2-5.キリコの山とタツノコの里
左右にそびえる山々の山頂が、赤い夕陽に照らされてキラキラと輝いている。万年雪か、と思ったが、どうも光り方が鋭い感じだ。
「なぁ、竜くん」
「あの山の光ってる所まで飛べるか? 何が光ってるのか知りたいんだ」
うなずくと、竜は急上昇した。
俺は慌てて鱗にしがみついたが、全部後ろに向けて生えてるから指が滑る。そうしたら、指が引っかかる鱗があったので、そこに指をかけてぶら下がった。
途端に、邪竜が悲鳴を上げて暴れ出す。
空中に放り出されたので、ゲートの足場を作ってそこにハリウッド・ジャンプ! いえ、顔から突っ込みました。透明鎧を起動しておいて良かった。
しばらくすると、邪竜が戻ってきた。首筋のところを指さして悲し気に鳴いている。
「そうか、逆鱗ってやつだったのか」
一枚だけ、逆方向に生えてる鱗があるっての、本当だったんだな。うっかりぶら下がって、剥がしてしまったらしい。
今手に持ってるのがそれだ。A4のファイルくらいある。戻してもくっつかないだろうから、アイテムボックスにしまおう。きっと上質のエリクサーになるだろうさ。
再び、邪竜に跨る。これだけ従順なら、邪竜って呼ぶのも可哀想か。名前をつけてやろう。
「お前の名前、エルマーでどうだ?」
グルル、と唸ったが、猫が喉を鳴らすみたいな感じだ。気に入ってくれたか。
はて、エルマーは竜と仲良くなった男の子だったかな? まぁいいか。
「よし、じゃあエルマー。あの山の上の方の、光ってるところまでゆっくり頼むよ」
今度は緩やかに弧を描いて上昇してくれた。そして、白く輝く山腹のすぐそばで
「これは……」
雪でも氷でもない、ガラスの切り小細工のような岩だ。いや、正八面体の結晶の集合体。
「ダイヤモンドかよ!」
石炭の層かなにかが、地殻変動で高温高圧にさらされてできたのだろうか。握りこぶしほどもあるダイヤの結晶が無数にあった。早速、一抱えほどをアイテムボックスに収納する。
切り小細工のように輝くこの山脈の山頂すべてが、ダイヤモンドの原石とはね。
さすがに空気が薄い。まだ山の六合目くらいなのに。人が自力でここまでたどり着くのは、まず不可能だろうな。
「ありがとう、下におりていいよ」
エルマーは高度を下げて、谷沿いに山脈の奥へ向かった。
曲がりくねった谷をしばらく飛ぶと、谷間が広がって平地となった。緑の草原のそこここに、何頭もの竜が横になっている。エルマーが一声吠えると、みな頭を起こしてこちらに目を向けた。
エルマーが着地したので、俺は草地の上に降りた。おや、空気が暖かい。谷の外は、そろそろ雪が降りそうな寒さなのに。ここはまるで春のようだ。
「あー、どうも。お休みのところお邪魔して済みません」
人語が通じるかどうかわからないが、丁寧に接することに越したことはないよね。
すると、こっちを向いていた竜の一頭が雄たけびを上げ、いきなり突進してきた。エルマーは、すかさず上空に退避。こいつめ、自分だけ逃げたな。
暗転。ブレスか、丸呑みか。
キウイに聞こうかと思ったが、すぐに透明鎧に戻った。周囲の草が焼け焦げてるから、ブレスだな。
「俺は旨くないから、食べない方がいいぞ」
自己申告してるんだが、聞いてくれない。大きさから見て、こいつらはエルマーの兄弟たちなんだろうか。兄弟そろっての
今度は尻尾の強打だ。草地を何度も弾んで転がる。まったくもう、目が回るじゃないか。そこへ上空から落下して踏みつけ。地面にめり込む。くそっ、そこまでするならお返しだ。
転移で距離を取り、大きめのゲートを竜の上に出す。
「空間断裂ハリセン!」
竜を思いっ切りはたいて、地面にめり込ませてやった。
ちなみに、技の名前はキウイへのコマンドだ。別に叫ばなくてもいいんだが、気合いだ。
キウイのCPU処理量もかなり跳ね上がったが、まだ余裕がある。やはり竜と真正面から戦ったら持たないな。
******
襲い掛かってきた竜は、文字通りへこんだようだ。
俺の戦いぶりが他の竜たちの興味を引いたのか、みんな近寄って来る。さすがに戦意は削がれたようで敵意は無さそうだが、なかなか迫力があるな。
「俺はタクヤ。見ての通り、ヒト族です。どなたか、念話でも話ができる方はいませんか?」
すると、竜たちの背後から、ひときわ大柄の一頭が首を伸ばし、顔を近づけて来た。
『この「竜の子の里」にヒトが訪れたのは幾千年ぶりだ』
竜が子育てするための里なのか、ここは。エルマーはまだ若いんだな。さしずめ、この竜は養育係か。しかし、
「あの、百年ほど前にもヒトが来てませんか?」
勇者の別働隊が来ているはずなんだが。
『ああ、あいつらか。谷の入り口で脅したら、姿を消しおった』
なんだろう? 透明化の呪文でも使ったのかな? まあいいや。
「俺がここへ来たのは、取引がしたいからなんです。太古の魔法について教えてほしいんです。引き換えに、山羊と牛と酒を山ほど持ってきますよ」
『ふむ。古の盟約を復活させたいのか?』
お、話が早いな。
『だが、太古の魔法となると、長老様くらいしかご存知ないだろう』
うむ。やはりそうか。
「その長老様には会えますか?」
こんな時、竜も頭を掻くのか。
『この谷の一番奥におられるが、もうずいぶん眠っておられる』
そうなんだ。年寄りだろうからねぇ。
「なんとか会わせてもらえませんか?」
『会わせるだけならな。あとはお前次第だ』
やはりそうなるか。
百年前の別働隊は、まるで相手にしてもらえなかったようだからね。俺なんて、若い竜にはモテモテで困るけど。
おっと、もう一つ。
「仲間の人間たちを、この里に入れても良いでしょうか? 危害は加えませんし、里を荒らしたりしないことをお約束します」
竜は俺をしばらく見つめてから答えた。
『いいだろう、お前の仲間なら信用しよう』
やれやれ。先に俺だけ来て良かった。下手をしたら、谷に入った途端にブレスの連発を喰らってたかもしれない。
しかし、竜は意外と赤魔核の影響が少ない気がする。普通の魔物なら、どれだけ反撃されても死に物狂いで襲ってくるのに、意外と諦めが早いというか。念のため断面透視で確認したが、みんな、魔核は赤かった。
さてと。お許しが出たからみんなを呼ぼうかと思うんだが、もうすっかり暗くなってる。疲れてるだろうし、明日の朝の方がいいな。状況だけ伝えておこう。
『ミリアム、起きてる?』
『タクヤ! いまどこ?』
やや緊張した感じが伝わってきた。心配させちゃったかな。
『竜たちの里に無事についた。ちょっと激しい歓迎を受けたが、すっかり受け入れてもらえたよ』
少々端折ったが、許容範囲だよね。
『よかった。みんな心配で、なかなか寝付けないでいるの』
『朝になったら迎えに行くよ』
『あなたは?』
周りを見渡して、ミリアムに答えた。
『竜たちと、ちょっと宴会でもするさ』
やっぱり、お近づきの印には手土産だよね。手ぶらで来ちゃったけど。
******
転移を何度か繰り返して、数日前に通った農村に戻る。ここには確か、沢山の牛や山羊が放牧されていたはず。今は夜だから、全頭、畜舎にいるようだ。
「夜分すみません。お宅の家畜を全部買い取りたいんですが」
呆気に取られている畜産農家の主人の前に、金貨の袋を出す。
「いや、しかし」
「捕まえるのと運ぶのはこちらがやります。どうしても手放せないのがいたら、それだけ別に
もう一つ、金貨の袋を出す。
ようやく納得してくれた。
もうじき子を産む牝牛と牝山羊を残して、あとの数十頭を買い取ることで話が付いた。それらだけを、畜舎とは別の納屋に移して貰う。
「じゃあ、後はこちらでやります」
面食らってる主人の前で、畜舎の扉を閉める。
さて、しまっちゃうおじさんですよ~。
畜舎の柵で区切られている単位で、どんどんアイテムボックスに格納する。容量が増えると本当に助かる。
再び、転移で「
「みなさん、どうぞお食べくださいな」
竜たちがどよめいた。
『これはまた、気前が良いなヒトの子よ』
「あとは酒ですね」
今度は酒蔵のある村まで転移。
夜中の訪問者に驚くのは当然だが、金貨の袋にものを言わせて倉庫にあった樽酒を全部買い取った。
主人を誤魔化して倉庫から出てもらい、またアイテムボックスへ。そして「
うーむ、そろそろキウイの対価が気になってきた。
転移の合間に、キウイの画面を覗く。タスクマネージャのパフォーマンスグラフは六十パーセントを越えていた。だが、里に戻るくらいなら大丈夫だろう。
里に戻ると、まさに文字通りの血沸き肉躍る宴の真っ最中だった。竜たちの食いっぷりは、本当にダイナミックだねぇ。
例の養育係の竜も、牛を丸ごとガツガツ食べてる。グロ耐性がないから、俺はあまりそっちは見ないようにして、念話で話しかけた。
『あのーお酒もお持ちしましたが』
『おお、ヒトの子よ、気が利くではないか。やはり、肉には酒が合う』
目の前に樽を出し、上辺をゲート刃で水平切りする。ちょっとこぼれたかな?
しかし、竜はあまり細かいことに拘らないようだ。早速、かぶりついている。
『うむ、良い酒だ。何百年ぶりかの』
えーと、あんたさっき、人間がここに来たのは何千年ぶりとか言ってたよね。さては人里襲ったな?
まぁ、もういい加減時効だろうけど。
未成年竜の飲酒はどうなのか気になったが、その辺の判断は竜に任せよう。竜たちの横に樽酒を出してやり、ゲート刃で開けてやる。うむ、みんなゴンゴンいってるな。
ちょっと食欲減退するシーンもあったが、さすがに俺も腹が減ってきた。アイテムボックスを探ると、昼の残りのシチューがあったので、それと黒パンで遅い晩飯とした。樽酒も一つキープだ。……と思ったが、さすがに飲み切れないから、自分の分を素焼きのゴブレットに注いだら、残りは竜たちにやった。
アイテムボックスのおかげでシチューは熱々だったし、酒もなかなかイケる味だった。
「ところで、エルマー……俺が乗せてもらってきた竜なんですが、なんで谷の外に出てきたんでしょう?」
あの竜は唐突に表れたので、養育係の竜に聞いてみた。
『我々竜は、強力な魔法が使われると感じ取ることができる。ここしばらく、東の方に強い奴がいる、という感じがしておってな。あいつは
ふーむ。元々が太古の魔物だからなんだろうか。
「俺より強い奴に会いに行く!」はリュウだっけ? ケンだっけ?
さらに養育係が念話で色々と昔話を始めたので、適当に相槌を打ってるうちに、どうも酔いつぶれて寝てしまったらしい。
おかげで、えらいことになった。
『……警告! 警告! マスター、起きてください』
キウイの念話、うるさい。
『マスター、対価処理が九十パーセントを越えました』
対価? ……一気に目が覚めた。
『そんなに魔力を何に使った? 寝る前でも七十を切ってたぞ』
目を開けても真っ暗だ。まだ夜中か。いや、星も何も見えない。亜空間鎧の中か! そういえば、息苦しいし。
『キウイ、状況を』
さすがに反応が鈍い。返事の言葉も間延びしている。
『マスターは竜の下敷きになってます』
遠隔視を起動すると、もう空は明るくなってきていた。上空からの視点ではあの養育係の竜が横たわる姿しか見えない。
こいつめ、俺を寝押ししやがったな。
竜に念話する。
『もしもし、竜さん、起きてください』
ダメだ。よっぽど飲んだんだろう、起きやしない。
仕方ないな。自力で這い出るか。しかし、下手に力を入れると、竜を傷つけかねない。
なるべく手足が竜に当たらないように気を付けて、俺は匍匐前進した。しばらくして、ようやく鎧が解除された。新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。
同時に、亜空間鎧になってた原因も判明。酔っぱらった竜の体温は、風呂のお湯よりも熱くなってた。触れたら火傷しそうだ。
『キウイ、今の対価は?』
しばらく間があって、返事が来た。
『九十五パーセントです』
ヤバイな。
『しかたない、透明鎧を解除』
『解除しました』
対価は魔力を使った後に来るからな。両目を閉じて、キウイの画面のパフォーマンス・ウィンドウを注目する。うわ、百パーセントギリギリだ。こうなったら、要らないプロセスは閉じよう。
まずは、この間使ったままのCADソフト。これで五パーセントほど減った。メモ帳。TODOリスト。OCRした書籍のテキスト。画像のフォルダ。おっと、OCRソフトも起動中だったか。
閉じれるだけ閉じたが、まだウィンドウの表示は九十パーセント以上で、じりじりと上がっている。あと落とせるのはキウイのAIくらいしかないが、そうするとアイテムボックスも開けなくなる。かと言って、外に出すと電源が心配だ。今の処理量では外付けバッテリーがあっても二時間も持たないだろう。かといって、エレまでここに出すのは不安だ。
グラフを見守るしかないか。気のせいか、上がり方が鈍ってる気がする。
片目を開けて周囲を見回す。今、寝ぼけた竜にのしかかられたらお陀仏だ。立ちあがって、近くの平らな岩の上に乗る。ここなら大丈夫だろう。
日が昇ってきた。ようやく、ウィンドウのグラフも下がり始めた。しかし、この調子だと半分を切るのは昼頃になりそうだ。
その時、唸り声が響いた。野原の向こうで、一頭の若い竜が目を覚ましたのだ。大あくびをした後、そのまま横にあった樽に顔を突っ込み、ガブガブと飲みだした。おいおい、迎え酒は肝臓に悪いぞ。
なんて思って見つめてたら、こっちに向き直ったので、思いっ切り目が合ってしまった。
なに、その目付き。目が座ってないか?
やらないよ。
やらないって。こっちは今、生身なんだからね。
なんでやる気満々なんだよ。起き抜けなら戦闘じゃなく、銭湯にでも行けよ!
必死に念話で語り掛けてもダメだ。話が通じない。
爽やかな谷間の朝なのに。苦労して食い物と酒をふるまったのに。
なんで酒癖の悪い竜の横暴に、生身で付き合わなきゃなんないんだよ!?
キウイのグラフは……。
……ああっ!
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