幕間.異世界トイレ事情
―――――――――――――――――――――――――――――
読書の箸休めに。短めです。
―――――――――――――――――――――――――――――
この世界の文明レベルは中世ヨーロッパ相当という感じだが、大きく違う点がある。
トイレだ。
中世のパリもロンドンも、一般の家庭にトイレはなかったらしい。オマルのように壺の中にして、それを窓から通りにぶちまけてたとか。宮殿ですら同じで、貴婦人は庭の花壇で野グソしてたそうだ。「お庭に花を詰みに」と言って鼻をつまんでいたのだ。
そんなわけで、実はペイジントンに着いた時はちょっと覚悟していた。産まれてこの方、水洗便所しか使ったことないからね。ところが、だ。
「……思った以上に清潔じゃないか」
ザッハの店の裏の倉庫には、流石にトイレはなかった。なので、店の方のを借りたんだが、タイル張りのトイレは掃除が行き届いていた。
日本でのトイレ掃除も、ちょっと精神修養的に徹底してた気がするが、こちらのは本当に宗教がかってる気がする。良い香りのハーブが籠に入れられて置かれてるのも好感度が高い。
それになぜか、隅に髪の長い女神像が祀られてる。ここだけでなく、飲食店で借りたトイレにもあった。こっちは基本的に多神教らしいから、トイレの神様だろうか?
考えてみたら、王都ハイアラスからペイジントンへの旅でも、野営のたびにトイレのための穴を掘っていた。そこに板を渡して、陶器製の便座を乗せれば出来上がり。使用後はきちんと埋めもどしてた。
ここのトイレは、便器全体が陶器製だ。用を足すために蓋をあけると多少は臭うが、強烈と言うほどではない。そして、水の入った
流れ込む先は地面に埋めたかなり大きな甕で、そこに集めた排泄物は、ちゃんと汲みだして肥料として利用していると言う。
と言うわけで、アストリアス王国のトイレ普及率、はほぼ百パーセントだった。ルテラリウス帝国でも同様。宿場町でも辺鄙な農村でも一緒だ。
「この世界の文化って、なんかトイレにやけに力入ってるな」
マオが旅の仲間に加わったので聞いてみたら、まなじりが下がった。
「はい、勇者さまが帝位につかれてから、熱心に進めた結果です」
おう……勇者さまって女性だものな。
「よっぽどきれい好きだったんだな」
「はい。そのおかげで疫病による死者が大幅に減りました。そのため、今では勇者さまの小さな石像が、トイレに祀られているほどです」
……あれは女神さまじゃなくて勇者さまなのか。
「勇者さまは魔王からのみならず、疫病からも民の命を救ったわけです。そのため、今でも良い香りのハーブを供物として捧げる民間信仰が続いてます」
あのハーブはお供えだったのか。
うん、勇者さま、大人気だな。
「じゃあ、それ以前はやっぱり酷かったのか?」
「そうですね……今思い起こすと、隔世の感があります」
いや、百年たてば当然だろ。
「しかし、大きく変わったのは農業です。下肥から作った堆肥の積極的な利用で、大規模な小麦の栽培が可能になりました」
おお、小麦か。こっちじゃライ麦ってのが穀物の主力で、これで作る黒パンは今でも苦手だ。おかげで半強制的に低糖質ダイエットになったわけだが。
「帝都の晩さん会や帝国ホテルじゃ、柔らかいパンが食えたよな」
「はい、まだまだ貴重品ですが。あと、ライ麦の方も堆肥を使うことで連作障害が防げるようになり、収量が増えました。勇者さまは飢餓も退治してくださったのです」
ふむふむ。なるほどなぁ。これって、いわゆる「内政チート」ってやつかな? しかし、百年前なんだよな。勇者さまは凄い才女だったのかな?
********
とはいえ、俺も二十一世紀の日本人。トイレにはこだわりがある。
と言うわけでジンゴローと一緒に作ったのが。
じゃーん。
「おんすいせんじょうきー」
「なんでそこ、棒読みなの?」
ミリアムに突っ込まれた。
「まぁまぁ奥様。ちょっとこれを見てください」
「なんで奥様? 大体、トイレなんて」
「いえ、ただのトイレじゃないんですよ。ほら、ここを押すとこんなものが」
留め金が外れて、ばね仕掛けで便座の奥から管が出てきた。そして、ちょろちょろと水が出る。
「……で?」
「水に触ってください。大丈夫、清潔な水です」
「……暖かい」
「そうです、これで用を足した後の局部を洗えば、紙で拭く必要はありません。水気はこれで」
ハンカチサイズの布が籠の中に積まれている。水分をぬぐうだけなので、洗濯すれば再利用できるから省資源。
そして、上から下がってる紐を引けば、水が止まって管も引っ込む。
「確かに、清潔ではあるけれど。ぬるま湯じゃ、すぐに冷めちゃうじゃないの」
「はい、そこでこの水、というかお湯ですけど、ここから取っております」
管の先は、空中に浮かんだ木の板に繋がってる。その周りを取り巻き回転する魔法陣。
「アイテムボックス?」
「そうです、絶大な保温性を持つアイテムボックスにお湯をためることで、常に最適な温度で提供できます。お湯が切れたら、いつでもマオが火魔法で温めたお湯を補給してくれますよ」
「……元魔王に、なんてことさせるのよ」
「さて、そこでお値段です」
「アイテムボックスごと売るの? それとも使用料取るの?」
「はい! プライスレスで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます