第二章「明るい魔族計画」
2-1.北の魔族
一緒に旅をしてて時々気づく、ミリアムの残念なところがある。
まず第一に、意外と権威に弱い。皇帝補佐官が会いに来た時は、舞い上がった挙句ガチガチに固まってたし。
第二に、かなりの面食いである。皇帝に謁見したときには一目惚れしてた。相手が妻子持ちでなきゃ、猛烈アタックしそうだった。つい何日か前には皇帝の魔王嫌疑を語ってたのに、一瞬でどこかに消えてしまったほどだ。まぁ、確かに無実だったわけだが。
帝都を出発して帝国の西へ進む旅でも、その両者が遺憾なく発揮されている。皇帝補佐官オーギュスト・メルマーク、その実体は魔王少年
まぁ、実際には彼と先代の勇者(女)のラブロマンスに夢中なのだが。ちなみに、アリエルとトゥルトゥルも同じだ。うちの女性組(一人は男の娘だが)のハートを、ガッチリ鷲掴みだな、マオくん。
いまでこそコイツは魔法で若返ってるが、当時は五十代のジーサマだ。女勇者も実際は十代の少女だったそうだから、重度のファザコンだったのだろう。みんな、都合の悪いところは華麗にスルーしてないか?
……あまり真面目に考えると、糖尿病患者の血涙みたいな甘々の液体が目からこぼれそうなので、ちょっと現実逃避する。
ちなみにジンゴローは、以前作った小物が帝都で大好評だったのに気を良くして、制作意欲が湧いてきたと言う。揺れる馬車の中での工作は危ないので、アイテムボックスの一つを作業場に与えたら、出発以来ずっとこもってる。
顔を見るのは食事の時ぐらいだが、そのたびに色々試作品を見せてくれた。
ギャリソンは今回も御者。グインは完全武装して騎乗し、馬車に並走して警護。
というわけで、マオくんの独演会を男一人で聞かされるのも嫌なので、キウイの画面にOCRした書籍を出して読書三昧だ。とはいえ、両目を閉じてるせいで、はたからはフテ寝してるようにしか見えないようなのが、ちょっと悔しい。
救いは、エレが脱皮の後は起きている時間が長くなり、念話で話し相手になってくれることだ。癒しがエレたんのみって、謎ハーレムは健在だな。
最初についた宿場町では、例の通り吟遊詩人が先回りして俺たちの噂を弾き語りしてた。なんつーか、モデル料とかふんだくりたい気がする。風説の流布って言葉、褒め殺しにも使えるのかな。
ただ、マオくんが魔王を降りたせいか、魔物の活動は目立ってきたようだ。あちこちで村や旅人が襲われたとの話も聞く。しかし、流石に元魔王の御一行様を襲う魔物がいるわけもないし、埋められた魔核の影響が弱まれば、次第に落ち着くはずだ。
てなわけで、今回の旅も平穏無事に続いていた。
そう、過去形なわけだ。
******
魔王のマオくんが(独善的ではあるものの)平和的に世界を支配下に置こうとしたのに対し、俺が知るだけで今までに三人の魔族が暴れている。
魔族とは魔王候補にもなる魔人族の貴公子。彼らは赤い魔核の呪いに負けて、くすぶらせていたどす黒い感情のままに暴れたわけだ。
と言うことは、マオくんがこっち側についても魔族には関係ないし、むしろ彼らを抑えつけていた名分が無くなったことになる。
「まぁ、その点は大丈夫でしょう。あの後、魔人たちの精神的なケアは充分しましたし、帝都から離れた地方都市や農村でのんびり過ごすように仕向けてます」
マオくんはそう言ったけど、俺は全然安心できなかった。魔王の安全神話なんてすでに破たんしてる。
相手は対価なしに強力な魔法が使えるのだ。どれだけ離れていても一瞬でやって来るだろう。心理的なストレスの種なんて、どんな所にも落ちてるもんだしね。
そして、草原の中を通る一見平和な路上で、そいつらは突然現れた。
『パターン・ブルー。魔族です』
久しぶりに聞いたな、この警報。
しかし、その魔族が三体いるとわかると、さすがに余裕が無くなる。
「非戦闘組はアイテムボックスに退避!」
エレがいる空間を拡張し、馬車ごと格納する。隠れる場所がない平原だから、ここが一番安全だ。
念のため、キウイは単独のアイテムボックスに移した。バッテリー切れ前に解決しないと。
「ミリアム、グイン、マオ、かかるぞ」
「わかったわ」「御意」「了解しました」
三人が返事をする。戦闘時だけは、マオくんも役に立つな。
キウイの探知能力によると、敵は三方から迫りつつある。北と南と東だ。考えなしに見れば西に逃げ込むだろうが、当然それを考えているはずだ。魔核に削られた魔族の脳は、妙なところで合理的だったりする。
遠隔視で見ると、西への道は途中で激しく蛇行している。慌てて逃げれば、馬車が横転してただろう。
「この三体の魔族、心当たりあるか?」
キウイのいるアイテムボックスを開いて、画面上の遠隔視の画像をマオに見せるが、コイツは
「面識があるのは魔人の時です。赤い魔核の呪いをこじらせて魔族になると、人間だった時の特徴は失われます」
なんだよそれ。つかえねぇな。
青魔核に変える「魔核変換」の術式を手に入れて、魔人や魔族を赤魔核の呪いから解放するのが、「明るい魔族計画」の根幹だ。だから、できれば魔族も殺したくない。
魔王であるマオなら説得できるかと思ったのに、まるで駄目じゃないか!
「とにかく、戦闘力を削いで抑えつけるのが目的だ。攻撃は慎重に、かつ大胆に行こう」
できれば殺したくないが、仲間の命の方がはるかに重要だ。仲間こそが家族だからね。
『魔族が接近します。肉眼で確認が可能』
……魔族を目視で確認、と来たか。
三方の空に黒い点が出現し、見る見るうちに大きくなる。律義に飛来したと言うことは、空間魔法は無しだな。
傍らでグインが大剣を抜く。ミリアムは特大火球の詠唱を開始。マオくんは油断なく三方へ視線を配る。
「マオ、まずはグインに保護の呪文を」
「了解です」
グインの体が一瞬赤い光に包まれる。身体防護の呪文だ。良く使う魔法は魔核が覚えてくれるから、詠唱なしで使えるらしい。便利なもんだ。まさしく、俺にとってのキウイだな。
「グイン、先制攻撃だ。距離が近い順に、北、東、南の順で連続転送を仕掛ける」
「御意」
「ミリアム、詠唱が完了したら北へ一発」
詠唱しながら、彼女はうなずいた。
「マオ、足止めができたら説得を頼む」
「了解です」
最後だけは気休めだ。こいつの説得が役に立った試しがない。
「グイン、行け!」
飛行中の北の魔族に、グインがランダム転送される。鍛錬のおかげで自在に操れるようになった大剣で、四方八方から斬檄と突きが魔族を襲う。
ついに魔族は片方の翼を切り落とされ、草原に墜落する。そこへミリアムの特大火球が直撃。体中の傷から炎がしみ込み、魔族は苦痛に身もだえした。
すかさず、グインの転送先を東の魔族に切り替える。そこへミリアムの大火球。さらに南へ。地面に落ちた魔族三体は、俺がゲート刃二枚ずつで地面に縫いとめた。
距離的にはギリギリだ。北の魔族の落下地点は、俺たちと数百メートルしか離れていない。
そしてマオくんのカウンセリングのお時間だ。魔族たちの傍らに転移し、何やら愚痴というか怨嗟の言葉を聞いていた。が、魔族たちは次々と絶望的な叫びを上げて、体が裂けるのもかまわずに起き上がって反撃してくる。
「マオ、ひょっとして火に油を注いでないか?」
「おかしいですねぇ。彼らよりも辛い経験をした話をして、励ましているんですが」
駄目だコイツ。自分らより恵まれている相手に「私も苦労しました」とか言われても、傷口に塩を刷りこむだけだっての。
やっぱり、マオの説得は論外だな。
魔族たちを縫いとめたのは南が数キロ先、東が二、三キロだが、どちらも力ずくでゲート刃から体を引きちぎって全力で突進してくるとあっという間だ。
遠隔視で見ると、再生が間に合わないらしく、腹から臓物をぶり撒きながら走ってる。いまだにグロ耐性のない俺には見るに堪えない。
北の魔族だけはゲート刃が片脚に刺さっていたので、その脚自体を切り落として地面を這うように近づいてくる。
「第二次攻撃。ミリアムは一番近い北へ次の攻撃を。マオは東と南に。魔法攻撃の直後に、グインを一撃離脱の転送で送りこむ。急所を一突きだ」
戦術を確実に仕留める方へ切り替える。何と言っても、家族の命が優先だ。魔核のおかげで呪文の詠唱が要らないマオには、同時に二体を攻撃してもらう。
ミリアムの詠唱が完成し、北の魔族に数えきれない炎の矢が降り注ぐ。防御しようとして体を起こす魔族に、グインが転送突撃。魔族は心臓から背中まで大剣で刺し貫かれ、その場に倒れ伏した。
残る二体も、マオの魔法の槍で地面に縫い取られる。そこへ次々にグインが大剣を振りかざす。首をはねられた魔族の体は、何度も痙攣しつつ動きを止めた。
北の魔族を再びゲート刃で縫いとめ、残る二体の首もアイテムボックス転送でこちらに送り、同様に固定する。仕留めるつもりだったが、こいつらのしぶとさもあって、再び押さえ込むことにした。
さて。今度は俺が説得だ。
「できたら君らを殺したくないんだが」
言葉にならない咆哮。かなり魔核に侵されているな。しかし、首だけなのにどうやって声を出してるのやら。魔法か?
「今のお前たちを突き動かしているのは、魔神がもたらした赤い魔核の呪いだ。俺たちはその呪いを解く方法を探している。呪いが解けても、お前たちを責めさいなむ苦しみは消えないかもしれないが、少なくともお前ら自身が自力で立ち向かうことができるし、そうなれば出来るだけ俺たちも支援したい」
実質的には何も約束していないが、少なくとも嘘はついてない。
「だから選んでくれ。この場で滅ぼされるか、辛くても自力で救いへと歩むか」
首だけになった二体の魔族は消滅を望んだ。仕方ないので、空間断裂斬で切り刻み、ミリアムの火球で灰にしてやった。本名を聞きだしておいたので、後で墓を作って名を刻んでやろう。
「オレ……生きたいです」
北の魔族だけは支援を望んだので、ゲート刃の戒めを解いてやった。尤も、マオがいつでも魔法で拘束できるよう、身構えているが。
すると、巨体がシュルシュルと縮んで行き、二十代半ばのひ弱な感じの青年になった。自ら切り落とした脚も再生している。問題は素っ裸なことだ。ミリアムが目のやり場に困ってるので、アイテムボックスから俺のローブを一着貸してやった。
魔核がどうなってるか気になったが、どういう仕組みか体と一緒に収縮している。この世界で物理法則を解いても無駄だろうけど。
「オレに人間らしく接してくれたのは、唯一人、お婆ちゃんなんだ」
魔族の悩みは、意外と生々しいもんだな。孫が可愛いのは世の常らしいし。
「お婆ちゃんとまた暮らせるなら、その間は暴れないで済むと思う」
むぅ。エリクサーがあれば、肉体すら失われた死者をよみがえらせることも不可能ではないようだが、対価だけでなく不確実性も大きいようだ。
帝都で借りた魔道書に、魔法を使う上での例として、警告が載っていた。曰く、仮に肉体を復元できても、魂は別ものが宿りやすいという。結果として、全く別の存在が錬成される可能性が高い。出典は鋼のれんき――
「わかりました。あなたのお婆様とは別人となりますが、あなたに親身となって接してくれる人に心当たりがあります」
マオが珍しくまともなこと言ってる。大丈夫かマオ?
「死と再生の神、モーフィエルの神殿には、死者の霊を宿らせて生前のようにふるまうことができる巫女がおります。そこへの紹介状を書きましょう」
イタコかよ。まー、大事なのは生きてる者の生活だからね。この旅の目的が遂げられるまでは頑張ってもらおう。
人の姿に戻った北の魔族だが、未だに赤い魔核に支配される魔人なのは変わらない。それでも、マオの紹介状を持って、指定された帝都のモーフィエル神殿に向かう彼を信用することにする。
あと、路銀として
最後に、旅で困ったことになったら連絡するようにと、遠話の魔法具を渡しておいた。帝都で購入したやつで、金貨五十枚もした。魔核が一回の使用しか持たない、使い捨てなのに。
旅の途中で二手に分かれた時の緊急連絡用に、と考えてたんだが、別働隊にマオがいればこいつが遠話を使えるので、無くても大丈夫だ。というか、この魔法具自体、マオが元を作ってた。遠話の呪文を解明したって言ってたしな。
金返せ。
北の魔族が街道を東へ歩み去った後、アイテムボックスに退避させてた非戦闘組を出してやった。ゲートから馬車ごと出てくる。グインが乗っていた騎馬も一緒だ。
「ご主人様~♡」
飛びついてくるトゥルトゥルのデコに手を当てて押しとどめつつ、皆に告げた。
「魔族のうち二体は仕留めたが、一体は説得の甲斐あって人としての生活に戻れそうだ」
一同、うなずいてくれた。さて、旅を再開するか。
******
そのあと、旅は数日平穏に続き、マオくんの恋バナも佳境に達した。例の、最終決戦前に一線を越えた話だ。あまり詳しく描くと十八禁なので割愛するが、女子組は固唾を飲んで聞き入ってた。
……俺は読書に熱中です。決して、聞き耳なんて立ててません。ほんとだよ?
やがて馬車は街道沿いの村に辿りついた。そろそろ交易路から逸れかけているので、宿場町ではなくただの農村だ。
街道の本道はこの手前で南に曲がり、大陸の南岸にある港町が終点となっているという。枝分かれした街道も、この村の先で途切れている。昔はこの先にも村があったが、魔族が暴れ出した時に放棄されたらしい。
俺たちの目指す竜の里は、この村の西に広がる草原を超えた先の山脈にある。そう記録には書かれている。街道が途切れたら、道なき道を進むことになるな。
宿場ではないのであいにく本業の宿屋はなかったが、代わりに村長の家に泊めてもらえることになった。一晩でも本物のベッドに寝られるのはありがたい。
もっともこの点は、アイテムボックスにも余裕が出てきたことから、皆が泊まれる小屋を作って、そこに入れておけば良さそうだ。後でジンゴローと相談だ。
記録を探る限り、この先に人の住む村はないらしい。なら、小屋も含めて今のうちに準備しないとな。
などと考えてたら、早速トラブルですか。やれやれ。
さあ寝よう、とベッドに横になったところへ、遠話だ。
『勇者さま、私です、エルリックです』
誰だっけ? ああ、北の魔族の本名か。早速、遠話の魔法具を使うとはな。
『どうした? 何か困ったことでも?』
『はい。最初に泊まった宿で、有り金すべて巻き上げられました』
なんだそりゃ。物騒だな。
確かに、宿屋のふりをして客の金品を巻き上げる
まぁ、俺たちには見るからに強そうなグインがついてたから、そんな連中がいても手を出してこなかったんだろうけど。
『ひょっとして、路銀に渡した大銀貨を見られたか?』
『はい、今思うと、宿代を前払いで払った時、大銀貨を出したら目の色が変わってた気がします』
迂闊だった。ひ弱な男の一人旅だ。大金を持ってると知られたら襲われるわな。小銭で渡してやるべきだった。
『今、どこにいる?』
『宿場の外の街道です。寝込みを襲われて荷物を奪われました。魔法具だけはローブの隠しポケットに入れておいたので、取られませんでした』
かなり暴力もふるわれたらしいが、魔核を暴走させずに俺を頼ってくれたようだ。
『わかった、すぐに行く』
遠話を切って、俺は起き上がり着替えた。
そして、ミリアムとマオに遠話で事情を伝える。
『あなた一人で大丈夫?』
『ああ、戦いにはならないはずだ』
エルリック――北の魔族が暴走しない限りはね。
ミリアムに安心するように言って、俺は転移の連続でエルリックのところへ向かった。キウイの対価がかなり上がるが、仕方ない。
街道沿いの木の下に、エルリックはうずくまっていた。殴られたのだろう、顔が青黒く腫れていた。魔族の再生能力は魔核を活性化させないと発揮されないらしい。活性化させれば、まず暴走する。
俺は持ってきた傷薬で手当てをしてやった。放り投げられたのか、脚や肩の打ち身も酷い。
「大丈夫か? 旅を続けられるか?」
ここから帝都まではまだかなりある。転移を何度か繰り返せば送り届けることもできる。対価が相当な量になるが、キウイなら一晩処理が重くなるくらいだ。
それでも、エルリックは言った。
「大丈夫です。今回のを教訓にします」
少しは強くなったかな、北の魔族。
路銀を小銭で渡し、転移で次の宿場まで送り届けた。宿屋に連れて行き、部屋に入るまで見届ける。そして、宿の受付で告げた。
「怪我をしているので、治るまで泊めてやってほしい。代金は前払いで」
金貨三枚を出す。うん、目の色が変わるよな。こっちは良い方に変わったようだが。
「一ヶ月後にまた来る。もし、宿代が足りなかったらその時に追加で払う。多かった分は返さなくていいから」
そこからは平身低頭の扱いだった。いや、エルリックが暴走した場合の被害を考えたら、安いもんだよ。過保護かもしれないが、最初からこうしておくべきだった。
かつての北の魔族は、もう俺たちの家族だ。
外に出ると満天の星で、東の空から細い月が昇るところだった。秋は深まり、もうじき冬だ。流石に冷えるな。
さて、ミリアムたちのところへ戻って、俺たちの旅を続けるか。
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