4-6.鍛冶場の馬鹿野郎

 ミリアムが飛び去った方の夜空を、俺は見上げて立ち尽くしていた。


 なにを間違った? どこで間違った? いつ?


 手に持っていたエリクサーの空瓶を、思いっきり地面に叩きつける。ガラス瓶は粉々に砕けた。

「なにがエリクサーだ!」

 その破片を睨みつけると、涙がとめどなく溢れ、落ちて行く。

「なにが古の盟約だ!」

 破片を踏みつける。ジャリ、と音がした。

「そんなものを求めているあいだ、ミリアムは……ミリアムは……」

 破片の中にくずおれる。膝に刺さったようだが、痛みすらどうでもいい。

「ずっと、死に物狂いで……必死に戦っていたのに」

 両手で破片を殴りつける。手が血だらけになってもやめない。

「俺は……俺は……」


 勇者をきどって、良い気になっていた。まただ!


「タクヤ」

 背後から声が。

「……なぁ、マオ」

 振り返り、尋ねる。

「俺は、どうすれば良かった?」

 マオはただ、じっと俺を見つめるだけだった。


「迷宮から出たとき、真っ先に遠話すれば良かった」

 俺のつぶやき。マオは何も言わない。

「ガロウランのジイサンが戦死したと聞いた時、駆け付ければ良かった」

 立ち上がろうとして膝の傷が痛み、よろけた。マオが手を差し伸べたが、振り払う。

「何より、行かせなきゃ良かった。ジイサンが心配ならついて行ってやれば……」

「タクヤ」

 俺はマオの瞳を睨みつけた。金色の目。ミリアムは青かったのに、さっきは金色に変わっていた。


「その瞳の色、魔族の特徴か?」

「……そうです。変えようと思えば変えられますが、面倒なのでこの姿になってからは」

「お前なんてどうでもいい」

 なにか引っ掛かる。大事なことだ。飛び立つ直前に、彼女は言った。

 双子の魔核、と。

 ゲリ・フレキの魔核だ、間違いない。

 魔核爆弾であんなになった後に。

 そして、金色の目は魔族の特徴。そう、迷宮の底であったオルフェウスも。


 どこかで……そう、ペイジントンの魔法屋だ。ミリアムが売ったゲリ・フレキの魔核を高値で買ったのが、確か白い髪で金色の瞳の少年。

 オルフェウスそのまんまじゃないか。

 そしてペイジントンを爆破したのも、双子の魔族。


「魔核爆弾の材料は、双子の魔核だ」

 マオが目をみはった。俺は続ける。

「ミリアムに向けられたのは、彼女がペイジントンで売った魔核を材料とした爆弾に違いない」

 違うペアの魔核かもしれないが、なぜかそう確信できる。


 そうだ。ヤツの狙いは、俺を追い詰めることだ。精神的に。

 最初は俺自身を。次に思い出の街とザッハたちを。そして、ミリアム……

 全部ヤツだ。ヤツはこんな風に俺を精神的に参らせて、ほくそ笑んでいる。なら、こんな風にウジウジ悩んでたら、ヤツを悦に入らせるだけ。


「気にくわねぇ。オルフェウスのヤツ、あいつだけは許さん!」

 東の空を睨む。オレゴリアス公国。クロードはそこに向かった。あそこが主戦場となる。

「行くぞ、マオ」

 声をかけたが、マオは片手を上げた。


「その前に、タクヤ」

 しばしためらうようにして。

「ミリアムの所に行ってきます」

「……場所、わかるのか?」

 マオはうなずいた。

「彼女が行きそうな場所を、魔力感知で探ったのですが、その一つに反応があります」

 便利な奴だ。

「彼女に魔核の支配から逃れるすべを伝授しようかと」

 それはありがたい。

「分かった、たのむ。俺は先に行っている」

 クロードを追って、東へ。


 ……あ、怪我はちょっぴりエリクサー舐めて治しました。


********


「公国の都ってのは公都でいいのかな?」

 朝日を浴びたオレゴリアス公国の都、ヒュペリアスの城門の手前で、俺は仲間たちをアイテムボックスから出した。

 一度、帝都に戻ってからの連続転移。キウイの対価がかなり高いから、なんとか今日は早めに落ち着きたい。


「ペイジントンの城門より、大きいね」

 トゥルトゥルがあっけらかんと。

 そうか、こいつらにはペイジントンやミリアムがどうなったか、まだ話してなかったな。

 ……マオが戻ってからにするか。

「まず、宿を探そう。じきにマオも来るしな」

 俺たちは城門をくぐった。


 そのマオからはついさっき、しばらく遠話できないと連絡があった。ミリアムを魔王オルフェウスが覗いたりしないように、ガジョーエンのような結界を張るとか。

 良い事だ。乙女の部屋を覗き見なんて、絶対許せん。


 城門の先が広場なのは、ここも同じ。看板が役に立ってなくて客引きがうるさいのも同じ。客引きと何人か話して交渉するのが筋なんだろうが、時間が惜しい。マオがこっちに来る前に決めておきたいし。

 というわけで、遠隔視で看板をザッピングする。あ、なんとなく良い感じ。部屋も空いてるし……うわお、朝っぱらからソンナコトしちゃって――


「タクヤ。目をつぶって鼻の下伸ばして、何やってるの?」

 う、ランシアに気付かれた? いや、見なかった。何も見なかったよ。

「い、いやちょっと、目にゴミが」

 目をこするフリ。


「あ、あの宿なんかいいかなー、て」

 即断即決。ちょっと隣の部屋が気になるが。


 朝食前にマオから遠話があったので、宿の名前を伝えた。みんなで下に降りて、食堂で他から離れた場所のテーブルを占拠していると、マオもドアから入って来た。


「食事の前に、みんなに話しておく事がある」

 俺の口調に気付いたのか、みんな黙って俺を見ている。俺は、ペイジントンが壊滅した事と、ミリアムが魔族変化した事を伝えた。

 ……ショックだよな。いつも陽気なトゥルトゥルですら、両手で口を塞いで目を見開いてる。


「で、マオ。ミリアムの様子は?」

 マオが静かなので、酷い事にはなっていないと思うのだが。

「はい。私が行った時には、もう落ち付いていました。魔核分裂もうまく言ったので、魔力を使いすぎなければ、百年やそこらで魔神の言うがままとはならないはずです」

 よかった。とにかく、ミリアムは生きている。淋しいだろうし、辛いだろうが。

 ……しかし、魔核分裂に魔核融合か。この戦争も魔核戦争とか呼ばれるのかな。


「あと、彼女とは私が定時連絡を取り合う事にしました」

 なんだそれは。

「お前が? 俺は?」

 マオは神妙な顔になった。

「タクヤに限らず、人間と接すると魔核が『殺せ』とうるさいのだとか」

 魔核ってあれか。カレシと電話してると横であれこれ言うオヤジか。


「せめて、ミリアムのいる場所だけでも教えてくれ」

 俺が懇願すると、マオは渋々教えてくれた。なるほど、魔素の枯れた迷宮か。

「でも、会いに行かないで下さいよ?」

「わかったよ」

 何故か、約束させられた。


「では。話は以上だ。ペイジントンの事は、残念なんて言葉じゃ済まない。ミリアムに起きた事も。でも、全部は魔王オルフェウスの仕業だ。奴を倒す。全てはそれからだ」

 全員うなずいた。

「よし、じゃあ飯にしよう。みんなも、今日はゆっくり休んでくれ」

 俺は店の人に手で合図して、みんなの食事を注文した。


********


 その夜。

 キウイの対価の減り具合を画面で見ながら、俺は紙のノートにあれこれ頭の中身を書きだした。

『パパ、まだねないの?』

『ボク、もうねむいよ~』

 二人の念話が、本当に眠そうだ。

「先に寝ていなさい。良い子は寝る時間です」

 エレのサイズは、そろそろ横向きだと室内でアイテムボックスを開けないくらいになって来た。ゲートが壁に仕えて、ちょん切ってしまう。ただ、成長速度はロンの方が早く、じきにエレを追い越してしまいそうだ。


 紙に書き出しているのは、魔王の軍勢をどうやってやっつけるかだ。

 魔王は俺が倒す。まぁ、クロードにも頑張ってほしいが、マオが言う通り祖母に比べると見劣りすると言うのなら、無茶はさせられない。俺にしても空間魔法が打ち消されてしまうので、何か考えないといけない。


 で、なかなか答えが出ないから、周りを考えてみた。

 まず、敵には魔族が何体もいるはずだ。これは俺でもクロードでもいいから、早めに全滅させるべきだ。

 次に魔獣が物凄く沢山。多分、何万もいるはず。

 討伐軍より多いだろう。だが、俺が手を貸してたら、魔王と戦う時に対価で俺が潰れてるはずだ。いや、そうなるように奴なら仕組むに違いない。

 討伐軍の騎士や魔法兵もそれなりに強いはずなんだが……。


 そう言えば、迷宮に潜ってるときに、マオが言ってたな。

 軍と冒険者は戦い方が違うと。確かに、軍は数の力で大物を囲んで倒すのに向いている。支援する魔法兵が防護結界で自衛してるし。

 マオに結界魔法使わないのかと聞いたら、「それじゃ動けないでしょ」だった。確かにそうだ。だから、小物の魔物が多数いると、動けない後衛が弱点となる。

 逆に、冒険者たちは臨機応変だ。魔術師ですら、自衛のための杖術くらいは身につけている。小物の魔物多数に囲まれるなんて、迷宮では日常茶飯事だし。


 てことは、正規軍と冒険者が共闘すればいいんじゃないか?

 正規軍(騎士、魔法兵)+冒険者。まずノートに書きだそう。


 うん。アイディアとしては良いが、冒険者は自由参加だからな。報酬は帝国が払うとしても、死んだら元も子もない。……となると、武器と防具だな。

 冒険者から線引いて、武器・防具。


 防具はさておき、武器はやっぱり剣だな。戦士系なら誰でも使えるはず。槍や斧とかの方が慣れてるのはいるだろうけど。あと、魔術師なら杖。魔核かな。

 武器から矢印、剣・魔核。


 剣となると、やはり耐久力か。昆虫系とか硬いし。ペイジントンでグインが振るった大剣、あっという間にボロボロだった。

 しかし、名剣とか早々量産できないからな。簡単に作れるってことは、日本刀みたいな鍛造たんぞうじゃ無理だ。鋳造ちゅうぞうもろそうだし。やはり、板からゲート刃で切り出し、かな。

 で、強度はどうする? 物凄く丈夫な金属?

 たとえば……ミスリルとか。


『マオ、ちょっと良いか?』

『……ふぁ、なんでしょう、タクヤ』

 あ、寝てたか。そうだよな、寝ろって言ったもんな。

『この世界のミスリルって、どんな金属だ?』

『ミスリルですか。高いです。硬いです。軽いです。錆びません』

 値段はまあいい。


『もしそれで剣を作ったら?』

『ミスリル鋼で作られた剣は、現存するのはひと振りだけです。クロードが持つ神剣キフォスガロウ』

 闘神の剣か。

『強いのか、それ』

『桁違いです。あれは勇者様の世界に伝わる刀鍛冶の技術も加わってますから。そうですね、あれなら闘気をまとわなくても、グインの大剣を真っ二つにできるでしょう』

 そりゃすごい。


『そのミスリル、どこで手に入る?』

『無理です』

 え?

鉱人族ドワーフの里の鉱山でしか採れなかったんですが、数十年前に掘りつくして廃鉱になりました。あとは、現存する分を融かして再利用してます。私も、護身用にミスリルの小さなナイフを持ってるだけです』

 ダメじゃん。量産は不可能。


 すると、マオが。

『あ……でも』

 なんだよ。

『ミリアムの固有魔法なら……』

 聞いてねぇゾ、それ。

『聞かせろ』

 詳しく聞いた。

 ……うむ。これだな。


 ノートに書いた「剣」から線引っ張って、ミスリル、ミリアム。

 二重線でアンダーラインだ。


********


 翌日の夕方。

 俺はマオと一緒に、ミリアムのいるという迷宮の入り口に立った。

 マオに定時連絡で頼んでおいたので、俺の立つ場所の十層下に、ミリアムがミスリル鋼のインゴットを生成しているはずだ。手で触れたことがあるものなら、どんな物質でも錬成できるらしい。マオのミスリル製ナイフが元だ。


 で、用意ができたらミリアムは結界の範囲を十層目まで下げ、マオに遠話で伝える事になっている。そうなれば俺も遠隔視でインゴットを確認できるから、アイテムボックスに入れて持ち帰る事ができるという寸法だ。


 こんなに近くにいるのに、顔を見るどころか話もできないのは悲しいけどね。でも、俺に会って魔核による殺意を感じてしまうのが、恐ろしくて辛いというのだから、仕方がない。さっさと魔王なんてぶっ殺して、魔核変換の術式を手に入れないと。


「用意できたそうです。十を数えたらどうぞ」

 マオが言うので、数える。

「一、二、三、四……」

 今、彼女は下に降りる階段へ向かっているはず。せめて、ひと目でも。

「……五六七八九十!」

 遠隔視。階段を下りて結界に入る彼女の後姿が、一瞬だけ見えた。白い布を体に巻いて肩のところで留めてるだけの服。ああ、ギリシャ神話風だな。

 その手前の広間に、頼んだ分のインゴットがずらりと並んでいた。


「対価、引き受けてやりたかったな」

 マオにはいつもやってるのに。

「胸や腹の魔核に対価を負わせるやり方を教えてありますから、このくらいなら大丈夫」

「胸が大きくなる!?」

 今、薄い目しただろ、マオ。

「場所が違いますし。これで増えても、卵の殻より薄い厚さですよ」

 マジで返さないで。泣けてくるから。


 遠隔視で地下の広間に視線を戻し、インゴットをアイテムボックスへ。ちょっと涙目の、しまっちゃうおじさんです。

 ……えーと。とりあえず、材料はそろった。公都へ転移。

 後は作業場所だな。見繕うのも面倒だから、アイテムボックスの中に作ろう。


 で、作った。全自動・ミスリル鋼の長剣工房だ。

 なにしろ、最低で一万振り、できたら二万振りの本数だからね。

 インゴットを置いたら、ゲート刃でまず剣の形にまとめて切りだす。柄も鍔も一体成型だ。

 次にひと振り分の厚さに切り、そのまま持ち上げてゲートの幅を少し狭くする。そして刃になるところを上下から斜めにそぎ取り、続いてゲートの長さを減らして先端も削ぎ取り、鋭くする。最後に、柄の所の角を取って握りやすくする。

 完成したら、アイテムボックスの隅に積み上げて一丁上がり。

 所要時間、一分弱。


 切りくずは全てアイテムボックスで回収し、マオの火魔法で融かしてインゴットとして再利用だ。


 で、この仕組みを十組用意し、キウイの上で書いたプログラムで自動運転する。六秒にひと振りだから、一万なら約三十時間。できたら六十時間動かしたい。

 プログラミングのスキル、大活躍だ。


 真面目な刀鍛冶が見たら、頭かきむしって叫ぶだろうよ。こんな貴重な材料で、なんて雑な仕事しやがる! って。

 馬鹿でゴメンよ。素人仕事だし。でもあれだよ、「戦いは数だよ、兄貴!」なのさ。


 剣としての出来具合はグインに試してもらった。「荒削りだけど悪くありません。強度は抜群です」とのお言葉を頂いた。実際、闘気をまとわずにかなり太い木を一刀両断してたし。


 で、魔核の方だが。いよいよあれを使う。

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