3-12.ジンゴローは男でござる

「で、どうなのよ?」

「どう……と言われましても……」

 暗い部屋の中、光玉に陶器のお椀を被せて作ったランプで、ジンゴローの顔を照らす。

「ネタは上がってんだよ。ランシアなんだろ? カツ丼食うか?」

「あの……これは何てぇ遊びなんしょ? 晩飯ならさっき……」


 どうもノリが悪いので、俺はランプの光玉をはずして、ゲートで踏み台を作ると天井の紐に吊り下げた。

 部屋全体が明るくなると、ジンゴローはため息をついた。

「……ええと、ランシアさんのことは……」

 頬を赤く染めた小人のオッサンてのは、酔っ払いに決まってるんだが。椅子の上にちんまり座ってモジモジしてるのは、なんつーか、奇妙な眺めだ。


「いいじゃん。好きなんだろ?」

「いえ、その」

「好きじゃない?」

「そ、そんなことは……」

 俺は小卓を挟んで反対側に腰を下ろし、頬杖をついた。

「今日、吊橋を籠で渡るとき、高所恐怖症が出なかったろ?」

「……そう言えば!」

 なんだ、自覚なかったのか。

「だからさ、今度、高いところで怖くなったら、今日の事を思い出せばいいよ」

「……ですね」

「うん。恋の力さ」

 うわ、自分でも臭い事言っちゃったよ。

「ですな!」

 あれ、反応が変わった。まぁいいか。


「だからさ、良いんだよ。好きなら好きでさ。はっきり言ってランシア次第だし」

「でも、あっしは旦那の奴隷でやすし……」

「それも、なんなら解放したっていいんだよ」

「……え!?」

 そんな、捨てられた子犬みたいな哀れっぽい目で見なくても。

「アストリアスでは奴隷と言う立場でないと不便だったけど、帝国でもこの国でも偏見はないようだし。ジンゴローとは友人、いやむしろ、共同経営者でやって行きたいんだ」

「共同経営者? ……あっしが?」


 頬杖をやめて、小卓の上で両手を組む。

「そう。小物とか、色々便利なものとか、一緒に作りたい。ザッハのところとも組んで、どんどん売って広めたい。マオが言ってたんだよ、先代の勇者は、魔王を倒してからの方が、多くの人を救ったとね」

 じっと目を見る。うん、伝わった気がする。


「奴隷のままだと対等じゃないからね。それじゃ共同経営じゃない。奴隷は責任を問われない。全部、主人が責任を持つわけだから」

「……」

「なにより、俺はヒト族だ。俺の方が先に死ぬ。そうなれば、お前は次の主人に使えなきゃいけない。すると、お前に任せてたものは全部、そいつのものになってしまうわけだ。そんなの俺は真っ平だ」

 ジンゴローの目が丸くなった。

「それは……確かに」

「だろ? だから、お前を解放したい。解放したら、お前はお前自身の主人だ。稼いだものはお前のものだし、誰とでも自由に結婚できる」

 身を乗り出して、ジンゴローの目を見る。

「ランシアにその気がありさえすりゃ、彼女と一緒になってもいいんだよ」

 ジンゴローはうなずいた。


「旦那……あっしは……」

「泣くなよ、俺の何倍も生きてるんだろ?」

「あっしは! その間、ほとんどずっと奴隷だったもんで……主人のいねぇ、自由な生き方なんて、すっかり忘れちまってて……」

 そうだな。アメリカの奴隷解放なんて、解放された後の方が大変だったそうだし。ミリアムも言ってたな、奴隷の解放で神殿にお布施するのは、生活保護のためだって。

 ……ミリアム。


「その辺は、おいおい学んでいけばいいさ。解放したって、すぐに一人でやってけなんて、放り出したりしないから。ただ、モノづくりでも何でも、お前に任せる分を徐々に増やしていくだけだよ」

「……へえ。わかりやした」

 体を起こして、俺は腕を組んだ。

「ただ、ランシアもヒト族だ。若くて元気な時期はあっという間に過ぎちゃうからな。気持ちを伝えるのなら早めにね」

 うん。俺は墓穴掘ってるな。ミリアムに対して、全然だめだった自覚がある。

「そうなんすよね。ランシアの方が先に……」

 異種族婚の面倒なところだな。


「まぁ、その辺はマオに聞くと良いよ」

「マオ……オーギュストさま?」

 俺はうなずいた。

「あいつも、魔王になっちまったせいで、奥さんにも息子にも先立たれてる。でも、息子や孫の傍で、ずっと見守ってきてる。そんな生き方だってあるわけさ」

「……」

「仮に、ランシアが別な人とくっついても、お前はランシアを好きでいる自由がある。でもって、ランシアの子供や孫を見守って、時には手助けしてやればいい」

「そうでやすね、それも悪くない」

「だろ?」

 気を取り直したかのようだったが、またジンゴローはシュンとなった。


「でも、ランシアさんは、旦那の事が……」

 うーん、またそこか。

「少なくとも、俺の方は彼女を恋愛対象とは見てない。その意味じゃ、トゥルトゥルと一緒だよ」

 ジンゴローをひと押しするために、俺もきちんとランシアと話さないとな。

「よし、じゃあもう遅いし、今夜はこれで終わり。また明日な、ジンゴロー」

「え、ああ、はい。お休みやす」

 どうだろう。少しは前向きになってくれたかな。

 ……まぁ、その方面で俺は、めっちゃくちゃ後ろ向きなんだけどさ。


 ミリアム……どうしてるだろう?


********


 翌日。

 朝一番で宿を引き払い、俺たちは街の中心、迷宮の入り口を目指した。籠に乗る組み合わせは、昨日の通り。一つ前の籠で先を行くジンゴローとランシアは、傍目には和気あいあいと言う感じで乗ってた。つい遠隔視で見てしまう。

 しかし、こうしてみるとあれだな。体格差的に白雪姫と一人の小人。いや、ランシアは姫って感じじゃないな。黒髪じゃなくて赤毛だし、ベリーショートだし。元気で愛嬌のある村娘。アニメではヒロインとかの親友で、色々力になってあげるタイプ。で、気が付くと人気投票で上位に食い込んでるみたいな。


「ご主人様、なにニヤニヤしてるの? ボクの魅力にやられて、エッチな妄想?」

「するか」

 ケーブルを手繰る手を放し、両側頭部をゴリゴリ。

「ギャー、やめてー、ご主人様ー!!」

 トゥルトゥルが暴れるから、ケーブルが結構激しく揺れた。

 ガクン。

 なんだ? ちょっと違う振動が。

「ご主人様! あれ、大変!」

 トゥルトゥルが前の籠を指差す。滑車の一つからケーブルがはずれて、車軸でどうにかぶら下がってる。ヤバイ。

 万一に備えて、籠のすぐ下にゲートの足場を開く。その時、ジンゴローが籠の中から立ち上がった。

「ジンゴロー!」

 トゥルトゥルが叫んだが、城壁の間を吹く風にかき消されてしまう。


 俺は遠隔視でジンゴロー達の籠を横から見た。二つある滑車のうち、外れているのは前の方だ。ジンゴローは脚をランシアに抱きかかえてもらって、前の滑車に向かって身を乗り出している。

「あいつ……高所恐怖症のはずなのに!」

 そして、ついにジンゴローはケーブルを掴んだ。滑車の向こう側の部分を。そこに、どこから取り出したのか細いロープを結びつけ、外れた滑車の下側をくぐらせて、今度は後ろに身をひねってそちらの滑車にひっかけた。

 そこで俺にも、彼が何をしようとしているのか理解できた。

 ロープの端を持ってジンゴローは籠の中に戻り、ランシアに何か言った。彼女は何度もうなずいて、ジンゴローの腰のあたりに腕をまわして、ギュッと抱きしめた。

 熱い抱擁、なんてロマンチックな雰囲気じゃない。


 ジンゴローはロープを渾身の力で手繰る。手繰る。

 レプラコーンは小柄だが、ジンゴローはかなり重い槌を軽々振るって工作をする。鉱人族ドワーフほどではないが、見かけより筋力はある。ロープを手繰って行くと、いつぞやの倒れた馬車を起こした動滑車の原理で、外れた滑車が上がっていく。十分に持ちあがったところでロープを籠の支柱に結び付け、今度はケーブルを滑車の下側の溝にはめ込む。

「やった! ジンゴローがやったよ、ご主人様!」

「だから、お前が暴れたらダメだろ!」

 脳天チョップで黙らせて、ジンゴロー達に続いて渡りきる。


 向こう側に渡ってみると、ランシアがへたり込んで、ジンゴローを抱きしめて泣きじゃくってる。ジンゴローはと言うと、白目を剥いて気絶だ。

「いやぁぁぁあ! ジンゴロー、目を開けてー!」

「おいおい、ランシア。それじゃあジンゴローが窒息しちまうぞ」

「ジンゴロー! ジンゴロー!」


 俺はマオを手招きして頼んだ。

「ちょっと、静かになる奴を頼む」

「了解」

 軽い眠りの霧オミヒイプノを嗅がされて、ランシアは短いお昼寝。

 ジンゴローの方は、アイテムボックスから鉱人族ドワーフの火酒の瓶を出して、栓を抜いて鼻元に持っていったら、あっさり目を覚ました。


「あれ……あっしは一体?」

 続いてランシアが目を覚まして、またもジンゴローに抱きつく。

「うわぁぁん、ジンゴロー、死んじゃったかと」

 いや、殺しかけたの、キミだから。

「しかし、ジンゴロー凄いな。高所恐怖症だったのに」

 俺の言葉に、へ? という感じでランシアが振り向いた。

「あ、知らなかった? ジンゴローは高いところが苦手で、以前、一緒に竜に乗った時――」

 ジンゴローの体がビクン、と震えた。たちまち目玉がグルン、と上を向いて気絶。

 ……嫌な事を思い出させちまったな。

「ジンゴロー! ジンゴロー!」

 ランシアが揺り動かす。


 ちょっと寝かせてやろうよ。ジンゴロー、頑張ったし。


********


 二人が乗ってた籠は、前の滑車が痛んでて外れやすくなってた。俺はその事を指摘して、料金を取り返した。日本円にして五百円だが。

 こういうのは、金額じゃなくてけじめが大事だからね。


 俺たちは、ジンゴローが目を覚ますまでしばらくその場で休み、再び迷宮の入り口を目指した。その後はトラブルもなく進んだが、ジンゴローはどうやら高所恐怖症が再発してしまったらしく、籠の中ではランシアに抱きかかえられながらも真っ青になって震えていた。

 そんなジンゴローを抱きかかえるランシアは、完全に聖母さまに憑依されてる感じの、慈愛に満ちた表情だった。

 羨ましすぎるぞ、ジンゴロー(泣


 それを見たトゥルトゥルが。

「ボクの可愛いランシアがジンゴローに獲られた!」

「おまえは何を言っているんだ」

 思わずミルコ・ク○コップ顔で聞いてしまった。

「ランシアはボクの妹だもん!」

 いや、どう見ても逆だろ、と思ったが……年齢的には確かにそうだな。


 で。昨日は見下ろすだけで宿へ戻ったが、今日は迷宮の口までらせん状のスロープを降りていく。降りていく。降りていく。降りて……。

「いい加減、飽きた」

 十周ほど回ったところで、全俺が根を上げた。


 そろそろ昼だし。こんなところに小屋を出すわけにいかないし。遠隔視で確認すると、すり鉢の底は直径五十メートルほどの広場になっていて、店だの屋台だのがひしめいていた。迷宮から腹を減らして帰ってきた冒険者を目当てにした、商店街ってとこか。

 スロープの前後に他の人間がいないことを確認して、転移のゲートを開く。そして、すり鉢の底の食い物屋らしい店の裏手に、全員で移る。

 途端に、激しく食欲を刺激する匂いに取り囲まれた。肉の焼ける匂い、煮物や炒め物の匂い。


「とりあえず、昼飯にしよう」

 全員に大銅貨デカドラ五枚を支給し、食い終わったら広場の中心に集合ってことで、自由行動を宣言。

 おっとトゥルトゥル。お前は別ね。ガッチリこの手を放さない。


「わぁい、ご主人様♡ 何を食べます?」

「そうだな、まずこれとか」

 肉の串焼きを手渡す。モグモグ。

「ご主人様♡ 次は何を」

 ブリトーみたいなやつを手渡す。モグモグ。

「ご主人さ」

 モグモグモグ。

 もう片方の手に食い物を持っていれば、悪い癖の出る暇はない。


「けぷ~、ボクもう、食べれない」

「うん……俺もだ」

 最後は、広場の真ん中の何かの記念碑の横に、二人してへたりこんだ。

 なんだここは。食い倒れか? 大阪なのか? ソースは二度づけ禁止?

 大銅貨デカドラ五枚でここまで食えると、軽く死ねるな。日本なら五百円かそこらだ。


 空腹にせきたてられずに周囲を観察すると、やはりというか、客の大半は冒険者らしきものばかりだ。それでも、宿屋などでは多少、種族別の贔屓とかがあるのか、「駱駝の蹄亭」ではヒト族が目立った。

 だが、ここにはずんぐり髭もじゃの鉱人族ドワーフや、すらっとした森人族エルフなど、妖精郷からほとんど出てこないレア種も見かけた。グインのような獣人族も大勢いる。

 人種のるつぼというか、ごった煮だな。


 やがて仲間たちも返ってきた。

 ランシアがジンゴローと一緒なのは誠に結構。マオはギャリソンと何やらグルメ談義。そういや、マオも中身はジーサンだもんな。


 ……しかし。


「アリエル、どうした?」

 グインにお姫様抱っこされてる。

「すみません、ご主人様。ついさっき、急に右膝が伸びなくなって」

 御美脚の故障か。

「ジンゴロー、見てやってくれるかな」

「へい!」

 飛んできて、御美脚の右膝関節を覗きこむ。

「……うん、こりゃバネが折れてやすね。部材の備蓄にある、焼入れした針金で作りやしょう」

「そうか、じゃあ頼む」

 俺は物陰でアイテムボックスを開く。ジンゴローが潜り込み、針金とバネ作り用の治具を取り出した。

 その時、周囲を見回していたランシアが言った。

「トゥルトゥルは?」

 あ。しまった。

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