2-4.竜の落とし前

 前方に、西の山脈が見えて来た。

 この大陸の西の端にある、南北に連なる山々。多分、プレートテクトニクス的に、マントル対流がここでぶつかりあってどーのこーのと、「凄い力で盛り上がります!」なイベントが目白押しだったんだろう。なにしろ、どの山も八千メートル級、最高峰は一万メートルですぜダンナ。一万メートルなんて成層圏すよ、成層圏。


 てなわけで、この山脈は古の竜ですら谷沿いにしか飛べない地域。言い換えると、この世界の全ての生物から見て、難攻不落の要塞、と言うことになる。

 何しろ、谷沿いの道は狭く、大群でも一列縦隊でないと進めないほどらしい。なら、確固撃破されてしまうから、はるかな寡兵でも防衛できてしまう。

 「三百人!」なわけだ。


 ましてや、この谷に住むのは竜……人を襲うのが大好きな「邪竜」と呼ばれる魔物だ。そりゃ、難攻不落どころじゃないよね。絶対不可侵なほど。

 だけど、そうなるのは谷に入ってからだと思ってたんです。


 ええ、甘かったです。間違って糖尿病患者を襲っちゃった吸血鬼並みに。


******


 珍しく、キウイが曖昧な警告を出した。

『前方より接近する者あり。マギは回答を保留しています』

 マギって誰だよ、てのは置いといて。


 探知能力では正体が分からないと言うことだ。キウイが今まで出会ったことがない敵。なら、魔族ではない。しかも、これだけ遠方で探知した魔力を持つ者というと……竜なの?


『パターン・イエロー。竜です』

 ちょっと待て! パターン・オレンジが人間までは出所に心当たりあるけど、イエローってなんだよ? 誰が決めた? インストールか? 例のモジュールってやつか? MSがWin10売り込むための戦略か?


 思わず「アンインストール♪」とか脳内BGMがかかるのを必死に押さえて、現実に……理不尽世界ファンタジーワールドの現実に向き合うんだ。

 今時、最高のリアルが向こうからやってきやがった! 今の僕には理解できない!


 馬から飛び降りて叫ぶ。

「非戦闘組は前方のアイテムボックスへ。戦闘組は下馬し、マオは俺以外に保護呪文を!」

 恐れを知らない戦士のようにふるまうしかない!


 いつものように限界距離の後方に小屋を出し、空いた空間にみんなをかくまう。


 何しろ竜だよ。勇者ですらたじろぐほどの戦闘力の塊。魔王ですら青ざめるほどの、無限の魔力。だってほら、マオくんがまさにそうだから。


 だめだ。余りの事態に、どうも現実味が薄れてる。


「キウイ、透明鎧を起動」

 肝心の防御を起動して無かった。キウイが反応する。

『イエス、マスター』

 大事なことを忘れてた。

「アイテムボックス、閉じろ!」

 その直後、世界は暗転した。


 みんな間に合ったのか? 遅かったのか?

 そればかりが気がかりで、肝心の自分がどうなったかに思いが至らない。

 なんてことだ。古代の竜を探し求めるなら、その前に、はるか前に、現代の竜に出会うはずじゃないか。

 その現代の竜は、好んで人間を捕食する魔獣じゃないか。しかも、強さだけは古代の竜にも引けを取らない、最強のモンスター。


『キウイ、状況報告を』

『マスターは今、邪竜の胃の中です』

 丸呑みされたのか。胃もたれするぞ。


『非戦闘組は損害軽微です。アイテムボックスを閉じるのが遅れましたが、ブレスを背面から受けたので、回り込んだ炎でトゥルトゥルが軽い火傷を負っただけです』

 良かった。それは良かった。火傷は可哀想だけど。


『戦闘組は?』

『ブレスをまともに浴びたのは、一番前にいたマスターです。グイン、ミリアム殿は、マオ殿の保護呪文で、無傷です』

 気になる。それだと……


『マオはどうなった?』

『精神的に激昂し、魔王としての全ての権能で邪竜を攻撃してます』

 おいおい、腹の中の俺は無視か?


 遠隔視起動。おう、この紫色の魔族が、ひょっとしてマオくん? やべーな、魔族化が極限まですすんでるじゃん。身長五~七メートル。体重五~五十トン。巨体が唸るぞ空飛ぶぞ。


 ミリアムとグインは、とりあえず戦線を離脱し、距離を取っているらしい。それでいい。こんな怪獣大決戦に巻き込まれたら、命がいくつあっても、保護の呪文がどんなにあっても足りない。


 とにかく、脱出しないとな。ゲート刃を出現させる。ドラゴンの腹を断ち切る方向で。

 何かすごい咆哮が聞こえた気がしたが、気のせいだ。とにかく生じた隙間を、光りある方へ身体をねじ込んだ。

 いきなり、明るい虚空へ放り出された。


 最初の印象は「すげぇ、高いな」だった。次に急速に地面が迫って来るので「うわ、潜りすぎる」だった。巨大鹿のお父さんに跳ね飛ばされたのが数百メートル、それでも頭から突っ込んで腰まで潜った。これ、どう考えても数千メートルはあるでしょ?


 なので、地下深くに潜ると厄介なので、両手両足を広げて体を水平にし、潜りにくくしようと頑張ったんですが。

 結果として、漫画とかでよくある、地面に人型の穴をあけて潜り込む、てのを実現してしまいました、はい。


 これが、脱出しにくいのなんのって……

 何とか地面近くまでもがいて出たところで、グインに遠話で声をかけ、引っ張り出してもらった。

 やっと地面に降り立てた。あー、眩暈がする。


「我が君、無事なご帰還、感謝に堪えませぬ……」

 またもや片膝ついてグインが。いや、それはいいからさ。

 ほっと溜息ついたその瞬間。


 おう、また世界が揺れた。今度は何かと思ったら、ミリアムだった。何か叫んでるみたいだが聞こえない。

 ああ、そうか。透明鎧が起動してるんだ。これ、音を通さないんだよな。ため息を吐いたばかりで、息も苦しいし。


『キウイ、透明鎧を解除、いつでも起動できるように待機状態へ』

『イエス、マスター』

 その途端、もの凄い音の洪水が押し寄せて来た。そして、新鮮な空気。


「バカバカァ! 食べられちゃうなんて、死んだらどうするのよ!」

 全力で叫んでるのは、ミリアムですか。涙でぐしゃぐしゃの顔だ。心配かけちゃったね。……って、これはデレか? ついにデレてくれたのか?


「ぼかぁ、幸せだなぁ」

 思わず声に出てた。

「何言ってんのよ! 馬鹿なの? 死ぬの?」

 思いっ切りひっぱたかれた。なぜか透明鎧は防いでくれませんでした。痛いです。


 ……そうだな。まずはマオくんを何とかしないと。

 視界の隅で、空から降り注ぐビーム兵器のような攻撃が大地を抉ってるし。

 振り仰ぐと、大怪獣空中決戦ですか? な感じで、巨大な影が二つ、追いかけあい、ぶつかり合い、炎や謎の光線を発射し合ってた。

 なんか、激しすぎて現実感がわかない。

 大事な仲間はアイテムボックスの中だし、グインもミリアムも保護呪文が効いてるし。このドラゴンのブレスなら亜空間鎧で耐えられるとわかったし。最悪の危機はなんとかなったな。


「じゃあ、ちょっと行ってくるから」

 ミリアムを引き剥がして、グインに預ける。

「全力で彼女を護れ」

「御意」

 よし。行くか。


 転移。二大怪獣の真ん中に飛び出し、ゲートの足場に踏ん張って叫ぶ。

「あいや待たれいご両人! ここはひとつ、俺の顔に免じて」

 暗転。またもや地上が迫って来る。

『キウイ、状況説明を』

『マスターは左右から同時にブレスと光線を浴びせかけられ、足場から弾き飛ばされました』

 ちっ、頭に血が上って、俺が目に入らんのか。

 なら、実力行使あるのみ。


 ゲートの足場を下の方に作り、ダン、と降り立つ。いえ、墜落です。尻餅の形で。

 そうか、さっきもこうすれば潜り込まずに済んだんだ。


 そこから再び両者の間に割って入って、特大のゲートを上空に二枚、水平に出した。

「空間断裂ハリセン!」

 技名を叫ぶと同時に、ゲートの平面で大怪獣二頭を打ちすえる。


 ……あ、強すぎた?


 マオも邪竜も、地面に叩きつけられてその形の穴を穿ってら。


******


「まったく、お前が暴走してどうするんだよ。魔王としての自覚はあるのか?」

「申し訳ありません。あなたが食べられてしまったので、つい……」

 マオは少年の姿に戻って正座。


「俺は魔族以上に、煮ても焼いても食えないの」

 ……そう言えば、北の魔族と違って、マオは巨大化して戻ったら服を着てたな。どんな魔法だよ。


 次に、邪竜の方だ。

「お前も、相手を見つけるや否や襲ってくるって、どんだけ戦闘狂バトルジャンキーなんだよ。万魔物ばんぶつ霊長れいちょうじゃないのか? 古の竜が嘆くぞ」


 こっちは犬の「お座り」のポーズだ。叱られた飼い犬のようにうなだれてる。「お手」とかやったら従いそうだな。悲し気に唸ってる。

 しかし、俺が切り裂いて脱出した胃のあたりは、もう治っているらしい。さすがは竜だな。というか、ゲート刃は鋭すぎるから傷口の治りが早いと、黒魔族も言ってやがったな。


『キウイ、竜語は解析できそうか?』

『マスター、今のところ言語的要素は見出せません』

 言語を失ってるのか。教育の問題だな。

「とにかく、これ以上暴れるんなら、俺が許さないからな。細切れにして炎で焼いて食っちまうぞ」

 俺の言葉が理解できたかどうかわからないが、邪竜は必死でうなずいてる。

 ……竜って、脂汗流すんだ?


「マオも!」

「……はい」

 よし、いい返事だ。


 でも、悪い竜にはお仕置きが必要だな。

 竜の落としタツノオトシ前、を払ってもらおう。


「罰として、髭一本と鱗一枚を供出しろ」

 小鹿ちゃんのエリクサーくらい作れるだろう。

 ……おう、スゲー脂汗だ。これ、薬か何かにならないか? こっそり、アイテムボックスで受け止めてみる。


「どっちの髭を切って欲しい?」

 ぎゅっと目を閉じて、邪竜は左の髭を指さした。

「よし」

 アイテムボックスで切り取る。「キュン」とか鳴きやがった。

「次は鱗だな。どこを引っぺがして欲しい?」

 自然に抜け落ちたので構わないはずだが、これは罰だからね。

 また凄い脂汗だが、目をつぶって尻尾の付け根あたりを指さした。震えてら。

「よし、わかった」

 鱗に手をかけてよじ登り、透明鎧を起動しておもむろに鱗を剥がした。


 鎧を解除したら、悲痛な咆哮が周囲に響いていた。むぅ、付け根に血がにじんでるな。さすがに痛かったか。お。竜の目にも涙が。こっちもアイテムボックスでゲットだ。


「お仕置きはこれで終わりだ。もう暴れるなよ」

 何度もうなずいている。こうやって見ると、エレの兄貴分な感じがしないでもない。


「次に、これは命令じゃなくて頼みだ。俺たちは古の竜を探している。居場所を知っていたら教えてくれ」

 しばらく固まってた邪竜が、また脂汗を流し始めた。結構、きつい臭いだぞ、これ。別なアイテムボックスに採取しておこう。


「分らないなら仕方がない。罰したりしないから安心しろ」

 ぐったりしてるな。あまり苛めても可哀想だ。

「なら、他の竜にも聞きたい。竜たちが集まって棲む場所はあるか?」

 うなずいてる。少し元気になったな。

「じゃあ、案内してくれ」

 またうなずいてる。尻尾をパタンパタンと打ち据えるのは、恭順の印だろうか。


 俺はミリアムに言った。

「竜の里のようなものがあるらしい。ちょっと行ってみてくるから、みんなと一緒にこのまま進んでくれ」

「大丈夫?」

 心配してくれるのか。嬉しいねぇ


「みんなで訪れて安全かどうかを先に調べたいんだ。確認できたら、すぐに戻るよ」

 古の竜との邂逅は、大事なイベントだからね。一人で体験しちゃもったいない。

 アイテムボックスを開いて、中に退避していたみんなを呼び戻す。

「ご主人様~♡」

 相変わらずなトゥルトゥルのデコを押さえつつ、みんなに告げる。

「俺はこれから、一足先に竜の里を偵察してくる。みんなはこのまま進んでくれ」

 一同うなずく。

 気になってたトゥルトゥルの火傷だが、右手に包帯をしているだけだった。氷で冷やすのが一番だから、ミリアムに頼んだ。


 そこへ、ギャリソンが手を上げた。

「若様、そろそろ日が沈みますので、よろしかったら小屋を出していただけますか?」

 そうだな。やっぱり小屋で休みたいよね。いや、俺もだけど。

 しかし、折角大人しくなった邪竜を一晩も留めておくのは問題だし、エサくらい食わせてやりたいが、多分手持ちの肉が一気に無くなる。


「わかった。小屋と必要なものは出してから行こう。朝になったら、全部小屋の中にしまっておくように。戻ってから回収するから」

「ありがとうございます、若様」

 俺は限界距離の後方に出しておいた小屋をアイテムボックスに収納し、こちらのすぐそばに出した。邪竜もこれには驚いたようだ。

 西の空は綺麗な夕焼けだ。明日も一日晴天だろう。


「ベッドはそのままで、調理や食事は屋外でいいか?」

「問題ありません、若様」

 テーブルと椅子を小屋の外に出す。これは出しっぱなしだな。

 あとは水と、夕食と朝食の分の食材だ。蓋のできる皿に出しておこう。俺とエレの寝床に置いておけば、カーテンもあるから虫もよらないはずだ。


「じゃあ、行ってくる」

 皆に見送られて、俺は邪竜によじ登った。

「グルル?」

「案内してもらうついでだ。乗せていけ」

 うなずいてる。


 おっと、忘れてた。

「マオ」

「なんでしょう?」

「もう立っても良いぞ」

 ずっと正座しているとはな。意外と律儀な奴だ。


 コイツの知識が役立つかもしれないが、また何かあってあっちで怪獣大決戦になったらたまらない。遠話で話せるから、こっちに残すことにしよう。コイツからも遠話がかけられるから、みんなに何かあってもすぐに駆けつけられるしね。


「じゃ、ちょっと行ってくる」

 さて、竜の里を訪問だ。


 俺は邪竜の背に跨って、沈む夕日に向かって飛び立った。

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