2-13.山賊家族

 宿場町なので、旅の糧食として堅い黒パンなら入手は簡単だった。朝食の前にあちこちの店を回って、十数名の十日分くらいのパンを買い求めた。

 俺たち用には、もう少し値の張る美味しい奴を、アリエルやギャリソンに交渉させている。


 水は共同の井戸からグインに組んでもらって、アイテムボックスに溜めた。こっちは、アリエルの沐浴用と共用だな。

 ああ、さすがに沐浴の終ったのは出さないよ。そんなオイシイ想いさせてなるものか。


 てなわけで、アリエルを連れて宿屋の裏庭に。周囲に人目がないことを確認して、山賊たちを押し込めたアイテムボックスを開く。念のため、例の仮面を付けて。

 うん。生きてるな。全員、こっちを見上げてる。グインが気を利かせてさるぐつわをかませたので、ムームー言ってるだけだ。


 まずは言って聞かせないとな。

「あー、君たちには黙秘権はないが、今は黙っている義務がある。口を開いたら、不利な証拠として取り上げる。この世界に弁護士はいない。だから静かにしてろ。静かにしていれば、縄を解いて飯を食わせてやる」

 ハリウッド映画の刑事もので定番のミランダ警告って、こっちの世界じゃまるで意味ないな。


 山賊たちが静まったので、アリエルに一人ずつ縄とさるぐつわを外してもらい、パンと水を与えていく。


 そのうち、山賊の一人、とりわけガタイの良い奴が声を上げた。

「あんたは、あの勇者か?」

「質問は許可してないよ」

 アリエルに命じて、パンをむしり取らせる。


「待ってくれ。俺たちはどうでもいい。みんな、妻子を隠れ家に残しているんだ」

 うう。そんなこと聞いたら、放っておけないじゃないか。コイツが山賊のリーダーなのかな。


「何が望みだ?」

「俺たちが奴隷として売られるのは仕方がない。なら、せめて妻子が飢え死にしないように、奴隷でもいいから生きる道を残してくれ」

 俺、こーいうのに弱いんだよな。隠れ家ってのは山の中だろう。女子供だけじゃ、魔物に襲われればひとたまりもない。


「わかった。その隠れ家を教えてくれれば、お前らの妻子は保護しよう。一度だけ、再会の場を設ける。その後は、お前ら次第だ。自由を勝ち取って、妻子と暮らせるように努力しろ」

 それがどれくらい困難か、俺にも予想はつくんだけどね。


 リーダーらしい男が隠れ家の場所を告げた。キウイの画面でメモ帳に記していく。

 可哀想な気もするが、こいつは一回だけ飯抜きだ。宣言通りにすることで、余計な不安も不満もなくせるからね。


 トイレ代わりのかめを入れてから、ゲートを閉じた。アリエルには出発の準備を頼む。

 その一方、俺は隠れ家までゲートボードで飛ぶ。近距離なら、コスパ最高の移動手段だな。


 やがて、森の中に巧妙に隠された砦風の建物が見えてくる。そして、キウイの身体操作で飛来する矢をかわしたり弾き飛ばした。

 この方が透明鎧で弾くより印象的だろう。相手に「かなわない」と感じさせるには。


 うーむ、しかし。女子供だからと舐めてたな、確かに。生きる為にこれくらいの技量は身に着けさせるよね、普通。こんな理不尽世界ファンタジーワールドならさ。

 とは言え、大熊メガロクダクラスの魔獣に襲われたら、弓矢なんて効かないし、この砦も一撃で崩されるだろう。


「君たちの攻撃は無効だ。今すぐ降伏すれば、全員の命を保証する。一度だけだが、君たちの夫や父親と合わせてやる。その後は、それぞれの行い次第だ」

 俺がそう告げてしばらくすると、砦の正門が開かれて山賊の妻子たちが投降してきた。

 盗賊の倍、三十人くらいいるな。乳飲み子や十歳ほどの幼児もいる。全員、その場に動かないように言いつけ、アイテムボックスに格納する。

 とりあえず、パンと水は彼女らの足元に出しておいた。あー、追加発注しないと。


 そのまま、ゲートボードで宿場の裏庭に戻る。転移より対価が少ないし、疾走感が楽しい。近距離の移動なら、これだな。ちょっと人目が気になるけど。


 裏庭では、洗濯を終えたアリエルが手を俺に振っていた。彼女の魔法の手が必要そうなので、一緒にゲートボードに乗せて宿場町から少し離れた野原へ移動。

 アリエルは自力でも空を飛べるので、高さには恐怖感はないらしいが、スピードを出すと怖いらしい。


 では準備だ。山賊たちのアイテムボックスを開き、片方の壁に妻子のゲートを開いた。

 山賊たちと妻子の感動の対面だ。山賊でも、家族を思う気持ちに違いはないんだな。当然だろうけど。


 ひとしきり、抱きしめあったり泣いたり笑ったりがあった後で、俺は声をかけた。

「そろそろいいだろう。男たちとその妻子は、元のように左右に分かれること」

 名残を惜しみながら、家族が分断されていく。渋っている家族に対しては、アリエルの魔法の手でやんわりと引き離した。


「妻子の生命は保証する。住む場所を与えるから、畑を耕すなどして暮らしてもらおう」

 俺の脳裏にあったのは、あの竜の谷に向かう手前にあった廃村だ。ちょっと壁に穴を開けてしまった家はあるが、ほとんどは修理すれば暮らせる状態だった。

 今から麦を撒いたのでは遅いだろうが、春までに開墾して撒けば、夏が終わるころには収穫できる。それまでしのげる分なら用意できるはずだ。

 あとで、マオに土壌改良の魔核のことを聞こう。


 妻子の方のゲートを閉じ、続いて山賊の方も閉じた。

 ゲートボードで宿に戻り、アリエルは出発の準備に戻らせた。


「土壌改良の魔法具ですか」

 俺の質問に、マオはしばし考え込んだ。

「大きな町や村なら大抵売ってますが、値段は結構します。数の方も、使う魔核の大きさに寄って変わりますが、四ノールあたり一個くらいになります」

 ノールってのは面積の単位だ。大体、五メートル四方。こっちでは化学肥料とかないから、四ノールで良くても三十キロぐらいしかライ麦は採れないという。これを、出来たら倍ぐらいにしたい。計算してみたが、三十人がパンを腹いっぱい食べると、だいたいライ麦十五キロになるはずだ。

 あの廃村で、女子供がひと冬耕してすぐに種麦が撒けるのは、精々四百ノールくらいだろう。これでまともに収穫があれば、かなり売る分が出るはずだ。

 てことは、魔法具がそれだけ必要だな。


「その魔法具、この辺だとどこで買えるかな?」

 マオはちょっと考え込んだ。

「村の規模で言えば、この街道の分岐点の村になら、あるかもしれませんね」

 なるほど。廃村のすぐ近くだな。

「ちょっと行ってくる。出発までには戻るから」

 対価に気を付けながら転移だ。


 分岐点の村で村長に挨拶して、土壌改良の魔法具について聞いた。確かに、予備の物をおいてあるというので、定価より高値で買い取らせてもらった。ついでに、種麦と当座の食料、農機具も。

 そして早速、廃村へ。距離が近いからゲートボードでかっ飛んだ。時速百キロ以上なので、ゲートの上に腹ばいになった。エッジに保護の斥力を厚めに出したので、指をかけてしがみつくことができた。

 減速するために、村の周囲を何周か飛ばないといけなかったけど。


 さて、畑をまず何とかしよう。ガチガチに固まってそうだからね。ゲート刃を縦・横・水平に出して、畑を微塵切りにしていく。

 確か、空気と混ぜる必要があるはずなんで、鍬で耕す必要はあるはずだけど、こうすればサクサク耕せるはずだ。目印に、四隅に杭を立てておいた。


 では、住民を出してあげよう。

 村長の家の前が広場になってたので、そこに妻子の方のアイテムボックスを開く。突然、村の中に放り出されて、みんなキョロキョロしている。


「ここは誰も住んでいない廃村だ。どの家も好きに住んでいいが、修理が必要なところもある。自力で何とかしてくれ」

 妻子たちの前に食料と種麦の袋、農機具をいくつか、そして魔法具と金貨の袋を出す。

「これらは全員の共有だ。金貨は家の修理や収穫があるまでの食費に当てろ」

 一番年長らしい女性の目を見て言う。頷いてくれた。


「村の外のあちら側には畑がある」

 手で大まかに示した。

「四本の杭が目印だ。その中なら耕しやすいはずだ。農耕の経験があるものはいるか?」

 数人の手が上がった。

「なら、他の者にも教えてくれ。土壌改良の魔法具についてわかるものは?」

 こちらは、一人だけだった。魔法具の入った袋を渡す。

「では、収穫を楽しみに頑張れよ」


 言い置いて、俺はゲートボードで村を後にした。もちろん、村から見えなくなったら転移だ。


 宿に戻ると、みんなが待っていた。出発の準備は全部できていた。

「遅くなってゴメン。すぐに出発しよう」

 昼頃、俺たちの食事に合わせて、パンと水と干し肉の簡素な食料を盗賊たちに与えた。仮面の装着は忘れずに

 。アリエルの魔法の手は本当に便利だ。食料の入った籠と水の入った甕が、フワフワとアイテムボックスの牢獄に降りていく。

 うーむ、さすがに体臭がキツイな。しかし、水浴びさせる余裕は流石にない。


 山賊の頭目らしい男が言った。

「勇者の旦那には感謝しねぇとな。ここは暑くも寒くもねぇし、食事まで出る」

「当然のことだ」

 悪事を働いたからと言って、刑罰以上の苦痛を与えちゃ、文明人の名がすたるからね。


 頭目は、おずおずと聞いてきた。

「俺たちの妻子はどうなるだ?」

 うん。そりゃ気になるよな。

 俺は廃村のことを話した。むくつけき男たちが感涙にむせんでるよ。

 次の食事は夕方に与えると告げて、ついでに牢獄の隅に置いたトイレ代わりの甕の中身を、深淵投棄で処分した。


 何事もなく馬車の旅は平穏に続く。夕方になって小屋を出し、俺たちの夕食に合わせて牢獄にも食料を入れてやる。

 で、少々問題だ。

 妻子たちにも食料を分けたので、買い込んでおいた量が不足してる。あと一食分くらいで、次の宿場まで持つかどうか、少々怪しい。

 夜、寝る前に地図を見ながら少し計算してみた。うん。朝出発してゲートボードを飛ばせば、昼には港町に着くな。そこで盗賊たちを役人に引き渡して転移で戻れば、昼飯がちょっと遅れるくらいで済むはずだ。


 たいして手を掛けていないとは言え、十数人もの男らを管理するのは気疲れする。厄介ごとは早く処理するに限るよね。


 翌朝、アリエルにロープを渡して、縛ってくれと頼んだ。

 ……いや、俺じゃないよ? 盗賊たちを、だ。

 一本のロープで全員の両腕を数珠つなぎに縛れば、引き渡すのも楽だからね。


 そして、みんなに港町に先行して盗賊たちを引き渡すと告げた。

「昼頃には戻るから。それまでゆっくりしていてくれ」


 すると、トゥルトゥルが手を上げた。

「じゃあ、ご主人様♡狩りに行っていい? グインと」

 エレの生肉が不足気味だから、ありがたいな。グインと一緒なら大物狙いか。

「良いだろう、でも無理をするなよ?」

 グインは達人レベルの戦士だから、もし魔物と遭遇しても対処できるだろう。

「マオ、留守を頼むな」

「わかりました」


 みんなに見送られながら、ゲートボードに飛び乗り、一気に南へと飛ぶ。腹ばいになって時速百キロで三時間ほど。景色を楽しむ余裕もなかったが、ちょっとこれはスピード中毒になりそうだ。スリル満点。

 やがて、前方に港湾都市が見えて来た。入り江に沿った街並みは、思ったより大きい。南の大陸との交易で潤っているのだろう。


 街の周囲を一周して高度と速度を落とし、正門のところで門番に声をかける。


「怪しいものではない」

 いや、思いっ切り怪しいよな。変な仮面を付けた男が空飛ぶ板に乗って、地上二メートルから語り掛けてるんだから。

 兵士らは皆、武器を構えて目を見開いてる。


「旅の途中で山賊を捕縛したから、引き渡しに来た。お前らに引き渡すので良いか?」

 勇者が俺だと気づかれたくないから、少しというかかなり横柄な口調にしてみた。

 門番たちは呆気に取られて顔を見合わせている。

 頃合いだろう。アイテムボックスのゲートを開き、盗賊たちを出してやる。全員、数珠つなぎに縛られている。


「では、あとを頼むぞ」

 門番たちに言い残して、俺はゲートボードで飛び去った。

 街から充分に距離を置いて、みんなのいる場所に転移。


「ただいま」

 いい匂いだ。昼飯は用意出来ているみたいだ。


「あれ、みんなまだ食べてなかったの?」

「ご主人様を差し置いて食事など出来ませんわ」

 アリエルが微笑んだ。

「ご主人様♡あのね、大きな猪が捕れたよ!」

 トゥルトゥルが身振りで大きさを示した。グインもうなずいている。

「よしよし、よくやったな。じゃあ、飯にしよう。さすがに腹が減った」

 魔力を使っても俺が消耗するわけじゃないが、気分的にね。

 みんなで「いただきます」をして、ギャリソンの料理に一斉攻撃だ。


 大体、みんなが食べ終わったころだ。今まで来た道の方を見つめていたグインが言った。

「後方から馬車が来ます」

 キウイの警告がないから、一般人だろう。でも、何もない野原にテーブル出して食事ってのもシュールだよな。


「食事の片づけは後で良いから、全部テーブルに載せて」

 鍋や釜も皿も洗わずに、テーブルごとアイテムボックスにしまう。続いて小屋も。

 面が割れてるグインには、馬と一緒にアイテムボックスへ退避してもらう。


 そこへ馬車で乗り付けたのは、あの山賊に襲われていた商人の父娘だった。護衛の傭兵も一緒だ。思ったより、馬車の修理には時間がかからなかったようだ。


 彼らの馬車は俺の横で停まった。

「おや、追い付いてしまいましたね、若旦那」

 馬車の御者台から声を掛けられた。

「どうも。一休みしていたところです。あの後、旅は順調でしたか?」

「ええ。あの山賊たちはこの一帯を荒らしまわってた連中だそうで、奴らが居なくなれば安全になるでしょう」

 なるほど。しかし、ちょっと気になるので聞いてみた。


「あの山賊たちですが、役人に引き渡されるとどうなります?」

 商人には、アストリアス王国から来たので帝国の刑罰は詳しくない、とことわっておいた。

「はぁ、罪状にもよりますが、打ち首でなければ犯罪奴隷でしょう」

 うーむ。奴らを一晩保護したし、その妻子には棲む場所を与えたから、出来ればいつか再会させてやりたいんだがな。罪状の方は、鑑定の呪文でわかるらしい。イデア界に何でも書き込まれるからな。


「犯罪奴隷は一生ですか?」

「それも罪状次第、さらに改悛かいしゅん次第ですな。数年から数十年ってとこです」

 そうか。真面目に過ごしていれば、解放される可能性はあるのか。数十年じゃ、その前に寿命だろうけど。


 商人の馬車に先に行かせて、俺たちは食事の後始末をし、出発した。次の宿場に着くのは少々遅くなりそうだが、もし食堂が終わってたりしたら、さらに進んで小屋を出せばいい。


 しかし、罪状次第か。引き渡す前に、ミリアムに鑑定してもらえば良かったかな。いや、重罪を犯しているからかばう、てのもおかしいし。


 そのミリアムが声をかけて来た。

「タクヤ、もしかしてあの山賊たちのこと考えてる?」

「お見通しか」

 さっきの商人との会話を聞いてたな。

「マオに聞いたけど、彼らの妻子を廃村に住まわせるんですって?」

 おしゃべりな男はキライだ。ちょっとマオを睨んだが、微笑み返されちゃったよ。


「もう十分すぎるほどしてやってるでしょ。これ以上気に病む必要はないわ。あなたにはやるべきこともあるんだし」

 正論ってさ。反論の余地がないから苦しくなるんだよね。

「仕方ない、彼らの運命に任せよう」

 そう言いつつも、俺は考えてしまう。


 運命って何なんだ、と。


 俺の運命、エレの運命。青い魔核の運命。

 あの南の魔王オルフェウスと、いつか正面切って戦うことになるのが、運命だとしたら。


 馬の置物を抱えて死んだ少女も、運命だったのか。


 勘弁して欲しいよ。運命なんて素敵な異性との出会いだけにしてくれ。

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