2-6.対価で退化

 はっきり言って、頼りたくない相手No.1なんだが、こうなったらしかがたない。


『マオ! 起きてくれ!』

 何度か遠話で呼びかける。くう、グラフがまた上がり始めた。

『……やあ、タクヤか。おはやう』

 寝ぼけやがって、なにが「おはやう」だ。名前の前に「R」付けるぞ!? 一生、米しか食えない体にしてやる!


『夕べはどうだった?』

 夕べって……ああ、竜たちとの宴会か。

『それどころじゃないんだ。すぐ来てくれ! 緊急事態だ!』

『……せめてあと十分』

 ダメだコイツ。こうなればアイテムボックスの転送だ。遠視でマオの寝床を確認し、真下にアイテムボックスを開き、格納する。そして、岩の上、目の前にだす。


「うわっ……眩しい」

 寝間着姿のマオを無理やり引き起こす。ああっ、グラフがまた百パーに。

「マオ、俺は今、ほとんど魔法が使えないんだ」

「……それは元からでしょ? むにゃ」

 寝ぼけやがって!


「だから、キウイが対価で……つか、あれを見ろ!」

 両肩を掴んで、ぐるりと前を向かす。

「え、竜?」

 こっちに向けて、くわっと口を開けてる竜。

「ブレス来るぞ! 防御を!」

 目の前が真っ赤になった。左右と上から、凄まじい熱気。だが、正面からは来ない。


 間に合った。詠唱無しの魔族チートのおかげだ。

「タクヤ……これっていったい」

「竜の朝の挨拶だよ。うわ、今度は肉弾戦!?」

 野原の向こうで、竜は翼を広げた。

 それを見たマオの目が輝く。

「魔王たる私に立ち向かいますか。何か知らないけど、受けて立ちます!」

「ダメだって!」

 会心の脳天チョップ。頭を押さえるマオ。


「何するんですか!」

「お前がここで魔族化したら、また怪獣大決戦だろうが! そうしないために俺一人で来たのに!」

 そうだ、ここに来たときは。

「エルマー!」

 俺は叫ぶ。

「起きろエルマー!」

 戦う気満々の竜のすぐ後ろで、むくりと起き上がった若い竜。


「そいつを止めろ! 俺は今、戦いたくないんだ!」

 正確には戦えないんだが。それでも、エルマーは察したようだ。一声唸ると、まさに飛び立とうとした竜に跳びかかった。

 あとはもう、くんずほぐれつの格闘戦だ。今の俺があんなのに巻き込まれたら、何度死んでもお釣りがくる。


 しばらくもつれあった二頭は、やがて養育係の竜にぶつかった。怒った養育係は、エルマーの身長くらいもある尾を振り上げ、二頭まとめて打ち据えた。どちらも半身が地面に埋まり、動きが止まった。空間断裂ハリセン並みの威力だな。


「これが……竜の朝ですか」

 魔王もびっくりだ。

「あれくらいできっと、ラジオ体操レベルなんだろうな」

「らぢお体操?」

「……今度話す」


 幸いにして、他には起き抜けバトルをしたがる竜はいないようだ。俺は岩の上にへたり込んだ。その横でマオは体育館座り。


「そういや、寝間着のままだったな」

「まぁ、男同士なので」

 おまけに、実年齢は百五十歳だっけ。


 しかし、厄介な借りを作っちまったな。片目でキウイのパフォーマンス・ウィンドウを見る。うーん、やっと九十パーセントを切る所か。


 心配させてもいけないので、ミリアムに遠話をかける。

『おはようミリアム、起こしちゃった?』

『タクヤ! おはよう。あのね、オーギュストが朝から見当たらないのよ』

 オーギュスト……うん、つい忘れがちだが、マオの名前だな。

『ちょっと魔法のことで相談したくて、こっちに来てもらったんだ』

 少なくとも、嘘はついてない。


『そうだったの。書き置きぐらい残してくれればいいのに。心配しちゃったわ』

 ……俺のことより心配?

 なんて聞けません。ヘタレなんで、俺。

『ゴメン、色々話したいけど、夕べ竜たちのご馳走のために転移しまくって、キウイの対価が凄いんだ。いったん切るね』

『わかったわ。こっちは今まで通り進むから。小屋はしっかり戸締りしておくわね』

『ありがとう。みんなを頼んだよ』

 遠話を切る。

 また百パーかよ。


「しばらくはキウイの魔法は封印だな」

 マオがくすくす笑った。

「勇者も魔法切れのピンチですね」

「最初から、俺は勇者じゃないっての」

 生身ではレベル1で、転んだだけでぽっくり行きそうな俺が勇者。冗談も大概にして欲しい。しかも、頼みの綱のキウイは、まだしばらく使い物にならないと来てる。


「なあ、マオ。魔王から見て、勇者ってどんな奴だ?」

「そうですね。私にとっての勇者は、何といっても先代の彼女です。あそこまで純粋で、だからこそ強い女性ひとになら、討ち取られても本望です」

 はいはい、御馳走さま。でも、俺が聞きたいのは違うんだよ。


「一般論として、魔王から見たら、こんな勇者になら討ち取られても仕方ない、なんて基準はあるのか?」

 うまくしたら、他の魔族とも和平出来るかもしれない。切実な問いなんだ、これでも。

 しばし考え込むマオ。

「そうですね。身の丈以上の力を授けられ、自分のために喜んで命を捨てていく戦士たちのために、毎夜のように慟哭される、可憐な少女であれば」

 ……あまりにも特定の例に拘ってないか?


「あるいは、多数の美女を侍らせながら誰一人欲求不満にせず、全員から絶大なる信頼と思慕を寄せられてるような勇者なら、負けても仕方ないと納得できるでしょう」

 ……今、ふつーに喧嘩売ってないか、キミ?


「どっちにも全く当てはまらない俺なのに、なぜそこまで勇者だ勇者だと持ち上げるんだ?」

 フッ、とか笑っただろう、オマエ今。


「完璧に敵対する相手と、ほとんど仲間と感じてる相手で、同じ尺度なはずがないでしょうが」

 うまいこと言いやがる。それじゃ、反論の余地ないじゃないか。

「少しでも好印象になるように全力を尽くしました。いけませんか?」

 ……おい。お前は男だし、実年齢百五十歳だろ。完全に対象外だっての。


「俺の印象は変わらんよ。あくまでも、マオはマオだ」

 ちなみに、中国語で「猫」という意味なのは、絶対に秘密だ。

「俺は魔族も魔物も竜も、争わずに済めば一番だと思うんだがな」

「難しいですね」

 マオはそこまで楽観主義じゃないみたいだ。


「魔核は、それ自体が魔力の行使を求めます。魔力を使うように、器である魔物や魔人を促すのです」

 それって、マオ自身も含まれるよな?

「そのため、自然と闘争が増えて行きます。これこそが、『変化と多様性』に対する、魔神の解釈なんでしょう」

 うむ。魔神を客観視できるようになったのは大きいな。


 こいつがほんの半月前までは、熱烈な魔神のシンパというか信者だったのだからな。まだまだだけど。


 そうこうするうちに、エルマーが意識を取り戻したようだ。ごそごそと体を地面から引き剥がしている。

 とりあえず、助けてくれたのだから、感謝しないとな。でも、養育係の竜の様子を見ると、本当にあのくらいの喧嘩は日常茶飯事のようだ。いたずら盛りの幼稚園児を抱えた保母さんだろうか。


 最近は保育士とか看護師とか、中性的な名前が増えて、オジサンとしては寂しい限りですって、そんな歳じゃないんだからね。


 どうやら、酔いつぶれた竜たちが起き出しているようだ。エルマーともう一頭を一撃でのした養育係も、ようやく体を起こした。


『おお、ヒトの子よ。昨夜の馳走と酒は、誠に美味であった』

『うん。喜んでもらえて、俺も嬉しいよ』

 養育係は、俺の横にいるマオに目を止めた。

『なんと! 魔核持ちの魔族ではないか。このような者まで配下に置くとは、お主は伝説の勇者か?』

 いや、素直に人徳とか言われた方が嬉しい気が。


『気が合うから一緒にいるだけだよ。強制とかは何もないから。できれば、竜のみんなとも、そうありたいな』

 緊張感ゼロだけど、本音だ。みんな一緒に仲良くできれば、それが一番。さっきみたいなバトルは困るが、竜の視点だとじゃれ合いレベルなんだろうか。


 そう言えば、助けてもらったのに礼もしないのは良くないな。エルマーのところまで行って、感謝の意を示す。


「さっきはありがとうな。折角、竜の子の里のみんなと仲良くなったのに、うっかり暴れて被害だしたら元も子もないからね」

 さらに言うと、養育係の面子を潰すかもしれないからね。周りの竜たちが気にしていない所を見ると、本当にこの程度は日常茶飯事なのだろう。


 そうだ、うっかり剥がしてしまった逆鱗のところはどうなってるだろう? エルマーが頭を低くしているので首の上側を覗きこんだ。傷をかさぶたが覆ってるが、その内側では早くも新しい鱗が生えかけているようだ。やはり、向きは逆だが。


「ほう、これが逆鱗ですか」

 マオも見るのは初めてのようだ。

「乗せてもらってて、滑り落ちそうになってうっかり剥がしちゃったんだ」

 アイテムボックスから取り出して見せる。


「……またなんともレアなアイテムを」

 呆れかえるのも仕方ないか。偶然なんだけどね。


 もう一度、鱗をアイテムボックスにしまう。対価が気になったが、転移などに比べると、アイテムボックスの開閉はそれほどかからないので助かる。

 亜空間を作り出したり、サイズを拡大するのが一番対価が高いようだ。一方、亜空間の維持にはほとんどかかっていない。それに対して、転移は入り口と出口のゲートを同時に開くので対価が高いのだろう。

 透明鎧は維持のコストは低いが、攻撃を受ければ対価が積み上がる。竜に寝押しされたのは痛かった。対価的に。


 キウイの対価は、今ようやく八十パーセントを切ったところだ。一回くらいならブレスを亜空間鎧でかわせるだろう。


 さて、これからどうしようか。養育係の竜も、昨日聞いた以上のことは知らないらしいから、そろそろ古代竜に会いに行きたいんだけど、移動手段がな。防御の魔法なしに竜に乗るのは自殺行為だし。馬のように装具を付ければ別だが。

 うん、対価が減るまでやることがないし、装具を作ってみるか。馬用の予備があるから、そんなに手間はかからないはずだ。


 まずはエルマーに話しておこう。

「また君に乗せてほしいんだが、昨日みたいに逆鱗を剥がしたりしたら大変だから、装具を作ろうと思うんだ。俺を君の背中に固定する道具だ。これがあれば、少々荒っぽく飛んでも落ちないはずだ」

 身振り手振りも含めて説明したところ、うなずいているのでどうやら理解できたらしい。


 さて、実際につくるとなると手が欲しい。ジンゴローを呼ぶか。ただ、また対価が積み上がると困るので、連絡はマオに頼もう。遠話が意外と対価が高いんだよな。


「マオ、ジンゴローに遠話を頼む。工具一式を持って、ここに来てほしいんだ。こっちにアイテムボックスで転送するから」

「わかりました」

「入れ替わりに、君はみんなのところに戻ってもらえるかな。向こうに何かあった時、連絡手段がほしい」

「たしかにそうですね」


 同じ亜空間を使いまわして、対価を節約しよう。ジンゴローのそばにゲートを開き、入ったのを遠隔視で確認して閉じる。そして、こちら側にゲートを開く。

「工具を持ってきましたぜ、旦那。今度は何を作るんで?」

 目が輝いてるな。

「竜に乗るのに装具が欲しくてね」

「おお、そりゃ面白い!」


 入れ替わりに、マオがゲートに入る。こちらに手を振るので、うなずいてゲートを閉じ、向こう側に開いた。このアイテムボックスは仲間の移動用にとっておこう。

 問題は小屋だな。亜空間のサイズ変更しないと出し入れできないから、もっと対価の処理が進んでからじゃないと。


 別なアイテムボックスを開き、予備の馬具と革のベルト、ロープなどを取り出す。

あぶみなんかはそのまま使えますな。鞍は竜の体の形に合わせないと」

 エルマーと馬具を見比べて、ジンゴローは呟いた。戦闘マニアより工作マニアの方がずっとありがたいね。


 早速、鞍の改造だ。馬の体に合わせてカーブを描いてるが、エルマーの胴はずっと太いのでフィットしない。そのかわり、竜の体は鱗のおかげで丈夫なので、多少ごつごつしても大丈夫だろう。ジンゴローに指示して、余分なところをおおざっぱに切り取る。鐙や固定用の皮紐などを通す部分を新たに作る必要があったが、ジンゴローが持ってきてくれた工具のおかげでゲート刃を使わずに加工できた。


 あとは、エルマーの体に合わせて固定用のロープを切り、結びつけるだけだ。とは言え、体がでかいから結構大変だ。しかし、こればっかりは背の低いジンゴローには任せられない。ロープは胸の前でクロスさせ、両腕というか前足を前後から挟むようにして体に巻き付けた。これならずれにくいだろう。


 この後も使うようなら、革帯なんかでカッコイイのを作ってやろうかな。


「よし、ちょっとその辺を一回り飛んでみよう。ジンゴローも乗るか?」

「ええっ、あっしもですか?」

 その発想はなかったのか。


 余ったロープでジンゴローの体を俺の前に縛り付けた。そのまま、エルマーに取り付けた鞍によじ登り、鐙に脚を踏ん張る。

「よし、ちょっと飛んでみてくれ。最初はゆっくりな」

 一声吠えると、エルマーは飛び立った。

 すっかり日が高くなって、谷間の隅々まで陽の光が差し込み、緑の草原が輝いて見える。両脇の山々の頂は、文字通りのダイヤモンドの輝きだ。竜の子の里は美しい場所だ。早く対価をこなしきって、ミリアムたちを呼んでやらないと。


 ん? 何かがカチカチ鳴ってるな。なんだろう?

 ……ジンゴローの歯が鳴ってるのか。

「ひょっとして、高所恐怖症だった?」

「あ……あっしも、今、知りました」


 帝国ホテルの屋上では気にならなかったようなので、高度によるんだろう。初めて飛んだのだから仕方ないな。エルマーに頼んで、降ろしてもらおう。もちろん、ゆっくりとだ。

 エルマーは草の波の上にふわりと着陸した。俺は慎重にその背中から降りた。ジンゴローはカチコチに固まっているので、抱えていると上手く動けないので。


 地面に降り立つと、ようやくジンゴローも落ち着いたようだ。そう言えば、ドワーフやホビットが船とかに弱いって描写があったな。レプラコーンもその手なのかもしれない。


「悪かったね、怖い目に合わせちゃって」

 地上に降りると、ジンゴローはようやく口を開いた。

「いや、旦那の好意だっての、分ってますから、大丈夫ですよ」

 それはそうなんだろうだな。


 ジンゴローには一足先に、アイテムボックス転送でみんなのところへ戻ってもらって、俺はエルマーと空からそちらに行くか。そのうちに対価も処理し終るだろう。

 さっきのアイテムボックスのゲートを開く。工作道具をまとめて抱えると、ジンゴローは中へ入った。

「じゃあ、また後でな」

 こっちのゲートを閉じて、向こう側のを開く。


 俺はもう一度エルマーに跨ると、みんなのところへと離陸した

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