2-7.エレぼれし竜
『パパ、いまどこ?』
エレが念話で話しかけてきた。
『空の上だよ。竜に乗せてもらって、みんなのところへ戻る途中だ』
一晩一緒にいなかったから、寂しくなったのだろう。
不思議なことに、普通の人との遠話は対価がかかるのに、エレやキウイとの念話は対価が無いようだ。
『りゅう、おっかなくない?』
『この竜は友達だよ。これから行く竜の子の里の竜たちも、仲良くなったから大丈夫』
エレはキウイと一緒にアイテムボックスの中だが、みんなが小屋にいる間は、俺たちのベッドの上にゲートを開いておいた。
『みんなはもう、出発したかな?』
『うん、さっきミリアムおねえちゃんが、バイバイってしてた』
そうか、それじゃ寂しいよな。
片目を閉じてキウイの画面を見る。対価は順調に減ってるな。まだ六十パーセントあるが。どうも、対価が八十パーセントを超えると全体の処理速度が落ちるため、減り方が鈍るようだ。今まではこんなに積み上げなかったから、どんどん減ってたのであまり意識していなかった。気をつけないとな。
小屋の中のゲートを閉じて、俺の目の前に開いてやる。久しぶりにエレの顔が生で見れた。後ろの奥の方にはキウイが鎮座している。冷却用の氷をミリアムが足してくれたようだ。気が利くな。
『パパ!』
エレも嬉しそうだ。
そうだ、エルマーに紹介しよう。
「エルマー、うちの娘のエレだ。仲よくしてやってくれ」
こちらを振り向いたが、これではゲートの裏面しか見えない。
「お前の顔の横に出してやるから」
ひょいとゲートを開き直す。エルマーはゲートの中を覗いた。
ん? 随分長く見てるな。おまけに何だ? 目を細めて体をくねらせやがって。
「おいこら、エルマー、落ちるじゃないか!」
『パパ、りゅうのおにいちゃんがね、エレのことかわいいって』
娘に惚れただと? まだこんなに小さいのに、さてはロリコンか!?
つか、
「エルマー! 嫁にはやらんぞ!」
ゲートを閉じて俺の前に開き直す。エレは「かわいい」と言われて嬉しいのか、上機嫌だった。
しかしエルマーの奴。俺とは念話が通じないのに、エレとは通じるのか。
今度はキウイに話しかける。久しぶりの肉声だ。キウイは合成だけど。
「ステータスを教えてくれ」
「対価のバックログは六十パーセントを切りました。また、竜との戦闘後、レベルが上がり十一となりました。アイテムボックスの数が百二十一、総容量が約百六十六立方メートルに増えました。身体操作のスキルが達人に達しました」
アイテムボックスが増えるのはありがたい。
持ち物が増えたから、整理しないとな。小屋に物置を付けるのも良いかもしれん。
しかし、身体操作ってあれから使ってないな。竜とか巨大な魔物が相手じゃ、あまり役立たないだろうし。街に戻ったら活用しよう。
エレに『またね』と念話して、ゲートを閉じる。空の上は風が強いから、ちょっと気になっていた。
さて、キウイの対価が減ってくれたので、小屋をしまうことにしよう。外に出しっぱなしのテーブルや椅子も。雨が降らなくて良かった。続けて、ミリアムに遠話だ。
『やあ、ミリアム。もう出発したんだって?』
『タクヤ! エレに聞いたのね。キウイの対価は減った?』
『順調に減ってるよ。今、どのへんかな?』
森に沿った草原のただ中を進んでいるらしい。ちょっと目印に乏しいが、なんとかなるだろう。遠隔視でまず小屋を見つけ、そこから視点を動かし西へと辿る。超高速で地上すれすれを飛ぶ感じだ。
ほどなく、馬と徒歩でこちらに向かっている仲間たちの位置をなんとか特定できた。
『あと三十分ほど飛べば、合流できそうだ』
そうだ。エルマーに昼飯くらい食わせてやらないとな。しかし、手持ちが足りないし、また転移で村を回って対価が増えるのも困る。
『今乗ってる竜に肉をふるまいたいんだが、狩りとかできるかな?』
『もうじきお昼の休憩だから、トゥルトゥルとグインに頼んでみるわ』
『ありがとう、じゃあ後で』
遠話を切る。
対価は少し増えたが、しばらくするとまた減りだした。やはり、溜めすぎないことが重要だな。
やがて、眼下の草原を進む一行を目視で確認。エルマーに頼んでゆっくりと降りてもらう。こっちに気がついたトゥルトゥルが馬上から手を振っている。ゆっくりなおかげで、馬たちも竜のエルマーにおびえなかったようだ。
ふわりと着地。俺は傍らにアイテムボックスのゲートで階段を作り、エルマーの背中から降りた。
「ただいま、ミリアム」
「おかえりなさい、タクヤ」
仲間たちを見まわす。
「みんな問題ないかな? トゥルトゥルの火傷は?」
エルマーが襲ってきた時、ブレスで右手に軽い火傷をしていた。
「氷で冷やしたら、水ぶくれもなく一晩で直ったわ」
それは何よりだ。
トゥルトゥルが馬から降りてきた。
「ご主人様~♡」
いつものように、デコを押さえて押し留める。
「あとはそうね。ジンゴローが青い顔で帰ってきたけど、何かあったの?」
「ああ……竜の装具、あれを作るのを手伝ってもらったから、一緒に少し飛んだんだけど。高所恐怖症だったらしい」
あれは本当に気の毒だった。本人も実際に飛ぶまでは知らなかったようだ。帝国ホテルの屋上は大丈夫だったようだから、地に脚がついていれば大丈夫なのかもしれない。
エルマーの方は大あくび。昼飯まで二度寝する気らしい。
さてと。肉だ。
「グイン、トゥルトゥル、昼飯の前に狩りをお願いしたいんだが」
二人ともうなずいた。
「ミリアム殿よりお聞きしております。早速参りましょう」
「グインが一緒なら、大物が狙えるね!」
いつも、運べないからと獲物をあきらめてるからなぁ、トゥルトゥルは。もっとも、俺が付いて行ってその逃がすはずの獲物を取ったのが原因で、二度もトラブルに巻き込まれてるが。グインをそんな目に合わせたくないし。
「よし、俺も行こう」
「うわぁ、ご主人様も?」
喜んでくれるのはいいが、あくまでもトラブル回避のためだからね。
まずは小屋を出して、中のベッドをアイテムボックスにしまう。次にテーブルと椅子を小屋の中に出す。
お昼の準備をギャリソンたちに頼み、ミリアムにグインたちの狩りに同行することを告げた。
「わかったわ。でも、馬たちが竜のそばだとどうしても落ち着かないみたい」
確かに、襲う気が無いとしても、巨大な肉食獣のそばでは落ち着かないだろう。マオがブラッシングして気を落ち着かせている。
「アイテムボックスに飼葉と一緒に入れておいてやろう」
小屋を出したので、空間は余ってるからね。今後も
だが、まずは肉だ。鹿とか山羊をまるごと一頭くらいやらないとな。……小鹿はだめだけど。
エルマーの騎乗用装具をはずして、アイテムボックスにしまう。また使うことがあるかもしれないから、あとでジンゴローと改良策を検討しよう。だが、試乗に誘うのは控えておくか。苦手なものの克服は、段階が必要だからね。
そのあと、俺たちは森へと分け入って行った。順番は、トゥルトゥル、俺、グインだ。トゥルトゥルは、森の下草の僅かに折れた跡などからけもの道を見出し、獲物の後を追う。
「これ、多分、野生の猪。かなり大きいよ」
それはありがたい。魔物の姫とかでなきゃいいが。
やがて、トゥルトゥルが唇に指を当てた。こちらの世界でも、このジェスチャは「静かに」の意味だと、最近知った。
「いたよ。反対側に回り込んで追い立てるから、グインが仕留めて」
グインが愛用の長剣を構えてうなずく。
トゥルトゥルは一人で藪の中へ消えた。枝や葉を鳴らすこともなく、よくあんなに静かに移動できるもんだ。それを見習って、俺は巻き込まれないために、音をたてないよう気をつけてグインから少し離れた。
おっと、念の為だ。
『キウイ、俺の透明鎧を起動。身体操作を有効に』
『イエス、マスター』
あともう一つ。
『前方の猪から魔力を感じないか?』
『魔力探知に反応はありません』
よし。かなり大きいが、普通の猪らしい。
その時、猪の向こう側からトゥルトゥルが飛び出してきた。手にしたY字型の杖、フーパックに引っかけた素焼きの欠片などをガチャガチャと大音響で鳴らしている。
……おい、ちょっと向きが違うんじゃないか? そこから猪がまっすぐ逃げ出すと……。
俺の方へ、猪が文字通り、猪突猛進してきた!
世界が回る。
『キウイ、状況説明を』
『マスターの身に危険が迫ったため、身体操作:達人レベルで対象を排除しました』
以前試した時のレベルが何か知らないが、グインを手玉にとってへこましてしまったっけ。
そう、グインだ。
「グイン、仕留めてくれるか?」
「おそれながら、我が君。その猪は既に我が君によって仕留められてます」
え?
なるほど。俺が押さえこんだ猪は、首が変な向きにねじ曲がってた。明らかに折れている。
……そうか、非殺傷モードを指定し忘れていた。
『キウイ、今後、身体操作は非殺傷モードをデフォルトにする』
『イエス、マスター』
そこへ、トゥルトゥルが突進してきた。
「うわぁあん、ご主人様ごめんなさい♡」
お前、今、最後に「♡」付けただろう。方向が狂ったのはわざとじゃないんだろうが、調子がよすぎるぞ。軽くデコピンな。
見せ場を奪ってしまったことをグインに詫びて、猪を担いでもらう。アイテムボックスに入れてしまうのが一番楽だが、何も役に立てないなんて気の毒すぎるからねぇ。
森から出ると、小屋の煙突から煙が薄くたなびきたち、昼飯の用意ができていた。エルマーは小屋の横で行儀よくお座りで待っていた。ひょっとして、「ハウス!」と言ったら小屋に潜り込もうとしないだろうか。言わないけど。
「エルマー、良い子で待ってたな。えらいぞ。ご褒美に、これ丸ごとやるよ」
目の前にグインが、担いでいた猪をどさりと置く。エルマーの目が輝く。ああ、腹減ってたんだな。
……いやお前、夕べあんなに食ったろ。
「さて、俺たちは小屋の中で食べよう。あんまり、食欲をそそる光景じゃないからな」
猪を丸のまま丸齧りの光景にトゥルトゥルが固まってるので、首根っこを掴んで小屋に引っ張り込む。グインも首を振りながら入ってきた。見かけの通り肉大好きな彼でも、竜の食べっぷりにはついていけないようだ。
小屋の中のテーブルに並べられていた料理は、いつものように肉たっぷりだったが、人間的な内容だった。みんな、小屋の外のダイナミック捕食をなるべく見ないようにして、ギャリソンの「帝国ホテル風」料理に舌鼓を打った。
食事が済んで片付けも終わると、馬たちを出して小屋をアイテムボックスにしまう。容量が広がったので、まだ余裕がある。
俺はエルマーに向かって言った。
「ここまで乗せてくれてありがとう。ひと足先に、みんなと竜の子の里に向かうよ。君はゆっくり飛んでくるといい」
何度かうなずいて、エルマーは翼を広げた。
『パパ、りゅうのおにいちゃんにバイバイしたい』
エレが言うので、アイテムボックスから出してやった。お座りして、エルマーを見上げて手を振るエレ。
……竜のまなじりが、あんなに下がるなんてな。ひょっとして、人類初の目撃例か?
さっさと飛んで行ってしまえ! と内心で叫ぶが、外面はあくまでもポーカーフェイスだ。
さて、みんなが入れるだけのアイテムボックスを用意するか。
「みんな入って。ミリアム、光魔法で明かりを頼むよ」
うなずいてくれた。
全員が入ったところでゲートを閉じ、俺は転移のゲートで竜の子の里に戻った。見まわすと、養育係が丘の向こうに寝そべっていた。
『おお、ヒトの子よ。一緒に飛び立ったうちの小僧はどうした?』
『ああ、向こうで昼飯食わせてから帰らせたんだが、こっちには俺の方が早かったな』
それでは、本題だ。
『昨日話した、俺の仲間たちをこの里に呼びたいんだが』
『お主の仲間なら、いつでも大歓迎だ』
二つ返事か。ありがたいね。
『じゃあ、呼び出すね』
みんなのいるアイテムボックスのゲートを開く。ぞろぞろと出てくるみんなに、養育係は興味を惹かれたようだ。
『流石はお主の仲間じゃの。純粋なヒト族がその娘一人とは』
ミリアムのことか。マオはほとんど人外だものな。一人ひとり、簡単に挨拶をしてもらう。あ、マオのは省略ね。
『あと、これがエレ。俺の娘だ』
別なアイテムボックスのゲートを開き、エレを出してやる。昼寝をしていたのに、起こしてしまったようだ。
『むにゃ? あ、パパだ。それに、おおきなりゅうのおじちゃん、はじめまして』
エレも行儀よくお辞儀する。
ん? 養育係が固まってる。
……竜も、空いた口がふさがらない時があるんだな。牙が凄い迫力なんで、できたら閉じてもらえませんか? うっかりブレス吐かれても困るし。
『これは……青魔核? まさか、古の竜様と同じとは。一体、この世界で何が起こっている?』
いや……それを聞きたいのはこっちなんだけどね。
そもそも、俺みたいなのが召喚されたのも、例外中の例外みたいだし。
『今日のところはみんな疲れているので、この里で休ませてもらいたいんです。寝泊まりするところは用意するので、使っていい平らな場所を教えてもらえれば』
小屋を出す場所はどこでもいいと返事がもらえたので、小高い丘の上に出した。
まだ日が暮れるまでかなりあったので、仲間たちは竜たちとの親睦タイムだ。
どうやら、養育係からキツイお達しがあったらしく、バトルを挑んできそうな竜はいなかった。
何でも、そんなことしたら「尻尾百叩きの刑」のお仕置きだそうだ。尻尾を叩かれるのではなく、養育係の尻尾で百回叩かれるらしい。一発で二頭が盛大に地面にめり込む威力だから、行儀よくもなるわけだ。
今夜は肉をふるまえないことを養育係に詫びたら、一笑に付された。笑い声も火炎を伴うと迫力あるな。
『我々竜は、ひとたび満腹まで食べたら数日は寝て過ごすのだ。まぁ、若いころはすぐに暴れたり飛びまわったりと落ち着かぬ者もおるがな』
俺は養育係の腹にもたれかかった。素面なら竜の体温もホットカーペット並みだ。そして、竜たちと戯れる仲間たちを眺めた。
特に、エレはほとんどの竜が目で追いかけている。モテモテだな、エレ。なるほど、本能的にエレの青魔核に惹かれているのか。太古の、創造神が与えた宝珠に。
この竜の子の里で一晩過ごしたら、いよいよ明日は谷の最深部へ太古の竜を探しに出発だ。さくっと古代の魔法やエリクサーの製法を教えてくれればいいんだけど。
うん、それは世の中甘く見過ぎだな。糖尿病患者の飲尿療法くらいに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます