4-10.最終決戦

 その迷宮の入り口は、雪に埋もれた谷間にあった。

 迷宮の内部は結界で遮られ、遠隔視や転移などの空間魔法が封じられている。

 前に来た時、そのままだ。違うのは、隣にマオがいないこと。

 ……ま、あいつのことは、どうでもいいけど。


 俺は遠隔視を起動した。その視点を足元へ突きさす。しかし、じきに結界に阻まれ、そこから下には進めなくなる。だが、この世は所詮、魔力次第だ。対価を気にする必要のない今夜のキウイの魔力は、それだけなら魔王も凌ぐだろう。


 魔力を込める。さらに込める。さらに、さらに――

 突如、パリンと何かが割れる感触があり、視点は一気に迷宮の最深部へと突き進んだ。


 ……目の前に、最愛の女性ひとがいる。会いたくてたまらない、しかし、会えば苦しめてしまう人が。それでも、ためらっている暇は無かった。


 足元に転移ゲートを開き、俺は一気にダイブした。

「ミリアム――」

「来ないで!」

 いきなり突き飛ばされた。最強の魔力を込めて。

 透明鎧がなかったら、その場で体が爆散していたろう。かわりに、俺は大広間の岩壁にめり込んだ。


「お願い、出て行って! 魔核が、あなたを殺してしまう!」

 顔を覆って震える彼女の前に、俺はアイテムボックスを開いた。

「ミリアム、お願いだ。助けてくれ」

 彼女は目を開き、見て、激しくショックを受けた。はた目には残骸にしか見えない、我が愛機。


「これは……キウイ!? いったいなぜ……」

 俺は壁から体を剥がし、立ちあがった。

「クロードが魔王に捕まった。彼を人質に取られ、マオが裏切った」

 俺は淡々と話した。

「そして、エレとロンがさらわれた」

「エレが……」


 俺は大広間を見回した。

 以前、ここを訪れたマオは、何もない殺風景な空間だったと言っていた。しかし、玉座がふさわしそうな正面の演台のような場所には、大きな執務机があって書類で埋まっていた。隅の一角には衣装箱と寝台。意外と生活感がある。


「敵の魔族には、エルリックと竜たちがぶつかってくれている」

「竜たちまでが……」

「ああ……でも、魔族は悪知恵が働く。戦いが長引くのは不味い。キウイの電池が切れる前に、魔王を倒さないといけないんだ」

 俺は、ミリアムの瞳を見つめた。金色に変わった瞳を。


「君の力がぜひとも欲しい」

 金色の瞳が閉じられた。うつむき、やがて彼女は顔を上げた。見開かれた瞳には、強い意志が感じられる。

「わったわ。参りましょう」


 それでも、差し伸べた手は取ってもらえなかった。


********


 ミリアムは美しい。人としての姿はもちろん、魔族変化まぞくへんげした彼女も。神々しいとすら言える。


 エルマーから降り立った俺の傍らで、彼女は意識して古めかしい言葉を使い、良く響く声で宣言した。

「勇者タクヤの要請により、わらわはこの戦い、人間に味方する。死と滅びをまき散らす魔族に、天誅を与えん!」

 純白の翼で舞い降りた金色の魔族。


「……女神だ」

「女神の降臨だ!」

 効果は抜群だ。敗北を覚悟していた騎士や冒険者たちが沸き立つ。

 ミリアムの優れた指揮と強力な魔法で、形勢はたちまちひっくり返されていく。

「ここは頼むよ、ミリアム」

 彼女は頷いてくれた。


 俺はエルマーから鞍を外し、魔族と戦う仲間たちのところへと送り出した。

 アリエルも、俺の仲間たちのところに送り込む。

 そして、おもむろに遠話をかけた。


『マオ』

『……タクヤ』

 なにやら、観念したような声音だ。

『今どこにいる?』

『オルフェウスの迷宮です』

 やはりヤツと一緒か。迷宮にいるのか。


 それでも、さすがに遠話は通じるんだな。それもそうだ。部隊の指揮官から大将に連絡ができなければ、指揮権を放棄したようなものだからな。

 俺はその迷宮のある場所をマオから聞き出し、そこへと転移した。


********


 マオによれば、ここはアパラデクト平原というらしい。

 不毛な、という意味だ。樹木はほとんどなく、雪もさほど積もっていない。そしてこの平原の地下には、ミリアムが居たような枯れた迷宮がある。

 俺はアイテムボックスを開いた。

「グイン、頼む」

「はい、我が君」

 ゲートから出たグインが、俺の隣に立ち、大剣を構えた。

 俺は、足元の迷宮の底へ遠話をかける。


『来てやったぞ、オルフェウス! 俺と戦え!』

 たちまち、目の前に転移ゲートが開いた。そこから姿を現すのは、白髪の少年。

「あの状況から、ここまで状況を覆すとはな。さすがは規格外の勇者だ」

 オルフェウスめ。手には紅茶のカップかよ、余裕だな。

「大方、いずれかの神の助力でも得たのだろう」

「ふん。魔神におんぶにだっこのお前らに言われたくはないね」

 意図的に挑発する。こっちは時間がないのだから、無駄なお喋りは禁物だ。


 その時、開きっぱなしのゲートから別な人影が現れた。

 マオかと思ったが、違った。ガジョーエン迷宮の底で見た、トカゲ人族の女性だった。彼女は魔王からカップを受け取ると、ゲートの中に消えた。

 そして魔王はゲートを消し、俺に向き直った。


「よかろう。ならば戦いだ」

 お前、俺の演説をパクッたな? まぁ、俺のもパクリだけど。


 魔族変化。奴のからだが赤い光に包まれ、緑とオレンジの斑の巨人となって、襲い掛かってきた。


「グイン!」

「御意!」

 闘気をまとったグインが、すかさず大剣を振りかぶり、切りつける。

 キン!

 甲高い金属音が響き、奴の透明鎧に闘気の刃が弾かれる。だが、グインは意に介さず、ひたすら斬りつけた。

「小賢しい!」

 魔王オルフェウスもゲート刃を飛ばしてグインや俺に斬りつける。そして、フェイントのように大火球などの上級魔法を投げつけてきた。それらをグインの大剣が、闘気の鎧が弾き返し、俺の亜空間鎧が遮る。

 だが、このままではじり貧だ。いくらキウイの対価が青天井でも、電池が切れればおしまいだ。

 時計は午前二時半。そろそろ限界か。


 やはり短期決戦、一撃で倒すしかない。

『やるぞ、グイン』

『はい、我が君!』

 俺はグインと一緒に、はるか上空に転移した。そしてゲートの足場に降り立つと、アイテムボックスから皮ベルトを出し、自分とグインをしっかりと縛り付けた。俺がグインの背後に、抱き着くように背負われる形。

 これで俺たちは一心同体だ。


「行けぇ! グイン!」

 足元のゲートを消し、自由落下に入る。加速し、さらに加速する。そこへ、オルフェウスのゲート刃が、爆裂の魔法が襲い掛かる。そのたびにゲートの盾で弾く。闘気で身体強化したグインは、俺が垂直に立てた二枚のゲートを蹴って、その間を走って、さらに加速していった。

 もの凄い勢いで、地上が、オルフェウスが迫る。


「おのれタクヤ!」

 叫んだオルフェウスの眉間に、闘気をまとったグインの大剣が突き立てられた。

 グインに身体を縛り付けることで、俺の透明鎧はグインも、彼が持つ大剣も包み込んでいた。そして、魔王の透明鎧は俺のと一体化することで無力化し、闘気の刃が奴のどんな防御魔法も打ち破る。

 オルフェウスの頭部を、胸元を、グインの大剣が切り裂いて行く。


「がぁああああ!」

 奴が叫ぶ。両手が大剣を鷲掴みにし、引き抜こうとする。

「まだだ! このくらい、いくらでも再生して……勇者などに、敗れてたまるか!」

 透明鎧が一体化したため、魔王の肉声が響いて来た。


「いや、ここまでだ! 魔王オルフェウス!」

 俺は叫んだ。

「ミッドナイト・サン・アタック!」


 上空より照らす人工太陽の前後左右上下に、六枚の遠隔視目玉パネルを開いた。同時に、グインの大剣の両面に、三枚ずつの表示パネルを出す。俺とオルフェウスの亜空間の鎧が合体したからこそ、可能になった。

 この人工太陽は、単に闇夜を照らすだけではない。真夜中にサン・アタックを放つための光源なのだ。

 目玉パネルが、そこから発する光と熱を全て吸収する。代わりに、戦場は暗黒に閉ざされた。そして、そのあらゆるエネルギーが大剣から放たれ、オルフェウスの魔核を、脳髄を、胸部をじりじりと焼いて行く。

 暗黒の世界が、奴の身体から漏れる光でほのかに赤く照らされた。


「ぐわぁあああああ!」

 絶叫。だが、まだ致命傷ではない。

「グイン! 切り下ろせ!」

「御意!」

 グインの闘気がさらに強まる。それによって闘気の刃が伸び、大剣がジリジリと奴の体に切り込んでいった。

 そして、鎖を切られたチョーカーが首から落ち、奴の透明鎧が消滅したその時。

 大剣は一気に奴の腰まで切り下がった。


 ズシン。


 奴の巨体が、仰向けに倒れた。ほぼ全身を両断され、断面が焼け焦げたオルフェウスの体には、再生の兆しは見られなかった。空間断裂斬でその頭部と胸部の魔核を切り刻み、アイテムボックスで取り除く。

 そして、人工太陽を囲んでいた目玉パネルを消した。再び、闇夜に光が満ちる。


 俺はあたりを見回した。

「おや?」

 勇者の魔核を仕込んだ、あの魔法具のチョーカーが見当たらない。まぁ、あの銀色の球体を開けて、中の魔核にミリアムや竜たちが触れなければ問題はない。あとでよく探そう。

 それより、エレとロンを助けるのが先だ。キウイの電源ランプが、既に真っ赤だし。


 俺はマオに遠話をかけた。

『マオ。オルフェウスは倒した。エレとロンは?』

 安堵のため息。

『ここにいます。クロードも……』

 遠隔視でマオの居場所、迷宮の最深部を確認し、転移ゲートを開いてグインと一緒にダイブした。


『『パパ!』』

 エレとロンだ。俺の子供たちが迎えてくれた。

 革帯をほどき、俺はグインの背中から降り立った。

「よく我慢したな、偉かったぞ」

 ロンを抱き上げ、エレの首にもう片方の腕を回す。ホントに、大きくなりやがって。


「早速だがエレ、キウイに充電してくれないか?」

『うん、キウイおねぇちゃん、いきてたんだね!』

 まぁ、生き物じゃないけどね。


 俺はアイテムボックスを開き、キウイと充電キットを取り出した。手早くエレの尻尾に繋ぐ。同時に、キウイの音声が流れた。

「充電を開始しました」

 ふう。キウイの電源表示は残り数パーセントだった。ギリギリだ。


 そしてクロード……彼は、両腕と両脚を失っていた。ゲート刃にやられたのか。

「マオ、エリクサーは?」

 悲し気に、マオはかぶりを振った。

「必要ないというのです」

「なぜ……」

 俺の問いに、クロードが応えた。

「魔王は……君が倒した。君こそが真の勇者、次の皇帝だ。余はもう……」


 パン。


 気が付いたら、手が出ていた。皇帝に平手打ち。

「タクヤ!」

 マオが呆気にとられたのか固まってる。クロードも。だが、俺は黙ってられない。

「あんたは生きてるじゃないか、クロード。勝ったんだよ、俺は魔王に勝ったんだ。なら、あんたが皇帝を辞める理由はない」

「しかし……」

 クロードは煮え切らない。


「まったくもう。 これでも食らえ!」

 クロードの鼻をつまんで、エリクサーを流し込んでやった。必死に抵抗するが、文字通り手も足も出ない。そして、効き目は保証済み。たちまち両腕と両脚が生えて来た。

 と言っても、着ていた物はそのままだから、半袖短パンの姿なので、ちょっとカッコ悪い。


 だいたい、俺が皇帝になっちゃったら、俺の名前が国名になっちまうんだろ? みんな忘れてるだろうが、俺の苗字は石川だ。イシカワ帝国だなんてダサすぎるよ。名前もゴエモンに変えちまうぞ?


 ……さて、これでこっちの仕事は終わりだ。

「タクヤ……」

 マオが神妙な顔だ。

「お前と話すことなんてない。裏切りは許せないが、もう済んだことだ。蒸し返すな」

 ため息をつくと、マオは微笑んだ。

「そうでしたね。あなたはそんなお方です」

 おだてても何も出ないからな?


 あたりを見回す。

 ミリアムの迷宮に比べれば、まだ魔王の拠点らしい様相だ。かなり前から、色々持ち込んでいたようだ。調度類。書斎らしき一角には、大量の書籍。本のタイトルは魔法関係のものだ。オルフェウスはよほどの読書家だったらしい。


 そう言えば、さっきのトカゲ人女性が見当たらないな。逃げたのか。まぁ、追いかける必要はないだろう。

 遠隔視で戦場を眺める。魔王の死で士気が下がったのか、敵の魔族はほぼ壊滅していた。魔物の方も、正規軍と冒険者の連携が抑え込んでいる。

 これでいい。既に戦の趨勢すうせいは見えた。

 魔族は全員が倒され、エルリックは五体満足で人型に戻っていた。全裸マッパじゃ寒かろうに。あ、女冒険者にマントを借りたぞ。

 ……なんか、許せないなコイツ。


 俺の方も余裕が出たので、俺は仲間たちに遠話で呼びかけた。全員、今のところは無事だった。すぐさまアイテムボックスでここへ呼び寄せた。

 みんなと再会を喜ぶ。


 ミリアムは……居ない。

 ああ、遠隔視に映った。自分の迷宮へと飛び去ったところか。やはり、人間のそばだと辛いんだな。


 もの悲しさで壁にもたれかかる。一気に疲れが押し寄せ、そのままその場にへたり込み、意識を手放した……。


 ――その時、キウイが声を上げた。

「危険感知。パターン・ブラック。迷宮の上の地上に、大規模な脅威が出現しました」


 今度はブラックか。突っ込む余裕も消え失せ、跳び起きる。

 遠隔視を切り替える。魔核を取り除いたオルフェウスの遺体のそばに、あのトカゲ人の女性がひざまずいていた。

 そのたたずまいが、異様だ。何をする気だ?

 俺の中にも、もの凄い警戒警報が鳴り響く。

「みんな、念のため、アイテムボックスへ入って」

 もちろん、キウイもだ。

 そして、俺は地上へと転移した。


「おい、いったい何を!?」

 俺の声に振り向いた彼女は、片手にあのチョーカーの球体を持ち、もう片方の手には厳重に封印された壺を持っていた。魔法陣が描かれたお札のようなものが何枚も貼られている。


「寄るな! 汚らわしい!」

 俺が近づこうとすると、そう叫んで球体を投げつけて来た。反射的に受け止める。

「オルフェウスさまのいない世界など、滅びてしまえばいい!」

 そう叫ぶと、彼女は壺の封印を破った。


「……なんだ?」

 壺の中から、真っ黒なドロドロしたものが噴出し、瞬時に彼女の身体を覆い尽くした。そして、彼女はその場にくずおれた。

 べしゃり、と。

 その漆黒のスライムのようなものが、一瞬で彼女の身体を、そしてオルフェウスの遺体を食いつくしたのだ。

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