1-21.魔核家族
「太古の時代、創造神が直接生みだした魔物たちは、青い魔核を持っていたと思われます。また、その頃の魔素も青かったはずです」
ホテルの屋上でテーブルに着き、魔王は語りだした。焼け焦げて濡れた服を着替え、今は落ち着いている。
こいつめ。やっぱり大事なところをはしょってやがった。
今、ミリアムをはじめとした仲間たちも、一緒に彼の話を聞いている。
「しかし、魔神が世界を支配した時、この世界は魔神の支配を受ける赤い魔素で満たされました。青い魔核の魔物から生まれた子供も、最初はごく小さい魔核ですから、赤い魔素を吸収して育つうちに赤く染まっていきます」
なるほど、だから竜たちは人を襲うように変わったのか。
アリエルが一同にお茶を淹れてくれた。一口飲んで、俺は尋ねた。
「それなら、エレも赤い魔素の中で育ったわけだが」
魔王はうなずくと答えた。
「おそらく、何らかの術式が働いていたのでしょう。赤い魔核を青くし、赤い魔素の影響から護るものが」
俺の想像と同じだ。
「そんな術式が存在するのか?」
「現に青魔核が今あるわけですから。おそらく、魔核を調整する術式の一種でしょうが、相当に高度なもののはずです。根底から性質を変えてしまうことになるので」
やはりそうなるか。で、そのありかとして有望なのはキウイだ。
『キウイ。エレと出会ったころのログを調べてくれ。キーワードは「魔核」と「調整」だ』
しばらくすると返事があった。
『「魔核変換」という名のプロセスの実行記録がありました』
よし、尻尾をつかんだぞ。
『そのプロセスの実行ファイルはあるか?』
『ファイルやネットワークからのI/Oはありません』
対価と同じだ。どこからともなくメモリ上に書き込まれ、終了すると消えてしまう。
……いやまてよ。
『そのプロセス、今は稼働中か?』
『今から二十六日前に終了しています』
あれから約二カ月だから、ひと月ほどは動いていたことになる。
俺は魔王に向かって言った。
「キウイの中に、その術式らしいものが動いていた形跡がある。『魔核変換』て奴で、エレと出会って、最初の一カ月ほどの間だ」
魔王はうなずいた。
「それだけあれば、魔核も十分大きくなるでしょう。ある程度育った魔核は、吸収した魔素の影響を受けなくなるはずです」
と言うことは、
「残念ながら、キウイの中にも術式は残っていないようだ」
「確かに残念です」
その言葉のとおり、魔王はうつむいた。
「しかし、青魔核の存在と、魔核変換の術式が存在するとわかった以上、今までの方針は改めないといけませんね」
殊勝なことを言う。魔王のくせに。
「じゃあ、魔物化穀物の生産と、動植物の魔物化は止めるんだな」
「はい、青魔核でやれる可能性がある以上は」
いや、青魔核でもやらない方向で。
「そのことだが、創造神が魔核を持たない人間を生んだのは、意味があると思うんだ」
俺の言葉に魔王は顔を起こした。
「魔族と三度戦って思ったんだが、どうも人としての知能が低下しているみたいに感じる」
人間は脳内に魔核が生じる。その魔核が肥大すると、脳が圧迫される。いや、侵食される感じだ。
「考える力そのものは、魔核が支えてくれるんだろうけどね」
生まれたばかりのエレが俺と念話で普通に会話できたのは、体内の魔核が知能を増してくれたからだろう。キウイから作用した魔核変換の術式に、知能付与のものが含まれていたのかもしれない。キウイにつなぐまでは、「パパ、おなかすいた」しか言わなかったし。
そう考えると、魔人と魔獣で魔核の宿る場所が違うのも理解できる。人間より小さな脳では、魔核が入る余地がないからね。
「その一方で、感情を制御するなどの、一人前の人間としての知恵が退化するように思えるんだ」
「感情面では幼稚化すると言うことですね。なるほど」
納得したようだが、魔王、キミも例外じゃないんだからね。
「で、人間を魔人化することは、知能だけでなく心を与えた創造神の意思にそむくことなんじゃないか?」
魔王は凍りついた。
「……確かに。人の心こそが、変化と多様性の最たるものですから」
心を忘れた魔核には、幸せ求める夢がない。
その時、ミリアムがおずおずと手を上げた。
「さっき、太古の竜は青い魔核だったとおっしゃいましたね?」
ミリアム、こいつは魔王なんだから敬語いらないよ。まぁ、いいか。
魔王はうなずいた。
「しかし、今の竜は既に……」
彼の言葉をさえぎり、ミリアムは続けた。
「伝説の古代の竜が、もし生きていたら?」
お、おぅ。そりゃすごいよな。本当ならば。
「この間、こちらのギルド本部からもらった資料の陣中日記に、西の山脈を旅した別働隊の話が載ってたんだけど。彼らはそこで巨大な竜に出会ったと書いてあったの」
魔王も驚いている。別働隊ってことは、直接の面識はなかったのか。
「で、その竜は彼らを見つけても、興味がないとばかりに、攻撃してこなかったんですって」
なるほど。青魔核の古代竜なら、さもありなんだ。
しかし……
「まさかと思うけどミリアム、その竜を倒して青魔核を取ろうとか」
「んなわけないでしょ? バカなの?」
相変わらずだな。
「魔核は魔素を吸収して成長するけど、ある程度成長すると今度は自ら魔素を生成して放出するの。だから、何らかの結界の中に青魔核を持つ魔物を隔離すれば、そこは青い魔素が充満するはずなのよ」
なるほど。
「じゃあ、そこに魔物の赤ん坊とか、魔人になったばかりの人を入れれば、青魔核に変わるかも?」
俺の言葉に、魔王が目を輝かせた。うむ。その笑顔は全然
「なるほど。それなら暴走する魔族の増加を抑えられますね」
しかし、若干悲しげに続けた。
「私のように魔核が育ってしまうと、そうは行きませんが」
「やはり、魔核変換の術式だな。これさえあれば、目の前で暴走してる魔族でも止められる」
青魔核でも脳を侵食した影響はあるだろうけど、体の内側から突き動かす魔神の破壊衝動は消えるはずだ。
「では、方針は決まりましたね。国内の魔物化と魔人化の問題が解決したら、青魔核の竜を探しに行きましょう」
魔王はほほ笑んで宣言した。その笑顔は確かにもう
「ちょっと待て。魔王だから竜とはツーカーだとか言ってなかったか?」
魔王の微笑みが、ちょっと
「ツーカーってのはわかりませんが、竜との関係はハッタリです」
うん。魔王が正直ものだなんて信じる方がバカだよな。わたくし、魔王が言うことは全てウソです。
「大体、なんでお前が決める。つか、俺たちを連れてく気か? そもそも、国内の問題はお前が元凶だろうが」
魔王はにこやかなまま答えた。
「はい、後始末はキッチリ行いますよ。その上で、私は一人でも行きます」
「ボク、竜を見てみたい!」
トゥルトゥルが割り込んできた。好奇心はケンダーを殺すんだぞ? 原作によるとな。
そしてミリアムも。
「私も、伝説の竜にはお目にかかりたいわ。何より、魔核変換の術式を知っているとしたら、最有力候補でしょ?」
ううむ。それを言われると厳しい。
さらにもうひとつ、ミリアムには目的があった。
「それに、もしかしたら竜から鱗や髭をもらえるかもしれないでしょ? そうすれば、失われた治癒の魔法薬や呪文を復活できるはずよ」
そうか。ミリアムはまだ、自分が火傷を負わせた少女の事を思っていたんだな。
「わかったよ。みんなで行こう」
俺たちは家族だもんな。今では魔王すらも。
エレの魔核が引きよせたのだから、さしずめ魔核家族か。
******
さて、例によって今回も皇帝から勲章を授与されたり、宮廷晩餐会に招かれたりしたんだが、マンネリだから省略。それでも、報奨金はありがたく頂いた。お金はありすぎて困ることはないし、グインの大剣など装備にも随分かかってるし。
帝国の全土に埋められた魔核の回収は、皇帝補佐官としての魔王が部下に命じて行った。
ちなみに、成長していた魔物化植物は、ほとんど食べられていなかったようだ。そういえば、野生動物は見たことのない餌は警戒して食べない、と言うよな。
魔物化穀物も、全部国が買い上げて焼かれた。
そうした手際を見ると、確かに魔王は優秀な役人であるようだ。ルテラリウス帝国が繁栄しているのは、彼の成果と言っていいだろう。魔王のくせに。
その間に俺たちは旅の支度をした。まずはミリアムに皆を鑑定してもらう。
俺は相変わらずのレベル1だが、グインは二つ上がって十五となった。やはり魔族を倒すと経験値が一気に入るんだな。ミリアム自身も同じように上がり、レベル十六だった。
一応、この世界の目安では、レベル十で一人前、十五~十九がベテラン、二十以上は達人と呼ばれるそうだ。そう考えると、魔王が人間だった時のレベル五十は確かに凄い。
キウイはレベル八になり、アイテムボックスの数が六十四個、容量が六十四立方メートルになっていた。今度魔族が暴れたら、アイテムボックスの転送で遠くへ捨ててこよう。
加えて、キウイは呪文とスキルが一つずつ増えていた。
「新しく透明鎧の呪文と身体操作のスキルが加わりました」
透明鎧は、亜空間鎧を可視光線だけ通すようにしたものだという。いちいち遠隔視を微調整して周囲を見なくてよいのは助かる。ただ、炎や光系の攻撃は防げないので、その時は亜空間鎧に切り替わるそうだ。
「ところで、その『身体操作』ってのは何だ?」
キウイには操作すべき手足がないのに。
「透明鎧を操作することで、間接的にマスターの体を操り、危機からの脱出をはかります」
え? なんだそりゃ。
思わず聞き返す。
「つまり、俺の体がお前の操り人形になるのか?」
「はい」
正解かよ。
「その間、マスターには全身の力を抜いておくことをお勧めします。下手に力が入っていると、筋を違えたりする恐れがあります」
戦闘中にだらけ切る勇者。絵にならねぇ。
「格闘技系の技もサブモジュールにありますので、護身術としても使えます」
いや、使えるのは良いけどさ。なんか、物凄く不安になる技だな。
グインをホテルの中庭に呼んで、試してもらう。まずは透明鎧だ。
「グイン、俺の手を取って、思いっきり握ってくれ」
「よろしいのですか?」
俺がうなずくと、グインは俺の手を取った。
すると、音が消え失せた。透明鎧が起動したのだろう。が、それ以外は変化がない。
俺は遠話でグインに話しかけた。
『だから、早く握りしめてくれ』
『それが……これが精一杯です』
なんと、分厚い胸板に汗が浮いているし、俺の手を握った右腕には血管の筋が浮き出ている。しかし、俺の手には何の圧力も感じなかった。なんというか、不気味でさえある。
一旦、手を放す。
「じゃあ、今度は合図したら後ろから殴りかかってきて」
キウイが遠隔視で監視しているから、三百六十度全方向に防御可能だと言う。
『キウイ、身体操作を開始』
『イエス、マスター。防御レベルは、非殺傷と無制限が選べます』
『殺さない方で。怪我もさせたくない』
グインが相手だからな。
『イエス、マスター。身体操作を非殺傷レベルで起動しました』
「グイン、いつでもいいぞ」
途端に、世界がぐるりと回転した。
「我が君、参りました」
俺の下からグインの声が。遠隔視も使って見まわしてみる。どうやら俺は、うつ伏せになったグインの背中に腰をおろしているらしい。その右手を脇に抱え込んで。
『キウイ。何がどうなった?』
『マスターはグインを背負い投げし、そのまま相手をねじ伏せて押さえこみました』
いや、それはキミが俺の体でやったことだろう。
『身体操作を解除』
『イエス、マスター。解除しました』
俺は立ちあがるとグインを立たせた。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
怪我はなさそうだが、そのままうつむいている。どうやら、戦士としての誇りを傷つけてしまったようだ。
「気にするなよ、グイン。これはキウイの魔法だ。魔法で俺の体を操っただけだ。俺の実力じゃない。ゲートの盾がどんな攻撃も弾くのといっしょさ」
うなだれるグインに言葉をかける。
「これからは俺の身はこれで守れるけど、お前にはミリアムやほかのみんなの護衛を頼むよ。みんな、俺の大切な家族だからね」
魔核家族の防衛は、これからもグインが要だ。
ちなみに、後で体中のあちこちが悲鳴を上げた。なれない動きに固い身体が付いていけなかったらしい。よし、明日からは毎朝、柔軟体操だ。
それと、透明鎧でも最大の問題点は解決されていない。つまり、呼吸だ。
活性化すれば、髪の毛とか服を取り巻いた空間の空気しか呼吸できないから、数分もすれば窒息してしまう。あのままグインを組みふせているのは無理だったわけだ。これはなんとか考えないといけないな。
一方、グインには体の動きを妨げない手甲と脚絆を装備させた。
両手剣に盾はむりだし、大剣を振り回すのに鎧は邪魔だが、脚を狙われると致命的だからね。胴体の方は、魔王くんが保護の呪文を色々使えると言うので頼むことにした。
何より、グインが鎧兜を身につけると、別のキャラに見えてしまう。風雲ライオン○とかね。TVの昭和特撮特集で見たっけ。
話にしか聞いたことのない「闘気」てのを纏えるようになれば良いんだけど。レベル二十はまだ遠いな。
とはいえ、俺の方でも何か「薄くても安心」な防具を考えるとしよう。
******
一ヶ月後。
俺たちは帝都を後にした。魔王オーギュストも一緒だ。いくつも名前のある彼だが、一番最近のがしっくりくると言う。俺はもう面倒くさいからマオくんと呼んでるが。
魔神の信奉者だった魔王だが、赤魔核・青魔核の件ですっかり考えが変わったようだ。
魔神礼賛も、ここで終わり。
一応、彼の知る空間魔法についても聞きだした。やはり勇者が身に着けていた特殊技能で、魔王を倒した後に勇者と一緒に解析して、一部を使えるようにしたと言う。
「使えるようになったのは転移と遠隔視、遠話だけです。独自に亜空間を生成するアイテムボックスや亜空間鎧は未解明です」
解明させて! と顔に書いてあるぞ、マオ。
無視するけどね。
キウイがあとから覚えた呪文ばかりなのが気になるが、よく考えるとどれも離れた空間をつなぎ合わせるだけの魔法だ。それよりも亜空間生成の方が難易度が高いと言うことなのだろう。
旅の方だが、移動手段は相変わらず馬車だ。完全武装のグインが騎乗して護衛するのも一緒。
ただし、荷物はほぼすべてアイテムボックスに入れたので、車内はそれなりに広く使えた。とはいえ、宮廷御用達の煌びやかなのでは目立つので、実用一点張りの物をあつらえた。
それと、どうやらこの世界には、「飛空挺」のような便利な乗り物はないらしい。空を飛ぶ魔物は魔力で飛行能力を高めているはずなので、その応用でなんとかならないかと思うのだが。今後の研究課題だな。
そうそう。アイテムボックスと言えば、長らくその肥やしになってたのが、ペイジントンで購入した交易品と、俺とジンゴローが作った小物だ。これらは、勇者のブランドとして帝都で売ったら、瞬く間に売り切れた。ジンゴローに店を開かせようかとも思ったが、彼も旅に参加したいと言うので将来の計画と言うことにした。トゥルトゥルの洋裁店とかもね。
さて、ほぼ百年の間、人の通ったことのないという、帝国の西側へと参りますか。
鬼が出るか蛇が出るか。
魔族は出てほしくないが、竜には会わないとね。
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