1-9.魔族料理のレシピ

 もう、開き直るしかない。

 俺が奴の注意を引いてしまうなら、いっその事、積極的に引きつけよう。うまくすれば、これ以上の被害が防げるかもしれない。

 そう、俺にはこれキウイがある。いや、これしかなかった。この世界に召喚されてきた、あの日からずっと。震える膝を踏ん張り、カチカチなる奥歯をぐっと噛みしめ、涙が出そうな目をかっと見開いて、進むしかない。


 足元にゲートを水平に出し、階段のように並べる。それを駆け昇りながら後ろの段を消し、前へ、上へ進む。

 ほどなく、俺は太守府の見張り台よりも高く昇りつめた。息も上がりきって苦しい。


「お……おのじょみどおり、出てきてやったぞ、魔族め」

 思いっきり噛んでしまったが、奴の注意を引きつけるのには成功した。同時に、その他大勢も。

 たちまち襲いかかって来るグリフォンやら何やらをゲートの盾で防いでいると、奴の声が響き渡った。


「ようやく出てきたな勇者め。さぁ、戦おうではないか。殺し合おうではないか。魔力の対価と罪科を、天にまで積み上げようぞ!」

 冗談じゃない。そんなお遊びに付き合っていられるか。


 遠隔視の視点を奴に肉薄させる。真黒な巨体が視野を覆い、さらにその体内へ突入すると、奴の体の断面が見えた。なるほど、奴の魔核は頭部にあるのか。

 俺もオタクだ! オタクならオタクらしく戦ってやる。十何年ぶりの厨二病を全開だ。


「亜空間斬撃!」

 とっさに思いついた技名を叫んで、キウイに魔法を発動させる。

 黒魔族の首筋に魔法陣が開く。一刀両断、奴の首が転げ落ちた。


「ぐぁははは! 何じゃこれは。面白い趣向ではないか」

 切り落とした首で喋ってやがる。シュールと言うか、カオスと言うか。何事もないかのように、奴は自分の首を拾い上げ、断面の汚れを手で拭う。


「見事な刃筋である。だがそれ故に、ほれこの通り」

 傷口を圧着すると、瞬く間につながった。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ!」

 お前はどこのディオかと問うまもなく、無数の火の矢が飛んできた。ほぼ全てゲートの盾で防いだが、何本かは背後に回り込んだらしく、キウイが開いた予備のゲートで弾いたようだ。


「やるな。しかし、防御だけでは勝てぬぞ?」

 知ってるさ。でも、やらなきゃ。

「亜空間斬撃! 賽の目切り!」

 眼下の黒魔族の頭部を囲むように、何枚もの魔法陣が発生し、消えていく。最初は水平に、次に垂直、さらに九十度捻って。いちいち指定するのは面倒だ。ヒストリー機能でキウイの中にスクリプトを生成して、名前を付けて保存。名前は「空間断裂斬」にしよう。


 奴の頭部は、内部の真っ赤な魔核まで瞬時に、サイコロ状に切り刻まれた……はずだ。

 しかし。

「「「「「「「「さすが勇者、楽しませてくれるな!」」」」」」」」

 おぞましいことに、地面にボロボロと落ちていった肉片が、それぞれ口を形成して異口同音に喋り出した。

「「「「「「「「いくら刻んでも意味がないぞ」」」」」」」」

 ウゾウゾと小片がまとまって行く。割れた魔核までつなぎ合わさって行くとは。

「「「「「「「「合体すれば、ほれ、」」」」」」」」

「この通り」

 まるで帽子か何かのように首をすげ直すと、聞き取れない呪文を詠唱した。


 危機感知! キウイからの警告が脳内に響く。

 真下から吹き上がって来る紅蓮の炎に、キウイの自動防衛が働いた。足元のゲートの面積が広がり、炎を遮る。しかし、ほんの二~三メートル先を灼熱の炎が吹き抜けるのだから、輻射熱で俺の服は焼け焦げた。とっさに顔を両手で保護したが、掌が焼けるように熱い。


 分が悪いなんてもんじゃない。いかにキウイの防御が鉄壁でも、ほんの一撃でも掻い潜られたら俺は即死だ。攻勢にでないとやられてしまう。

 しかし、脳みそも魔核も切り刻まれてるのに、よどみなく反撃できるのは何でだ?

 遠隔視の視点を動かして、CTスキャンよろしく、頭からつま先まで断面透視する。……そうか、頭部以外に、胸部や腹部にも予備の魔核があるのか。これは厄介だ。


「空間断裂斬!」

 少なくとも、合体するまでの時間は稼げる……はずなのだが。

 敵は黒魔族だけじゃない。


「キィィィィィィィイ!」

 甲高い叫びと共に、グリフォンが襲いかかって来た。

 まずい! 使えるゲートは全部、黒魔族を切り刻むのに使ってしまった。巨大な猛禽類の前足が眼前に広がったその時。

 バン! 下から突き上げた火球が、グリフォンを火だるまにした。


「ミリアム!」

 中庭で長杖を掲げたその姿に、思わず惚れ直してしまふ。

 しかも、そのそばでフーパックを地面に突き立て、昆虫型の雑魚を小石のパチンコで撃ち落としているのはトゥルトゥルだ。やるときにはやってくれる。……つか、なんで君、メイド服なの?


 そうか。俺一人では限界だけど、仲間がいれば、俺が使える魔法にも応用が聞くのでは?

 なんとかコイツを料理しないと……料理?


「ギャリソン、俺だ、タクヤだ」

 みんなのいる部屋に、キウイのいるアイテムボックスを開いて、代弁させる。

「今すぐ、燃える物を集めてくれ。薪でも木炭でも石炭でもいい、できるだけたくさん」

「若様……?」

 とっさに何の事か分からないらしい。


「この魔族を料理する。急いで!」

 遠隔視の向こうで、ギャリソンはうなずいた。俺はキウイとエレを部屋のベッドの上に出し、氷漬けの生肉など他の中身をテーブルにぶちまけ、アイテムボックスを空にした。そして、中庭の地面に深く大きな二つの四角い穴として開く。

 俺のアバウトな指示をギャリソンが細かく分けて、アリエルやジンゴローが動き出す。

「じゃあ、中身の方を頼むよ。準備できたら、エレに合図してくれ」

 準備ができ次第、調理開始だ。


 盾や刃として使うゲートの方は、奥行きゼロの亜空間としておけば容積を食わない。それでも俺の足場と亜空間かまどに三つ使ってるから、残りは六枚。

「勇者ああああ! 勝負しろおおおお!」

 黒魔族が俺の方に右手を伸ばしてきた。文字通り、長さが伸びている!

「寄るな触るな!」

 とっさにゲート刃で輪切りにするが、一瞬遅く、中指が足場ゲートに引っ掛かった。そのまま、尺取り虫のように寄って来る。


「ひっ」

 気持ち悪いことこの上ない。ゲートを前面に出して、両手で押す。巨大な黒い芋虫のような指を、なんとか足場から払い落した。

「奇妙な奴よ。珍しい魔法を駆使すると思いきや、レベル1だと? フム、さては魔法生物を使役しておるな」

 意外と真実を突いている。しかし、絶対にキウイやエレに手出しはさせないぞ。


 その後も、何度も何度も攻撃と防御の繰り返しとなった。しかも、細切れになるたびに黒魔族のかけらが口々に魔法を詠唱し、炎の矢を無数にはなってくる。数が多いだけに始末に悪い。

 だが、遂にようやく、夜半過ぎになってエレの念話が届いた。

『パパ、ギャリソンが、おやゆびをグッとたててる!』

 よくやったぞ、みんな! GJ!


 空間断裂斬!

 六枚のゲート刃で、瞬時に黒魔族を細切れにする。

「「「「「「「「無駄無駄無駄無駄!」」」」」」」」

「「「「「「「「元通り繋がれば良いだけのこと」」」」」」」」

「「「「「「「「むしろ詠唱の口が増えて――」」」」」」」」


 今だ!

 中庭に開けておいた二つのアイテムボックスを閉じ、片方を細切れ連中の真下に開き直す。中を満たしているのは、真っ赤に燃える炭に、焼けている砂利だった。

 灼熱地獄に叩き込まれた黒魔族の細切れは、文字通りの異口同音に悲鳴を上げる。


「「「「「「「「ギャァァァァアア!」」」」」」」」


 もちろん、いつまでも聞いてなどいない。

 今度はその上にもう片方のアイテムボックスを開き、底から燃える炭と焼けた石を振りまく。周囲に散らばった細切れをゲート刃で押しこみながら、焼き石と交互に重ねていく。最後の一切れまでゲート刃で押し込むと、さっさと閉じてしまう。

 あとはじっくり火が通るのを待てば、魔族料理の完成だ。


 肉に火を通しやすくするには、細切れにするに限ると、ギャリソンが言ってたからね。

 直火で炙るより、焼石の方が熱量が大きいから、熱が逃げさえしなければより効果的だとか。そして、アイテムボックスの保温効果は抜群。

 焼け石と交互に層をなして入れてやったから、内部で合体することもできないだろう。


 そう言えば、さっきから飛行魔獣が襲ってこない。どうやら、先ほどの細切れ連中の無差別攻撃で巻添えになったらしい。


 それにしても疲れた。俺自身はアイテムボックスの階段を上り下りして走り回っただけだが、滅茶苦茶な戦闘力の権化を相手にするだけで、こんなに消耗するものなのか。


 ……だが、疲れている場合ではなかった。飛行魔獣より遅れて、地上を走る魔獣たちが西から押し寄せて来るのを、キウイが感知したのだ。

 俺は家まで空をひた走った。


「ミリアム、まだ戦える?」

 ゼイゼイと息を切らせながら、俺は空中から声をかけた。

「当然でしょ? あなたこそ大丈夫なの?」

 すると、家の中からグインが出て来た。よろめきながら。すぐにアリエルが傍らに寄り添って支える。ちょっと羨ましいぞ、グイン……じゃなくて。


「ばか、寝てろよグイン。まだ傷が……」

「傷など、痛むだけです」

 無茶を言うな。

 断面透視。目を閉じると、グインの体の断面図が映る。CTスキャンのように移動させると、傷の個所が分かった。


「肋骨が逝っちまってるじゃないか。こんなので動きまわったら死ぬぞ」

 折れて尖ったところが内臓や太い血管を傷つけたら、大量失血となりかねない。

 まずは、アリエルに頼んでグインを家の中に戻らせ、椅子に座らせた。

「手を貸して、アリエル。右のわき腹の肋骨、下から三番目が折れてる」

 アリエルの魔法の手で折れた肋骨を掴ませる。

「もう少し右……上……よし、そこで体の内側と外側から押しつけて。

 グインの顔が苦悶に歪む。しかし、流石は騎士、うめき声さえ上げない。

 折れたところがしっかり咬みあっていることを確認し、包帯を巻いて固定させる。あとはグインの体力次第だ。


「ありがとうございます、我が君。これで戦えます」

 忠義バカめ。何を言ってるんだ。

「寝てろって」

 グインはかぶりをふる。

「我が君が戦っておられるのに、奴隷の私が寝てなどおれません」

 馬鹿野郎が。

「だったら死ぬなよ。死んだら、絶対に許さないからな」

「御意」


 そこへ、意外な声が。

「家の守りなら任せて!」

 トゥルトゥルがY字型の杖フーパックを構えて宣言した。なぜかまだメイド服だ。

「前線で魔物と戦うのは無理でも、この家の近くまで来た小物なら、さっきみたいにフーパックのパチンコで狙い討ち出来るから」

 意外と常識的だった。街の正門は完全に破壊されてしまってるから、どうしても小物が入り込んで来るのは防げないだろう。

「よし、じゃあ、居残り組の守りは任せたぞ」

「うん!」

 コイツの言葉がこんなに頼もしくなるとはな。


「ギャリソン、アリエル、ジンゴロー」

 三人にも頼みがあった。

「炊き出しの用意を頼む。中央通り沿いが壊滅しているから、いくらあっても足りないはずだ。周りの食品店に供出を依頼してくれ。夜が明けたら配りたい」

「かしこまりました、若様」

 ギャリソンが代表して答えた。


 あまり時間的余裕はない。

 キウイの探知能力によれば、もうじき地上魔獣の先陣が崩落した正門に取り付く。遠隔視で見ると、昆虫系や野獣系が中心で何千頭もいるようだ。あそこで押さえなければ、市内が蹂躙されてしまうだろう。

「二人は先に行ってくれ。俺も後から駆け付ける」

 アイテムボックスの転送を使い、二人を崩れた正門の近くへ送り込む。グインは地上、ミリアムは城壁の上だ。


 そして俺はゲートの階段で上空へ出て、目一杯伸ばしたゲートの橋をひた走る。膝がガクガクするのは武者震いではない。体力がギリギリで、膝が笑ってるのだ。それでも、やるしかない。ミリアムが言ったように、キウイを使えるのは俺だけなんだ。


 そのキウイが俺に告げた。

『マスター、キウイはレベル四になりました。アイテムボックスの容量が八立方メートル、分割数は十六に増えます。新たな呪文も二つ会得しました』

 ありがたい。魔族料理に容量をほとんど使い切ってたからね。足場にするゲートも増やせるから、空中の階段もなだらかにできる。だが、新しい呪文はまだだ。マニュアルを読まないで使うのは危険すぎる。


 前方で、まばゆい火球が炸裂した。ミリアムの火炎魔法だ。威力は凄いが、さすがに多勢に無勢だろう。

 片目の遠隔視でグインを見る。正門の残骸の上に立ち、乗り越えようとする魔物を、どこかで拾った大剣で叩き落としていた。地上魔獣は昆虫型などの甲羅の硬い奴が多いから、下手に切りかかるよりも効果的なのだろう。


 叩き落とされた魔獣はミリアムの火炎魔法で焼き尽くされている。二人はなかなか良いコンビだ。魔法の対価はキウイがどんどん引き受けている。

 しかし、甲羅の厚い奴の中には、火炎魔法だけでは良く火が通らないものもいるらしい。そこで空間断裂斬だ。よほど高度な防御魔法でもない限り、この空間魔法を避ける術はないはず。

 敵が多いから、細切れと言うよりブツ切りだが、魔族みたいに念入りに火を通すウエルダン必要はないだろう。


 魔核が残ると、それを取り込んだ魔物がレベルアップする。そうミリアムが言っていたので、空間断裂斬で刻んだ魔物の魔核は、見つけ次第アイテムボックスの転送で我が家の庭に送り込んだ。周囲にこびりついた肉片は、居残り組にこそぎ落としてもらおう。

 昆虫系の魔物の肉は、味が悪い上に毒があるのも多く、腐りやすいと、以前ミリアムが言っていた。我が家に臭いがこびりついたら嫌だからね。


 肉片を捨てるために、アイテムボックスのゲートを庭の隅に開いておいた。どんどん投げ込んでゲートを閉じれば、臭いは漏れ出ないだろう。一杯になったらどこに捨てるかが問題だが。

 人型の魔族は頭部に魔核があったが、猛獣タイプは胸元にある事が多いようだ。しかし、昆虫型だと種族別にバラバラだ。毒を持つ尾の付け根にもつタイプもいた。時間があればじっくり解剖して事典でも作りたいところだが……。


 その時、キウイの探知能力が警告を出した。魔物の群れが西の城壁を越えようとしているらしい。

「ミリアム! グイン! 西の城壁へ! ここは俺が何とかする」

 こちらを振り向いてうなずく二人を、アイテムボックスの転送で西側へと送り込む。

 俺は空間断裂斬を駆使して始末していく。同時に出せるゲートの刃が倍増したので、一気に倒せる数が増えたが、魔核の回収が追い付かなくなった。それが原因だろう、倒した魔物を喰らう奴が出て来た。


 一回り大きいカマキリの魔物が、獣系の魔獣の死骸から出た魔核を咥え、歯でかみ砕いた。こぼれ落ちたその欠片が、たちどころに体の表面から吸収されていく。やがて赤い閃光が体の各所で光り、魔物はさらに一回り大きくなった。

 そこここで同じ現象が起きている。これは不味い。空間断裂斬で切り刻むだけでは、大物を増やすことになってしまう。


「キウイ、新しい呪文はなんだ?」

 合成音声が念話で答える。

転移メタフォラ深淵投棄ヴィシスアビサスです』

 最初のはありがたいが、二つ目はよくわからない。

「深淵投棄って?」

『投棄専用の亜空間を作り出します。取り出しは出来ません。容量は無制限で、ゲートを閉じれば亜空間ごと消滅させることができます』

 これだ。


「深淵投棄!」

 巨大化したカマキリの足元にゲートを開く。深淵に落ち込んだところでゲートを閉じ、すかさず亜空間を消滅させる。

 最強の魔法かと思ったが、なかなか難しい。毎回、魔法陣を出してから亜空間を生成するのか、数秒のタイムラグがある。おまけに、アイテムボックスのようにゲートの開く方向は変えられず、必ず上向きだ。深淵と言うだけあって、落とし込むことしかできないのか。

 さらに、ゲートのサイズにも制限があって、二メートル四方まで。ちょっと大きな魔物だと、脚を踏ん張って落ちなかったりする。

 結局、空間断裂斬で切り刻んでから、アイテムボックスで深淵の上に出すことで対応した。


 サクサク切り刻んで深淵投棄を繰り返す。

 魔核は魔法具など様々な用途があるらしいから、出来たら回収したいところだが、数が多すぎる。中庭に開いた腐肉収納用のアイテムボックスも、後で中身を深淵投棄しないと。


 その合間に、西の城壁を片目の遠隔視で監視する。

 ミリアムとグインは健闘しているようだ。城壁まで取り付いた魔物の死骸を伝わって登って来る奴を、グインの大剣が払い落し、ミリアムが焼く。

 俺の空間断裂斬を参考にしたのか、昆虫系は払い落すときに外殻を叩き割って、火の通りを良くしているようだ。拾いものの大剣にしては使いこなせているようだが、剣そのものはかなり痛んでいる。


 俺の方は、目の前の敵をあらかた倒し終わった。死骸は片端から深淵投棄してもいいのだが、魔核は出来たら回収したい。貧乏性だな。

 昆虫系は魔核の場所に例外が多い。面倒なので、昆虫系の死骸はそのまま深淵投棄、野獣系だけ魔核を回収後投棄、と決めた。


 ようやく正門前の平地を埋め尽くしていた魔獣の死骸を投棄し終ると、東の空がもう明るくなっていた。

 ミリアムたちの西の城壁も死骸の始末をしなきゃな。遠隔視で見ると、あちらも戦いは終わったようだ。城壁の上に二人で佇んでる後姿。なかなか絵になるのが、ちょっと悔しい。


 しかし、今から十キロ近くも走るのは流石にしんどい。

 キウイに転移の呪文の説明をしてもらう。亜空間を介して転移するのはアイテムボックス転送と一緒だが、こちらはゲートを同時に二つ開けるという。これなら、亜空間に閉じ込められて、自分の位置が把握できなくなることもないから安心だ。その分、対価がきついみたいだが。

 呪文として唱える時は正確な座標を指定しないといけないらしいが、キウイを通して使うには行き先を鮮明にイメージ出来れば良いらしい。


「転移」

 目の前に魔法陣が生じ、その中の空間が切り取られ、西の城壁の光景が映った。一歩そちらに踏み出すと、ミリアムとグインのすぐ後ろに出た。

「タクヤ!」

 微笑むミリアムの顔を、昇る朝日が照らす。


 ああ、なんて美しいんだろう。こんな風に微笑んでもらえるのなら、一晩中戦った甲斐があると言うものだ。


「正門の前の敵は片付けた。こっちも終わったようだね」

 グインは俺に向かって片膝をついた。

「我が君の勝利です。おめでとうございます」

 筋肉の盛り上がる肩に手を置く。

「俺たち全員の勝利さ。みんな戦ったんだから」


 城壁の外を埋め尽くすのは、ほとんどが昆虫系の魔物だった。面倒なので、最大サイズの魔法陣を出し、一度アイテムボックスに仕舞ってから深淵へ落とし込むことにした。

 繰り返すたびに、どんどん魔物の死骸が片付いていく。


「……凄い」

 ミリアムが放心したようにつぶやく。

「動く敵には使えないけどね」


 そうだ。魔族料理も始末してしまおう。

 試しにアイテムボックスを開いてみる。

「ぐわっ。こりゃ酷い臭いだ」

 気が遠くなるほどの香しい悪臭が立ち昇って来る。後ずさりながらミリアムが鑑定してくれた。

「『魔族の石焼サイコロステーキ』って名称になってるわ。でも、属性は『猛毒』よ」


 魔物と違って、魔族は煮ても焼いても食えない、ってことか。やはりな。


 アイテムボックスをいったん閉じる。次に深淵投棄の上にアイテムボックスのゲートを下向きに開いた。焼けた石に続いて、魔族料理が深淵に飲まれて行った。


 さあ、家に帰ろう。もう敵は居ないはずだ。

 俺たちは、転移で我が家の庭に降り立つ。

 清々しい気持ちだった。そう、俺は良い気分になっていた。


 ……でも、そんなのはすぐに打ち砕かれるんだけど。

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