2-14.港湾都市は公安無視?

 ようやく、港湾都市エルベランに到着だ。

 夕焼けに照らされた湾岸に広がる街並みはなかなか美しい。帝都のような高層建築はなく、ほぼ一、二階程度の建物ばかりだが、湾を見下ろす周囲の丘にまで街が広がっているため、立体的な景観になっている。

 山賊たちを引き渡しに来たときはトンボ返りだったので、ろくに街を眺める余裕はなかった。それだから、街への下り坂での眺望は新鮮だった。


 港にはかなり大きな帆船が数隻停泊している。馬車ごと乗れる船もあるそうだ。あっちの世界で言えば、カーフェリーだな。今夜は宿に泊まるとして、上手く乗船の手続きが出来れば、明日にでも出航だ。


 問題は、その宿だ。どこも満室で、空きがない。

「最近、南の大陸は魔物の被害が多くてね。こっちへ引き上げてくる人が多い上に、向こうへ行く船も欠航が多いから、宿から動けない人が多いのさ」

 宿屋の主人が事情を話してくれた。

 宿としては繁盛しているのだろうが、物価が上がるなど喜んでばかりもいられないらしい。引き上げてきても、よその町への駅馬車が何日も先まで満席なのだという。


 俺はミリアムとマオに相談した。

「どうしたもんかね? 街中では小屋を出すわけにもいかないし」

 ミリアムも思案顔だが、良い考えは出ないようだ。

 そこへ、マオがつぶやいた。

「小屋が見えなきゃいいんですよね」

 うん?

「透明にする呪文とか?」

 マオはかぶりを振った。

「小屋が丸ごと入るくらいの建物の中とか。これだけ大きい港町ですから、使ってない倉庫ぐらいあるかと」

 ナイス・アイディア!


「そうだな、ちょっと探してみよう」

 遠隔視で、まずは都市の上空から見下ろす。

 港の近くに長方形の建物が数多く並んでいた。近寄ると、やはり倉庫だ。いくつか中を覗いてみると、端の方に天井が崩れかけた倉庫があった。中は空っぽだし、周囲に人通りは殆どなさそうだ。

「よし、ここにしよう」

 ギャリソンに道順を伝えて、その廃倉庫へと向かわせる。


 たどり着いて実際に中を見ると、かなり埃っぽいが小屋を置く分には問題なさそうだった。早速、出してみる。

「食事の椅子やテーブルを置くところだけでも、掃除した方が良さそうね」

 ミリアムが言うのももっともだ。折角の食事が埃まみれになるのは嫌だしね。

 おお、お掃除マニアのギャリソンの目が光ったぞ。アリエルもやる気満々だ。


「じゃあ、そっちは任せた。俺は船の予約をしてくる」

 トゥルトゥルが仲間になりたそうな目でこちらを見ている。仲間にしますか?

 ダメダメ。キミはお掃除グループです。グインもジンゴローもマオもだから。


「ミリアムはどうする? 一緒に来る?」

 お掃除の言い出しっぺではあるけどね。


 ……ぼく、女性と海を見ながら歩くのが夢なんです。


「いいわよ」

 Oh……神様ありがとう!

「じゃ、人通りのあるところまでは、これで行こう」

 ゲートボードを出した。

「いいけど……あまり飛ばさないでよ?」

「もちろんさ」

 急ぐ必要はないからね。路面から三十センチほどを小走りくらいの速度で滑走する。人気のない倉庫街はだだっ広いけど、これならあっという間だ。


 表通りに出る手前で、ゲートボードを降りる。あとは徒歩だ。

 手をつなぎたいんだけど、相変わらずヘタレな俺。トホホだ。


「ところで、船の予約をする場所はわかるの?」

「ああ、宿を当たってるときに聞いたんだ」

 ちゃんと遠隔視で場所も確認したし、途中、海沿いの道を通るルートも確認したんだ。デートの準備はバッチリさ。


 ……そのはずだったんだ。


「ねぇ、なんだかこの辺、暗くない?」

 確かに、街灯の光玉が切れている率が高い。海沿いの通りに出る近道なのに。

「おまけに何だか、窓や扉が壊れている建物が多いみたいよ?」

 マオによると、南の大陸では珪石が沢山採れるため、結構良質な板ガラスが作られているらしい。おかげでこの街では窓ガラスが普及している。他には、北の大陸では帝都くらいしかない。


 ところが、すぐ横の建物なんてまともなガラスは一枚しかない有様だ。そこに映るのはスラム街で見慣れた風景。どうしてこう、寂れた風景はどこも同じに見えるのだろう? 何だかすべてが、いかにも「治安が悪いです」と訴えている感じだ。


 ミリアムが俺の手を握ってきた。おお、こんな雰囲気でさえなければ!

『危険感知。三時の方向より一人、六時の方向より二人が接近』

 三時って、建物の中からか?

「ミリアム、俺から離れないで!」

 そう言った矢先、後方の男たちが近寄ってきた。

『身体操作、有効化!』

『イエス、マスター』


 その途端、最後のガラスをぶち破り、映されてた見慣れた景色を蹴り出して、三人目が飛び出してきた。

 世界が逆に回転する! 日常を飛び越えて俺はそいつを打ち倒し、後方の二人も蹴り倒した……らしい。


 ミリアムが睨んでます。とっさに通りの反対側に突き飛ばしたらしく、水たまりに倒れてずぶ濡れの泥だらけです。


「タ・ク・ヤ・さ・ん」

 敬称が警鐘を鳴らしてます。

「ご、ごめんなさい」

 俺はその場に土下座。

「レディーになんて事するの! エスコート役は失格!」

 俺の努力もその全てを存在否定されちゃったよ! いつもモテなかった名もない勇者ヒーローは彼女を魅了できませんでした……。


 転移で小屋まで送り、ギャリソンが調理用に沸かしてアイテムボックスで保温していたお湯でお風呂も作って、着替えていただきました。

 そして、一人寂しく夜の海岸沿いをトボトボと歩いて行いるところです。


『キウイ、さっきの身体操作だけど。ミリアムを突き飛ばしたのはまずかった』

『危険から素早く遠ざけることを優先しました』

『いや、ずぶ濡れにしちゃったし』

『血まみれになるより安全とみなしました』

 いや、だからね……ダメだ。

 AIに女性の扱い方を教えるには、それこそ魔法でも使わないと。モテない歴=年齢の俺には、魔法があっても無理ですけど。


 結局、船着き場の事務所では「次の南の大陸行きの船は一週間後」という成果を得て、すごすごと帰る羽目になりましたとさ。


******


 翌朝、食事のあと。

 ミリアムから微妙に避けられてる雰囲気と、マオの空気読まない笑顔に、なんとなく気分がやさぐれていると、トゥルトゥルが息せき切って倉庫に飛び込んできた。


「ご主人様! すぐ来て! すごいの!」

 珍しく「♡」がないな。とか思ってたら、手を掴まれて引っ張り出された。そのまま、表通りまで連行。いつもと逆だ。


「あれ見て! あれ!」

 あれって、どれ? ……おぅ、そう来たか!


 初めは、カーニバルみたいなお祭りかと思った。やたら派手な飾りのついた、露出度の高い女性たちが練り歩いている。広い通りを埋め尽くすように。

 違いは、アクロバチックな歩き方なのにキッチリと全員がシンクロしていることと、巨大な魔獣……肩の高さが十メートルはある巨象の背に担がれた輿に乗っている、きらびやかな美男美女だ。

 しかも巨象は、時折その長い鼻から炎を噴きあげてる。


 どこで聞きこんだのか、トゥルトゥルが解説してくれる。

「あのね、南の大陸の王様と妃様なんだって」

 なんとまぁ。これはマオの表敬訪問への返礼か?

「国力の誇示なのでしょうね、このパレード」

 マオが語った。

 いつの間にか、ミリアムはじめうちの連中が見物人に加わってた。


「あれだけの魔獣を手なずけるとは、相当な調教師テイマーが居ますね」

 マオの分析は確かだな。

「おそらく、南の魔王討伐への、北の大陸各国の協力を求めての訪問でしょう」

 なるほど。そのための皇帝だものな。その一方で、さりげなく国力もひけらかす。従うだけではないぞ、ということか。


 この世界では、魔物は魔核や魔力の供給源でもある。魔王の二代目オルフェウスが現れて魔素が活性化すれば、それで潤う面もあるわけだ。なんつーか、一筋縄じゃ行かないな。

 魔王を倒せばお姫様と結ばれてハッピーエンド、なんてのはドラ○エだけだな。


 その王とお妃に「リア充爆発しろ!」と念じたのがいけなかったのか。


 本当に爆発が起こった。


******


 大胆なポーズで踊るように行進している、肌もあらわな女性の一人が、突然こっちに向かって走ってきた。

 とっさに、「え、俺? 俺の魅力で?」なんて思った俺がバカでした。

『危険感知! 緊急対処します』

 夕べ解除し忘れてた身体操作で、俺の体は彼女を抱きかかえ、人通りの少ない路地へダッシュする。無茶な動きがない分、意識が視界の流れを追えてしまった。


 そこで、爆発。


 女性は、爆発の呪文を仕込んだ魔核を飲み込んでいたらしい。

『キウイ、なんか俺、血まみれなんだけど』

『マスターの血ではありません。危険は感知されません』


 亜空間鎧で爆発はしのげるけど、飛び散ったものが降り注ぐのは無視されるんだな。グロ耐性ないのに。

 吐きそう。トラウマだよ。なんだっけ。人間爆弾を仕込む敵が出てくるアニメ。


「タクヤ!」

 ミリアムが駆け寄って来て、俺に飛びつく。

「おいおい、君まで血まみれに」

「バカバカ、死んだら許さないって言ったでしょ!」

 おう。なんて愛の深さ。グーで思いっ切り殴ってこなければね。しかも連打。


『キウイ、この手は防御しないの?』

『ミリアム嬢に危害を加えてよろしければ』

 それはNGだ。さすがに。俺はKOされそうだけど。


 表通りは大騒ぎだけど、はた目には俺がパレードの女性を路地に引きずり込んだようにしか見えなかったらしい。

 なんか、酷いこと言われてますが。女に言い寄ってレイプしようとして爆弾で無理心中したとか。

 女性の方は見事に雲散霧消してしまったので、エリクサーがあっても振りかけようがないほど。ナムナムするしかない。

 俺は血みどろ、ミリアムも血まみれ。なので、やじ馬が来る前に転移で小屋のある廃倉庫まで逃げ帰る。


 それでも、マオに情報収集を頼む遠話は忘れなかった。

 誰か、褒めて。


******


「明らかに精神魔法、それも強力なやつです」

 マオの分析が痛い。

「目的は、最大の脅威である勇者の排除、ですね。間違いなく」

 思いっ切りめげながらも、言うことは言い返さないとな。


「てことは、ヤツは洗脳した女性に俺と自爆するよう命じたのか?」

 胸糞悪い。この精神的ダメージだけでも称賛ものだよ。最期の瞬間の、彼女の表情が脳裏から消えない。あれは間違いなく、「助けて!」と叫んでた。


 俺の特徴はある程度、魔王オルフェウスにばれている。ケンダーと豹頭の戦士がいることも。そうした組み合わせを見かけたら自爆するように、暗示をかけていたに違いない。


「心が、折れそう」

 キツイ。ほんとにキツイ。

 両手で顔を覆ってうずくまる。目の前で助けを求めてる彼女を、助けられなかった。他ならぬ、俺を護るための身体操作のせいで。しかし、それが無ければ大事な仲間たちが死んでたかもしれない。


「なあ、マオ。俺はどうすればよかった?」

 伊達に百五十年も生きてないだろ? たまには役に立つことを言ってみろ! この若作りジジイ!

「どうにも。あの時のキウイの判断は完璧です」

 お前までもかブルータス。


「あの限られた時間で、体内の魔核を摘出するのは不可能です。なら、他人を巻き込まないことしか、選択の余地はありません」

「合理的思考だけなら、キウイに任せりゃいいんだ。人としてどうなんだ?」

 沈黙しやがった。魔核に脳を侵食されたからだよ。くそっ。


「とにかく、この件では南の王国、トラジャディーナにねじ込んでおきますから。公的な意味で」

 マオの言葉に出る新出の国の名前すら、覚える気力がない。

「そっちは任せる」

 もう気力も食欲も失せた。

「ゴメン、ちょっと寝るわ」

 悪夢しか見ないと分ってるけどね。小屋に入って横になる。


 そう。思った通りの、極彩色無修正ハイビジョンの夢だった。

 昔見たトラウマなアニメの主人公になってた。あれは確か、無……残ボットなんとか。幼馴染の女の子が人間爆弾にされ、目の前で爆死したやつだ。何もできずにただ悲嘆にくれるだけの主人公。まさに、今の俺だ。

 寝る前よりげっそりして起き出した俺を、みんなが憐れむような目で見てる。うう、それもまた、自分の立ち位置を思い知らせてくれるんですけど。


 そんなみんなを代表するかのように、マオが伝えて来た。

「こんなこと、言うまでもないと思いますが」

 なら言うなよ。馬鹿なの死ぬの?

「敵の目論見は、あなたにダメージを与えることです。精神的に、戦意を削ぐために」

 当たり前だろ。

「しかし、さらに重大な問題点があります」

「……なんだ?」

 もっと残酷なことを言おうとしているな、マオ。顔を見ればわかる。


「今回の『兵器』は、無差別大量殺戮を狙っている可能性がある、と言うことです」

「つまり、もう『武器』の範疇ではないと?」

 魔核を使った杖などの武器なら、今までも多数あった。それとは本質的に違うのか。


 マオはうなずいた。

「もはや、『魔核爆弾』……『魔核兵器』とでも言うべきものです」

 俺はうめいた。

「では何か? すでに『魔核戦争』が始まってというのか?」

 再び、マオはうなずいた。

「それだけじゃありません。魔核を爆発させるなんてことは、今までは考えられなかったことです」

「なぜ?」

 魔法ならなんでもあり、じゃなかったのか?


「魔神の望みは魔核を増殖させることです。魔物も魔族も、魔王ですらそのための手段です。だったら、その魔核を爆発させて減らすなんて、発想としてありえません」

「マオの計画では、魔核を融かして魔素にしてたよな?」

 魔核を地面に埋めて魔物化植物や穀物を作っていた、魔人化マジンカ-Z《ゼータ》計画。


「あれは魔人を生みだすためのものですから、最終的には魔神の意図にかなうものでした。兵器として消費するのとは違います」

「……てことは、あの魔王オルフェウスは、魔神の意思に背いている?」

 マオはかぶりを振った。

「おそらく許容範囲ではあるのでしょう。私がそうだったように。ただ、通常の魔王とは違うと考えなければなりません」


 どうやら、規格外れなのは俺だけじゃないらしい。先が見えてこないな。

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