2-3.鹿 に叱られ
『危険感知。三時の方向より、接近する者があります』
突然のキウイの警告。
「みんな止まれ! 右側を警戒!」
言いながら、後方はるか、限界ギリギリの距離にアイテムボックスのゲートを開き、小屋を外に出す。これで容量に空きが出た。今度は目の前に開き、三頭の馬を乗っている者ごと収納する。
徒歩が戦闘組なのは僥倖だな。
俺が透明鎧、マオがグインの身体強化、ミリアムが杖を構えて戦闘態勢を取った瞬間。
進路右側の森の木々を蹴り飛ばして、巨大な牡鹿が走り出て来た。
でかい。でけーよ。
エレと出会った時のジャイアントベアもでかかったが、あれは後ろ足で立って五メートルだった。
しかし、この牡鹿は、四つ足で肩までが四メートルって、どんだけ。
しかも、念話で訴えかけて来た。
『そこの人間ども。我が娘を知らぬか!』
しかの娘? 小鹿? ……アッー!
『知っておるな。返してもらおうか、我が娘を!』
しかと知っておりますとも。エレの御飯。
「ミリアム、この魔獣、喋ってる」
「当たり前でしょ。魔核が大きくなれば、知能も上がるのよ」
しかり。エレは生まれてすぐ念話したから特殊なんだ。
しかし、エレの両親も、もしかしたら念話で喋れたのかもしれない。
『このにおい……かすかな血のニオイに混じって、娘の匂いがするぞ。さては貴様ら!』
しかたない。シラを切るのは無理らしい。
『鹿のお父さん、娘さんのことは申し訳ない。実は、かくかくしかじか』
もの凄い咆哮。鹿ってこんな声で吠えるんだ。同時に前足を踏み鳴らし、こっちへ突進してきた。俺はとっさに、奴の進行方向にいたミリアムを、開いたアイテムボックスの中へ突き飛ばした。
……回ってます。世界が回ってます。地球は丸かった。とりあえずキウイ、アイテムボックス閉じておいて。
巨大鹿に弾き飛ばされて、俺は数百メートルは宙を舞った。その落下地点には奴が先回りしてて、鋭く大きな角を振りかざしていた。
ガツン。
再び弾き飛ばされて、反対側へ。またもや待ち構えてた巨大鹿、今度は後ろ脚で思いっ切り蹴り上げて来た。
ドカン。
透明鎧のおかげで痛みも衝撃もないが、目が回る。仕方がないので目を閉じて、アイテムボックスに退避中のギャリソンに遠話した。
『今朝の小鹿の肉、他の部分はどうしたっけ?』
『若様? はい、内臓や骨は後でミンチやペーストや腸詰めにしようかと、別な器に入れて冷蔵してます。毛皮もジンゴローが加工したいというので残してあります』
そうか。とりあえず、主な部分は残ってるな。
今度はマオだ。
『伝説の治癒魔法や薬って、どのくらいなら体を破損しても直せるんだ?』
『完全に死亡していても生き返らせるのが、エリクサーという治癒薬です。腐敗しきった遺体からも生き返らせたと言われてます』
そりゃすごいな。
『バラバラになってても? 今朝、捌いちゃった小鹿とか』
『やってみなければわかりませんが、可能性は高いですね』
よし。しかと御覧じろ、だ。
『鹿のお父さん、ちょっと話があるんだが』
『話すことなどない! 娘の仇!』
またも弾かれて宙に舞う。そろそろ地上が恋しいよ。
『その娘さん、生き返るかもしれない』
『たわけたことを! そんな魔法のようなことができるか!』
あんた、魔物だろうが。なんてツッコンでる場合じゃないな。地面に落下した俺を、巨大鹿は前足でガンガン踏みつける。挙句の果てに、巨大な角でひっかけて、また放り投げた。
『俺たちは、わけがあって伝説の竜を探しているんだ。エリクサーという薬、知ってるか?』
巨大鹿が、ピタリと停止した。俺は頭から地面に墜落し、腰のあたりまで埋まった。面倒だから、このまま話す。
『竜の鱗や髭を貰えれば、エリクサーが作れる。そうしたら、何よりもまず、娘さんを復活させるために使うよ。約束する』
遠隔視で見ると、巨大鹿がこっちをじっと見つめてる。
……あの、そこは俺のケツの穴のあたりなんですが。
『本当か? 本当に娘を生きて返してくれるのか?』
正直に話そう。
『絶対確実とは言えない。失敗するかもしれない。もし失敗したら、俺と一対一で勝負しよう』
そうなったら確実にこの巨大鹿を殺すことになるが、後でスタッフと美味しくいただくよ。食べて供養ってのがあるからね。
『わかった。約束だぞ』
腹を決めるしかないな。俺はミリアムに遠話をかけた。
『ミリアム、聞いてたと思うけど、契約の呪文を頼む』
『……わかったわ』
その前に一つ、やっておくことがある。
『まず、グインに頼んでくれる? 俺を地面から引っこ抜くように』
相手にケツを向けて契約ってのは、さすがにケツレ……いや、失礼だからな。それに、そろそろ息が持たない。
みんなと馬たちをアイテムボックスから出し、代わりにはるか後方に出した小屋をもう一度収納する。
そして、皆の見ている前で、俺と巨大鹿は契約を交わした。
「……契約、タクヤ・イシカワは、エリクサーの製法と材料を入手次第、ゲオルンの森の
俺と巨大鹿を白い光が包んで消えた。ゲオルンてのは、この森の名前か。
『人間よ……いや、タクヤ。娘のことをよろしく頼むぞ』
まるで嫁に出すみたいな口ぶりだな。
『もちろんだ。必要なものが揃ったら、この場所に飛んで帰るから』
『ここだな』
ドン、と凄い音を立てて、巨大鹿は足を踏み鳴らした。その足元の草は消し飛び、地面が見えている。足を退けると、先が割れた
ミリアムが目を見張った。
「これが
どんな急斜面でも泥沼でも駆け抜ける魔法を応用したものらしい。絶対に風化しない目印だ。
俺たちは巨大鹿に別れを告げて西へ向かった。昼までに行けるところまでいかないとね。
火傷の少女に、お肉にしちゃった小鹿ちゃん。だんだん、助ける相手が増えていきそうな感じだ。竜の鱗が沢山手に入ると良いんだが。
******
その日の午後。
トゥルトゥル達と交替で、俺は馬上で揺られている。馬に乗ったのは、観光地でちょっと乗せてもらって以来だ。これを機会に、乗馬を習うかな。この世界では役に立つだろうし、なんとなくカッコイイw
しかし、あの小鹿は俺の失敗だった。俺がトゥルトゥルの狩りに付き合わなければ、あいつは小鹿を解放していたはずだ。さらに、捕まえる前にキウイに魔力探知をさせれば良かった。小鹿の魔核はグインたちが見落とすほど小さかったようだが、魔力ははっきりと分ったはずだ。人間なら気を利かせることもあるが、AIに過ぎないキウイは命令されたことしかできない。
だから、約束はしっかり守らないとな。キウイの画面のTODOリストに小鹿のこともしっかり書いておこう。
今の馬上組は俺とミリアムとアリエル。手綱を取るのはグインとトゥルトゥルとマオ。加えて、ギャリソンとジンゴローが徒歩組だが、ジンゴローは現在、アイテムボックスの小屋の中だ。
アリエルがずっと馬上なのは、御美脚が不調だからだ。どうも、関節が摩擦で減ってしまったらしい。椅子モードは大丈夫だが、真っ直ぐ立とうとすると、左右で脚の角度が合わなくなってしまうのだ。魔法の手でバランスが取れるが、そもそも魔力軽減のための装具なので、これでは本末転倒だ。
そんなわけで、ジンゴローに修理を依頼した。アイテムボックスの小屋が作業部屋になっている。ベッドや荷物があって狭いが、幸い、彼は体が小さいから問題ない。もし、材料が足りないとか魔法の手助けが欲しい場合は、一緒にいるエレに合図するように言ってある。
で、早速エレが念話してきた。
『パパ、あのね、ジンゴローおじちゃんがてをふってる』
『わかったよ、エレ』
自分の右側にゲートを開く。空中に小屋が浮かんでいるのは、なかなかシュールだ。そのドアが開いて、ジンゴローが顔を出した。
「旦那、右脚の腰の関節がすり減ってますぜ。軸も軸受けも。手持ちの部品じゃ、賄いきれませんわい」
「そりゃ困ったな」
金属製の材料も、加工用の工具も、旅の荷物には十分に入れていなかった。木材と違って街でしか手に入らないのだから、もう少し買っておくべきだったな。以前、馬車の車輪の軸受けが壊れた時に、仕入れておくべきだった。
「ご主人様、私なら大丈夫です。歩けます」
後ろの馬からアリエルが言うが、そうもいかない。
「いや、何とかしてちゃんと直すよ。そもそも、自分が作ったものがきちんと動かないのは、技術者として我慢ならないからね」
プライドってやつかな。いや、そんな御大層なもんじゃない。単に、キモチワルイというだけのことだ。
「で、材料とかどうしやすか?」
ジンゴローに指摘された。
現実は厳しい。必要な材料は、結構分厚い鉄製の金属板。これを曲げて穴をあけたものが軸受けだ。そして、その穴にピッタリな直径の金属棒。これが軸になる。軸が抜けないように止める金具と、滑りを良くするワッシャはそのまま使えるだろう。
「代用品があればなぁ」
アイテムボックスの中を探す。メニューのパネルは百分割になり、一度に出すのは多すぎるので、スマホの画面のようにフリックで上下左右にスクロールするようになっていた。確かこの中に、これと同じくらいの金属板と金属棒が……あった。
正確には、金属板は平均で倍くらいの厚みがあったし、金属棒は二メートル近くあった。
いつか使うかと思って帝都で買った
昼の休憩で馬から降りると、アイテムボックスから
よし。
まず、先端の刃の部分をゲート刃で切り落とす。そして、柄の部分を正確に必要な長さで切る。次に、刃の部分を必要なサイズに切り出す。しかし、刃の断面は、当然刃先が薄く尖ってて反対側は厚い。そこで、水平に出したゲート刃で余分な厚みを削ぎ取る。これで完全に平らな金属板ができた。
今回は、左右の軸受け二つを一気に作る。どうせ、片方が傷めばじきにもう片方も傷んでしまうからね。
続けて、この金属板をコの字型に曲げないといけない。当然、元が刃だからそうそう曲がらない。と言うわけで、ミリアム先生に頼もう。
「ミリアム、ちょっといいかな?」
「何かしら」
おっと、アリエルの手も借りないと。
「アリエルも来てくれるか?」
空中を泳いでアリエルが来た。さすがは人魚だな。絵になる。だが、御美脚は分解中だから座れないので、アイテムボックスのゲートを出して、その上に横になってもらった。
「今からミリアムに、この板を焼いて柔らかくしてもらうから、魔法の手で持っていてほしいんだ」
温度は大体数百度になるはずだが、魔法の手なら熱くないし、しっかり支えられる。
さて、この金属板をミリアムの火魔法で真っ赤になるまで熱する。それを水平に出した三枚並べたゲートの上に置いてもらう。この時、位置決めをきちんとしないと全部パァだ。位置が決まったら、右端のゲートを九十度上へ回転させる。次は左端のを同じように回転させる。金属板は美味い具合にコの字に曲がった。これをもう一つ。
いい感じに曲がった金属板は、砂の上に置いてゆっくり冷ます。
ここで、ギャリソンから昼飯ができたと告げられた。残りは食後だ。
昼のメニューは、朝の残りの雉の串焼きと野兎のシチューだった。念のため、例の小鹿の肉やその他は、別なアイテムボックスで冷蔵していることを確認した。これを間違って食べちゃったらエライことになる。
午後は、出発前に軸受けの穴をあける必要がある。そこまでやれば、後はジンゴローが組み立てられるはずだ。
次に穴あけなんだが。意外とゲート刃でも出来るかもしれない。試してみよう。
コの字にした金具をぴったり揃えて重ね、上下と真ん中の横の板を、穴の位置を避けてゲートで支える。横からも、二枚のゲートを垂直に出して挟み込む。そして、穴の直径と同じ幅のゲート刃を上から垂直に押し当て、回転させながらまっすぐ下に落していった。
思った通り、細かい金屑をまき散らしながら、金属板に穴が穿たれて行った。ゲート刃によるボール盤と言うわけだ。こりゃ、工作の幅が広がるな。
そして、あとは移動中にジンゴローに任せて組み立ててもらう。
今度はギャリソンとジンゴローが馬上の番だが、ジンゴローが小屋にこもってるのと、俺が疲れているとギャリソンが言って聞かないので、また俺が馬上だ。昼を食べ過ぎたせいか、しばらく馬上でうとうとしていたら、エレが念話してきた。
『パパ、ジンゴローおじちゃんがてをふってる』
『んがっ? ああ、分ったよ、エレ』
空中に出現した小屋のドアから、ジンゴローが御美脚を手に出て来た。
「組みあがりましたぜ、旦那!」
「よし、小休止!」
俺は馬から降りて御美脚を受け取ると、アリエルの馬のそばに行った。地面に御美脚を置き、しゃがんだ状態にする。
「アリエル、乗ってみて」
彼女はうなずくと、空中を泳いで御美脚の上にやってきた。ドレスをたくし上げて魚のような尾を後ろに跳ね上げる。そこで、固定のための皮ベルトを、全部器用に魔法の手で止めていく。
「立ってみて」
アリエルはうなずくと、すっと立ちあがった。自然な動作に見える。ドレスの裾をはなし、一歩一歩、確かめるように歩く。そして、真っ直ぐに直立。
「いい感じです。軋みもがたつきもありません。ありがとうございます、ご主人様」
スカートをつまんで腰を落とし、一礼する彼女。良いもんだ。
その後、夕方まで彼女は歩きつづけていそいそと仕事をしたが、魔力の対価はごくわずかだったようだ。きちんと体重を支えられている。寝る時になって外した御美脚を調べたが、軸受けは全くすり減ってなかった。さすがは斧槍の刃だっただけあって、頑丈だ。
しかし、工具がなくとも魔法があれば結構作れるものだ。いや、場合によっては工具以上かも。落ち着いたら、魔法の鍛冶屋とか開いてみようかな。
ああ、エリクサーが本当に作れたら、魔法の薬屋もだな。帝都で仕入れた錬金術の本を読んでおこう。
今度こそ、まったりとした旅を。
……なんて思うのが多分フラグなんだろうと、最近やっと理解しました。はい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます