3-3.ごっそり戦後っ処理

「……地面から小屋が生えてくるなんて」

 期待通り、ランシアは驚いてくれた。


 蜂の巣から離れた森の外に、いつものように小屋を出しただけだけどね。たまに驚いてくれると新鮮だ。

 早速、各自装備をはずして戦闘で汚れた体を洗い、さっぱりとする。水を使うから、女子組と男子組に分けてアイテムボックスで臨時の更衣室を作った。

 そして、屋外に置いたテーブルの上にシチューの鍋を出す。保温性抜群のアイテムボックスの中で、じっくり煮込まれている。

 早朝からギャリソンが仕込んでいたものだ。


 戦いが終わって一時間もしないうちに、アツアツの料理が食べられる。うーん、魔法みたいだ。魔法だけど。


 エレとロンもアイテムボックスから出して、一緒に食事だ。エレはいつも通りの生肉。ロンはエレの電気。


 食事が終わると、俺はみんなに声をかけた。

「数減らしのために蜂の群れを空間断裂斬で切り刻んだ時に、かなりの蜂の魔核が森の中に落ちたはずなんだ。これを食べた別な魔物が人を襲ったら厄介なんだけど、何かいい方法はないかな?」


 あの大きな巣も放置できないけど、こっちはゲート刃でぶつ切りにして深淵投棄してしまえばいい。巣の素材である蜜蝋は、本来なら売り物になるけど、こっちも毒入りだから仕方ない。


 しかし、木立や茂みの中に落ちた魔核はそうもいかない。森の中に踏み込んで一つずつ始末するのは面倒だし、危険だ。


 苦手意識があるのか、ランシアが嫌そうな顔だ。

 しかし、魔核を放置するわけにはいかない。折角、魔物の巣を壊滅させたのに、他の魔物がレベルアップしては意味が無い。


「焼き払いますか?」

 マオが提案してくれたが、残念ながら却下だ。

「森のど真ん中だからね。山火事になったら面倒だ」


 ミリアムが例の蜂の群れを火炎旋風で全滅させた森は、木々の間を走って逃げられるくらいの密度だったし、森のはずれだった。

 しかし、あの巣のあたりははるかに鬱蒼と茂ってるし、周囲は山へと連なっている。山火事は上へと広がるからね。

 かと言って、マオが水魔法で消火するのもマッチポンプだし。キウイの対価もかなり溜まってるから、引き受けるのも限界がある。


 その時、アリエルがおずおずと尋ねてきた。

「あの……ご主人様はよく、魔物の気配を感じられてましたが、魔核の気配は感じ取れませんか?」

 感じ取るのは俺じゃないけどね。

『キウイ、どうだ?』

 問いかけると、すぐに答えが返ってきた。

『活動を停止した魔核からは魔力を感知することは不可能です』

 やはりダメか。キウイの返事を伝えると、アリエルは残念そうだった。

「場所が分かれば、私の魔法の手で集められると思ったのですが」

 なるほど。彼女のこの力の有効範囲は十メートルくらいある。ゲートボードであの辺を飛びまわれば、たいして時間はかからないはずだ。

 あくまでも、場所が分かればだが。


「そうですね……」

 マオが考えこみながらつぶやくように言った。

「上位魔法ですが、相手の魔法を暴発させる魔核暴走と言うのがあります。難易度は高いですが、対価は低めです」

 それだ。名前が物騒だが。


「マオ、暴走させると危険じゃないか?」

 魔物が持つ魔核が使える魔法は、種族ごとに大体決まっている。炎や電撃を生じる物騒なものから、羽ばたかなくても空中浮遊するとか様々だ。蜂の場合は飛行能力の補強か、毒の生成だろうか。

 生きている相手の魔核を暴走させたら、体の中で炎や毒を生じさせるのか。これは強力だな。

「暴走というか発動ですね。威力の方は調整できます」

 少々の毒なら防ぎようがあるな。


「よし、それで行こう。他のみんなは、死骸から魔核を回収してくれ。だけど、毒には要注意だ。回収しきれないのはそのまま深淵投棄するから」

 小屋とテーブルをアイテムボックスにしまうと、再びゲートボードに全員を乗せて巨大蜂の巣へ。

 まずは、二つに切った巣をさらに細かくゲート刃で切断する。念のために働き蜂の幼虫を何匹か断面透視したが、女王蜂の幼虫と違って魔核は見つからなかった。見えないほど小さければ問題ない。こま切れにした巣を次々に深淵投棄する。

 ほどなく、巣の方は片付いた。


「マオ、魔核暴走を頼む」

 使用頻度が低いせいか、しばらく呪文の詠唱があった。

「……魔核暴走ディアピリナスデアフィギ!」

 マオの体から水平に、赤い光の帯が輪となって広がっていく。これに触れた魔核は勝手に活性化し、しばらくの間暴走する。とはいえ、威力は最低なので在りかが魔力感知で分かる程度だ。

 早速、キウイに命じよう。

『魔力感知。感知した場所を画面に映してくれ』

『了解です、マスター』

 片目を閉じるとキウイのディスプレイが映った。そこにウィンドウが開かれ、俺を中心にポツポツと赤い光点が灯っていく。


「よし。回収するよ、アリエル」

「承知いたしました、ご主人様」

 二人でゲートボードに乗り、御美足を椅子モードにしたアリエルが見えない魔法の手を用意してもらう。


 まずは近くにある奴から。俺は赤い光点が示す場所に目印の小さなゲートボードを飛ばし、そこから下に遠隔視の目玉パネルを出す。覗きパネルの方は、アリエルに見えるように目の前の空間に広げた。

 目玉パネルの方を地面に近づけると、木立が迫ってきてパネルに枝や幹の断面が映っていく。やがて、地面に落ちた蜂の死骸が見えた。

 すかさず、アリエルの魔法の手が伸びて死骸を拾い上げ、一時保存用のアイテムボックスに入れていく。魔法の手が届く距離までゲートボードで移動して何度も繰り返すうちに、アイテムボックスの中は蜂の死骸で埋まっていった。


「くれぐれも、毒には気をつけて」

 広場にゲートを開いて死骸を出し、他の仲間たちに忠告する。みんなはその死骸を切り裂いて魔核を取り出していく係りだ。

 一応、冒険者ギルドで蜂の毒に効く薬は買ってあるが、エリクサーみたいな魔法薬ではないから万能じゃない。油断は大敵だ。


 小さな魔核だから大した金額にはならないのだが、ギルドマスターによると小さいものの方が需要が多いという。安価な魔法具に使うためで、ずっと品不足だというのだ。

 ランシアを襲った黒蜂の大軍を焼いたと言ったら、がっかりしてた。まぁ、クラーケンの巨大魔核が買い取りされなかったくらいだし。


 近くの魔核をマオが活性化させ、アリエルの魔法の手で死骸を回収し、移動。これを繰り返しているうちに、あらかたの死骸は処分され、布の袋に米粒ほどの魔核がぎっしり回収された。毒針や痛んでない羽も回収。こっちは武器の材料になるらしい。


「よし、作業終了。みんな、お疲れ様」

 マオの対価をキウイに引き継がせ、俺はみんなを乗せたゲートボードをソルビエン市へ向かわせた。日は既に西へ傾いている。


 振り返って夕陽を見上げ、俺は思った。


 ミリアム。今、君もあの夕陽を見ているだろうか。もう港湾都市ゾルディアックに着いただろうか。それとも、既に船の上か。


「タクヤさん」

 隣に横座りしたランシアが声をかけてきた。

「もしかして、あの女魔術師さんのこと考えてます?」

 うわ。そんなに分かりやすく顔に出てた?


「昨夜、アリエルさんたちから彼女がパーティーから離れたと聞いたんですけど。その……」

 少しためらってから、意を決したように続けた。

「ひょっとして、ミリアムさんの事、好きだったんですか?」

 直球だな。

「うん。……今でもね」

 夕陽から目をそらし、前を向いてそう答えた。


 ランシアは膝を抱えて言った。

「やっぱりそうなんだ」

 はぁ、とため息をつく。

「フリーだったら、アタックしちゃおうかと思ったんだけど」

 え、これってもしかしてモテ期ですか? DTどーてーのまま三十歳超えて、魔法使になると思ってたのに。いや、三十歳前だけど、もうなってるな。キウイを介して、だけど。


「ミリアムさんも命の恩人だし。やっぱり、あたしなんかじゃ無理ですよね」

 なぜか一人で結論出してる。

 いや……確かに今は俺もムリポだわ。気持ちが切り替わらない。未練たらたらだよな。


「ごめんよ、ランシア。決して、君に魅力がないからとか、そんなんじゃないんだ」

 何と言って良いかわからないから、謝っておく。

「良いんですよ、そんなの」

 寂しげにほほ笑むランシアだが、この娘は出来たら、いつも笑っていて欲しい。残念ながら、今俺には何もできないけど。


 やがて夕日に照らされたソルビエンの城壁が見えてきた。街道から見えないところにゲートボードを降ろし、俺たちは城門まで歩いた。


******


「お帰りなさい、タクヤさん」

 門前宿の看板娘、モースさんが声をかけてきた。

「お部屋は空けてありますよ。すぐに泊まれます」

 それはありがたい。別な宿になって、馬と馬車を今から動かすのは面倒だしね。


「じゃあ、俺はランシアと冒険者ギルドに寄って来るから、みんなは先に休んでいてくれ」

 俺は依頼の達成報告と、魔核や毒針などの買い取りに。ランシアは事後になるけど、うちのパーティー「ドラコン」への編入の手続きだ。この手続きをやっておかないと、依頼を受ける時や迷宮などで面倒なことになるらしい。


 みんなと門前広場で別れ、俺はランシアと辻馬車でギルド会館のある太守の館前広場へ向かった。荷物はアイテムボックスから出した肩かけ鞄一つ。


 ……しまった。会話が途切れた。形としては、俺が彼女を振った感じになっちゃったからな。

 この時間、こっち方面に来る人は少ないのか、他に乗客もいない。


 気まずくなりそうなところで、ランシアが話を振ってくれた。

「タクヤがいた元の世界って、どんな所なの?」

 そう言えば、不思議と今まで誰も聞いて来なかったな。トゥルトゥルなんか興味を持ちそうなのに。


 別に仲間に対して秘密にすべきものでもないので、俺は思いつくままに話した。

 魔物も魔法もない世界。科学が発達していて、馬の要らない馬車、空を飛ぶ乗り物があって、人が月にまで行ったこともあること。何より人口がこっちの何倍もあって、ルテラリウスの帝都みたいな大都市が世界中にあること。

「まぁ、そんなわけで、俺のキウイもあっちじゃありふれた道具なんだ」

 そこまで話したところで、辻馬車は太守前広場に着いた。


 だが、ランシアは呆然とした面差しだった。

「ランシア?」

 俺が呼ぶと、彼女は我に返った。

「ごめんなさい、ぼんやりとしちゃって」

 考えてみたら、こっちよりよっぽど奇想天外な世界だろうな。俺もこっちに染まってきたのか、なんだか元の世界の方が現実感が無い気がしてきた。


 それはともかく、俺たちは馬車を降りて、館前の広場をギルド会館へ向かった。

 もうすっかり日は落ちていたが、会館の大広間には結構人がいた。そう言えば、ここでは酒も飲めるんだっけ。

 入り口で番号札を貰ってテーブルについていたら、すぐに奥から名前を呼ばれた。


「タクヤ殿!」

 恰幅のいいギルドマスターが血相変えて走って来る。え、俺何かした?

「パーティーの他のメンバーは、まさか--」

「……はぁ、先に宿で休ませてますが」

 俺が答えると、ギルドマスターはがっくり膝をついて深々とため息をつく。

「全員、御無事で?」

「ええ、もちろん」

 どうやら、全滅しかけて二人だけで逃げ帰ってきたと思われたらしい。馬車で往復十時間以上かかる距離だから、早朝に出発してもこの時間ではトンボ返りだしね。


「しかし、こんな時間にお帰りとは、何か問題でもあったのでしょうか?」

「ああいえ、蜂は午前中で全滅させたんですが、魔核の回収に手間取ってしまって」

 ギルドマスターの顎が、かくん、と音を立てて落ちた。

「あのー、もしもし?」

 何度か顔の前で手を振ると、ようやく意識が戻ったようだ。


「あの沢山の蜂を、たったの数時間で……」

 そんなにかかったかな?

「戦ったのは一時間ぐらいだよね?」

 となりのランシアに確認すると、うなずいた。その後、伐採した広場に落ちた死骸から魔核を回収して、お昼にしたのだから。

「午後の魔核回収が数時間だったかな」

 むしろ、あっちの方が大変だった。みんなよくやってくれた。


「というわけで、あの蜂の巣の脅威は完全に消滅しました。魔核を食べてレベルアップする魔物も出ないでしょう」

 ギルドマスターは、ようやくなんとか立ちあがれるようになったようだ。

「……そうでしたか。詳しくお聞きしたいので、私の部屋までお越しいただけますか?」

 その前に、ランシアのことがある。

「ちょっといいですか、こちらの女冒険者を夕べうちのパーティーに迎えたので、メンバーの更新をしたいのですが」

 ギルドマスターがランシアの顔を覗きこんだ。

「なるほど、良い面構えですな。手続きなら奥でやりましょう」


 面構えって、女の子相手にはどうかと思うぞ。


 ギルドマスターは番号札を確認し、壁際に立つギルド職員を呼びつけると、何事か命じた。

「では、こちらへ」

 俺たちは、職員が走り去った方向へいざなわれた。

 通されたのは窓口の後ろ側、ギルドの事務所だった。俺たちが昨日書いたような書類を渡され、そこの欄を一通り埋めていく。

 残念ながら、ランシアは読み書きができなかったので、俺が代筆する。

 この国だけでなく、こっちの世界の識字率はお寒い限りのようだ。貴族はほぼ全員が読み書きできるが、庶民だと二割が良いところらしい。そのせいで、代書屋という職業があるくらいだ。


 書きあがった書類を係の者に渡すと、俺たちはギルドマスターの部屋に通された。

「依頼した魔物討伐は完了と言うことですが、何か証拠となる物はお持ちですか?」

 確認と言うことなんだろう。

「魔核とか魔物の部位でしたね」

 小物だと魔核が小さすぎて見つかりにくいので、そんな時は頭部などでも良いらしい。


「はい、それで構いません」

「では、まず魔核の方ですが」

 肩にかけた鞄をテーブルの上に置く。これはアイテムボックスのゲートを中で開くのに都合がいいように、底に四角い板が張ってある。

「最初は女王蜂とその幼虫の魔核です」

 それらの入った小袋を取り出す。女王の魔核はパチンコ玉サイズだが、色合いはかなり濃い赤だ。幼虫も色合いは同じで、サイズは芥子粒ほど。


「わかりました。では、討伐完了と言うことで依頼料の金貨十枚はすぐにお渡しします。買い取り価格の方は鑑定が必要なので明日になってしまいますが」

「はい。なんだったら、依頼料も明日で構いません」

 大事なのは、西への街道の通行止めが今日中に解かれることだ。一日早ければ、旅の商人の負担もそれだけ低くなるわけだから。

 とは言え、依頼料の方は用意していたらしい。ギルドマスターがその場で金貨十枚を払ってくれたので、ありがたく、アイテムボックスにナイナイした。


「次に、その他の蜂の魔核です」

 鞄の中で別なアイテムボックスを開き、働き蜂の魔核が詰まった袋を取り出す。米粒ほどの大きさで、色合いはかなり薄くなる。こっちは午前の分も午後の分も一緒にしている。


 ギルドマスターの目がまた丸くなった。

「これはまた……よくぞこんなに」

 そりゃもう、大変でしたよ。数がね。

「小さくても、食べた魔物が小型なら大幅なレベルアップですからね」

 これだけあれば、安価だが需要が多い魔法具が多数作れるはず。光玉とか点火具とか。

「で、あとは有用そうな魔物の部位です」

 さらに別なアイテムボックスを鞄の中で開き、蜂の羽や毒針を束ねたものを取り出す。


「その鞄……もしかして」

「ええ、魔法の品です」

 何せ、女王の羽なんて二メートル近くあるから、鞄に入らないのは明らかだ。

 アイテムボックスのことが広まって、運搬とか密輸とか持ちかけられたら厄介だし。カムフラージュの鞄なら、仮に盗まれても痛くない。

「さすがは勇者様、便利なものをお持ちですね。これらの魔物の部位も鑑定いたしますので、明日また来ていただけますか?」

「もちろん、構いませんよ」

 そこへ職員が入ってきて、ランシアの所属を俺たちドラコンに加えたことを告げた。


 よし、これでやるべきことは全部終わったな。

 俺は明日また来ることを告げて、ギルド会館を辞した。


 今夜はみんなと祝賀会だ。で、明日の朝一番でギルドに行って、代金を受け取ったら出発だな。


 とか思ったら、やっぱりフラグ立てちゃったらしい。

 最近、南の魔王オルフェウスとその配下が静かだなと思ってたら、これだよ。

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