3-9.群盲蛇を評す

 翌朝、目が覚めると真っ先にキウイの対価を確認した。パフォーマンスグラフは三十パーセント台。これなら、じきに帰路に付けそうだ。


 昨夜は寝てしまったので、かわりに今朝は短い間だけどエレやロンをアイテムボックスから出してやった。

 敵中突破の間はさすがにできなかったからね。

 ロンも大きくなって小型犬サイズだ。やんちゃな盛りで、何かと言うと俺の肩によじ登りたがる。それを見守るエレのまなざしが、すっかりお姉さんだ。


 一通り相手をしてやって、二人をアイテムボックスに戻すと、まずは腹ごしらえだ。

 昨夜は何も食わずに寝ちゃったし。メニューは固い黒パンと干し肉。ここで出る物も、強行軍で食ってたものも変わらないな。まぁ、携行糧食だから当然だが。


 この船に乗ってる連中は、こんなのばっかり往復何週間も食ってるのか。そりゃ、病気になったりもするよな。アイテムボックスに新鮮な果物も入れてきたから、ビタミンも補給してもらおう。


 その後は、甲板で潮風に当たりながら、マオたちと遠話で定時連絡。

『そのガルーダ、気になりますね』

 マオもそう思うか。下手すると、今回の努力が全部、無駄になりかねない。

『どっちにしろ、その位置に敵の前哨がいたなら、タクヤが探知されなくても奇襲は失敗したでしょう』

「そうかもしれんが……後味は悪いな」


 一応、国王陛下の依頼は果たした。それでも。

「どの道、キウイが対価を処理しきるまで動けないからね」

 その間に敵が仕掛けてくれば、加勢するにやぶさかじゃない。


 なんてフラグ立てたら、案の定、やってきました。ちょっと別口が。


********


 干し肉と黒パンに、昨日持ってきたオレンジがついただけの昼食。これを食べ終わったらおいとましよう、と思っていた矢先だった。


『危険感知。四時の方向より接近する者あり』

 おう。奇襲はやはり失敗か。全ては無駄だった?


 今、俺は船尾の船長室にいる。てか、船長と会食中で、俺は船尾の方を向いてた。

 俺は後方、船首の方を指差した。

「船長、どうもあっちの方から何か来るようです」

「うむ」

 無口で話題が途切れがちな船長だったが、こんな時は話が早い。二人して階段を駆け上がり、甲板を船首へと走る。


「あのあたり」

 左舷前方を指差す。船長はカイゼル髭を捻りながら目を凝らし、俺は首をひねりながら遠隔視。

「キウイ。何もいないぞ?」

『情報訂正。海中を進んできます』

 海の中か!

 早速、目玉パネルを海面下に突っ込ませ、こちらに向かって進める。


 やがて、甲冑を身に付け、力強く尾びれを打ちふるいながら泳ぎ進む、多数の影が見えてきた。

「船長。どうやら人魚族のようです」

「ほう」


 うーむ。人魚たちを怒らせるような事をした覚えはないんだが。ひょっとして、ムフフな姿のアリエルと洋上を……いや、それはないか。


「人魚族とは多少縁があるので、ちょっと話してきます」

 折角下がりきったキウイの対価だが、人魚たちを敵に回して船底に穴でも開けられたらたまらない。先手を打って事情を聞いておいた方が良いだろう。


 おれは船長の返事を待たずにゲートボードで飛びだした。アイテムボックスから呼吸パイプつきのマスクを出して装着し、透明鎧を起動。パイプは呼吸用アイテムボックスへ接続。よし、ゲートボードを消してダイブだ。


 海中の泡が消えると、海面から差し込む陽光のなかで取り囲む人影の数々……いや、人魚影? 貝殻などの甲冑を身に付け、物騒な銛で武装してる。やはりというか、全員、表情が険しい。

 とりあえず、向こうが話しかけても透明鎧で聞こえないので、こちらから遠話をかけるか。相手は……そう、一番派手な兜を被ったあのマーマン。


『はじめまして。俺はヒト族のタクヤと言います』

 お、表情に変化が。

『タクヤ……そう名乗るヒト族の勇者が、西の海でクラーケンを退治したと聞いたが』

 お、おう。こんな遠くの海の中まで、そんな話が伝わってるとは。


『確かに、それは俺のことですけど。あ、マーマンの戦士たちも一緒でした。隊長は確か』

 キウイの中にメモってあったはず。……これだ。

『「群青の右腕の子、輝く緑鱗」という意味の名前だそうで』

 派手兜氏が周囲を見回した。口元が動いているから、通訳してくれてるんだろう。何人かうなずいてるな。


『確かに勇者タクヤ本人だと認めよう。ならば問いたい。何故こんなことをした?』

 俺、何かしたっけ? ただ、飛んできただけなんだが。

『あの、何かご迷惑をおかけしました?』

 派手兜氏が苦虫を噛み潰したような表情になった。

『我らの居住地の近くに、翼のある強力な魔核を持つ魔物の死骸を、何体も投げ込んだであろう』

 あ……ガルーダ。


『それを取り込んだ魔物が、今朝、居住地を襲った。なんとか女子供は安全な場所まで逃がしたが、我らの戦士が多数命を落とした上に、魔物が居住地に居座ってしまったのだ』

 あちゃー。


『この海域に、海上を動く物はこれらの船だけだった。そこにお前がいた。あんな魔物の群れを倒せるのはお前くらいだろう』

 派手兜氏の目線が怖い。

『……さて、どうやって責任を取ってくれる?』

 俺って今、絶体絶命?


*******


 派手兜氏に、海上でガルーダに襲われたこと、正当防衛だった事を伝えたが、「関係ない」と、にべもなかった。ついでに、例のガルーダが飛び立った島の事も聞いたが、「そんなところに島はない」と、それこそ取りつく島もなかった。


 結局、一旦、船に戻って仲間と協議したいと告げて、話を持ち帰って来たものの。

 指揮官さんは渋面で顎ひげをしごくばかりだ。

「申し訳ない。海の中では、わしらにはどうすることもできん」

 ですよねー。潜水艦でもあればまだしも。


「海中では移動が難しいので、船団のうちの一隻で、その海の魔物のいる近くまで送って頂けるとありがたいんですが」

 前回は海中が寒くて亜空間鎧にしたせいで、対価がかなり多かった。それに、移動にはマーマン戦士に引っ張ってもらった。


 今回、対価はもっとシビアだし、マーマン達の協力も難しい。だから、せめて移動だけでも……と思ったのだが。

「誠に申し訳ない。そんな恐ろしい魔物のいる所へ、部下を送り込むわけにはいきませぬ」

 指揮官さんの言うことも尤もだ。なんたって、作戦行動中だもんね。命令に無い軍事行動を勝手に取ったら、軍法会議ものかもしれんし。


「わかりました。これは俺がまいた種ですから、俺がなんとかします。ただ……」

 指揮官さんは怪訝そうに眉を上げた。

「突然、真っ暗になっても慌てないでくださいね」

 キツネにつままれたような顔だが、説明してる暇はなさそうだ。


 移動はゲートボードだな。遠隔視で海中のマーマン戦士達を見て追いかけていくしかないか。あー、対価がまた増えるな。その分、帰りが遅れる。

 ギャリソンの飯が食いたい。ジンゴローと物作り話がしたい。アリエルの微笑みに癒されたい。後はまぁ……さておき。


 キウイのパフォーマンスグラフを見る。四十パーセント。うーむ、増えちゃってら。時刻はそろそろ三時。赤道に近いこの辺は、真冬でも日照時間があまり変わらないけど。

 今日中にやることやって、夜しっかり休んで対価を処理すれば、朝には帰路につけるかな? それなら一日遅れで済む。


 船長に今夜も船に留まることを伝えると、夕食はちょっとマシなメニューになると言う事だ。それはありがたい。


 次に、マオに遠話をかけて「魔物退治の要請があったから、一日遅れる」とだけ、伝えておいて、俺はゲートボードでマーマン達のところへ戻った。

 目印に置いておいたアイテムゲートの上に降り立ち、再び海中へ飛びこむ。

『待たせてすまなかった。あなた方の居留地を襲った魔物は、俺が責任を持って退治する。そのためにも、どんな奴なのかを知りたい』


 マーマン達は顔を見合わせ、色々話しだしたが、例によって声が聞こえない。それを派手兜氏が通訳してくれたところによると。

 ウミヘビだ。

 海竜だ。

 クラーケンに違いない。

 などと、話が錯綜としている。最初の二つはまだわかるが、クラーケンとの共通点がわからん。


『結局、敵の姿をきちんと確認した人はいないんですね?』

 俺が確認すると、どうもそうらしい。女子供を逃がすだけで精いっぱいだったと言うことか。

『じゃあ、実物を見て確認しましょう。俺は海上から後を追いますから』

 と申し出たが、どうも受けが悪い。

『それでは、あなたがちゃんと付いてきているか、確認しづらい。我々の目は、海の上の物を見るためには、いちいち時間をかけて慣らさないといけない』

 慣らすって……ドライアイ?


『仲間のマーメイドは、そうは言ってなかったような……』

『女は泣けば済むからな』

 なんか、男尊女卑来ましたけど。……それとも、人魚の涙の力?

 とにかく、どうも海中を同行しないと納得してもらえないらしい。しかし、それだと抵抗が大きいから対価がなぁ……。


 そうなると、これしかないか。

 一旦、海面に上がり、隠れ家のアイテムボックスを開いて、しまっておいた甲羅を引っ張り出す。これを背負い、腰のベルトを留めて、透明鎧を起動。そのまま、ゲートボードに腹ばいになり、先端のコの字フックをひっかけて、海中へダイブ。透明鎧は甲羅も含めてくれている。これなら抵抗も少なく、海中を自在に進める。

『では、案内をお願いします』


********


 海中を甲羅を背負って進むと、意図せぬ利点に気がついた。透明鎧なのに、甲羅全体が覆われているので寒くないのだ。腹側はゲートボードで断熱性は抜群。背中の方も甲羅との間に空気の層があるから、それほど冷えない。これは、体力的にもありがたい。

 やがて、人魚族の居住地が見えてきた。やはり、海底の谷間のようなところが好まれるのか。そして、その谷間を埋めるように鎮座している魔物は……。


『ヒュドラか』

 水辺の魔物だけど、海底にいるとは。

 なるほど、遠隔視で全身を見渡さないと、これは混乱するな。海水の透明度より全長が長いから。

 鱗のある尻尾。なるほど、ウミヘビだ。図太い胴体と四本の脚。海竜に見えるな、そりゃ。そして、そこから何本も伸びて、のたくる首。先端の頭部に気づかなければ、確かにクラーケンにも見える。

 特に、首のほうは途中から二股に枝分かれしているのがある。と言う事は、切断すると枝分かれして増えるのだろうか。クラーケンと一緒だ。


『あのとおり、首を切っても再生する上に、猛毒を吐き散らすのだ』

 そうだね、ヒュドラだもんね。元はウミヘビみたいな魔物だったのが、ガルーダの魔核を取り込んで進化したのだろう。


『申し訳ありませんでした。すぐに始末します』

 毒があるだけで、再生能力のほうはクラーケンと一緒と見ていいだろう。なら、対処法も同じだ。

 まず、魔核の位置を確認しないとな。断面透視。うん、真ん中の首の付け根か。定石通り。


 遠隔視のパネルをもう一組出し、目玉パネルを海上へ。いかんな、もうずいぶん日が傾いている。目玉パネルを太陽にまっすぐ向けて、表示パネルをヒュドラに向ける。

 突然、横からのまぶしい光に、ヒュドラがたじろいだように見えた。


 さて、前口上。

「日輪の力を借りて、今、必殺の」

 海上の目玉パネルをどんどん大きく広げる。表示パネルからの光と熱の放射で、付近の海水が沸騰を始めた。

「サン・アタック!」

 掛け声と共に表示パネルをヒュドラの体に叩きこむ。


 海底の谷間が沸騰した。泡立ち、波打ち、はじけ飛ぶ。ヒュドラの首、胴体、脚、尻尾を、凝集した太陽の高熱で焼いていく。


大胆ダイタン破砕クラッシュ!」


 中央の首の付け根にアイテムボックスのゲートを開き、魔核を周辺の肉ごとえぐり取った。その肉も、程よく焼けているはずだ。

 最後に、ウェルダンに焼けたヒュドラの体の方は、アイテムボックスで切り取っては深淵投棄した。良く焼いたから毒はしみ出さないはずだけど、そんな肉が美味しいはずないからね。


 最後に谷間を見回す。うわ。人魚族の家がめちゃくちゃだ。素材はよくわからないが、半透明の卵のような形をした直径数メートルの建物で、ほとんどが砕かれてる。

 しかし、これまで直せとか言われたら、対価がえらい事になりそうだ。


 俺は、隣の派手兜氏に、恐る恐る聞いてみた。

『あの……魔物の方は処分しましたので、もう帰ってもよろしいでしょうか?』

 毒気を抜かれたのはヒュドラだけではなかったようだ。

『あ……ああ、タクヤ殿。感謝する』


 なら、さっさと戻ろう。ゲートボードを海面に向けてダッシュさせ、そのまま海上をひた走る。そうだ、もう透明鎧はいらないな。解除すると風切り恩に包まれる。


 晩飯までに船団に付かないと。今夜は肉と野菜のスープが付くというからね。しばらくぶりの温かい食事だ。冷めないうちに食わないと。


 それでも、一つ問題があった。

 ヒュドラの魔核は、クラーケンより一回り大きかったのだ。伊達に、ガルーダ三十羽の魔核を取り込んだわけじゃない。

 ……てことは、またどこも買い取ってくれないんだろうな。


 皇帝陛下、買い上げてくれるかな。じゃないと、またも無料奉仕だよ。


 ちなみに、晩飯の後の定時連絡で事の顛末を話をしたら、マオが笑い過ぎて呼吸困難になりやがった。そのまま死んでも良いよ、もう。

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