4-4.ここに二つのニュースがある

 古竜の洞窟から元廃村、今は元山賊の家族が開拓しているはずの村へ。と言っても、いきなり村の中に出たら村人的に心臓に悪いだろうから、村のすぐ外に出た。


「うわっ! 寒! さっぶ!」

 竜の里は常春なんでうっかりしてた。真夏の南大陸からそのまんまの服装で真冬の北大陸に来たんだから、寒すぎるのが当たり前。


 まずは小屋を出す。

 このドアを開けるのもひと月ぶりだ。アイテムボックスの保温機能のおかげで、室内は快適な温度だ。で、寝床やテーブルなど邪魔な家具をしまってから、壁面にみんなのいるアイテムボックスを開いた。


「あら、懐かしい。これ、あの小屋ですよね」

 ランシアが出てきて見回す。家具がないとがらんとしているが、全員いるとちょっと狭い。

 ちなみに、エレとロンはキウイのいるアイテムボックスに戻ってもらった。


「みんな、ここで冬服に着替えて。凍死するほど、外は寒いよ」

 まずは、各自の衣装箱をアイテムボックスから出して、部屋の真ん中に衝立をだした。というわけで、男女分かれてお着替えタイム。

 衝立の端から、トゥルトゥルがピョコンと顔を出した。

「ご主人様♡なら、覗いてもいいよ♡」

 いや、覗かないよ。キミの着替えは特にね。


「あの、あたし、冬服とか持ってなくて」

 そうだった。ランシアの服、用意してなかったな。

「では、これなどいかがでしょう」

 アリエルが貸してくれるのか。良かった。


 全員着替え終わったら、衝立をしまって。

「なんか知らんが、メイドが増殖してるぞ」

 ランシアが借りたのはメイド服だった。アリエルの予備か。トゥルトゥルを加えて三人がお揃い。

 まぁいいか。


 ん? ジンゴローがやけに嬉しそうだな。ランシアも彼の方をちら見。はいはい、ごちそーさま。


「じゃ、行ってみるか」

 俺は外に出ると、全員が出たのを確認してから、元の家具を室内に出して、小屋をアイテムボックスにしまった。


「ほう。随分、頑張ったみたいですね」

 マオが村を眺めて感心した。

 その通りで、雪に覆われた村の主だった道は除雪され、畑はライ麦だろう、麦踏みの後が見て取れた。

「ライ麦の種まき、間に合ったんだな」

 太陰太陽暦ってやつで、暦と季節は最大で一か月ほどずれが出るが、それでもギリギリだったはず。ある程度、耕すところまでやっておいて良かった。土地改良の魔核の効果もあったに違いない。

 除雪された道は多少ぬかるんではいたが、歩きにくいほどではなかった。村の中を村長の家に向かう。家々の戸口からこちらを窺う女性の姿が、ちらほら。そう、ここは女子供だけの村だものな。

 なので、バラバラと出てきた人たちに囲まれたのも仕方がない。手に手にくわとかすきとか弓矢を持ってるのもわかる。


「えーと、怪しいものじゃありません。みなさんが元気か様子を見に来ました」

 俺の正面に立つ年長の女性に、有効的に話しかけたんだけど。

「誰だお前!」

 しまった、仮面とカツラを忘れてた。しばらく使ってなかったからな。アイテムボックスから出して装着し、安心させる。


 ……いや、普通はこっちの姿の方が怪しいと思うぞ。


「勇者様……」

 正面の女性が武器を納めると、皆それに倣ってわらわらと近寄って来る。

 よかった。思い出してくれたか。

「みんな元気かな?」

「はい、なんとかやってます」

 おう。ウルウル来てるね。おじさんも嬉しいよ。

 そして、みんなで村長の家までぞろぞろと。あの年長の女性が、この村の村長役なのだそうだ。


 で、早速、宴の準備とか始めるので、俺は心配になった。

「大丈夫か? 冬のさなかで食糧とか」

「はい。頂いたお金で、十分買えましたから、備蓄はたっぷりあります」

 それで一安心。なんでも、東にある農村、街道が南に折れる所のあそこと仲良くして、手助けもしてもらってると言うことだ。男の手が必要だろうしな。


 その夜はこの村で泊まったが、寝床は丁重に辞退して、小屋を出してそちらにみんなと寝た。気がねしないで済むほうがよく寝られるからね。小屋は元あった村長の家の庭に出そうかと思ったが、防水布をかけた薪が積まれてたので、村の広場に出した。

 人が生活することで、廃村は息を吹き返し、変化が始まってるんだな。


 翌朝。

「今日、みんなはこの村に滞在していて欲しい。俺は竜たちに渡す品を買い付けてくるから」

 俺の言葉に、みなうなずいた。


 女性陣(男の娘含む)は、昨夜この村の女性たちとかなり仲良くなったようだし、ギャリソンは自分のレシピを広めたいらしいし、ジンゴローとグインはあれこれ手伝いをせがまれてるようだ。

 みんな退屈する暇など無さそうなので、結構なことだ。何か問題があれば、マオから遠話がかかるはず。


 というわけで、俺はここと帝都との間にある大きめの街に飛んだ。馬車で旅していた時は昼近くに着いてしまったので、先を急いで素通りした所だ。

 商人ギルドに出向いて、牛・山羊・酒の買い付けを願い出る。金貨の山を見せると流石に話が早い。問題は引きとる時だ。荷馬車の用意とか申し出てきたが、そっちは丁重に断る。それより大きめの倉庫に全部集めてもらい、輸送はこっちでやると言っておいた。


 で、準備をしてもらっている間に、街の商店を回って他の必要な物を購入。特に、通常の薬が結構減ってしまった。迷宮探索中に怪我をしたパーティーによく出くわしたので、大盤振る舞いしたからな。そして自分たちの食糧も。

 あれこれ買い物して商人ギルドに戻ったのが夕方。買い付けた品の用意ができたというので、倉庫へ向かう。ギルドを疑うわけじゃないが、とりあえず全部確認して、書類にサインし、金貨の袋を手渡した。


「じゃあ、後はこっちでやりますから」

 扉を閉めると、しまっちゃうおじさんに変身。たちまち広い倉庫は空っぽになったので、みんなのいる元山賊村に転移。


「マオ、買いつけは終わったぜ……って何やってんの?」

 村長の家の居間で、奴は若い女の子に取り巻かれていた。

「はい、ちょっと昔話をみんなに」

 例の、女勇者との恋バナかよ。全く、人がこんなに働いてるのに、若い娘のハートを鷲掴みしやがって。

 ……まぁ、この手の理不尽はどの世界でも一緒か。


「じゃ、竜の谷へ行って来るわ」

 明日、みんなで行こうかと思ってたが、いいや。一人で行こう。残業代は皇帝に請求してやるんだ。

 てなわけで、ちょっとやさぐれながら古竜の洞窟へ。


『お、またお主か』

 どんどん、俺の扱いって軽くなっていない?

 まぁいいや。エレとロンを出してやろう。

『あ、りゅうのおじいちゃん』

『またあえたね、おじいちゃん』

 しばらく古竜にデレさせて。


「さて、約束の肉と酒なんだけど、どこにどれだけずつ出したら良いかな?」

 この洞窟の出入り口は空からだ。ここに全部出したら全員が集まるようだ。

『ここには牛と山羊二頭ずつ、酒二樽で良いじゃろ。あとは若いもんにやっておくれ』

「大人の竜とかはいいのか?」

『よく食う奴らが食えばよい』

 うん、そうだな。でもじいさん、あんた年の割に良く食うな。いや、ずっと眠ってたから、久しぶりのメシなのか。消化とか大丈夫なのか。

 まあいいや。竜の健康管理なんて、勇者の仕事にもないだろうし。


「じゃ、またそのうちな」

 エレとロンをキウイのところに戻して、俺は竜の子の里へ転移した。

 で、エレとエルマーの感動の再会。感動してたのは一方的にエルマーだけどな。

 目がハートの竜(以下略


 残りの肉と酒を出したところで、養育係に挨拶して約束の鱗と髭を受けとる。古竜から話が通っていたので助かった。

 早速、帰路に就く。寝押しされるのも、起きぬけバトル挑まれるのも真っ平だからね。


 みんなのところに戻ったらもう深夜だった。

 村長の家での宴も終わってて、俺はオート麦の粥と冷たくなった料理の残りという、とても心の温まる食事をふるまわれて小屋に戻った。

 そして、皆が寝静まった中で、竜にあって興奮しているエレとロンの話を聞きつつ、眠りに落ちた。


 俺って働き者だよな。誰か褒めて。


 翌朝。

 村長の家でギャリソン達が朝食の準備をしている間に、俺とマオ、エレの三人でエリクサーの練成を行った。

 場所は小屋の中。寝床をしまってテーブルと道具だけを出した。まずは鱗一枚と髭一本で十人分。完成した青く輝く液体を水で割って、昨日街で買っておいたガラス瓶に入れて行く。この瓶が結構高い。北の大陸では貴重品だ。


 ただ、最後にちょっと失敗した。腹が減ってたせいか、うっかり手元が狂って少しこぼしてしまったのだ。もったいないから、机の上にアイテムボックスを開いて回収する。

 完成したエリクサーをアイテムボックスに入れ、朝食にする。それから小屋をしまって、見送られながら村の外へ。


「本当に、勇者様にはお世話になってしまって」

 村長には涙ながらに礼を何度も言われた。それは良い。良いんだけど、あっちではうちの女性陣が村の女たちとハグしてるし、マオは村の娘たちに泣かれてるし。


 なんかなー、心が寒いのは真冬だからじゃないような。


 一通り別れを惜しんだあと、みんなはアイテムボックスへ。俺は足元にゲートを開いて、低コストの転移だ。


 次はエルリックの泊まっていた宿屋だ。一ヶ月後に来ると言っておいたが、ずいぶん遅くなってしまった。宿賃は十分だったようなので、代わりにみんなと一泊する事にした。

 明るいうちは、旅の間にあれこれ消耗しているので、少し補充しておく。食料は昨日買っておいたが、衣類などは女性でないと分からない物もあるしね。


 で、夜になったら宿屋で酒と料理も大目に注文し、商売繁盛に貢献。久しぶりにグインが酔い潰れたが、なんとアリエルが魔法の手でベッドまで運んだ。これが愛の力か?


 ……しかし、気になるのはザッハだ。何度遠話をかけても出ない。

 まさか、病気とか? 真冬だし。だったら遠話かけたら悪いよな。


 結局そのままにして、翌朝、俺たちは宿場町のはずれから帝都に転移した。


********


「凄いな。もう再建されてるよ」

 驚いて、俺はきょろきょろしてしまった。


 青魔族に完全に破壊された帝都のアフロディエル神殿だが、ほんの何カ月かで完璧に復元。まるで魔法のようだが、文字通りその通りなのがこの世界だ。


 神殿の門からの参道には沢山の屋台と沢山ののぼりが立っていて、そこには「真実の愛の聖女」とか書かれていた。巫女さんのニューフェイスだろうか?

 屋台の方は準備中らしい。食べもの屋が多いから、お昼から営業開始なんだろう。

 俺としては、用があるのは酷い火傷を負わせてしまったあの巫女さんだ。屋台も聖女様も、後回し。


 なので、神殿の本殿に直行した……のだが、入り口で神官に呼び止められた。

「本殿の中は武器の携帯は禁止です」

 うん。そうだよな。武装してて良さそうなのは、闘神ガロウエルの神殿くらいだろうし。


 武器は預かると言われたけど、それじゃ緊急事態の時に困るので、「宿に置いてきます」と言って一度外に出た。

 この日泊まる宿は既に決めてはあるものの、そこまで戻るのは面倒だ。で、物陰で武装解除。グインとランシアの剣、トゥルトゥルのフーパックをアイテムボックスにしまった。


「お前なんか全身が武器なわけだが、どうする? しまっちゃおうか?」

 真顔でマオが答えた。

「いやだなぁ、おとなしくしてますよ」

 猫被りやがって。マオだけに。


 再度、本殿へ。今度は問題なく入れてもらえた。

「真実の愛の聖女、次の説法はもうすぐ! お布施はお帰りで結構ですよ!」

 神官が呼び込みやってるよ。礼拝堂のような広間の中を覗いてみると、ほぼ満席だった。大人気だな、聖女さま。

「そんなに素晴らしいお話なんですか?」

 ちょっと聞いてみたんだが。


「はい、……それはもう、……聞くも涙、語るも涙なお話です。グスッ」

 本当に泣いてるし。

 なんか怪しげだな。どうしたもんか。


 振り返ると、女性陣が興味津々で前かがみ。

「真実の愛……惹かれる物があります」

 ランシア。まぁ、ジンゴローをよろしくな。

「アフロディエル神の加護、是非とも必要ですし」

 アリエルも。そうか、そうだよな。

 ……トゥルトゥルも何か言いたそうだが、いいからキミは。


 まぁ、説法なんて何時間もやらないはずだ。あと二時間ほどでお昼だし。外に屋台が待ち構えてるし。こっちも、別に急ぎの用があるわけでもないし。

 いや、火傷の巫女さんを治すのが目的だけど、何カ月も待たせた後だし。


「じゃあ、拝聴させていただくよ」

 そう言って、俺たちは部屋の中に入った。

 ……満席だから、当然立ち見だ。いや、話を聴くんだから立ち聞き? 日本語的には意味が違うな。

 なんて思っていると……。


 部屋の奥の高いところにある演台、というか説教台に、一人の大男が昇って行った。おいおい、聖女様が実はニューハーフとかいうオチ?

 なんて内心ツッコミ入れてると、大男がこちらに向き直った。


 おお、というどよめきが、会場にさざ波を作る。

 大男は、小柄な少女を抱きかかえていた。後姿では完全に隠れていたから分からなかったが、その少女は。


 遠隔視でズームして確認した。

 ミリアムの火魔法に巻き込まれて、顔の半分と右手を失った少女。彼女に間違いなかった。


********


 火傷の少女、真実の愛の聖女の話は、掛値なしに感動的だった。

 半身に大火傷を負い、人生に絶望した少女と、災害復興の人足として連れられてきた、巨人族の奴隷の少年との出会い。まさかの少年からの求愛と、彼を酷使していた奴隷主人の悔悛。

 そもそも、少年が少女に恋をしたのが、「酷い怪我をしたのに頑張ってるから」で、容姿は無関係だった事。少女の方も、最初は少年の容貌が魔族に似ていたため、恐ろしく思っていたが、その心根の優しさに触れて変わったと。


 ――なるほどな。なんというか、俺ですら希望が持てそうな話です。ありがとうございました。


 というわけで、説法というか講話というかが終わった後。俺は聖女様に面会を申し込んだ。この場合、花束とか魔法でも使って用意すべきだよな。アイドルの楽屋に突撃、ならば。

 マオに聞いたけど、「そんな魔法はありません」だと。花一輪でもいいのに。「今はこれが精一杯」てのはないのか?


 で、エリクサーを取りだしたんだけど。

「私には必要ありません」

 ですよね。

 外見の美醜など、真実の愛の前では無価値。そのラブラブ光線で、お互いの気持ちを再確認させ、高めるのが、聖女様の役割。


 ……はい。俺の出番はありません。


 丁寧に挨拶して、俺たちは聖女様の楽屋……じゃない、控室を後にした。


 てかさ、だったら俺は何のためにガジョーエンまで行ったんだろ。

 ……いや。

 エリクサーは重要だよな。これから魔王との戦争が本格化するわけだから。きっと、死ぬべきでない人がどんどん死ぬ。その一部でも助けられるならば。


 大文字で「反論は許さない」と、日記には書いておこう。


********


 帝都なら、ここも外せない。モフィエル神殿にいるはずの、元・北の魔族、エルリック。

 死と再生の神、闇属性魔法ということで、何やらオドロオドロしいイメージがあったのだけど、神殿そのものはどことなく日本の仏閣を思わせる、抑えた色調の侘寂わびさびな建物だった。神官さんたちが剃髪してるのもある。


 でもな。

 俺は絶望した。エルリックに絶望した。


 なんで金髪幼女の膝に顔をうずめて、頭ナデナデされてんだよテメーは。

 まぁなんだ。ちょっと私情がからんで暴走しちまいましたが、この幼女が例のイタコ巫女様だと。エルリックにかける言葉も、声音は幼いけれど確かに婆様の口調だし、その昔話の内容も明らかに数十年前の内容で、マオによる時代考証も完璧だったし。


 この世のすべては、イデア界に記録されている。だから、死者の記憶や性格も記されているわけだ。それを脳内にダウンロードして再生するのが、ここの巫女様の神術と言うわけだな。

 死んだ人そのままではなくても、限りなく近い複製と言うべきか。

 最愛のお婆様に再会できたんだね。ロリ・ペド要素は皆無なんだね。


 ……てことで、扉をそっ閉じして、俺たちは宿屋に戻る事にした。


********


 そして、宿にて。

 食事の後、ザッハに遠話しても、やはり出ない。ここまで来ると、俺も悪い予感しかしなくなる。でも、いくらなんでも、まさか。そんな思いがあった。

 一旦、それぞれの部屋に引き揚げた後。俺は男子組の戸を叩き、マオに皇帝への遠話を頼んだ。俺が直接やるより、ぶしつけにならないだろうし。


 で。

 マオの顔がどんどん暗くなる。

「……どうしようもない暗い話と、救いようのない酷い話。どっちから聞きたいですか」

 来たよ。究極の二択。ここに二つの知らせニュースがある。それって、マシなのはどっち?


 両方聞きたくない。絶対それ、一生のトラウマ級だろ? あれだ。いわゆる一つの、究極の選択。

 それでも、聞くしかない。

「……前者から」

 ようやく振り絞った返事。

「ペイジントンが、壊滅しました」


 ぺいじんとんがかいめつした。

 召喚時に与えられた言語スキルが崩壊した。


 ぺいじんとん、てのはあれだろ。俺が前に住んでた街だ。ザッハに世話になったよな。

 壊滅ってのは、すごく壊れた、沢山死んだってことだよな。


「死んだ? どのくらい?」

 マオは冷静だ。事実だけを伝えてきた。

「確認された死亡者は、人口の九割」

 なんだよ。なんでそんな、詰将棋みたいに人を追いこんで来るんだよ。楽しいのかよ。逃げ場を断つのかよ。


「ああ!?」

 言葉にならない叫び。それでもキウイへの指示は伝わったのか。

 俺は、暗闇の中で雪の上に尻餅をついていた。


********


「ウソだろ、ザッハ」

 懐かしきペイジントン。そこは、墓標だけが立ち並ぶ場所となり果てていた。


 かろうじて、街を囲む城壁と街の北側の太守の館は残っている。しかし館の南側は、真っ白な雪原。その下は、真黒な焼け野原。

 ザッハの家も店も、みんなと過ごした倉庫の家も、完全に消滅していた。焼け落ちただけでなく、整地され、墓地となっていたのだ。


 目の前に立つのは三つの墓標。

 ザッハ・アルゲリーブ

 レイチェル・アルゲリーブ

 ルース・アルゲリーブ

 奥さんの名前はレイチェルだったな。娘さんはルースちゃんか。

 こんな形で知りたく無かったよ。


 なんでだよ。なんで救えなかったんだよ。

 俺は、この街が二度と襲われないように、災厄の根を絶ちたくて、西へ向かったのに。あの決意は無駄だったのか?

 墓の前で突っ伏し、号泣。良い感じに、雪も降って来た。おう。埋め尽してくれ。凍死させてくれ。とっくに、心の中は絶対零度だよ。


 エリクサーがあるのに。こんなに苦労して手に入れたのに。荼毘に付された遺骨と灰じゃ、復活できないんだよ。

 何なんだよ。なにが足りなかったんだよ。どうすれば、こんな酷い事が防げたんだよ……。

 肩に手が置かれた。温かい。

 見上げると、マオだった。


「二つ目のニュースがあります」

「おまえさ、……」

 俺は胸の中のどす黒い怒りを、マオにぶつけた。

「俺をいたぶって、面白いわけ?」

 だが、マオは続けた。

「ミリアムさんが重傷を負いました。場所はエルトリアス王国の王都」

 頭の中で、ガンガンと反響する。

 ミリアムが重傷?

 ミリアムが?

 ミリアム……

 初めての場所では、転移できない。マオの胸元を締め上げて、絶叫する。

「つれてけ! 今すぐ!」

 足元にゲートが開いた。二人して奈落に落ちる間隔。叩きつけられた痛み、そして雪の冷たさ。


「どこなんだ?」

「こちらです」

 マオに手を引かれ、雪の中の天幕の一つへと向かう。

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