4-3.ルフィの物語3
転がるムサシの首を、俺は魔法の手で掴み、目の前に引き寄せた。
血液と魔素を失いながらも、最期の瞬間、彼は瞬きをして、確かにほほ笑んで目を閉じた。
だが、まだ終わりではない。
彼の魔核を残してはならない。魔核はムサシの魂だ。引き継ぐのは俺だ。
再び剣を振るい、ムサシの後頭部を割る。しかし、魔法の手でつまみだしたその魔核は、俺の手からつるりと滑りだし、床の上に落ちた。
魔核が俺の体に反発し、直接触れる事ができないのだ。
再び、魔法の手で魔核をつまみあげようとした時。部屋の隅から飛び出してきた小型の魔物が、かっさらうようにしてそれを取り込んでしまった。
が、そのまま魔物は石と化し、ひび割れて砂となって崩れた。後に残った魔核は一つ。さっきよりも少し大きい。それを魔法の手で拾い、鑑定する。
「勇者の呪いの魔核、か」
鑑定結果にはそうあった。取り込んだ魔物の魔素を吸い上げ、その魔核と融合して逆に獲りこんでしまう。その結果、魔核と魔素を失った魔物は石化する。
彼の魔核に対する憎悪が生みだした呪いなのだろうか?
しかし、俺に対してだけは、取り込まれる事を拒否するようだ。
ムサシは、俺も魔人化していると気づいていたのか? 鑑定の呪文すら覚えなかったのに。
俺は彼の首を抱えたままつぶやいた。
「ムサシ。俺はどうしたらいい? 死ぬこともできず、このまま次の魔王になるしかないのか?」
返事などあるわけもない。
「
試しに唱えてみると、宝物庫が開いた。なるほど。呪いの魔核も、魔法具としては使えるのか。
俺はムサシの遺体を氷漬けにして、彼の恋人、アイリの亡骸と共に宝物庫にしまいこんだ。
********
俺は魔王の居城にしばらくとどまる事にした。奴が集めた魔道書を調べるためだ。
知識欲というものは、魔人になっても消えないらしい。
だが、読書を始めた途端、城の外に動きを感じた。バルコニーから見下ろすと、城の庭の一角に猛禽類の魔物が集まっている。腐肉食いの奴らだ。と言う事は、逃げ出した人間の死体があるのだろう。
腐ってしまっては臭いが溜まらない。ムサシの使う空間魔法に、深淵投棄と言うのがある。魔王の死体のかけらのように、あれで処分してしまおう。
行ってみると、死体ではなく、まだ息があった。トカゲ族の女だ。わざわざ殺す事もないだろう。身の回りの世話でもさせようと、連れ帰って治療した。
トカゲ人族の女は奴隷だという。主人を亡くしたので、死ぬばかりだと。だから、俺の奴隷にして、ゼノビアと名付けた。老師から学んだ歴史に出てくる、古代の女王の名だ。皮肉が効いてて良いだろう。
ゼノビアは火魔法が多少使えるので、炊事などのために酷使させてみた。魔人になれば寿命もないに等しくなる。長く使えた方がいい。何より、料理の腕がなかなか良かった。美味い物を食いたいと言う欲求もまた、魔人となっても変わらないようだ。
そして、俺は魔王の蔵書を読みふけった。探し求めていたのは、エリクサーだけではない。言うまでもなく、自分自身の魔核を破壊する方法だ。
調べた結果、相手の魔核を破壊する術式なら、魔核に組み込めそうだった。しかし、試した結果は失敗だった。俺の魔核が自動的に反撃し、相手の魔核を破壊してしまうのだ。俺より強い、色の濃い魔核は、この城にはなかった。
研究は振り出しに戻ったかに思えたが、その時、一つ閃いた。
魔核が扱える魔力は色の濃さ、耐えられる対価は大きさで決まる。そこで、全く同じ色合いと大きさの魔核ふたつに、互いに相手を破壊する術式を組み込む。そうすれば、魔核同士の間で破壊の魔法が反射され、増幅され、臨界点を超えれば両方を破壊するに違いない。
あとは該当する魔核のペアがあればいい。これも調べた結果、ゲリ・フレキの魔核が最適だとわかった。しかし、この魔物は有名な割に個体数が少なく、大抵は片方を先に殺してしまうため、もう片方が魔核を吸収してしまい、ペアとして残されているものは少なかった。
適したペアが見つかるまでに十数年かかった。そして、魔核実験は成功した。二つの魔核は大爆発を起こした。小鳥の卵大でこれだ。魔族クラスの大魔核なら、街一つ吹き飛ばすだろう。
だが、その間に俺の中の魔核も成長してしまい、魔族変化もできるようになっていた。それでもやはり、勇者に打ち取られるのではなく、自力で死を迎えるのが望みだ。
それが俺の、せめてもの魔神への意趣返しなのだから。
その年月のうちに、トカゲ族の女、ゼノビアも魔人になった。もともと大した魔力はないから、魔族変化はできないだろう。しかし、小間使いなのだから問題ない。老衰で死ぬたびに新しい小間使いを調達するのは面倒だから。
それでも一応、俺の初めての配下と言う事になるのか。
ムサシの魔核を収めたペンダントは、魔族変化でちぎれないように鎖を長くし、変化時にはチョーカーになるようにした。
ペンダントやチョーカーのデザインは、ゼノビアがやってくれた。
********
やがて、次の魔王が現れた。
どうやら、反抗的な俺は魔神に喜ばれなかったらしい。そして、次の勇者が召喚された。どちらも、魔族である俺には感じ取れた。その勇者は、立派に魔王を打ち取った。
そして、その勇者と共に戦った魔術師が、次の魔王になった。
下らない。実に下らない連鎖だ。
……ところが、何か様子が違う。その魔王は、何故か魔核の支配からのがれ、今までの魔王と違う事を始めた。面白い。
そして。
さらに次の勇者が召喚された。召喚されたはずだ。確かに、召喚魔法の発動を感じた。しかし、一向に勇者としての活動が見られない。調べてみると、勇者はペイジントンに腰を落ち着けているらしい。久しぶりにゲリ・フレキの魔核ペアが売りに出たので、買いに訪れた街だ。
魔核ペアはこの百年で二組集めたが、片方は実験で使ってしまった。これで、ようやく補充できたことになる。
そのうちに、当代の魔王の配下がしびれをきらし、勇者のいる街を襲った。
目を疑った。勇者の戦いぶりに。
「これは……宝物庫に、そんな使い道があったとは」
……いや、ムサシも気づいたのだ。最後の最後に、破れかぶれで。
ムサシによって賽の目に刻まれた魔王は、この勇者に敗れた魔族とそっくりだった。
ムサシが絶望したのは、気が付くのが遅すぎたせいもあったのだろう。目の前で何人もが食い殺された後で。魔人となってしまった後で。
この勇者への憎しみが湧いた。妬みかもしれん。
その思いが魔核をさらに肥大させたのだろう。ある日、魔神の声が脳内に響き、自分が魔王として選ばれた事を知った。
その事を告げると、ゼノビアは言った。
「おめでとうございます、オルフェウス様」
うやうやしく
「果たして、そんなにめでたい事なのか? これは」
「もちろんです。魔王とは魔人族の王。新たな魔王の御即位は、全ての魔人にとって、
ゼノビアはヒト族の間で虐待された日々を送っていたらしい。しかし、魔人とは魔核を持つ人間の総称だ。ヒト族も獣人族もない。
悪趣味な話かも知れんが、あの人食い魔王も人種での好き嫌いはなかったわけだ。
つまり、魔人となれば、人種差別など意味が無くなるのだ。その魔人を統べる魔王は、そうした立場の者にとっては、称えるべき存在なのだろう。
俺はゼノビアの祝福を黙って受け入れることにした。
「では、ヒト族の王に伝令を頼むか」
ゼノビアは爬虫類特有の丸い目で瞬きした。
「どのような内容を?」
「『魔王、ここにあり』だな。いつでも倒しに来いと」
彼女は牙を剥いた。これがトカゲ人族の頬笑みだと、この百年でわかるようになった。
「はい。御心のままに」
彼女はヒトの姿に変身した。そのまま王都に瞬間転移し、王城の謁見の間に彼女を送り込む。簡単なものだ。
宣戦布告は済んだ。先に進もう。
俺は魔族変化ができるようになってから、新たな魔核が発生して魔人が生まれれば、これを知ることができるようになっていた。
本来は自分の配下を募るための能力だが、今の魔王の配下となった魔族を把握する事にもつながった。そこで、奴らをそそのかし、勇者を襲わせた。
しかし、ことごとく倒され、あるいは奴に恭順した。
ならば、自分で打って出るか。
遠隔視で移動先に宝物庫の扉の足場を置き、そこへ転移。これを繰り返して北の大陸に渡り、減ったムサシの魔核を現地の魔物に与え、魔素を奪い取る。単独で海を越える時は、いつもこうして来た。
そして魔力を絶ち、気配を消して待ち伏せし、勇者の仲間に襲いかかった。
しかし、致命傷を与えたはずの豹頭の戦士が生き返った。なぜなのか、その経緯が遠隔視を使っても分からない。しかしこれは、明らかにエリクサーだ。この勇者は、どこからかそれを見つけ出したのだろう。
……それは、理不尽すぎないか?
俺は城に戻ると、宝物庫を開いた。ムサシとアイリの入っている宝物庫を。
「オルフェウス様、この方は!」
たまたま部屋に入って来たゼノビアが絶句した。
「うむ。お前を救った勇者、我が盟友のムサシ、その想い人のアイリだ」
「なぜ、勇者さまがこんなむごい姿に……」
「彼が、魔神の支配を拒んだからだ」
正確には、俺も受け入れてなぞいない。俺自身は、俺を消滅させてくれるものなら、なんでもいい。しかし……
俺がどうしても
一体なぜ、あの勇者はエリクサーを手に入れ、なぜムサシは手に入らなかったのか。
いや……そもそも、最初から情報が間違っていた。彼が倒した魔王の持つ文献に、エリクサーなどは載っていなかったのだ。むしろ、全く逆の死と破壊については詳しかった。
そう、西の大陸を暗黒大陸に変えてしまったあれとか……。
しかし、老師がウソをついたはずがない。もしや、何か北の大陸にしか伝わっていない知識があったのだろうか。それとも、ムサシと奴に、どこかに決定的な違いがあったとでも?
そう、このタクヤと言う勇者はかなり変わっている。いや、奴本人は勇者ですらない。魔力探知でみた限り、魔法は奴を基点として発現しているが、奴自身に魔力はない。と言う事は、魔法はもちろん、闘気をまとうこともできない。魔物を使役しているようだが、その魔物も見えないのだ。
理不尽な存在に、さらに怒りが募る。あれを使うことも考えた。何度も。それが記された文献を開いたまま、何日も眺めた。世界を道ずれに滅ぶ。魔王らしいと言えば、そうかもしれん。
「お茶をお持ちしました、魔王様」
ゼノビアが入れてくれた紅茶はうまい。
……そうだな。こいつまで殺してしまうことはあるまい。殺すのは奴だけでいい。
それが閃きを生んだのかもしれない。
これを試してみるか。
人間に魔核ペアを仕込んだ人間爆弾。まずは、勇者タクヤ個人を狙ってみた。
……弱い。爆発力それ自体に期待してはいなかったから、奴が生き残っているのは当然だ。しかし、もっと大きな精神的苦痛を与えられないものか。
北の大陸に大軍勢を率いて移り、本格的に戦いを起こしてみる。そして、戦いを仕掛けてきた人間の軍隊をひねりつぶしてみたりした。
戦争そのものは、遠からず勇者をおびき出す事に繋がるだろう。
だが、それには皇帝を排除する必要があった。皇帝がいる限り、勇者は表に出ない。それが不文律としてあったように思う。
都合のいい事に、そのうちに魔族の中に不満が高まって来た。ようやく出陣してきた皇帝と、どうしても戦いたいと言うのだ。
その魔族の中に双子の魔族がいるのに気づき、また閃いた。その二人に、戦うなら勝て、勝てなければこれを使えと命じ、彼らの魔核に魔核爆発の術式を仕込んだ。そして、皇帝の滞在する街に向かわせた。
結果として、魔核爆発で街が一つ吹き飛んだ。雑魚魔族にしては、悪くない戦果だ。特に、あの勇者の思い入れがあるはずの街ならば。
その上さらに、確かに魔核発生の感触があった。
調べてみると、勇者の仲間の女魔術師ではないか。しかも、意思の力で魔核の支配をねじふせ、なおこちらに敵対するとは。
しかしその時、勇者が向かっている先が迷宮都市だと判明し、興味が移った。あのムサシと潜った思い出の場所に、魔王討伐以上の何があると言うのか。
行ってみて、その謎は解けた。今さら、の二度塗りだ。そして、勇者とも再戦がかなった。満足というのかうんざりというのか、俺はそこを離れた。
そうなると、例の女魔術師だ。未だに魔核の支配に耐えている。
なら、良いだろう。魔核爆弾のペアはもう一つある。ペイジントンで買ったやつが。
作戦はうまくいった。しかし……。
「これでも抗うか。なかなかしぶといな」
勇者タクヤと女魔術師ミリアム。
楽しませてもらおう。
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