1-5.御美脚、作ります

 さて、奴隷には仕事を与えないとな。


 俺はグインを呼んだ。

「早速だが、俺たちの護衛を頼みたい……いや、ひざまずかなくていいからさ」

 立ちあがらせる。

「何か武器はあるか?」

「前のあるじに長剣を預けてあります」

 元は自分の持ち物だったということか。


「私は豹頭族の騎士でした。しかし、ヒト族との戦闘に敗れて、捕虜から奴隷とされたのです」

 なるほど。

 グインによると、その時、官製お仕着せの鎧などは売り払われたが、家宝の剣だけは残すよう主人に願い、聞き入れられたそうだ。

 死んでしまった奴隷商人、なかなか良い人だったらしい。なんとなく悪徳商人とばかり思ってたが、あちらの世界の常識に囚われていたようだ。


 その奴隷商人の荷物は真ん中の馬車に積まれていた。荷箱を外に降ろして開くと、確かに質素な鞘に収まった長剣と腰帯があったので、グインに渡す。うむ。見るからに強そうだ。頼もしい。


「これ、ボクのフーパックだ!」

 トゥルトゥルが、先端がYの字に分かれてパチンコのようになった杖を取り上げた。

 うう、そこまでD&Dと一緒かよ。確か、これでスリングのように投石できるんだよな。

「じゃあ、グインと一緒に警護についてくれ。魔物を見かけたら、大声で知らせるんだぞ」

「はい!」

 良い返事だが、そこでくるりと回ってポーズを決めるなって。下にはタイツのようなのを履いてるが、上の服はワンピースみたいで裾がひらひらしてる。外見だけは魔法少女っぽい。


 子供に戦わせるわけにはいかないが、コイツを迂闊に放置すると誰の持ち物に手を出すか分らないからなぁ。グインと一緒なら、流石に彼の剣に手は出せないだろうし。


 さて、他の奴隷にも仕事を与えよう。まずはギャリソン。

「いかがいたしました、若様」

「料理は得意か?」

 慇懃ながら、彼は微笑んだ。

「はい、一通りの物は作れますぞ。食材と調理具にも依りますが」

 実にありがたい。俺は馬車の先頭の方を指さした。

「傭兵三人組が、大熊をさばいて料理するみたいなんだ。手伝ってやってくれ」

「仰せのままに」

 そろそろ昼飯時だ。どうせなら、美味いもの食いたいよな。


 次に、ジンゴローを呼ぶ。

「仕事ですかい、旦那」

「一緒に作って欲しい物があるんだ」

 それに、試したいこともあるんだよね。


 ミリアムも呼んで、馬車に戻る。エレはキウイとアイテムボックスの中だ。

『暑くはないかい、エレ』

『うーん、きもちいい』

 それは良かった。

 しかし、キウイが熱暴走しても困る。アイテムボックスをいったん開いて風を通してやろう。


「ほほう、旦那は便利なもの持ってますな」

 ジンゴローは感心したようだが、他言するなと命じる。ミリアムが興奮したほどのレアスキルなら、吹聴すれば絶対にトラブルの元だ。その点、奴隷たちは秘密厳守で信頼できる。


 エレを存分に撫でてやってから、アイテムボックスを閉じて今度は鞄から巻き尺を取り出す。巻き尺は百均で買ったやつで、ビニール製の柔らかいタイプだ。会社帰りに無印に寄って、隙間家具を選ぶときに使ってた。


「ミリアム、手助けを頼めるかな?」

 彼女はうなずいた。静かだったのは機嫌が悪いわけではないのか。良かった。

「じゃ、これでアリエルの腰回りのサイズを、臍のあたりから10センチ間隔で50センチ分ほど計ってくれる?」

「センチ?」

 首をひねる。当然か。


「この巻き尺の、ここからここまでの長さが10センチ」

 巻き尺の目盛りの読み方を教えた。こっちで算用数字が通じないのは当然だな。

 ジンゴローに聞いたところ、こっちの度量衡、長さや重さの単位は、日本の尺寸法のように、ヒト族の平均的な身体のサイズを元にしたものらしい。肘を曲げた時の指先から肘までの長さが1ブラ。約五十センチだ。

 ブラは腕と言う意味だ。胸じゃないぞ。


 そう言えば、アイテムボックスは一辺が五十センチほどの立方体だったな。1ブラ立方ってところか。

 1ブラを四等分したのが1ダグで約12センチ。ダグは指の意味で、元は人差し指と親指を伸ばした長さだったらしい。小さなものはダグや、その十分の一のデシダグで測る。

 6ダグで一歩に当たる1ヴィとなり、主に距離をあらわすのに使うという。

 てなわけで、10センチは約8デシダグ、50センチは1ブラだ。この世界の物差しが必要だな。


「分ったわ」

 ミリアムがうなずいた。

「頼むよ。いくら人魚でも、俺が女性の腰を撫でまくるのはアレだからね」

 俺の言葉に、ミリアムがきょとんとしている。

「なにそれ。まるで紳士みたいじゃないの」

 ずいぶん失礼だな。


「あとこれ。ペンと紙」

 財布の中に詰まってたレシートと、ボールペンを渡す。レシートの一枚にボールペンでクルクルと線を描いて見せた。

「便利ね、このペン」

 ミリアムが目を丸くした。その表情も素敵だな。口に出して言えないけど。


 ミリアムが人魚姫の方へ向かうと、俺は鞄から多機能工具のレザーマンを取り出した。

「ほう、こんまいけど色々付いてて面白い工具ですな、旦那」

 うん。ジンゴローとは気が合いそうだ。


 二人で森に入り、適当な太さの立ち木を選ぶ。その幹をど真ん中にして、アイテムボックスのゲートを水平に出した。幹はそこでスパッと断ち切られ、木は倒れた。切り株の断面は磨いたようにスベスベしている。

 思った通りだ。アイテムボックスが物を保管する亜空間を作り出す能力なら、そこへのゲートは空間に断層を作っているはず。もし、断層が生じた時にそこに物があれば、こんな風に断ち切られるに違いない。物体の強度など関係なく。


 しかし、これは気を付けないとな。誰かの手とか切り落としたら洒落にならない。

「キウイ、アイテムボックスのゲートって、安全対策はあるの?」

 俺が問いかけると、念話が返ってきた。

『マスターが傷つけたくない者や物体がある時は、魔法陣だけでゲートは出現しません』

 なるほど。それなら魔法陣の位置を変えればいいわけだ。逆に言えば、今みたいに切断したければ、それもできる。これは工作がはかどるな。


 試してみると、ゲートの保護フィールドは、保護したくない相手の場合には消えるらしい。出現したゲートに木片を当てるだけでスパスパ切れる。それでいて、うっかり俺の指が当たった時には保護フィールドが防いでくれた。


 倒れた木をさらに輪切りにし、次に縦に切り裂く。あっという間に木材が製材できた。魔法って、ホントに便利。ジンゴローもしきりに感心していた。


 切り出した木材を二人で担ぎ、馬車のそばに戻る。ミリアムが紙片をひらひらとさせて待っていた。

「淑女のサイズよ。何に使うの?」

「間に合わせだけど、アリエルに脚をね」


 ミリアムが書きだしたサイズに合わせて、袋から出した俺のGパンをレザーマンの刃で切って行く。長さは少し余裕を持たせている。

 何度かやって見せて、後はジンゴローに任せた。

 馬車の前方右側の草地から、香ばしい匂いが漂ってきた。ギャリソンの手伝いで大熊のバーベキューが始まるようだ。

 昼飯前に、作れるところまで作っておこう。


******


 肉はやっぱり焼きたてだよね。う、美味い。美味すぎる。しかも、食っても食ってもほとんど減らない! ギャリソンが作った焼き肉ソースは、塩とハーブがベースだがなかなかいける。


 久しぶりに、満腹の余りに気を失いそうになった。

 いや、眠るわけにはいかない。この肉を、警護に立ってるグインとトゥルトゥルにも持って行ってやらないと。馬車列の最後尾へ行くと、ここまであの肉を焼く香りは漂ってきていた。


 二人とも空腹だったようだ。焼いた肉を山盛りにした皿は、あっという間に空になった。

「もっと食べるか? いくらでもあるぞ」

 尋ねると、トゥルトゥルは横座りで俺を潤んだ目で見上げた。

「うう、食べたいけどもう入らないですぅ」

 だから、満腹でお腹をさするだけなのにエロ要素を持ち込むなよ。


「……叶うならば、もう一皿分を」

 グインはその体格だから当然だな。

「分った、ちょっと待ってろ」

「我が君にそんな手間をかけるわけには……」

 もう遅いってw


「良いからお前は魔物が来ないか見張ってろ。あと、コイツが寝ないようにな」

 既にトゥルトゥルは半眼で揺れだしてる。

「寝落ちしたら、ほっぺたをつねってやれ」

 言い残して、お代わりを取りに戻る。肉を焼き終わったギャリソンがかわりにグインに届けてくれると言うので、俺はジンゴローと一緒にアリエルの脚の作成を再開した。


 鞄から今度は瞬間接着剤を取り出す。布や木材に使えるタイプだ。これで、切り出した細長く薄い木材をつなぐようにして、Gパンから切り出した布を接着していく。これも手本を見せて、ジンゴローにあとを任せた。

 その間に、脚そのものを木板から切り出す。皆から馬車の影に隠れるようにしてアイテムボックスのゲートを出し、そのへりに木板を押し当てて切って行く。おおざっぱに切り出した後は、レザーマンのノコギリ刃などで形を整える。

 ちょっと太めかもしれんが、乙女の御美脚おみあしが左右そろった。


 ジンゴローのところまでそれを運ぶ。こちらでは、布でつないだ細い木材で籠状の物が出来上がっていた。この籠を四十五度くらいの角度にして、二本の脚をその側面に固定する。補強のために、膝のあたりで木片を渡して固定する。


 ミリアムが聞いてきた。

「なんなの、これ?」

「アリエルの脚だよ。ずっと浮いてると疲れるらしいから、これに乗って休めば立ってるように見えるだろ?」


 まず、アリエルに魔力で浮いてもらう。そのドレスのスカートの下にこの木造の脚を置く。

「よし、ゆっくり降りてきて」

 斜めにした籠状の物に、アリエルの下半身が乗ったところで、左右に垂れ下がってた残りの布を巻き付け、木から削り出したバックルで止める。


「どうだい、魔力を止めても大丈夫そう?」

「はい、私、立っているんですね、ご主人様!」

 立った立った、アリエルが立った!

 アリエル大地に立つ!


 とはいえ、アリエルの御美脚バージョン1.0は、重すぎてそのままでは動けないことが分った。今後の課題だな。


 そこへ、キウイから念話があった。嬉しい知らせだった。後でミリアムにも教えてやらなきゃ。


 食事を終えて一休みした傭兵たちが、グインとトゥルトゥル組と交替しに向かった。しばらくして帰ってきたトゥルトゥルはメソメソ泣いていた。

「ご主人様、グインがボクをいじめるんだよぅ!」

 抱き着いてこようとするのをするりとかわす。左のほっぺたが真っ赤になってた。満腹したせいで相当居眠りして、そのたびにつねられたのだろう。


「グイン、そんなに寝てたか、コイツ」

「はい、もう何度も」

 グインの方は三人前は軽く食べてるはずだが、流石にシャキッとしている。騎士ってことは、軍人だもんな。


「ほら、もう泣かない。そろそろ出発だぞ」

 だいぶ時間をロスしてしまったが、この後夕暮れまでは馬車に揺られることになる。


「口を開けて。腫れてる方の頬に、舌で押し当てなさい」

 ミリアムが、どこからか取り出した氷をトゥルトゥルの口に突っ込んでいた。


「ひょっとして、氷魔法も使えるの?」

「一応、氷も光も土も、初級魔法なら使えるわ」

 やっぱりミリアムは凄いな。


「じゃあさ、どのくらいの量、氷を作れる?」

 大熊の肉、盛大に余ってるんだよね。氷があれば、アイテムボックスで冷やして持って行ける。アイテムボックスはどうやら、完璧な保温性を持っているようで、クーラーボックスも兼ねられる。


「普通の氷なら結構作れるわよ」

 俺はアイテムボックスを開いた。中は空っぽだ。

「ここが半分埋まるくらい、作れる?」

「これ……二つ目なの?」

 ミリアム、期待どおり驚いてくれた。

「ああ、アリエルの脚を作るのにアイテムボックスを使いまくったら、キウイがレベルアップしてね」


 レベル一から二へは、割とすぐに上がるんだな、この世界でも。で、アイテムボックスの開ける数は、レベル数の二乗になるらしい。今は四つで、レベル十になったら百だ。

 同様に、アイテムボックスの総容量はレベルの三乗で増えていくらしい。レベル十なら千倍だ。倉庫が丸ごと入る。開けるゲートの最大面積もレベル数の二乗で、これは最初から約一メートル四方だった。今は二メートル四方まで開ける。


 アイテムボックス自体は、キウイとエレが入ってるのとは別に、もう三つ用意できる。皆が出発の準備をしている間、その内の一つに木材で作ったを入れ、そこにミリアムが作り出した拳くらいの氷の塊を敷き詰めた。その上に捨てられるところだった余った大熊肉を入れていく。氷が融けてもの下に溜まるから、肉が水につからないはずだ。

 これだけあれば、エレが肉を食べるようになっても、しばらくは持つだろう。その間に、しっかり稼げる体制を作らないと。


 グインもギャリソンもジンゴローも、役に立つスキルがあるからいいけど。アリエルも脚を改良すればメイドとして活躍してくれる。……いや、決してマーメイドだからメイドだなんて言わないよ?


 問題はトゥルトゥルなんだよな。どんな仕事が良いやら。

 出発の準備をしている馬車の中で、俺の膝枕で寝ちまいやがった横顔を見ながら、俺は思案に暮れた。

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