2-2.廃村にアニソン
馬車での移動は、枝分かれした街道を西に進んだ終点、今は放棄された農村までだ。ここから先は、道のない草原が続いている。馬車の旅はここまでだ。これから先は、馬と徒歩となる。
昼の休憩から少し経ったころ、俺たちはその廃村に到着した。村が放棄されたのは数年前だと言うことだが、ある程度手直しすれば住めそうな家が結構ある。
馬車を降りて、馬たちをくびきから外す。ジンゴローと馬車を整備して、割と清潔な納屋の一つにしまった。ここまで盗みに来るやつはいないだろうし、帰りの時までは使えないはずだからね。
ところで、この前の魔族三体との戦いで、キウイがまたレベルアップした。ついにレベル十だ。おかげで、アイテムボックスの数が百個、容量も百二十五立方メートルになった。一辺が五メートルの立方体に当たる。
格納できる容量が増えたので、皆と寝泊まりする小屋を入れてしまおうと思う。この廃村の適当な小屋を住めるようにして、土台ごとアイテムボックスに入れてしまえば、どこにでも出せる。
これからは、みんなが交代で三頭の馬に乗り、残りは自分の足で歩くことになるから、かなり疲れが溜まるはずだ。野営ではぐっすり眠れないしね。
村長の家だったらしい屋敷に、手ごろなサイズの離れがあった。
三メートル四方、四畳半一間くらいの狭さだが、三段ベッド三つならなんとか置ける。ちょうど、四畳半の畳三枚分だ。
寝るとき以外はベッドをアイテムボックスにしまえば、食事や調理のスペースも確保できる。嵩張る食料も、冷蔵が必要な肉や野菜以外は、小屋の中にしまっておけばいい。
エレもこの中なら落ち着くだろう。
ギャリソンの指示で、アリエル、トゥルトゥル、グインに片付けと掃除をしてもらうことにした。ミリアムとマオには魔法で周囲の監視を頼んだ。
離れの中が片付くまでの間に、ジンゴローとその土台を確認する。
「これはちょっと、補強が必要ですぜ、旦那」
「そうだな、痛みが酷いな」
離れの柱は一応、土台の石の上に載っていたが、湿気が多かったらしく、そのうちの一本がかなり腐っていた。先に確認しておくんだった。
同じ太さの角材を村の中から探してきて、腐っている部分の長さに合わせて、ゲート刃で切り取る。柱の腐った部分も同様に切り取り、ゲート刃で支えたまま、その下に切り取った角材を押し込み、ゲート刃を消した。あとは、境目のところに
次は、土台の石自体の補強だ。小屋の周りの土をアイテムボックスの転送を使って掘り、ぐるりと溝を作る。そこに、土と水をこねた泥を流し込んだ。
準備できたので、村長の家の屋根にアイテムボックスの階段で上る。見晴らしがよいので、ミリアムとマオが見張り場にしているのだ。
「ミリアム、ちょっと良いかな。土魔法で手を借りたいんだ」
「いいわよ」
二人でアイテムボックスの階段を下りる。階段は危ないから、ミリアムの手を取った。安全のためだよ?
「こうやって二人で上り下りするの、ペイジントンの戦い以来だな」
「そう言えばそうね」
あの時は、魔族との戦いは死を覚悟するほど過酷なものだった。今では三体同時でもなんとか撃退できる……空間魔法持ちの奴でなければ、だが。
「この溝の中の泥を、固めてほしいんだ」
「土台が崩れないようにするのね。わかったわ」
ミリアムが詠唱を始める。
家の下全てを固めても良かったのだが、普段使わない魔法は対価が大きい。一回で
「……泥煉瓦」
溝の中の泥が固まり、煉瓦のようになった。この煉瓦ごと小屋をアイテムボックスにしまえば、平らな所ならどこでも出せるし、土台も崩れたりしないはずだ。
小屋の窓が開き、ギャリソンの顔が覗いた。
「若様、室内の掃除が終わりました」
グッド・タイミング。
「じゃあ、夕食の用意に取り掛かってもらえるかな?」
「承りました。では、早速」
窓を閉める前に、トゥルトゥルを呼んだ。
「なになに、ご主人様♡」
いちいち「♡」は付けるなよな。
「久しぶりに狩りを頼むよ」
「わかった! 頑張るからね!」
そろそろ、エレの食べる生肉が心細くなってたところだった。マオが「
ミリアムをもう一度、屋根の上までゲートの階段で送る。帰りは面倒だから転移だ。
さて、次は夜みんなで寝るためのベッドを作るか。幸い、材料の木材はいくらでもある。
ジンゴローと村を回って、痛みが少ない木造家屋の内壁などをゲート刃で切り取り、アイテム転送で小屋の横に積み上げる。次に、小屋の中に入って、部屋のサイズを正確に測り直す。ベッドを作ってから置けなかったでは悲しいからね。
正確なサイズが出たから、今度は設計図だ。寝てるときにギシギシ軋んだら安眠できないので、キッチリ構造を決めないと。キウイの画面にCADソフトを起動し、必要な木材の形状とサイズを決めていく。
「こりゃまた、凄い魔法ですな」
ジンゴローが感心してるが、これは科学だ。十分発達した科学は魔法と区別つかない、と言ったのはアシモフだっけ?(作者注:A.C.クラークです)
今度はCADの図面に合わせて木材を切り出す。ゲート刃ならあっという間だ。
最後に組み立てだが、ここでアリエルを呼んだ。
「お呼びですか、ご主人様」
「うん、組み立てで手が足りないから、魔法の手を頼む」
アリエルは、御実脚を椅子モードにして俺たちの近くに腰を降ろした。空いた魔法の手で、ベッドの柱になる角材を四本、倒れないように支えてもらう。
その柱の
板材の上面には浅い切り込みがいくつも並んでいて、ここに細い板材をすのこのように渡せば一段分の完成。同じように残りの二段を作り、柱の一番上には手すりを付ける。これでベッドの一つが完成だ。
こんな風にスイスイと作業が進むと気持ちが良い。気が付いたら鼻歌を歌ってた。
「珍しい旋律ですね。お国の歌ですか?」
アリエルが聞いてきたので、そうだよ、と答えた。本当はアニソンなんだけどね。
慣れてきたので、二つ目はもっと早く完成した。最後にもう一つ、一段のベッドを組み立てて、工作タイムは終わりだ。各段のすのこの上に布団、というか畳んだ布を敷いて、いつでも寝られるようにしておいた。
最後に作った一段ベッドが俺とエレが寝る奴だ。ただ足は高くしてあり、ベッドの下は収納庫になってる。
三段ベッドの片方は男子組、もう片方が女子組だ。男子は四人いるが、ギャリソンとジンゴローは身長が低いので、一段に二人で寝ても余裕がある。トゥルトゥルのところも余るので、そこは食糧などの置場にした。どれも一段ごとにカーテンを引けるようにしてあるので、プライバシーも保てるだろう。
でき上がったベッドをアイテムボックスにしまうと、小屋の窓が開いてギャリソンが告げた。
「夕食の用意ができました、若様」
うん、良い匂いが漂ってくるな。
小屋の中には小さな
部屋の真ん中に小ぶりなテーブルが置かれ、椅子が並んでいる。これらはギャリソンが村の廃屋で見つけ、グインに運んでもらったそうだ。それ以外は何もないが、テーブルの上の御馳走は見事なものだ。
野菜と肉のスープ、黒パン、皿に山盛りの焼き肉。品数は少ないが量はたっぷりで、味付けは帝国ホテルのものだ。
早速、外にいる三人に遠話で呼び掛ける。ミリアムとマオはすぐにやってきたが、トゥルトゥルは森の奥の方にいた。
『よし、そこにじっとしてな。転送してやる』
『はーい』
部屋の隅にアイテムボックスのゲートを開き、トゥルトゥルを出してやった。片手に雉のような鳥をぶら下げてる。
「お帰り、トゥルトゥル」
「ほう、これはまた見事な獲物ですな」
トゥルトゥルはギャリソンに鳥を渡すと俺に向かって言った。
「ただいまご主人様美味しそう♡」
……最後のは俺じゃなくて、テーブルの上の料理のことだよな? な? な?
「水を出しておくから手を洗っておいで。みんなもね」
いや、俺もだな。
小屋の隅に水の入ったアイテムボックスのゲートを開き、水差しを突っ込んで汲む。別なゲートから洗面器とタオルを出した。最後に深淵投棄のゲートも開く。各自手や顔を洗って、使った水は深淵投棄だ。
エレもアイテムボックスから出してやる。テーブルの下だが、生肉の山盛りがあれば気にしないらしいので助かる。
「いただきます!」
俺の祈り? 宣言? で、ようやく飯が食える。いや、旨かったの何のって。
食事が終わって皿や空いた鍋を洗い終わると、全部テーブルに乗せて椅子と一緒にアイテムボックスに格納する。がらんとした部屋の中に、今度はベッドを一つずつ出して置いていく。
「うわぁ、凄い♡」「ご主人様、感激です」「へぇ、やるじゃないの」
女子組には好評なようだ。早速潜り込んでもらう。全員立ってると、残りが出せないんだよ。アイテムボックスから、各自の衣服が入っている袋を取り出し、配る。一番下は半分近くが食糧庫になってるのでトゥルトゥル専用。後は自由に選んでもらったが、空中浮遊の出来るアリエルが一番上を選んだ。真ん中がミリアムだ。
男子組のを出して、まずグインに一番下に入ってもらう。ガタイがでかいからね。マオが一番上、真ん中はギャリソンとジンゴローだ。どうやら、足を向けあって寝ることにしたらしい。
最後に俺とエレ専用のを出す。
『さあ、今日からここでパパと寝るんだよ』
『わーい、パパといっしょだ!』
喜んでくれて何よりだ。でも、エレはどんどん大きくなるから、一緒に寝れるのはいつまでかな。
子供の成長を喜ばない親はいないだろうけど、寂しさも感じるんだな。
キウイに夜通しの監視を命じる。レベルアップで探知能力の範囲と精度が上がったので、もう交代で見張りに立つ必要はなくなった。
「じゃぁ、みんなお休み」
カーテンを引いて、天井から吊るしておいた光魔法の魔法具をアイテムボックスにしまうと、真っ暗になる。あ、つりさげてた紐を切っちゃったな。朝になったら、アリエルの魔法の手でやってもらおう。
キウイに充電しながらのエレと、念話で取り留めのないことを話しているうちに、俺は眠ってしまったらしい。
ひとつ気になったのは、いびきをかく奴がいないか、ってことだけど。どうやら杞憂だったようだ。
******
翌朝、俺が起きるとみんなもう起きた後だった。
昨夜出しておいた水で顔を洗い、使い終わった水を
そして、ベッドでまだ寝ていたエレを一旦起こし、キウイと一緒にアイテムボックスに入ってもらって、ゲートを閉じる。
次にベッドをアイテムボックスにしまい、代わりにテーブルと椅子と調理具を出す。
「おまたせ、ギャリソン」
早速、火を起こして朝食の用意に取り掛かってくれた。
外に出る。今日も良く晴れそうだ。まだ寒さの極みではないので、歩くのにはいい季節だな。
馬がいななく声。昨日まで馬車を牽いてくれた馬たちに、グインとジンゴローが鞍を乗せている。今日からは人を乗せてもらうのだ。
馬が三頭なので、だいたい半分ずつ交代で乗る感じだ。ギャリソンとジンゴローは二人一緒にのることになるが。
アリエルは御美足をはずして横座りだ。ミリアムもスカートだから同じ。
乗馬のスキルがあるトゥルトゥルだけは、横にスリットのあるチャイナドレス風の服を作ってたから、あれで乗るようだ。
「おや、トゥルトゥルは?」
小屋の横で洗濯物を干していたアリエルが教えてくれた。
「昨日仕掛けた罠を見に、森へ行きました」
なるほど。
しかし、あいつは前科があるからな。またオーク・プリンセスとか取って来られると厄介だ。一応、言葉らしいものを喋る、前足に指があって物を掴める生き物は殺すな、って言ってあるけど……。
「ちょっと見てくる」
アリエルにそう告げて、俺は森へ向かった。途中、屋根の上で見張りをするミリアムとマオに手を振った。見通しの良いところまで来たら、まず探知能力でトゥルトゥルのおよその位置を探る。あたりが付いたら、遠隔視で覗く。いたいた。うん、今朝の獲物は野兎か。まずは遠話で。
『トゥルトゥル、もう罠は全部回ったかい?』
『あ、ご主人様♡。あのね、もう一つあります』
『よし、じゃあ一緒に行こう』
『やったー!』
三つ目の罠に獲物がかかっていても、持ち帰れなければ逃がすと言ってたからね。
転移でトゥルトゥルのところへ行き、最後の罠の場所まで移動する。兎が重そうなのでアイテムボックス行きだ。
歩いているうちに、またアニソンが鼻歌で出てきた。トゥルトゥルが適当なメロディーで被せてくる。キーはバッチリだ。
うん、キミとカラオケボックスに行けば楽しめそうだ。
最後にかかってた獲物は小鹿だった。悲しそうな瞳で見つめられてしまったが、言葉も指もないのでエレのご飯に決定だ。ただし、森の中で屠ると血の匂いで肉食獣が寄ってきそうなので、脚を縛って生きたままアイテムボックスにしまった。
転移で小屋のところに戻る。グインとジンゴローは手が空いているようなので、獲物の方を任せた。
アリエルはもう、洗濯物の取り込みにかかっていた。この季節は風が冷たいが乾燥しているので、すぐに乾くようだ。
魔法の手はこんなとき便利だな。次々に洗濯ものをはずしてアリエルの手元に送り、彼女はそれを畳んで籠に重ねていく。見とれていると八人分の衣類にタオルなどが全部畳まれた。
俺の視線に気づいたのか、ちょっと顔を赤らめる。うう、人魚でなければ押し倒すところだ。
「ご主人様、お洗濯が終わりました」
「うん、ちょっと待ってね」
アイテムボックスから順番に各自の衣装袋を取り出し、そこへアリエルが洗濯物をしまい、俺が格納する。あっという間だ。
女性の下着とかもあるから、袋の中身は見ないよ?
そこへ、新鮮な生肉を抱えたグインとジンゴローがやってきた。
「はいはい、アイテムボックスね。しまっちゃうおじさんですよ~。お肉な子は、どんどんしまっちゃおうね~」
相変わらず、あっちのギャグはよく滑るぞ。
そう言えば、冷蔵用の氷が減ってきたな。あとでミリアムに頼もう。
そこへ、小屋の窓が開いてギャリソンが告げた。
「朝食の用意が出来ましたぞ」
相変わらず、旨そうな匂いだ。
朝食の後片付けが済むと、テーブルと椅子ごと調理具をアイテムボックスにしまう。メイン料理だった昨夜の雉の串焼きが余ったので、これは別のアイテムボックスにしまう。保温性が高いから、昼に食べても暖かいはずだ。
次にベッドをそれぞれ出す。小屋全体を入れるには、中に荷物を出さないと容量が足りないんだ。
「よーし、小屋をしまうからみんな出て。忘れ物はないかな?」
ないようだ。俺は小屋の地下、土台を補強したすぐ下の面にゲートを開いた。アイテムボックスの深さを増していくと、小屋が地面の下に潜り込んで行くようだ。
「ほう。これはなかなか壮観ですね」
マオが感心したように言う。魔王にとっても、ここまで大きいアイテムボックスは珍しいのか。
「さて、では出発するか」
最初はアリエル、トゥルトゥル、ギャリソン&ジンゴローが馬に乗った。トゥルトゥル以外は乗馬スキルがないので、グインとマオに手綱をとってもらう。
さすが百五十年も生きてるだけあって、マオは色々なスキルを持ってるな。乗馬も馬の扱いもお手のものらしい。
北側に広がる森に沿って西へ。道のない草原を、草をかき分けながら進む。ゆっくりとだが、その分周囲の景色を楽しめる。片目を閉じれば、キウイの画面で読書もできるしね。
時々、エレと念話でおしゃべりしたり、マオの恋バナに聴き入るミリアムやアリエルの様子をうかがったり。
またしばらく、まったりと平穏な旅が続くな。アニソンを鼻歌しながら。
そう思ってました。
はい、またもや過去形です。アニソンどころじゃありませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます