核を返してくれた。
「特に変わった点はありませんね」
「そうですか」
まぁ、ずばっと解答が得られるとも思ってなかったけどね。しかし、土壌改良の魔法具なんてのもあるんだ。
「で、もう一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
眼鏡の位置を直しながら、支部長が聞いてきた。
「中級の水・土・風などの魔導書をお貸しいただけないでしょうか?」
「……火魔法はよろしいのですか?」
俺はミリアムに目配せして答えた。
「そちらは既に見せていただきましたので。それと、各魔導書は一部を見比べたいだけなので、明日中にはお返しできます」
丸々写し取ります、とは言えないからね。適当に誤魔化した。
支部長はしばし考えて返事をした。
「よろしいでしょう。本来はギルド会員以外に貸し出すことはないのですが、ミリアムさまのご紹介であればお断りするわけにもいきませんから」
支部長に礼を言って、受付で書籍の束を受け取ると、俺たちは宿への帰路についた。
「枯れた草木と魔核の話なんて初めて聞いたわ」
ミリアムに言い忘れてたな、確かに。
「夕べ、気になったから寝たまま調べてみたんだ」
「呆れた。これ、本当なら大事じゃないの」
「いや、だから相談するつもりだったんだよ」
さっきの魔核を取り出す。
「ミリアムの鑑定では、何か出ないかい?」
魔核を手に取り、ミリアムは凝視する。
「そうね……魔核としては良くあるサイズだし、強いて言えば『魔力付与』に調整されてるくらいかしら」
そう答えて、彼女は魔核を俺に手渡した。
「調整ってのは?」
「特定の役割を果たすように、魔核に呪文で手を加えることなの。魔法具に組み込む時によく行われるわ」
なるほど、カスタマイズみたいなものか。
「支部長が言ってた、土壌改良の魔法具だと、どうだろう?」
ミリアムは
「そんな特定目的の魔法具なら、土魔法などに特化した術式を組み込むはずよ」
「と言うことは、やはりあの一帯で魔力が働きやすくなるように、誰かが埋めたのかな」
俺の言葉に考え込むミリアム。悩まし気な美女って、なんでこんなに……すみません、場違いでした。
「意図が読めないわね。悪いけど、この魔核、しばらく貸してもらえる? もう少し調べたいの」
もちろん、俺に異論があるわけもなく、ミリアムに魔核を預けた。
******
宿に戻って夕食後、寝るまでの間は改良書見台の製作に当てた。ジンゴローが気を利かせて材料を仕入れてくれたので助かった。
しかし、初めて来た街でいきなり「付け」で購入するとは。ジンゴロー、恐ろしい子。いや、オッサンですけど。明日、支払いに行ってこよう。
ただ、本のサイズに合わせて完璧に操作するためには、二本の腕では足りなくなってしまったので、改良版ができるまではアリエル専用になってしまった。仕事ができたとアリエルが喜んでくれたので、良しとしよう。
約束通り、明日中に書籍を魔法ギルドに返せれば問題なし。
さぁ、寝るかとベッドに潜ったら、ミリアムに夜襲された。もちろん(涙)、エロい意味ではなく、例の魔核だ。
「これ、もう一つの調整がされてるわ」
発見の喜びと怒りの、ないまぜの表情。
「魔力付与の術式に隠れて分りにくいけど、明らかにこれ、『浸透』の術式よ」
「浸透? それ、何をするものなの?」
ミリアムの返事は、確かに衝撃的だった。
「普通の生き物に魔力を『浸透』させるの。つまり、魔物にしてしまうわけよ」
……伝染るんです?
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