4-8.ギルド来るとカルト

 グインの目が怖い。アリエルに仕事させ過ぎだからだろうか。

 俺の気のせいだと思いたい。


 いや、きっと戦争が始まってるのに、戦士の自分が宿でぶらぶらしてるのが歯がゆいんだろう。

 朝早くから大剣で素振りしてて、出かけようと声をかけた時も振っていた。中庭から雪が吹き飛ばされてなくなりそうだ。この寒さの中で汗かいてるし。

 グインには今夜にでも、目いっぱい頑張ってもらうからな。


 俺はみんなを集めて行った。

「これから、南の大陸へ向かう。みんな、アイテムボックスに入って」

 俺は、アリエルやエレたちのいる所のゲートを開いた。自動書記工房になっている方の。

 あ、トゥルトゥルの目がまん丸だ。

「自動書記に手を出すなよ」

 てへへペロしやがって。ロンがまねるからやめろ。

 ゲートを閉じて、宿代を払って引き払う。それから、裏庭に回って足元に転移ゲートを開く。


 海上では、行先にゲートの足場を出してから転移していく。休憩が不要なら問題ない。

 あの世界一周の旅と迷宮でレベルが上がりすぎたせいで、片道ならガジョーエンまで一気に行けるようになった。向こうで休めば帰路も大丈夫だ。今夜は対価の消化を優先して、冒険者や仲間の支援に回ろう。朝までには対価も減るから、まだクロードが魔王を仕留めていなければ参戦だ。


 魔王を倒すなら明るい方がいい。そうならなくても、保険はかけてあるけど。


********


 ガジョーエンの冒険者ギルドは、押し寄せた冒険者で満杯だった。南の大陸で一番規模がデカいのに。

 王都のギルド長に伝えてあったので、南の大陸全土の冒険者が、ここに集まったことになる。移動が間に合わない場所は転移で巡廻し、アイテムボックスに入れて連れて来た。


「今夜、魔王との決戦に参戦して欲しい。参戦者のために剣と魔核の杖を用意した」

 遠話V2を拡声器として使い、アイテムボックスから量産タイプのミスリル剣と魔核の短杖を出す。


「剣は二万降り、杖は千本用意した。剣の方はミスリル製。赤い杖は炎、白い杖は風の属性だ。杖の方は、自分の不得意な魔法を補う形で持つと良い」

 とりあえず、この場に居る全員の分だ。数千人て所か。


 普通、魔術の習得には時間のかかるので、冒険者全体における魔術師の割合は十人に一人くらいだ。

 ベテラン魔術師ならこれくらいの魔法は自分で使えるし、同等レベルの杖を持っていたりする。そんなベテランなら、パーティーの戦士が参加するなら同行してくれるだろう。

 俺が用意した杖は、あくまでもレベルの高くない魔術師を支えるための物だ。


 ミスリル剣を手にした剣士が試し切りしたくてうずうずしているので、角材を何本か出してやったが、あっという間にみじん切りにされてしまった。

「すげぇぞ、この剣。軽くて扱いやすいのに、こんなに切っても刃こぼれひとつない!」

 あちこちで感嘆の声が上がる。


 あっちでは杖を手にした魔術師たちが、魔法の試し打ちをしていた。苦手な魔法をこれだけハイレベルで扱えるのはたまらないんだろうな。


「戦うぞ! 魔王を倒せ! 勇者様、万歳!」

 剣を抱えて一人が叫ぶと、熱狂が群衆に広がった。

 うわ、こりゃもう、宗教じみてきたな。俺は教祖様?

「この体に流れる血の一滴まで、勇者様に捧げる!」

 それじゃ、カルトだよ。尊師とか呼ぶなよ?


 ギルド会館の外にも大勢詰め寄せてるので、あちこちに小分けして剣と杖を出しておいた。外からも同じようなシュプレヒコールが沸き起こっている。


 でも、まずは落ち着いてもらわないと。お勉強の時間だ。

 俺は演壇に登って、遠隔視V2を起動した。俺の顔が背後に大写しとなる。会館の外にも表示する。同時に遠話V2を拡声器がわりに。


「みんな、よく聞いてくれ。君たちはこれから北の大陸で戦うわけだが、北の魔物については良く知らないはずだ。詳しく書いた紙を用意した。これから配るので、文字の読めるものが周りに読み聞かせてほしい」

 今までに自動書記で書きあがった第一弾の五十部を、仲間たちが配る。偏らないように、建物の外にも。


「追加で用意できた分をまたあとで配るけど、俺が読み上げるからまずは聞いてくれ」

 手元の紙を読み上げる。


 倒し方も重要だが、何よりもまず魔核の位置だ。

 回収漏れで魔物がレベルアップしたらたまらないし、かといって魔核を探して手間取っても困る。

 ベテランの冒険者なら、戦闘中に魔核の近くを切り裂いてそのま取り出す、なんて荒技までやってのけるのだが。

 種別によってばらばらな昆虫系でこれをやるには、やはりその位置を熟知していなければならない。すぐに取り出せなくても、魔核のある部位だけ切り分けてまとめておくだけでもいい。


 一度聞いただけでは覚えきれないから、何度も繰り返す。五十部ずつ書きあがるごとに、また配る。


 もう一つ、全員に配るものがあった。帝国からの徴用証だ。

 名刺サイズの銀色の板で、皇帝の印が彫られている。戦いが終わってからこれを見せれば、帝国より多額の報奨金が出る。

 そうしているうちに、昼になった。


「それじゃみんな。昼飯にしよう。俺の奢りだ」

 クロードにもらった軍事予算の一部だけどね。ギルドに話を付けてあったから、食料の調達もバッチリだ。二万人に食わせるのは大変だから。

「勇者様、太っ腹!」

 などと、またシュプレヒコール。なんか、大人気だ。

 まぁ、武器も情報も飯も出て、戦果を上げれば褒美も出るとなれば、盛り上がらないわけがない。士気が高くて困ることもないしな。


 午後になると、あちこちでパーティーごと、あるいは複数パーティーで議論が始まった。俺のテキストに基づいた魔物攻略の作戦だ。

「この大白蟻ってのは腹の中に魔核があるから、早めに胴体と切り離すべきだな」

「なら、火魔法でこうやって追い込んで、前衛の前に飛び出させれば」

「いや、足が速いから氷魔法で動きを鈍くして……」


 あるいは、普段は槍や斧、戦槌を使っている戦士が、ミスリル剣に慣れるために素振りや模擬戦をやっている。

「この剣はどうも、軽すぎて勢いが乗らんな」

「ぶちのめすより、切り裂く方だからな」

「しかし、握りが角ばってて手が切れそうだ」

 断面が八角形になるよう、角を落としてはいるんだがな。

「その辺は、自分で調整してくれ」

 俺はジンゴローに出してもらった革ひもを渡した。

「自分の手になじむように巻くといい」

 見回すと、あちこちで自分なりにカスタマイズしている。鞘の方は間に合わなかったから、革を適当に切ったものを渡して自作してもらう。ストックしておいてよかった。


「強度はもの凄いのぉ、こんなこともできるわい」

 なんと、剣に戦槌を括りつける猛者まで出て来た。もちろん、鉱人族ドワーフのオッサンだ。

「こりゃいい。柄が折れるからと遠慮せずに済む」

 うっかり切っ先を掴んで、指を落とさなきゃいいんだけど。心配なんで、戦槌の柄の方に溝を切って、剣を挟み込むようにし、革ひもでしっかりと固定。先端の方は刃をむき出しにしたので、ある程度は切ることもできる。戦槌の柄で引っかかるだろうけど。

「すまぬの、勇者」

 他にも槍や斧に拘る戦士も居たので、余ってたミスリル鋼で手っ取り早く何本か作った。

「こんなに短時間で出来るとは……」

 鉱人族ドワーフにはショックだろうな。


 しかし、キウイの対価が減らなくなるので、ほんの数本で勘弁してもらった。みんなを北に連れていけなくなったら困るからね。

 そうこうしているうちに陽も傾き始めたので、ちょっと早いが出陣の前祝いと行くか。


「みんな聞いてくれ」

 遠話V2の拡声器、便利だな。

「陽が落ちたら、北の大陸に向かう。激戦となるはずだ。その前に飯だ。今夜は重労働だから、酒はだせないがな。戦場でゲロはかないくらいに食ってくれ」

 大歓声。いや、俺、もうそんなに太っ腹じゃないよ。ダイエット成功したはずだよ。


 ギルド会館の内も外も、酒はないけど盛り上がってる。うちの仲間も、広間の一角に陣取って食べてる。そうだ、エレとロンも出してやろう。みんなと食べた方が楽しいだろうし。

「俺の従魔を出すけど、大人しいから驚かないように」

 アナウンスしておいてから、アイテムボックスを開いた。

「グリーンスネーク、カモン」

『すねーく? ヘビ?』

 エレには分らないネタだろうけど、ヘビだと分ったのは念話だからだな。

 エレとロンがのそのそと出てくると。

 大歓声!?

 なぜか冒険者たちに大うけ。エレたちもお座りの姿勢で手を振ってるし。

 で、生肉をはぐはぐ食べだすと、女性冒険者が「かわいー」と喜んでる。

 ま、いいか。あと少ししたら、魔物と命がけの戦いなんだけどね。


 ここにいる冒険者の何人かは、多分生きて戻れない。それくらいの激戦になるだろう。今のところ連絡がないから、魔王とクロードの戦いも決着がついていないだろうし、魔王が倒されても奴が連れて来た魔物が残ってる限り、冒険者の仕事は無くならない。


「……タクヤさん」

 聞き覚えある声が。と、振り返ると肉の壁が。その上には、八重歯のいかつい顔。

「ああ、あんたか」

 一緒に迷宮に潜ってた、あの四人組だ。


 彼らはしばらく地上で何度か魔物退治の依頼を受けて、そろそろ迷宮に再挑戦しようか、と言うところだったらしい。

「それで昨日、ギルドで今回の話を聞いたらもう、居ても立っても居られなくて」

 魔物との戦闘経験が増しているなら何よりだ。

「頑張れよ」

「はい、タクヤさんも」

 チャームポイント(?)の八重歯を光らせ、人ごみの向こうに去って行く。

 戦意高揚、士気最高。そんな最中に、俺は背後から呼び止められた。


「タクヤ」

 振り向くと、ここにはいないはずの仲間がいた。

「……マオ?」

 クロードの補佐をすると言っていた。彼は今、戦場のはずだ。なのに、なんでここに?


「なんだよ、連絡なら遠話してくれれば。ここまで転移なんて、対価が凄いだろ」

 魔核が肥大するのは不味い。……というか、やけに顔色が悪いじゃないか。

「キウイにすぐに引き取らせるから――」

「いえ、対価はありません。これがありますから」

 そう言うと、マオは胸元から銀色の球体を取り出した。長い鎖がついている。

「それ……なんでお前が?」

 どう見てもそれは、オルフェウスの魔法具だった。

 マオはうつむき、何度かのろのろと首を振り、言った。

「クロードが、負けました」

「……なんだって?」


 皇帝が、負けた?


「だって、エリクサーは……」

「ここにまだあります」

 もう片方の手で、青い液体の瓶をだした。

「使う暇などありませんでした。瞬間転移で奇襲され、ゲート刃でクロードは両手を切り落とされ……」

 瓶を懐にしまい、その手で顔を覆う。

「……連れ去られました」

「人質か」

 俺は呟くように言った。危険信号が大音量で脳内に響きだす。

「返してほしければ、俺の首をよこせと?」

 言いながら、俺はエレたちに念話した。

『今すぐ、キウイのところに戻って!』

『パパ?』

『早く!』

 二人ともきびきび戻ってくれた。


「貴方に危害は加えません。替わりに!」

 マオが言葉を続け、俺はすかさずゲートを閉じるが。


 間に合わなかった。


 突進しつつ銀色の亜空間鎧をまとったマオの両手が、ゲートに突き刺さっていた。

『このて、マオの? なんで?』

 エレの念話が脳裏に響く。緊張と恐怖。良くないことが起きていると分っているんだ。


 既にゲートは消した。マオの銀色の両腕はその面でスパッと断ち切られている。だが、中身はアイテムボックスの中だ。遠隔視で見えている。


「マオ、いったい何のつもりだ!?」

 答えは聞くまでもない。しかし、黙っているわけには行かない。

「オルフェウスの要求は、あなたを無力化することと……」

 マオの指先から魔法の弾丸が打ち出され、キウイに命中した。ディスプレイが粉みじんに砕け、弾かれた本体が壁に衝突し、バッテリーパックが外れた。引き抜かれた電源ケーブルが、キウイの乗っていたテーブルから垂れさがる。


『キウイおねえちゃん!』

 エレが飛びつく。

『内蔵予備バッテリーに切り替わりました。一分以内にバッテリーパックを接続するか、電源を接続してください』

 キウイの念話が脳内に空しく響く。


 マオが言葉を続けた。

「……それともう一つ、エレとロンを拉致することです」

 言うなり、マオは魔族変化した。体が巨大化し、天井につかえないように身をかがめる。そして、アイテムボックス内の腕がエレとロンを鷲掴みにした。


『いや! はなして!』

『パパ! こわいよ!』

 掴みだされる二人も銀色だ。と、銀色のエレがもがいたはずみに、キウイの本体を取り落とした。キウイを取り巻いていた銀色の膜が消え、落ちてくる。

『おねえちゃん!』

 エレの悲鳴。

 間一髪、キウイの方はアリエルが魔法の手で受け止めてくれた。しかし……エレとロンはマオに掴まれたままだ。


『ご心配なく。青魔核は創造神さまの庇護のもとにあります。この子たちは、魔神によって保護されます。タクヤ、あなたは奴隷たちと静かに暮らすと良いでしょう』

 マオはそう言うと、頭上に空間転移のゲートを開き、ジャンプして消えた。エレとロンも一緒に。

 そして、キウイの電源ランプが消えた。


 そして……

 アイテムボックスも何も使えない、凡人の俺が取り残された。

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