2-15.人魚お使い

 あの人間爆弾事件は、トラジャディーナ王国とルテラリウス帝国の国際問題に発展したようだ。王国側は帝国による暗殺未遂だと責め立て、帝国側は王国による自爆テロだと断定する。


「なぁ、マオ。こんなことで人間同士が争ってる場合なのか?」

「おっしゃる通りです、タクヤ」

 マオの眉間の皺が深い。

「間近で見た私の証言を、陛下はご存知なのですがね。どうも、側近の中には王国の台頭を快く思わぬ者が、少なからずいるようです」


 魔王が復活したら、人間は皇帝の下に結集して戦うべき。

 なのにトラジャディーナ王国は、魔核が大量に産出する迷宮を擁して国力が増していることから、帝国と対等な関係を求めているという。これが、帝国を盟主と仰ぐ北の大陸各国からの出向者には面白くないらしい。


「国の大きさから言っても、南の大陸のほとんどを支配下に置くトラジャディーナ王国は、確かに強大です。それに、その国内に南の魔王が本拠地を置いている以上、王国の許可なく軍を差し向けることもできません」

「魔王の本拠地って、どこにあるか分ってるのか?」

 マオはうなずいた。

「つい先ほど、陛下との遠話でお教えいただきました。迷宮都市ガジョーエンの南方にある古城だそうです」


「それ、情報源は何なの?」

 マオの能力でも、海の向こうの大陸は気配を感じる程度だったはず。コイツは腐っても魔王だが、それ以上の魔力感知者でも居たのだろうか?

「トラジャディーナ王国の国王だそうです」

 うん。そうだろうけど。

「その国王は、どうやって知ったんだ?」

 国中を探しまわって見つけたとは、とてもじゃないが思えない。

「魔王の使者が、王宮を訪れて告げたそうです」

 なんつーか、もう。

「我はここにいる。さっさと挑んで来い! てことか。正統派の魔王だな」


 目の前のマオは、溺愛する実の孫である皇帝のために、魔神の描く理想世界を築くべく、地道に頑張ってたわけだからね。エレの青魔核で、その欠陥や矛盾が明らかになって、心変わりしたわけだが。


「その魔王の使者って、どんな奴なんだ?」

「さぁ、特に言及がない以上、見かけは普通の人間だったようです。魔族変化へんげするまえの魔人なのでしょう」

 魔族変化って嫌な言葉だな。妖怪変化みたいで。


 マオが「変化」した姿なんて、紫色の巨人だぞ。暴走したら、サングラスかけて机の上で両手を組んで「勝ったな」とか言わなきゃいけないじゃないか。

 ……俺が暴走してどうする。


「やれやれ。こんな時に、この街に一週間も足止めとはな」

 沖合を魔物の群れが海流に乗って移動中なので、それが通過するまで定期便は運航停止なのだという。

「なんかもう、台風みたいなイメージだな」

 近づいて来たら首を引っ込めてやり過ごす。まぁ、下手に戦って被害を出すより、よほど賢いとは思うけどね。


 ……え? なんでみんな、俺の方を見てるの?


「そりゃ、タクヤならきっと、何とかしてくれると思うからよ。決まってるでしょ?」

 ミリアムがドヤ顔で。なんだろう、この「勇者ならできて当然」な大前提って。


「俺は泳ぎは得意じゃないし、海の中の魔物を倒すスキルも何もないぞ」

 心当たりも全くないしね。そもそも、勇者じゃないっての。

 だが、誰も納得してくれない。


「あんな酷い攻撃を仕掛けてくる魔王を、放っておくつもり?」

 いや、ミリアム。そりゃそうだけど。

 なら、逆に質問だ。

「海の中の魔物を倒す具体的な戦法、誰かわかる?」

 沈黙は金、とか言うけど。誰も答えられない。そうだよねぇ。


 すると、アリエルがおずおずと手を上げた。

「あのう、人魚族の手を借りるというのは……」

 なるほど、その手があったか。

 いつも、御美脚で普通に歩いてるから忘れがちだが、彼女は人魚だった。


「私が一族の者にかけあってみます。上手くすれば、マーマンの戦士百名ほどが味方してくれるはずです」

 マーマンって、男の人魚だよな。女がマーメイドで。

「そりゃ凄いな」

 素で感心していたが、ミリアムがまた驚くようなことを言う。

「さすがは元お姫様だけのことがあるわねぇ」

 え?


「アリエルはお姫様だったの?」

 彼女はうなずいた。

 まさかのリアル人魚姫キタコレ。

「あれ、ご主人様知らなかったの? 女子トークでは普通に聞いてたよ?」

 トゥルトゥル、お前が女子トーク言うな。男の娘め。


 とにかく、人魚族の力が借りられるなら話は別だ。

 透明鎧で水をはじけば、海の中に入るのは何とかなる。水圧の方も対価次第だ。問題は移動手段だが、人魚たちに引いてもらうとかすれば、移動の自由度が高まるな。


 あとは呼吸だ。透明鎧は活性化すると通気性もゼロになる。いつもは短時間だからなんとかなるが、今回は一時間やそこらでは方がつかないだろう。

 が、これにはアイディアがある。


 最後の問題は視覚だ。海の中は真昼でも日差しが届くのは数十メートルだというし、強力な魔法のカンテラを使っても、照らせるのは同じくらいの距離だろう。魔物が浅いところに出てきてくれればいいが、深海に潜んでいたら厄介だ。


 アリエルによると、人魚は音波を使って相手の位置や距離がわかるという。イルカと同じだな。キウイの遠隔視には暗いところでも見える光量調節があるけど、真っ暗な深海では役に立たない。人魚たちと連携できるなら、こっちの意味でもあり難い。

 しかし、それでも問題がある。


「言葉はどうなんだろう? 人魚は水中でも話せるの?」

 現に、陸上では普通にアリエルは話しているわけだが。

「私たちの声帯は、水中でも声を出せます」

 なるほどな。

 問題は俺の方か。透明鎧の発動中は、音が伝わらないからなぁ。結局、至近距離でも遠話するしかないか。

 気になる対価だが、ざっと計算したところ、竜に寝押しされるのに比べたら、水深千メートルでもまだ軽いことが分った。しかし、遠話や遠隔視を使いまくるので、活動限界は三時間と見積もった。それ以内で敵を見つけ出し、戦って、帰還しないといけない。


「魔物が出現しそうな海域までは海上を移動だな。事前に人魚族と会って打ち合わせとかしたいんだが」

 アリエルは眉根を寄せて考え込んだ。

「人魚族は敵対的ではありませんが、ヒト族とは疎遠です。船が多く行き交う海域も避けるほどなので、こちらから出向くことになりそうです」

 それは仕方ないな。


「よし、じゃあ明日の朝、人魚族のいる海域まで、アリエルと二人で行ってくる」

 そうみんなに告げると、トゥルトゥルが不満そうだった。

「いいなー。ボクもマーマンに会ってみたい」

 男の方が目的とはね。

「これで魔物を退治出来たら、会う機会があるかもよ」

 あくまでも、希望的観測だ。アリエルの話しぶりから、人魚族はヒト族と友好関係とは行かないようなので、これをきっかけに関係改善できればいいんだが。


 翌朝、俺はアリエルを後ろに乗せて、ゲートボードで海上へ出た。

 幸い快晴に恵まれて、真っ青な海原がきらめく波に彩られている。俺は立ったままだが、彼女は御美脚と尾ひれで椅子モードだ。

「気持ちいいですね」

 アリエルも楽しんでいるようだ。彼女とゲートボードに乗るのは、山賊と妻子を再会させた時以来だ。


 そういえば、あの廃村は今頃どうなっているだろう? 冬が本格化する前に、一度、見に行かないとな。


「アリエル、ひとつ聞いてもいい?」

「はい、何なりと」

 女子トークには参加できなかったから、色々知らないことがある

「人魚族のお姫様が、なんでまた奴隷になっちゃったの?」

 彼女はためらったが、フッと微笑んで答えた。

「船が難破して海に投げ出された、ヒト族の殿方に恋心を抱きまして」

 おう。そのまんまの「人魚姫」でないの。しかし、難破してナンパなんて、絶対にオヤヂ属性高いに決まってるな。


「それで、人魚族の魔法使いに師事して、空中浮遊と魔法の手を学んだんですが」

 魔法の手は本当に便利でありがたい。何度も助けられてるよね。何とかキウイが学習してくれないものか。

「再会した相手の殿方は、すでに妻子がいた上に、私のことが邪魔になって、奴隷商人に売ったのです」

 おいおい。身も蓋もないな。


「でも、そのおかげでご主人様に出会えたので、今は別に彼を恨んではおりません」

 ソウデスカ。なぜか緊張しちゃった。


 しばらく、そのまま海上を進むと、アリエルが言った。

「この先の、二つの島が並んだ間のあたりに、人魚族の集落があります」

 島と言っても海上に突き出た巨大な岩という感じで、人が住むにはまるで適さない感じだ。おまけに、海上からはよくわからないが、周囲には岩礁が数多くあり、船で近づくことはまず不可能だ。

 つまり、ヒト族の接近を徹底に排除した海域なわけだ。空中に浮いているゲートボードには関係ないけど。


 二つの島の間でゲートボードを停めた。アリエルは御美脚の留め紐を魔法の手でほどき、しばし俺の周囲の空中を泳ぎ回った。そして、おもむろにドレスを脱いだ。

 おお、後ろからごつごつ当たって残念だったのは、大きな二枚貝の胸当て……ブラジャーでしたか。

 Yes! Yes!

 アリエルがドレスを丁寧に畳んだので、御美脚と一緒にアイテムボックスに格納。


「じゃ、行こうか」

 俺はこの時のために用意した、口元を覆うマスクをはめる。マスクの先端はパイプになっていて、ガスマスクに似ている。

 この状態で透明鎧を起動し、目の前に小さなアイテムボックスのゲートを開いた。このアイテムボックスは、いつも小屋を入れておく亜空間に続いている。

 そのゲートに透明鎧に包まれたパイプを突きたて、ゲートを消滅させる。すると、ゲートに刺さっていた部分だけに銀色の空間断裂が残り、アイテムボックス内の空気が呼吸できるようになった。

 これで呼吸も万全だ。

 俺はおもむろにゲートボードを消した。泡立つ海中。いざ、「沈黙の世界」へ。ジャック・イーブ・クストー。


 傍らを泳ぎながら手を引いてくれるアリエルは、言葉で表現できないくらい美しかった。


******


 目の前に居並ぶマーマン達は、一人残らず見事なマッチョマンばかりだった。

 マーメイドたちが胸元を貝殻のブラで隠しているのに比べ、文字通り一糸まとわぬ彼らは、ひょっとして他人の視線によって鍛えられるのだろうか?


 こっちの世界に来てから歩いて走って転げまわったおかげで、俺の腹は随分へこんでくれたけど、未だに割れる様子はない。なのに、コイツらと来たら。


 いや、雑念ははらおう。今は歴史的瞬間……のはずだ。

 海中とはいえ、水深十メートル前後なので、かなり明るい。波に屈折した陽射しが降り注ぐ海底は、まさに幻想的だ。そこに立ち並ぶ……いや、浮かび並ぶ?……マーマン達。


 先ほど、海中に身を投じてすぐに、アリエルは名乗りの口上を始めた。が、聞こえないので、彼女に遠話。

『……〇〇の娘、元・人魚族の姫である***が問う。魔物退治に身を躍らせる勇敢な戦士は有りや』

 意外にも公用語だ。伏字のところは、ヒト族に発音不可能なのでお許しを。


 そんな彼女の名乗りに呼応したのが、眼前のマーマン……海の男たちだ。

 その、最前列中央の彼に、会釈して遠話をかける。

『はじめまして。ヒト族のタクヤと言います。このたびの魔物討伐でご協力を仰ぎたく、参りました』

『協力しよう、ヒト族の英雄よ』

 会釈はしてくれたが、どうも親しみはあまり感じなれない。アリエルの顔を立てて協力するという感じが、ひしひしと伝わってくる。

 魔物が暴れるのは切実な問題だが、そこにヒト族の助力を仰ぐのはどうなのか、と言うことなのだろう。


 ぶっちゃけ、ややこしい。気にすんなよ。結果オーライだろ?

 そう言いたいけど、気にするのが信条な連中には通じないよね。


 そこで間を取り持つのは、アリエルだった。

『戦士の方々がこだわる過去の軋轢は、私も存じています。しかし、タクヤがこの地に現れたのはつい数か月前。それ以前の諸々には、何一つ関わっていないことを保証します』

 なんか、凄く気になることがさらりとかわされた気がするが、今ツッコミ入れると面倒なだけだろうな。


『魔物は、ここから西へ全力で泳いで半刻のところに居座ってます。我々にとっても狩場の一つなので、難儀していました』

 と、全列中央の戦士。やはり彼がリーダーらしい。

 狩場ってことは魚が豊富なのだろうか。人間の漁師も集まるだろうから、魚の取り合いでトラブルになるのだろう。それがさっきの、「過去の軋轢」か。


 魔物はエサの豊富な海域を根城にして、その近くの航路を行き交うヒト族の船も襲っているらしい。

 真っ平らな海原はどこを通ってもよさそうだが、風の吹き方や寄港する島々を考えると、意外と航路は狭いものになる。魔物が待ち構える海域を避けようとすると、何日も大回りになってしまうようだ。

 日数がかかれば料金が跳ね上がるだけではなく、そもそも搭載できる食料や水では足りなくなり、目的地にたどり着けなくなる場合もある。船が出ないのはそのためだ。


 目の前の板に書かれたおおざっぱな海図を眺めながら考え込む。

 ちなみに、ホワイトボードのような板で、ペンに似た魔法具で表面をこするとそこだけ黒く色が変わる。別な四角い魔法具でこすると元の色に戻る。あっちの世界でも、磁石を使った似たようなものがあったな。

 これ便利だけど、どこかで買えないかな?


 魔物の正体は、どうやらクラーケンと呼ばれるイカないしタコのメチャクチャ巨大な奴らしい。深海から長い触手を伸ばしてくるので、本体は目撃されていないようだ。しかも、目撃された触手の数が何十本もあるので、何体もいる群だと考えられている。

 タコなら八本、イカなら十本だからね。


 あと、魔物の棲みかはここから半刻と言っていたが、この世界の一刻は、ほぼ二時間に当たる。つまり、この戦士たちが全力で一時間泳いだ距離だ。

 海の上には目印がないので、ここで戦士たちと落ち合って、そこまで連れて言ってもらうのが良さそうだ。

 ちなみに、戦士たちにも準備が必要なので、魔物の討伐は明日となった。さすがに、今日言われて即座に、とはならない。


 ――すんません、今日、殺る気満々でした。


 ならば、予行演習だ。

 移動を助けてもらうために、戦士たち二人にたすき掛けのようなベルトを掛けてもらう。これを両手でつかめば、かなり高速で海中を進めるはずだ。実際に試したところ、思ったよりスピードが出た。水圧は透明鎧で感じないものの、体感速度は結構ある。


 アリエルにここで待つように遠話して、俺は戦士たちに頼んだ。

『深いところまで潜ってもらえるかな?』

 二人の戦士はうなずくと、海底が崖となって落ち込んでいるところに突進。


 うは! 真っ暗な闇へとダイブだ。

 周囲の海水は青から濃紺、さらに完全な黒へ。そこで、遠隔視V2を起動する。キウイがレベルアップしたおかげで、俺の目の前に直接、光だけを通す亜空間ゲートが開かれるようになった。顔の動きに追従してくれるので、操作も直観的でわかりやすい。

 だが、はたから見ると、銀色のパネルで目の部分を隠された感じで、怪しさがMAXだ。これじゃどこかのクレジットCMのカードマン、川平慈○だよな。


 光りを受け入れる方のゲートを大きくすることで、集光率が上がる。暗黒の海中も、月明かりくらいになった。この集光用ゲートを覗くと、拡大された俺の目と見つめ合うことになるわけだ。さらに怪しいぞ。

 集光用ゲートはかなり遠くまで飛ばすことができる。また、光以外には作用しないので、海水との摩擦もない。距離と集光率を自由に変えて、あちこちを眺めてみた。


 お? やたらでかい魚がいるな。サメのように見えるが、体の前半分が丈夫そうな甲羅で覆われている。太古の地球にも似たのがいたな。サイズが段違いだが。


『それは兜鮫です。甲羅のせいで銛も弾かれてしまうので、人魚族の天敵です。何人もが食われました』

 なるほど。こちらの攻撃が海中でも有効かどうか試しておこう。ゲート刃で三枚におろしてみた。

『あの硬い甲羅が……』

 戦士たちは、何が起こったか分らないらしい。簡単に説明した。


『こいつって、食えるの?』

『肉は臭みが強いですが、ヒレの部分は美味です』

 おお、フカヒレのスープだな。切り取ってアイテムボックスに収納。


 よし、ゲート刃の切れ味は海中でも変わらないようだ。戦士たちにアリエルが待つ浅い海域へ戻るように頼む。

 ぼんやりと青く見える「空」が、次第に明るくなり、眩い太陽が海面越しに見えるまでになった。


 さて、帰ったらギャリソンにフカヒレのスープを頼むか。

 明日はいよいよクラーケンとご対面だ。イカ焼きにするかタコ焼きにするか、そこが問題だな。

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