3-18.階層の主と階層を無視
「ミノタウロスか」
しかも三体。身長はおよそ四メートル、真ん中の一体がやけにデカイから、あいつはきっとミノタウロス・キングとか言うんだろう。
並みの冒険者なら、ドアをそっ閉じして引き返すよな。後ろの四人組がまさしく、そうしたそうだし。
扉の向こうは百メートル四方はある広間で、天井も二十メートルはある。他の魔物はいないようだ。
……ただし、左側の壁にはめ込まれ、睨みを利かせてる十メートルほどの石像が怪しいが。
僅かに開けた大扉から覗いてそれだけ確認すると、俺は後ろを振り向いた。
「グイン、前へ。マオ、保護の魔法を後のみんなに」
「御意」「了解」
グインは大剣を抜き放ち、闘気をまとった。
マオの魔法で、俺以外の体を赤い光が取り巻く。俺はマオの対価をキウイに引き取らせ、透明鎧が起動している事を確認すると皆に言った。
「みんなは防御に専念だ。迂闊に前に出ないように。周囲に注意を払って。トラップや伏兵がいるかもしれないから」
一同がうなずくと、俺は大扉に向き直り、勢いよく開け放った。
俺たちに気づいたミノタウロスどもが咆哮を上げる。と同時に赤い闘気の光をなびかせてグインが突進! 右側のミノタウロスに斬りつける。
ガキン! と金属的な音がして、闘気の刃が弾かれた。よく見ると、ミノタウロスの皮膚も薄赤い光で覆われている。
「奴も闘気の鎧か! 厄介だな」
愚痴る俺。
しかし、それでひるむグインではない。
ミノタウロス三体の棍棒をかいくぐりながら、斬撃を繰り返す。闘気も魔法の一種、先に対価が限界を超えた方が負けだ。なら、キウイが引き受けられるからグインが圧倒的に有利。
体力負けさえしなければね。
そうなると、いよいよ援護が必要かもしれない。そう思ってゲート・ファンネルを出した時だった。
トゥルトゥルが叫んだ。
「石像! 動いてる!」
やっぱりゴーレムだったか。お約束だな。
残念ながら、額に文字はなかったので、一文字消して終わりとはならないみたいだ。
しかし、関節とかどうなってるんだろう? 石が粘土のように変形するとは。
加えて、石像が塞いでいた穴からは、ぞろぞろと鎧姿の御一行様が御入場だ。やけにスリムだと思ったら、中身は骸骨。
「
マオが叫んだ。そのまんまの名前だな。
「珍しいのか?」
「初めて見ました」
物知りマオ博士が初見とは、この迷宮の特産品か。
いや待て、魔物は肉食にかぎるんだろ? ゴーレムって肉食か? 骸骨に至っては物を食っても入るところが無いぞ? てことは――
おう、世界がでんぐり返った。
「タクヤさん!」
ごめん、ランシア。ちょっと遅かった。
ゴーレムが巨体に似合わずスピードの乗ったパンチを繰り出してきて、キウイの身体操作で回避したようだ。折角作ったんだから、あとでゲート・ファンネルを優先するように設定を変えよう。
「みんな気をつけろ!」
グインはミノタウロス三体といい勝負だ。ゴーレムのパンチやらキック《踏み潰し》やらはゲート・ファンネルで弾いた。
問題は残りのみんな。四人組も含めて全員がホネホネ騎士と斬り結んでるが、数が多いので苦戦している。
「マオ! 魔力感知だ! どこかにこいつらを操っている奴がいるはず!」
「了解」
同じ事をキウイにも命じたが、発見はマオが早かった。
「奥の壁の上! 紋章のあたり!」
直径五十センチほどの金色の円から同色の線が放射状に延びてる紋章。顔が掘られてなくて赤かったら旭日旗なんだが。これじゃニコニコ太陽だ。
俺はゲートボードでそこまで飛び、紋章とその後ろの壁を五十センチほど、アイテムボックスでえぐり取った。
「こんにちは。わたくし、こういうものです。どうぞよろしく」
初対面での名刺交換は社会人の常識だよな。
揃えた両手の上に名刺大のゲート刃をだして、相手の喉元に付きつけた。
黒いフードから覗く顔は緑の鱗に包まれてる。
リザード・メイジって奴か。左手には紋章の目の部分に繋がっていたはずの双眼鏡のような魔法具を持ち、右手は鉄人のリモコンを連想させる魔法具に添えられている。ティッシュ箱くらいのサイズで、上から二本の棒が突き出ている。
「今すぐ石像と骸骨騎士を止めろ。でないと、その頭と胴体は泣き別れだ」
帝国公用語が通じれば良いんだが。無駄だったようだ。
暗転。困った、遠隔視が使えないんだった。
ゲートボードを下がらせると、亜空間鎧が透明化した。丁度、壁にあけた穴から吹きだした炎が消えるところだった。
うーむ。魔法を使いこなす魔物ってのは、魔族みたいで厄介だな。それに、下がった時に名刺大のゲート刃も一緒に下げてしまった。
「小さい亜空間斬撃!」
ゲート刃だけ突進させた。しかし、カツン、と音を立てて穴の入口で止まってしまう。
斬鉄剣以上に何でも斬るゲート刃を止めるとは。保護結界の強力版か?
「タクヤさん!」
ランシアが叫んだ。
イカン、みんなが押されている!
俺はゲート・ファンネルの一部を攻撃用に回した。盾も鎧も含めて、骸骨どもを一刀両断。
……したのだが、下半身だけで迫って来るし、上半身だけで這って来るし。しつこいぞこいつら。
さらに切断。手だけで走って来る。どこのアダムス・ファミリーだ!?
「わーっ!」
トゥルトゥルの悲鳴。倒れた骸骨の腕に足首を掴まれている。そりゃ、不気味だよな。
手首から先をゲート刃で斬り放し、空間断裂ハリセンで手首を叩きつぶす。
見回すと、グインは一体目のミノタウロスを血祭りに上げていた。先に闘気の対価が限界を超えたのだろう。ゴーレムは自分の周囲を取り囲むゲート盾を殴り続けていた。
他の仲間はというと、アリエルが魔法の手で骸骨の残骸を掴んでは関節部分をはずして、文字通りちぎっては投げしていた。これは面倒だな。
「深淵投棄」
骸骨の残骸をゲート刃をチリトリ代わりにしてかき集め、どんどん捨てていく。アリエルも走り回る手首を捕まえては放り込んでくれる。動かなくなった骨の方は、みんなが手分けして拾い集めてくれた。
さて、グインの体力はまだありそうだ。凄いスタミナだな。
あとはゴーレムだ。操作に魔法具を使ってたし、ゴーレムそのものも魔法具だ。あのリザード・メイジに対価の制約はナシだろう。使ってる魔核のサイズ次第だな。
「マオ、あの紋章の裏にいたのは、トカゲの魔術師みたいなんだが」
「それはきっと、魔人化したトカゲ人族ですね」
「獣人族の一種なのか」
殺すのは簡単だが、できればやりたくない。うーむ。あの魔法具さえ壊しちゃえばいいんだよな。
遠隔視が使えれば楽なんだが。使えなければ仕方がない。
ゲートボードでそっと壁の穴の真下まで行き、急上昇して奴の目の前に飛び出す。そして、奴が魔法を使う前に、魔法具の下にアイテムボックスを開いて奪い取る。
暗転。ゲートボードを降ろして火炎放射を避け、みんなの所へ。振りかえると、壁の穴にリザード・メイジはいなかった。背後に通路でもあったのか。
「あれ? おかしいな」
ゴーレムが止まらない。ひょっとして自動操縦?
アイテムボックスを開いてみる。
うげ。リザード・メイジの手首まで斬り取っちゃった。その血に汚れた魔法具だが、上部から突き出したジョイスティックにしか見えない二本の棒が、よく見ると片側に少し傾いている。切り取った手首からすると、こっちの面が前らしい。
ならば、とその棒を掴んで二本とも後ろ側に倒す。すると、ゴーレムが後ずさりして壁に嵌り込んだ。
「そのまんま、リモコンだな」
うーむ。ゴーレムごとお持ち帰りしようか? このリモコンで「行け!
その時、どう、と轟音が響いた。振りかえると最後のミノタウロスが倒れたところだった。
「グイン、お疲れ様」
戻ってきたグインの息が荒い。彼以外も骸骨には苦戦したようで疲労困憊だ。一人、涼しい顔なのはマオ。こいつは最初の保護の呪文かけただけだし。そのあと、何度かかけ直してたようだが。
ミノタウロスたちが護っていた壁には、俺が開けた穴の下の方に扉があった。普通に人間サイズだ。多分、この扉の奥に次の階層への階段があるはずだ。
しかし、まずは休憩と飯だな。午前中の仕事としては十分だ。
********
食事の後、俺は壁から切り取ったニコニコ太陽の紋章をアイテムボックスから取り出した。マオに鑑定してもらったところ、純金製らしい。しかも、結構分厚い。これだけで数十キロはあるな。
目のところには覗き見の魔法具が仕込まれているが、接眼部を切り取っちゃったので壊れてる。こっちも、そのうち調べてみよう。
次に、例のリモコン魔法具を取り出した。きれいに血を拭きとると、幾何学的模様が描かれていて、なかなか凝った造りだ。ただの模様ではなく、魔法陣なのかもしれない。
「ちょっと、石像を動かしてみる。みんな離れて」
二本の棒を前に倒すと、ゴーレムが前進して壁を離れた。
もしや、と思ったが、穴から骸骨は出てこなかった。あれで在庫一掃だったらしい。まぁ、出てきたら全部深淵投棄だな。
二本とも棒を後ろに倒すと後退。なら、互い違いにすれば。うん、その場旋回か。戦車と一緒だな。二本とも右に倒すと右へ、左なら左へ、正面向いたまま移動。
では、二本を内側に倒すと? お、しゃがみこんだ。外側に倒すと立ち上がった。では、しゃがみこんだまま前へ。うほっ、這ってるよ。
どうやら、進む先に障害物があると殴るようになっているらしい。戦闘専用だな。
「凄いね、それ!」
トゥルトゥルが夢中だ。
「うん。気に入った。持って帰ろう」
ゴーレムを立たせる。
身長約十メートル。体重五百五十トンはないな、五十トンくらいか。巨体は唸るが空飛ばない。
多分、どこかに魔核が仕込んであるんだろう。
「名前をつけなくちゃな」
「カッコイイのがいいよ!」
はしゃいでるし。
「そうだな。石人二十八号」
「なんで? 一体しかないのに」
あっちの世界ネタは全滅だな。
「石巨人」
「そのまんまだよ?」
「そうだな。ゴーレムだしな」
トゥルトゥルがポンと手を叩いた。
「ゴーレム、それいいね! なんか、強そう!」
……そのまんまなんだが。ああ、この世界にはいないんだな。魔物としては。
「よし、じゃあゴーレムで決まりだ」
アイテムボックスに格納。リモコンもだ。
さて。遊びはここまでだ。
俺はマオにみんなを鑑定してもらった。お、グインのレベルが二十五か。
「凄いじゃないか。ミノタウロス三体で魔族一体分かな?」
「はい、苦労した甲斐があります」
あとはみんな一つずつ上がってた。レベル一は俺だけ。
そう言えば、あの骸骨騎士だが、やはり魔法具の一種だった。後で調べようと、一体だけアイテムボックスに捕獲しておいたのだ。
マオの鑑定によると、魔力で曲がったり伸びたりする細い針金が関節に仕込んであって、この広間の床下にあるはずの魔法陣で操作していたらしい。床を全部引っぺがして調べるのも面倒だから、放置だな。
「じゃあ、扉をくぐるか。トゥルトゥル、罠がないか調べて」
「……うん、大丈夫みたい」
マオの鑑定でも、ただの扉と出た。鍵もかかっていない。
それでも念のため、透明鎧を起動しておいて、扉をあける。幅も高さも二メートル程の通路だ。キウイの危険感知も反応なし。
「よし、じゃあトゥルトゥル、先に行って。罠とか気をつけてね」
「はい、ご主人様♡」
その後から、狭いから一列になって続く。順番はグイン、ランシア、ジンゴロー、ギャリソン、マオ、俺、四人組。
「なんか、凄いっすね、タクヤさんのパーティー」
八重歯氏が遠い目だ。
「まー、いろいろ規格外だからな」
一番は、異世界人の俺なんだろうけど。実は一番普通だという。
八重歯氏は頭を振り振り続けた。
「俺たち、初めての迷宮探索なのに、こんなところまで来ちまうとは」
「ああ、そりゃ一緒だ」
「え?」
八重歯氏が立ち止ったので、後ろのシャクレ氏がぶつかった。
「タクヤさんたちも初めて?」
「ああ。それでも、北の大陸からこっち、結構、戦ってばっかだったから」
「はぁ……」
遠い目すぎる。M78星雲でも見つめてる?
「ほれ。置いてっちまうぞ」
前と離れてしまった。間を詰めないと。
やがて少し広い部屋に出た。約十メートル四方。正面の壁には、思った通り次の階層に続く下り階段。しかし、その手前の床に。
「なんだろうね、これ」
トゥルトゥルが覗きこんでるのは、一辺が二メートルほどの真四角の穴。振り仰ぐと、天井にも同じような穴があいている。
マオが考え深げに言った。
「迷宮の中には、最深部から一気に地上に戻れる仕掛けが備わってる場合もあると聞きますが……」
なるほど。階層を無視した通路か。
マップを確認すると、この穴はどの階層でも空白ないし壁の中を貫いているようだった。地上では、すり鉢状の穴の縁あたり。てことは、迷宮都市のどこかだな。
しかし、気になる。何か違和感が。
「マオ、これ見てみろ」
「なんですか?」
穴の縁の部分を指差す。
「鋭すぎる」
この穴が昔からあったのなら、迷宮の他の部分と同じように風化してないとおかしい。
そして、こんな風に岩に穴を穿てる魔法と言えば。
「みんなここに入って」
アイテムボックスを開く。
「どうしたんです、タクヤ」
マオに俺は答えた。
「俺はこの縦穴を昇る。四人組を地上に送ってやろう」
振り返って確認する。
「そろそろ、地上が恋しいんじゃないか?」
全力でうなずいてる。
「じゃ、この中に入って。マオ、灯りを頼む」
「了解」
全員が入ったのを確認して、アイテムボックスを閉じる。
そして、足元にゲートボードを出すと、縦穴を垂直に上昇していった。
階層ごとに分かれているからあまり意識してなかったが、五十二層ですでに数百メートルの深さはあったようだ。入口のあるすり鉢状の穴が六百メートルだから、千メートル以上。一気に上ると、耳がポンポン鳴るな。
竜のエルマーに乗ったときみたいだ。
そして、地上。
竪穴は路地裏の空き地にぽっかりと開いていた。思った通り。
ここなら遠隔視が使えるから、周囲の通りなどをざっと確認する。大通りの手前まで、人気のない路地をゲートボードで移動。アイテムボックスを開いてみんなを出してやる。
「すげぇ。本当に地上だ」
八重歯氏が遠視にならないか心配だ。
「あんたらとはここでお別れだ。あー、もう一度、迷宮の入り口に戻って、ギルド会員証の予備を返してもらった方がいいな」
「へぇ、そうしやす。お世話になりました」
なかなか礼儀いいな。
あ、そのまま行くかと思ったら、トゥルトゥルのところか。
「あの、ご主人様と末長くお幸せに」
「うん♡」
にぱーとか笑ってるけど、オマエと結婚した覚えはないぞ。
まぁ、それでも通りの人ごみに消えてくまで手を振るのは、しょうが無いか。なんだかんだで、十日間ほど一緒だったからな。
「さて、じゃあ戻るぞ。もう一度、アイテムボックスにみんな入って」
地の底へ逆戻り。
********
ミノタウロスを倒した階まで戻ると、アイテムボックスを開いた。
「グインとマオは出て。みんなは中で待ってて。光玉ある?」
アリエルがうなずいた。
出てきた二人に、俺は言った。
「この下には、奴がいる」
「奴と言うと……やはり」
マオの顔に緊張が走った。
この縦穴。アイテムボックスで切り開いた時とそっくりだ。そして、それが使えるのは、俺以外なら奴しかいない。
「そう、魔王オルフェウスだ」
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