1-20.魔王の霍乱

『またもや魔族が暴れてるが、いったいどうなってるんだ!?』

『申し訳ありません。私の不徳の致すところです』

『魔王に徳なんて期待してねーよ。それより、止めるなりなんなりしろや。人が死んでからじゃ遅いんだぞ』

 早朝からキウイの警告があり、帝都の一角に魔族が現れた。遠隔視で覗いてみると、アフロディエル神殿を破壊している。幸い、参拝客がいない時間帯だったが、普段は芸術家のみならず、恋人同士や彼氏彼女が欲しい若者が多く集まる人気の神殿だ。死傷者が多数出てもおかしくない。

 リア充は爆発すべきだが、本当に死なれたら困る。


『ここまで魔核の本能に支配されると、説得は通じないんですよ』

『なら倒すしかないな』

 魔王少年への念話を切り、俺は仲間に伝えた。

「魔族が暴れている。倒すしかなさそうだ。ミリアム、一緒に戦ってもらえるか?」

 今まで成り行きで巻き込んでしまったから、先にお願いするのは初めてだったかもしれない。

「もちろんよ」

 真剣な顔でうなずいてくれた。

「グインも」

「もちろんです、我が君」

 昨日買った大剣を背負い、跪いて答えた。もう、この仰々しさは個性だと思うしかないな。

 ミリアムも愛用の長杖を手にしている。ローブも動きやすいものだ。

 エレを起こして、キウイと一緒にアイテムボックスに入ってもらう。魔族がこっちのホテルを襲わない保証はないからね。


 非戦闘組はギャリソンの指示の下、ホテルで待機するように命じた。貴重品は全て、人数分のアイテムボックスに仕舞わせる。

 よし、準備は万端だ。戦闘組三人で、魔族が破壊中の神殿へ転移する。


******


 今度の魔族は、青白い肌と振り乱した青い髪、そこから突きだす青黒い二本の角という外見だ。理科室の人体模型のように筋肉が丸見えの、体脂肪率ゼロパーセントなマッチョな体は、十メートルを越えていた。

 段々でかくなるな。


「体の色と魔核の色は関係ないんだよな」

 先日のエレの青魔核で気になったが、そもそもエレの体色は翡翠のような若草色だ。

「なに気の抜けたこと言ってるの。先制攻撃よ」

 ミリアムもグインも闘志満々だが、俺がちょっと低調なのは魔族が叫ぶ呪詛のせいだ。

 なんか、さっきから「リア充爆発!」て叫んでますけど。こんな言葉を伝えたのはどこの勇者だ。モテない恨みで美術と性愛の神殿を破壊してるとしか思えない。特に、美しい裸婦の彫像を念入りに砕いているし、ダビデ像みたいな男性の像は、大事なところをまずへし折ってる。


「ミリアム、でかいのを一発頼む。爆発が消えたら、グインに大剣で突撃してもらう」

 連続転送で振り回すには大剣は重すぎるから、一撃離脱の転送攻撃だ。

「わかったわ。……大火球メガロフィオバーラ!」

 詠唱のあと、特大の火球が青魔族に叩き込まれた。青白い背中が大爆発で焼かれ、巨大な体躯がのけぞる。そこへ大剣を構えたグインが転送され、二メートルを越す刃が柄まで刺さる。耳をつんざくような絶叫と共に、青魔族は両腕を後ろに振り向けるが、既にグインはこちらに転送で戻っていた。


「やったか?」

 心臓を一突きのはずだ。おびただしい血が噴き出している。しかし、奴はこちらを振り向くと叫んだ。

「そこにいたかリア充め!」

 リア充って誰だ?


 ……ああ、隣にミリアムがいるからか。悲しい誤解だ。


 なんて事を思う間もなく、青魔族は俺たちの頭上に氷の矢を山ほど作り出し、雨あられと降り注がせた。

 もちろん、ゲートの盾で防ぐ。しかし、足場にしていた建物の屋上は被害が甚大だ。

「これの修理費を請求されたら、魔王に回してやる」


 しかし、魔族の回復力は侮れない。この分では腕の一本や二本はすぐに再生してしまうな。

 空間断裂斬。

 全身をコマ切れに切り裂いたが、思った通りその場で繋がってしまう。鋭利すぎる刃も場合によるな。再生能力は黒魔族の数倍か。


 俺の最強の技が封じられた形だ。考えろ。それが俺の仕事だ。


「リア充には死を!」

 その口から物凄いブリザードが噴き出した。転移で奴の背後、破壊された神殿の奥に移る。俺たちのいた建物は一瞬で凍りつき、建材がもろくなったのか崩れ去ってしまった。俺たちが移動した事は見えなかったようで、残骸に近づいて死体を探しているようだ。

 その間に思いついた。そうか、再生できなくすればいいんだ。

 上空でゲートの刃を二枚出現させ、Tの字に揃えて組み合わせる。これを奴の背中に付きたて、地面に縫いとめる。

 あれ? 今なんか閃いたような……


「ぐぁああああ! 抜けぬ! なぜ抜けぬ!?」

 二枚の刃は直交しているから、縦にも横にも動けない。もうひと組を斜めに突き刺したから、引き抜くこともできないだろう。顔を向けられる範囲も制限されるから、こちらにブリザードは来ない。氷の矢は付近一帯にずっと降り注いでいるが、ゲートの盾で防げば問題ない。

 ようやく話し合う余裕が出来た。グインとミリアムを残して、俺は別なゲートの足場を出して魔族の真上に出た。


「なあ、青魔族くん。個人的な恨みでここまでやらなくてもいいじゃないか」

「何を! 散々辛酸を嘗めさせられた積年の恨み! この世に愛だ恋だなどがあるからだ!」

 どうも思考が単純化している。もしや、と思って頭部を断面透視する。

「あー、こりゃあ仕方ないな」

 魔人の魔核は脳内にできる。こいつの場合はそれが極端に大きくなり、脳を圧迫している。薄皮一枚しか残っていない感じだ。

 まぁ、大脳皮質って言うくらいだから、大事なのは皮の部分なんだが、これでは魔核に支配されてしまうのも納得だ。人間サイズに戻ったら、頭蓋骨がはじけるんじゃないか?

 どうやら可哀そうな人生を歩んできたらしいし、俺とも共通点がありそうだ。人だった頃なら、酒でも汲みかわせたかもしれないが、今となっては会話が成立しないだろう。


 俺はグインに遠話をかけた。

『転送するから、大剣で首を刎ねてくれ』

『御意』

 氷の矢を防ぐシールドを拡大し、青魔族の首の横にグインを転送する。大剣が振り下ろされ、首が転がる。すかさずグインを元の場所に転送すると、切り落とされた首は口から四方八方にブリザードを履き散らした。俺の亜空間鎧が防ぐが、遠隔視を調整して、そのまま外部が見えるようにした。

 頭部の魔核をゲート刃で両断する。上下に分かれた頭部は、勢いで別々の方向に転がった。さらにそれらを切り刻む。破片は広い範囲にばらまかれた。

『ミリアム、火球を頼む』

 遠話でミリアムは承諾してくれた。対価をキウイに引き取らせる。

 ばら撒かれた頭部の破片は、大火球で魔核と共に灰となった。ゲート刃で縫いとめられた体の方も崩壊を始めている。首が生えてくるかと思ったが、さすがに魔核がなければ無理なようだ。


 ……なにか見落としている気がする。なんだろう?


 俺は周囲を見回した。豪華絢爛だった神殿は、跡形もなく破壊されている。周囲の街並みも、ブリザードと氷の矢で瓦礫の山と化している。あちこちからうめき声や泣き声が聞こえてきた。かなりの人的被害が出てしまったようだ。気がかりなのは別にして、やることをやらねば。

 ミリアムとグインのところに戻り、三人一緒にホテルへ転移する。非戦闘組が出迎えてくれた。

「ギャリソン、ホテルの厨房を使って炊き出しを頼む。かなりの被害が出てしまった」

「承りました、若様」

 皆、命じなくても手伝うためにギャリソンについていく。ペイジントン以来だ。


 が、俺はアリエルを呼びとめた。

「ご主人様、なんでしょうか?」

「怪我人がかなり出ている。治療の手が欲しい」

 アリエルの魔法の手なら、消毒などの手間が省ける。俺は包帯や薬をありったけ、アイテムボックスから出した。水は噴水のをミリアムに火魔法で煮沸消毒してもらえば使い放題だ。

「ここに転移で運び込むから」

「かしこまりました、ご主人様」

 俺は被災地に転移した。そう、被災地だ。魔族の襲来は天災みたいなもんだな。


 キウイの探知能力を限界まで広げ、負傷者を探す。いたるところで瓦礫に埋まっていた。見つけ次第アイテムボックスへ収納し、ホテルの部屋に送り込む。

 さすがに俺たちの部屋だけでは収まりきらず、手当が済んだ者は廊下やラウンジに一時的に寝かされ、容体が安定した者から神殿などの治療設備のある場所に運ばれていった。

 昼近くになって、かすかな生命反応をキウイが探知した。魔族の首が転がったあたりだ。

 瓦礫の下に横たわる少女の姿に、俺は思わずうめいた。顔から脚まで、右半身が焼けただれている。右手は特にひどく、切除するしかない。瓦礫の下敷きになったまま、俺がミリアムに頼んだとどめの大火球に焼かれたのだろう。

 すぐに部屋に送り込み、治療を受けさせた。なんとか一命は留めそうだが、おそらく生涯痕が残るだろう。


******


 ミリアムの嘆きは深かった。同じ女性として、あの火傷の痕は耐えがたいに違いない。俺が頼んだとはいえ、自分が放った魔法の犠牲者だ。

 だが、戦闘中にそこまで気を配ることは難しい。キウイの探知能力も、雨あられと降り注ぐ氷の矢で飽和状態だったし。

 君のせいじゃない。そう何度も言い聞かせたが、それで収まるわけもなかった。

 負傷者の救護を他の神殿が引き受けてくれたので、手のあいたアリエルにミリアムを任せた。女同士の方が話せることもあるだろう。


 俺は一人屋上に上ると、魔王少年に遠話をかけた。

『大きな被害が出てしまった』

『仕方がないですね。君の責任じゃありませんよ、タクヤ』

 魔王に慰められるとはな。なんかむかつく。

『責任というなら、魔王であるお前だろうに。監督不行き届きだぞ』

『まったくその通りです』

 何か他人事だよな。

『わかってるのか? お前の大事な皇帝のお膝下でお前の眷族が暴れて、皇帝の臣民が被害にあってるんだぞ』

『もちろん、わかってます。対策を講じていますが、全ての魔族を抑えるのは困難を極めます』

 そんな状態で魔族を増やすからだ。その対策とやらがなければ、この大陸は何度も滅んでいるんだろうが。それこそ、安全神話ってやつじゃないのか?


 七つある神殿のうち、特に「慈愛と癒しの神」であるアスクレルの神殿では、治療のための神聖魔法が行われるという。神聖魔法は神に祈願してその力を借りるので、自分で術式を組み立てる一般の魔法とは異なるようだ。

 しかし、それは命を救うまでで、傷跡の快癒には至らなかった。結局、あの少女は生涯火傷のあとを背負うことになる。また、神聖魔法では手脚などの欠損も再生しないし、死者を復活させることもできない。

 この世界では、死んだらそれまでだ。伝説のエリクサーでもない限り。


『魔王に慈愛の心を求めるのは変だと思うが、俺は人が傷つくのに耐えられない。やっぱり俺は、あんたを倒すべきじゃないか?』

 遠話越しにため息が感じられた。

『どうしてもというのなら、お相手しますよ。しかし、それでは何も変わりません。魔核や魔物なしに、この世は成立しないのですから』

 なら、最終手段だ。


『魔族を暴走させるのは魔核の本能だと言ったな。見せたいものがある。俺の部屋まで来い』

 一方的に遠話を切った。

 しばらくすると、魔王少年が直接部屋に現れた。

「さて、何を見せていただけるのでしょうか?」

「目の前にいるだろ」

 俺の横にはエレがいた。

 昨夜のうちに脱皮が終わったので、真新しい翡翠色の鱗がつやつやしている。眠気も収まったのか、魔王を興味深げに見つめていた。


「あなたの従魔の電光トカゲですね」

「従魔じゃない、娘だ」

 俺の反論を、悪魔的微笑サタニックスマイルで制しやがって。

「こんにちは、私はあなたの御父上の友人でオーギュストと言います」

 人語は解さないエレだが、俺が念話で通訳すれば会話が成り立つ。しかし、魔王と友人になった覚えは無いんだが。

『パパ、このひとかわってるね。ひとだけど、まものみたい』

「エレが、お前のこと変わってるとさ。人間なのに魔物みたいだと」

 魔王はほほ笑んだ。

「賢い従魔ですね。あなたが育てただけはある」

「だから、従魔じゃない。娘だ」

 魔王は聞き流し、俺に向かって真顔で問う。


「しかし、現状を打開する何かがあるとは見えませんが」

 こんな時、俺も薄い目になる。

「お前も何か、透視の魔法を持ってるんだろ? エレの魔核を見てみろ」

 魔王はいぶかしげだったが、呪文を唱えてエレを見つめた。と、その両目が大きく見開かれ、驚愕の声が漏れた。

「まさか……青い魔核? ありえない……絶対にあり得ない!」

 いきなり魔王が右手を突きだしたので、俺はとっさにエレの前に飛び出した。


 亜空間鎧の暗黒。俺はエレに念話した。

『大丈夫かエレ。怪我はないか?』

『だいじょうぶだよ、パパ。でも、へやがもえてる』

 一大事だ。即座に、エレをアイテムボックスに匿う。遠隔視で周囲を見ると、魔王は燃え盛る炎の中で呆然と立ち尽くしていた。

 アリエルの沐浴用の水を、魔王の頭上からぶっかける。部屋のあちこちにもかけて、なんとか延焼を防いだ。そのまま、魔王に遠話をかける。目の前だが、亜空間鎧の中からはこれしか通信手段がない。

『頭は冷えたか、魔王』

『あり得ない、青い魔核なんて』

 まだ言ってやがる。しかし、鬼の霍乱かくらんなら聞いたことあるが、魔王のは迷惑千万だな。


『色がそんなに重要か?』

『魔神様がこの世の支配を任されてから、魔核は全て赤くなったはずなのだ』

 やはり、赤い魔核は魔神による呪いなのか。

『その魔神の赤い魔核のせいで、魔人や魔族は暴走するんだろう。なら、広めるのは危険だろう』

 魔王による世界の構造改革は破綻したわけだ。エレが青魔核の子供をどんどん産んでくれれば、人を襲わずイデア界を支える魔物が増えることになる。時間はかかるし、赤魔核の魔物や魔族が消え去るわけでもないが。

 しかし、人に植え付けるなら、赤ではなく青い魔核にすべきだ。エレやその子孫から取り出すことはしたくないから、俺はやらないけどね。


 その時、焼け焦げてくすぶってる部屋に、仲間たちが駆け込んできた。

「タクヤ! いったい何が……あなたは!」

 ミリアムは、部屋のど真ん中にへたり込んでいるずぶ濡れの少年を見て、言葉を失った。

 俺は亜空間鎧を解除すると、少年の腕を掴んで立たせ、ミリアムたちに向き直らせた。

「ミリアム、みんな、紹介しよう。こちらはベリアス・テオゲルフ老師。百年前に勇者に仕えて先代の魔王と戦い、過剰対価オーバードーズを起こした、当代の魔王だ」


 びしょびしょで憔悴しきってるけど、確かに魔王だ。俺が保証する。

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