3-19.迷宮の底でお茶を

「随分待ったぞ、勇者タクヤ」

 奴は言った。


 縦穴をゲートボードで降下した先にあったのは、巨大な空間だった。

 半径百メートルはありそうな、半球形の広間。その中央には直径十メートルほどの柱が立っていて、五十メートルほどのその頂きには、何やらギリシャの神殿の小型版が設置されていた。その上の広間の天井には巨大な光球が輝き、全体を照らしている。

 その柱の根元に、場違いな丸テーブルを挟んだソファが二脚。その片方に奴は座っていた。

 見た目は白い髪の少年。両腕を広げ、背もたれに体を預けている。白髪と金色の瞳以外は、どこにでもいそうな普通の外見だった。

 変わっていると言えば、首から下げているペンダントだろう。鎖がやたら長くて、臍のあたりまで届いている。ペンダントヘッドは銀色の球体。おそらく、魔法具だ。


 俺は奴に答えた。

「そりゃ悪かったね。しかし、待ってるならそう教えてくれなくちゃ」

 両脇のマオとグインは既に臨戦態勢。しかし、俺たちの目的は、今こいつと戦う事じゃない。


「まぁ、よかろう。茶でも飲むか? こんな場所では他にすることもないのでな」

 アイテムボックスが開いた。奴の、だ。そこから出てきたのは獣人の女性。正確にはトカゲ人族。手に茶器の載ったトレイを持っている。


「ひょっとして、片手を斬り落としちゃった魔術師のトカゲ人族、お前の部下か?」

 別に詫びる必要はないが、気になったので。

「……いや、心当たりはないが」

 ふむ。別人ならいいか。

 では。


「俺たちは、盟約の指輪を手に入れるために、ここまで来た。今のところ、お前と戦うつもりはない」

「そうであろうな」

 少年はテーブルに置かれたティーカップを取ると、香りを楽しんでから一口すすった。

「うむ。紅茶はやはり、北の大陸の方が上手いな」

 カップを受け皿にもどすと、少年は立ち上がった。

 ソファが、テーブルが床に吸い込まれるように消える。


「だが、エリクサーは魔神の意思に反してしまうのでな」

 少年の体が赤い光に包まれ、衣服を破いて巨大化する。光が消えた時に現れたのは、緑とオレンジの斑模様の巨体、魔王オルフェウスだった。

「ここで死んでもらおう」

 やっぱりこうなるか。ならこっちも、打ち合わせ通り。


「マオ!」

「了解!」

 詠唱なしの大火球がオルフェウスに命中する。だがその瞬間、奴の体は銀色の亜空間鎧に包まれた。


「グイン!」

「御意!」

 闘気の鎧をまとったグインが、オルフェウスに突進する。振り下ろした大剣から闘気の刃が伸び、オルフェウスを斬りつける。連続斬撃。そこへさらにマオの魔法。疾風斬撃、電撃、氷の矢。

 二人の対価はキウイがどんどん引き受ける。


 と、グインの体の周囲に光る魔法陣が発生した。とっさに飛び退る。そこへも魔法陣が。そうして発生したゲートの刃がグインを追う。しかし、闘気で敏捷性を増したグインの方が速い。


「マオ! 火魔法であぶり続けて!」

「はい!」

 火炎旋風がオルフェウスの体を包み、瞬時に奴は亜空間鎧に包まれる。すると、奴のゲート刃は止まってしまった。


「よし、奴は外が見えない。グイン、斬り続けて!」

「御意!」

 再び連続斬撃。よし、これで奴の魔核がすり減ってしまえば……。


 甘かった。奴は亜空間鎧を解除すると素早く下がり、俺たちの正面と左右にアイテムボックスを開いた。中から出てくるのは、おびただしい魔物。カマキリ、サソリなどの昆虫系、熊や狼などの獣系。うっ、電光トカゲは嫌がらせか? 三方を魔物に取り巻かれてしまった形だ。


「なるほど。空間魔法での戦闘に関しては、お前の方が詳しいと言うわけか。結構結構」

 すると、奴の首にかかっているチョーカーについている銀色の球体が開いた。中にあったのは小さな魔核。今気が付いたが、このチョーカーは少年の姿の時の、あのやけに長いペンダントだ。

 その魔核が球体から飛び出し、手前にいる魔獣のうちの一体に触れた。その途端、魔核は魔獣に吸収された。


 やばい。レベルアップする!


 しかし、次の瞬間、その魔獣は石化した。固まって、彫像のように石となった。そして、たちまちひび割れて砂となり、崩れていった。後に残った魔核は、さっき吸収されたものより、一回り大きい。それが再び浮きあがり、チョーカーの球体に収まった。


 奴は、魔法の手が使えるんだな。しかし、今のはなんだ? なにをした?


「では、そいつらと遊んでやってくれ。さらばだ、勇者タクヤよ」

 オルフェウスの体が再び赤い光に包まれ縮む。光が消えると、全裸の少年の姿。そして、ゲートボードで舞い上がり、俺たちの通って来た縦穴を凄い勢いで上昇していった。


「くそっ、逃げやがったか」

 マオとグインは目の前の魔物に攻撃を移していた。二人に任せていてもいいが、俺も仕事しよう。

「空間断裂斬!」

 一頭を賽の目切りにして、アイテムボックスで受けて深淵投棄。魔核を吸収されると面倒だから、片っ端からやっていく。機械的作業だな。


 小一時間でなんとか作業終了。

 全く、やってられん。残業代よこせ。


「さて、これで奴が盟約の指輪を持ち去ってたら、笑えないな」

 おれはマオとグインを呼んで、一緒にゲートボードで柱の上に上った。ミニ神殿の手前に降り立つ。


「お、あれか?」

 中央に台座があり、その上に小さな宝石箱が載っていた。黄金の飾りで縁取られた、晴れ渡った空のような青い箱だ。

 周囲には大きな宝箱が幾つもあったが、これだけが別格な扱いだ。間違いないだろう。


 そこまで歩み寄ろうとしたら、突然マオが尻餅をついた。

「マオ、どうした?」

「……結界ですね。魔核が弾かれました」


 なるほど。赤い魔核を拒む結界なら、魔王にも手出しできないか。しかし、指輪をここに隠したのは魔神のはず。魔神って魔核ないのかな?

 ……まあいいや。


「じゃあ、俺がここまで持ってこよう」

 おれは神殿に入り、宝箱を手にとって外へ出た。

「マオ、鑑定を頼む」

「……何千年も前の物ですが、普通の箱ですね。罠もありませんし、鍵もかかっていません」

「そうか」

 俺は宝箱に手をかけようとして、思いなおした。

「折角だからな」

 アイテムボックスを開き、みんなを外に出してやった。エレとロンも。


「うわー、ここが迷宮の一番底?」

 トゥルトゥルがきょろきょろしながら出てきた。好奇心が服着てるだけだもんな。

 全員が出てきたところで、俺は宝箱を開いた。簡単に開いた。その中に入っていたのは、ラピスラズリのような青い石……いや、青魔核の嵌った指輪だ。


「これが盟約の指輪か」

 手を伸ばして指輪を取り上げる。これのために随分遠くまで来たもんだ。いや、俺一人ならほぼ世界一周してきたけどな。


『きれいな石だね』

 エレの念話。

『そうだな。エレの青い魔核とそっくりだ』

 多分、竜の魔核だろう。こんなに小さいと言うことは、幼い竜だったのかもしれない。その幼竜の死が、人と竜を結びつけたのだろうか。古竜にあったら聞いてみよう。


「さて、それじゃ帰るか」

 指輪を宝箱に戻し、アイテムボックスにしまう。


「ここから普通に帰るんじゃ、未踏破の迷宮深部を上がって行かないといけない。面倒だから、オルフェウスの出入り口を使わせてもらう」

 そう言って、俺はみんなをアイテムボックスに戻した。そして、奴が昇って行った所までゲートボードで飛んで行ったのだが……。


「おいおい、ウソだろ」

 ご丁寧に、穴は塞がれていた。周囲よりも堅そうな岩石で。あいつめ、土魔法で埋めて行きやがった。


 まぁ、魔王なんてこんなものだ。嫌みったらしくて人を苦しめるのが大好きな性格のねじくれた奴なんだ。マオがちょっと毛色が違うから、勘違いしてただけだ。

 ここを奴と同じようにアイテムボックスで掘り進んでもいいが、とりあえずみんなに報告しておくか。

 ゲートボードで広間の床に降り、みんなを出す。


「どうしました、タクヤ」

 マオに答える。

「まー、あんな感じでさ」

 上を指差す。

「埋められましたね」

「面倒だが、普通に上がるしかないかね」


 そこで思いついた。


「そうだ、マオ。こいつが本物か、鑑定してくれないか?」

 青い指輪を取り出す。

「もし、呪いとか毒針とか仕込まれた偽物だったら、たまらないからな」

 オルフェウスが触れてないとしても、魔神ならやりかねない。

「わかりました」

 マオは目を閉じた。

「確かに『盟約の指輪』ですね。あ、ちょっと待ってください」

 しばし沈黙。

「この魔核、転移の呪文に調整されていますね」

「転移……って、どこかに瞬間移動される?」

 マオはうなずいた。

「指輪をはめると、竜の谷に転送されるようです」

 わお。願ったりかなったりだな。


 いや、待てよ。

 それだと、ギルド会員証の予備を返してもらえないな……まぁ、別にかまわないか。これ以上、南の大陸で冒険者続けるわけじゃないし。

 泣き虫勇者、迷宮に消える。そんな感じで行方不明なら、面倒も消えていいかも。

 ついでに、皇帝陛下クロードが魔王を倒してくれれば、晴れて俺もフリーだ。


「よし、竜の谷に行こう。みんな、アイテムボックスに戻って」

 ゲートを開き、みんなぞろぞろと入って行く。その時、エレが聞いてきた。

『りゅうのおじいちゃんにあえる?』

「ああ、すぐに会えるぞ」

 そうだ、ロンの事も紹介しないとな。


 アイテムボックスを閉じると、俺は盟約の指輪をはめた。すると、足元に転移のゲートが開いた。

「うわっ」

 俺は落ちた。


『おお、早かったの』

 石の床に尻を打ちつけ、目を白黒させてる俺に古竜が念話をしてきた。

「あいたたたただいま」

 尻をさすりながら立ち上がる。尾てい骨が折れたりしてないよな。断面透視。……大丈夫か。


 早速、アイテムボックスを開いてみんなを出してやる。

『りゅうのおじいちゃん!』

 エレが古竜の前に走り寄った。

『おお、エレか。また大きくなったな』

 竜のデレる顔なんて見たのは、俺たちくらいだろうなぁ。

「でもって、この子はロン。エレの弟分です」

 ロンを抱きかかえて、古竜の前に出る。

『おじいちゃん、おおきいね』

 竜の呆然とした顔なんて(以下略


『これはまさか、魔核変換の――』

「いえ。この子は卵の頃からエレと一緒だったので、エレの青い魔素でこうなりました」

 だが、それが逆に古竜を驚かせたらしい。

『なんと……では、わしが卵を温めれば、青魔核の竜の子が産まれるというのか?』

 ……ペンギンは雄雌どちらも卵を温めたよな。鳥類全部そうか? 竜もか?

「理論上はそうなんでしょうが……」

 おれは古竜の洞窟を見回した。

「ここはちょっと、風通しが良すぎますね」

 天井が大きく開いてるし。外部から赤魔素が入りまくりだ。


「あなたがキッチリ入って隙間がないくらいの、ほとんど密閉された洞窟でないと」

『それでは息が詰まってしまうわい』

 ですよね。


「新しく産まれた卵があるなら、エレに預ければ青魔核になります。ロンのように」

『……そうじゃの、考えよう』

 良かった。

『ただ……竜の繁殖期は間隔が長くてな。あと百年は来んじゃろう』

 俺、死んでるって。


 いや、まずはやるべき事だ。

「それで、盟約なんですが」

『おお、そうじゃったな』

 何か魔法的な儀式でもあるのかと思ったが、指輪を掲げて見せただけで終わりだった。拍子抜けだ。

「エリクサーの材料、竜の鱗と髭を頂けないかと」

『うむ。古の盟約では、牛百頭、山羊百頭、酒百樽につき、鱗二枚、髭二本じゃった』

 なるほど。それなら二十人分のエリクサーが作れるな。でも、これから戦争だから、まとまった数が必要だ。


「では、早速手配しましょう。まずは鱗十枚、髭十本の分を」

『それは無理じゃな』

「え、なんでですか?」

 肉も酒もカネ次第。魔王とガチ戦争中の帝国は今、喉から手が出るほどエリクサーが欲しいはずだ。ガンガン出してくれるだろう。

『竜は成長が遅い。この谷で抜け落ちる鱗も髭も、一年で二枚、二本がせいぜいじゃ』

 彼らには使い道がないから、特に備蓄なんてしてなかったらしい。そりゃそうだよな。何に使うわけでもなく、自分の抜け毛や爪とか保存してる奴がいたら、キモイ。


 しかし、なんてこった。いやまぁ、エリクサーなんてチートな魔法薬、バンバン量産できなくても仕方ないな。しかし、竜は回復や再生が早くても、成長は遅いのか。

「わかりました。じゃあ、まずその分を用意します」


 さて。前は農家から直買いしてたが、ちょっと反省。それだと、その牛や山羊や酒を仕入れるつもりだった商人に迷惑がかかる。

 俺も冒険が終わったら小物とか売りさばきたいから、商人とは仲良くしておかないとな。ザッハとか。

 そうだ、久しぶりにザッハに連絡してみよう。帝都の商人を紹介してもらえば、肉や酒の仕入れが手っ取り早く済むはずだ。

『ザッハ』

 遠話で呼びかけたけど、返事がない。何度呼びかけても。


 今、アストリアスは夜だっけ? キウイの世界時計にはペイジントンや帝都などこちらの都市を登録してあるが、それほど時差があるわけでもない。


 おかしいな。

 ……まぁ、いいや。ザッハのことだ。昼間から酒でも飲んで寝てるのかもしれんし。


「では、用意ができたら、またここに来ます」

『うむ。楽しみに待っておるぞ』

 俺はみんなをアイテムボックスに入れると、転移のゲートを開いた。


 まずは、気になっていた元山賊の村に行ってみよう。


 飛び込んでから思いだした。

 ……指輪の青魔核のこと、聞き忘れた。まぁいいや。今度にしよう。

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