3-11.ガジョーエン(式場ではない)

 東へと世界半周の帰路をたどり、俺は迷宮都市ガジョーエンにたどり着いた。


「これは……なんと言ったらいいかな? 城壁都市?」

 城壁に取り囲まれた都市が城塞都市なら、この街は城壁そのものが都市を形作っていた。

 砂漠と言うほどではないが緑の少ない乾燥した大地の上に、王都メリタクエン並みの城壁がそびえ立つ。だが、その内側にも、さらにその内側にも、堅固な城壁が街の中心部を螺旋状に取り巻いている。


 遠隔視で上空から見たその前景は、直径十キロの大まかな円を描く、石造りの大輪の薔薇のように見えた。

 最外部以外の城壁は外側が階段状になっていた。その一段ごと、それ自体が道路であり、住居であり、商店などの建物となっていた。しかし、内側はほぼ垂直の石の壁だ。


 そして、その城壁の中心部にあるのがすり鉢状の竪穴。直系五

百メートルはある、迷宮への入り口だった。


 竪穴の内壁には螺旋状のスロープがあり、次第にすぼまりながら地下数百メートルまで降りれるようになっているようだが、そこから先は良く見えない。遠隔視もそこまでで、迷宮の中は見ることができなかった。


「キウイ、どうなってる?」

『迷宮内には、接続系の空間魔法が阻害される結界が張られているようです』

 チートその一は使用不能か。離れた空間を直結するタイプの空間魔法が無効化される。遠隔視や断面透視、遠話、転移。

 マオも使えるものだ。


「アイテムボックスは?」

『亜空間生成系には影響がありません』

 チートその二はOKか。

 ゲート刃とか亜空間鎧は使えるんだな。やれやれ、役たたずにならずに済みそうだ。


 遠話による定時連絡で、仲間たちは昨日のうちに着いているらしい。どうやら迷宮デビューにはなんとか間に合ったな。


 ここまで来ると対価もあまり気にならないが、人目を引くのもなんなので、普通に歩いて城門に向かう。


「外側の城壁は、よその街と同じだなぁ」

 間近で見る城塞都市の外見は没個性的だ。石の組み方が多少違うくらいか。城門の前で検問があるのも同じ。冒険者ギルドの会員証を見せれば、そのまま通れるのも。


「えーと、『駱駝の蹄亭』だっけ」

 城門の内側は広場になってる。これも一緒だ。で、店などの看板が分かりにくいのと、客引きが煩いのも一緒。ちょうど昼時だし。

 そこで、旅の間に作ってたアプリだ。

「キウイ、AR拡張現実翻訳を起動」

『AR翻訳、起動しました』


 目を閉じて遠隔視を使う。広場の看板にズームすると、その文字をキウイがOCRして翻訳していく。異国の看板に日本語が重ね書きされるのは、なかなかシュールだ。

 スマホにこんな機能があったよな、てので作ってみたのだが、キウイのAI翻訳があれば意外と簡単だった。


「お、あったぞ、『駱駝の蹄亭』」

 鋳鉄で作ったらしい看板代わりのレリーフも、確かに「ふたこぶ駱駝」だ。

 やはり一階はテラス式の食堂で、ほぼ満席のようだった。中に入って込み合うテーブルを避けて奥へ進む。


「いらっしゃい! お席のほうは今……」

 店員のお姉さんがやって来た。明るいブルネットで、美人と言うより可愛い系かな? その時、後ろの客が立ち上がろうとして、立てかけてあった槍が倒れてきたので、肩越しにひょいと掴んだ。

「はいよ」

「お、おう、すまんな」


 で、お姉さんの方に向き直ると。

 あれ? お姉さん、何故か固まってる。そう言えば、周囲の客も変な顔でこっちを見てるな。

 ……ああ、そうか。遠隔視のままで目を閉じてたから。


「やあ、どうも。外が眩しかったもんで」

 目を開いてお姉さんの顔を見ると、ほっとしたようだった。

「びっくりしました。何も見ないで歩いてくるから」

「……修行の成果です。まぁ、そんなことより、ここに冒険者の仲間が逗留してるはずなんですが」

「ああ、冒険者さんでしたか」

 それだけで納得されちゃうのが、ここ、迷宮都市なんだろうな。


「ええと、パーティー名は?」

「ドラゴン・コヴェナント。略してドラコン」

 お姉さんはニッコリ破顔した。

「はい、こちらですよ」

 お姉さんに続いて二階へ。なるほど、バルコニー風の廊下もテーブルが置かれて食堂になってるのか。


「あ、ご主人様♡」

 廊下の端から、赤毛のボブカットが突進してきた。デコに手を突いて押し留める。久しぶりだな、この感じ。両手を突きだしてワキワキさせてるが、何をする気だ。


「タクヤさん」

 トゥルトゥルに続いてランシアが歩み寄って来た。ん? ちょっと見ないうちにどこか変わったかな? ……ああそうか。髪が少し伸びたんだ。

 その後ろから、マオにアリエルにグイン、ランシア。ギャリソンやジンゴローは背が低いから見えないだけだろう。


「みんな、ただいま。無事に着いたようでなによりだね」

「いやぁ……色々あったんですけどね」

 マオが頭を掻き掻き。

 まぁ、こっちもあったけどね。


「とにかく飯にしたいな。うーん、何が美味いのかな?」

 すると、ランシアが色々教えてくれた。

「そうですね、あたしのお薦めだと……」

 そのメニューに決めて、店のお姉さんを呼んだ。久しぶりにアツアツの料理だ。美味くて泣けてくる。


 飲み食いして人心地ついた後は、報告だ。

「……てなわけで、今度はヒュドラの魔核が手に入っちまったんだ」

 みな、呆れ顔だ。

「なんというか……ご主人様らしいですね」

 アリエル、もうちょっと言いようはないの? 君の同族のためなんだし。

「これ、売れるんでしょうか?」

 ランシア……いきなり急所を。

「ヒュドラですか。手合わせしたかったですね」

 うん。グインはそうだよな。

「ボク、ヒュドラとかガルーダとか見たい!」

 はいはい、トゥルトゥルだもんな。


 ギャリソンがどことなく得意そうなのは、「流石は若様」だろう。マオがちょっと深刻な顔なのは皇帝を案じてのことか。

「ジンゴロー、どうした?」

「え? ああ、何でもありゃせんぜ、旦那」

 ちらっとランシアを見て。頬が赤くないか? 酔ってもいないのに?


 ……ああ、そうか。ランシアの鎧を作る時、やけに張りきってたし。その後、一緒に飲んだ時はすごく意気投合してたし。そうか、ジンゴローの好みはランシアか。


 まー、主人としては色々世話してやらないとな。ランシアにその気がない可能性もある……というか、高そうだし。

「うん、じゃぁちょっと後で色々話そう。例の甲羅がすごく役に立ったし」

「あ、そうですかい! そりゃあやる気が湧きますな!」

 元気になってくれた。良かったな。


 ……しかし、恋愛経験皆無で絶賛失恋中の俺に、ろくなアドバイスなんてできないだろうけど。


 でだ。レプラコーン版二百年目の恋はひとまずおいて、皇帝陛下の動向だ。イコール、ミリアムの。


「マオ、北の情勢はその後どうだ?」

 表情は深刻だが黙ってるというのは、特に悪い事は起きていないのだろうけど。

「ええ。帝国からの派遣隊は、先日ペイジントンに到着し、二、三日逗留してからエルトリアス王都を目指すそうです」

「ペイジントンか。懐かしいな」

 ザッハとその家族。あの商店街の人たちにも世話になった。

 そして、俺のトラウマ。

 首を振るって、そっちは心の底に押しやる。


「で、なにか懸念事項が?」

 話を促すと、マオは続けた。

「行軍の進路ですが、ペイジントンから北を回って行くことになってまして」

「この季節の北は辛いだろうな」

 大陸の北部は北海道並みの緯度になる。場所によっては物凄い豪雪地帯もあるらしい。


「雪や寒さは魔法でなんとかできますが、北国特有の魔物の多くは、研究があまり進んでないんです。そいつらを魔王軍が操れば、かなり苦戦しそうです」

 なるほどな。と納得しつつも、つい言いたくなる。

「でも本当は、可愛い孫が戦場に出るのが不安なんじゃ?」

「!」

 図星かよ。魔王も人の親だね。あ、元だし、祖父だったっけ。

 あれ? ちょっと待てよ。


「マオの息子のルテラリウス二世って、どんな方だったの?」

 よく考えたら、年齢的にアレだ。三世があんなに若いってことは。

「ジョシュアのことですか」

 マオは紅茶のカップを取り上げて、空だと気づいてテーブルに戻した。俺はポットのお茶をついでやった。もうぬるいかな。

 ため息一つつくと、マオは言った。

「決して凡庸な子ではなかったのですが、竜の子は竜と言いますか……」

 日本で言うところの「カエルの子はカエル」だろうか。ちなみに、こちらの「竜」には「強い」の他に「傲慢」とか「頑固」というマイナスな意味もあるようだ。


「……よわい、五十になるまで、まったく女っ気がありませんでした。縁談すべてをすっぽかして、魔法の研究に打ち込んでおりまして」

 そりゃ、確かにお前の子だよ。うん、間違いない。


「私はナオミが他界すると、死を装って密かに若返り、ジョシュアの補佐官となり、あれこれ世話を焼いたのですが」

「えーと、ナオミってのがもしかして女勇者?」

 マオはうなずいた。なるほど、やっぱり日本人だな。大和撫子七変化で異世界の勇者に。


 彼は続けた。

「それなら学問のわかる娘を、ということで帝国一の才媛をあてがったのですが……」

「ダメだったの?」

「いえ、研究の話題で意気投合し、ようやく一緒になってくれました」

 そうか。よかったねぇ。しかし、二代そろって歳の差カップルかよ。

「ところが、なかなか子宝に恵まれませんで。思いあまった私は、今度は皇室御典医として乗り込みました。それで、あれこれ秘薬や秘術を駆使しまして、ようやく齢六十九歳で生まれたのがクロードです」

 すげぇ。いや、こっち方面でこんなに凄いとは。

 なるほど、それだけ苦労して産まれた孫なら、目の中に入れても痛くないよな。

「その秘術のおかげか、齢八十歳で大往生となりました」

 はー。俺もこっちの世界でそれだけ生きられるかどうか。


 ん、まてよ。


「ひょっとして、クロードの時も結婚まで全部お膳立てしたの?」

「……はい」

 ダメだコイツ。


********


 その日の午後は、街を見て回りながら迷宮の入り口を見学だ。


 螺旋状の城壁は、思った通り、迷宮の口から魔物が溢れてきた場合に備えてだという。ここ百年くらいはなかったようだが、昔の言い伝えでは退治し尽すのに何十年もかかったらしい。

 そのたびに外側へより大きな城壁を作り、ここまで街は大きくなったという。


 城壁を貫いて内側へ行く小さな門というかトンネルはあるが、馬車一台がなんとか通れるサイズで、緊急時には城壁の一部を崩して閉鎖できるようになっているらしい。そうやって閉じ込めた魔物を、城壁の上から弓矢や投げ槍、魔法などでせん滅すると言うわけだ。


 城壁の内壁はほぼ垂直だが、外壁は階段状に道が作られ、そこに住居や店舗が軒を連ねている。外郭に近い上の階ほど裕福だと言うのが、変わっていると言えば変わっている。

 最下層には所々広場もあるので、城壁は蛇行しながら大まかな円を描いている。この広場は、外側の城壁が作られる前の門前広場だったようだが、魔物が溢れ出た時の包囲殲滅にも使うのだろう。

 上下階の移動はスロープなので、馬車も通れるようになっている。また、驚いたことにエレベーターもあった。奴隷を使った人力で、有料だが。


 最上階よりいくつか下った階には、ところどころ吊り橋がかけられていて、内側と外側の城壁の間を行き来できるという。距離はどこも百メートル程度だ。


 一番外側の商店街などを覗いた後、俺たちは人力エレベーターでつり橋のある階に上がった。料金は一人当たり銀貨スタテル一枚。やっぱり、贅沢品なのか。

 で、この吊り橋を使って、一気に迷宮の入り口に向かうわけだ。


「これ、橋じゃないだろ?」

 渡っていたのは、丈夫そうではあるが一本のロープ。そこから前後二つの滑車を介して吊り下がってるのは、人ひとりがしゃがんで入れるサイズの籠。これに乗り込み、自分でロープを手繰って向こう側に渡るわけだ。


 うむ。ジンゴローが固まってる。脂汗が凄いな。高所恐怖症だもんな。

 よし。この手で行こう。


「えーと、じゃあ今から言うペアで乗りこむ事にしよう」

「……ペア?」

 ランシアが首をかしげた。

「この籠ってヒト族の体格に合わせてあるだろ? 体重が軽すぎると、風にあおられた時に危険なはずだよ。ここにほら、『お子様は親御さんと一緒に』と書いてあるだろ」

 書いてないけどね。帝国公用語だから、読めるのは俺とマオ、ギャリンソンだけだ。二人には目くばせしておいた。


「じゃあ、まずトゥルトゥルと俺」

「やった! ご主人様一人占め♡」

 その頭をがっしり鷲掴みにして言い聞かせる。

「お前が一番トラブルを起こしそうだから、俺が直々に監視するんだ。わかるか?」

「……はぁい」

 まぁ、いつものパターンだが。


「次、ギャリソンとマオ」

 二人とも普通にうなずいてくれた。普通でなく赤面なんてしたら、気になって今夜は眠れないけどね。


「で、ジンゴローとランシア」

 ジンゴローがピキッとなってこっちを見た。そばによって囁く。

「お前、高所恐怖症だったよな。どうする? アイテムボックスで向こうに送っても良いんだぞ?」

 目を丸くしてキョロキョロしてる。……いや、ランシアの方をチラチラ見てるな。

「だ、大丈夫、頑張ってみやす」

 うんうん、頑張れよな。


 残りは二人。

「グインはその体格だから一人だな」

「御意」

 最後はアリエル。

「アリエルも一人で。尻尾があるから中じゃしゃがめないから、魔法の手でうまくバランス取って」

「わかりました、ご主人様」


 さて、渡ってみるか。空中のルビコン川を。伸るか反るかロングショットだ。

 ……ちなみに、料金は一人あたり五大銅貨デカドラでした。ちゃんと全員の分払いました。

 今日は地味に出費がかさむな……。


 あ。手持ちの金銭、路銀としてマオに預けっぱなしだった。後で取り返さないと。


 トゥルトゥルは予想通りの大はしゃぎ。身を乗り出して下を覗き込むから、一人だったら絶対転落死してたな。マオとギャリソン、グインは問題なし。アリエルもしゃがめない分重心上がってたけど、危なげなく渡ってくれた。

 で、最後がランシアとジンゴロー。遠隔視で見てみたけど、やっぱりジンゴローは固まってるな。酷い汗だし。やっぱりアイテムボックスで転送してやった方が……。


 うん? 顔色は悪くないな。いや、真っ赤だよ。別な意味で緊張してるのか。ひょっとして、高所恐怖症、吹っ飛んでる?

 どう見てもジンゴローはDTどーてーだね。長年DTだと妖精の仲間入りだとか言ってるけど、二百年DTは生まれながらに妖精でした。


 ……俺のことはどうか、突っ込まないで(泣


********


 上空から遠隔視で見たのと、生で見るのとは大違いだった。


 迷宮の入り口、直径五百メートル、深さ六百メートルほどのすり鉢状の竪穴。真の入口は、そのすり鉢の底にあると言う。すり鉢の斜面には螺旋状のスロープ。ここを下るのも登るのも、半日仕事だろう。


 この竪穴を取り巻く一番内側の城壁が、そのまま冒険者ギルドの建物となっている。つり橋で最上階にたどり着き、人力エレベータで降りた所は、いつもながらの受付のある大ホールだ。

 ……ダメ元でクラーケンの魔核を出そうかと思ったが、ギルド長が出てきて長話になると厄介だから諦めた。


 その大ホールから城壁の内側への大扉を抜けると、今俺たちが立っているスロープに続く。


 既に陽は傾いているので、流石に今日は入らないけどね。昼間、商店街の武器屋などを巡って見繕った装備を整えて、明日にはチャレンジだな。


 さて。宿に戻って飯食って、明日の準備だな。

 ……あ、その前にジンゴローの恋愛カウンセリングかな?

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