2-10.事態は迷宮入り?

 帰りも例の「排水溝」からだった。

 古竜の巨体なら、俺たち全員を載せて空への穴から飛び立てたろうけど、ジンゴローみたいにトラウマになっちゃうといけないからね。仲間に強制はできないし、敬老精神的にも問題だ。


 古竜が水浴びを好むのは、鱗に潤いを与えて輝きを保つためだという。若さの秘訣、キューティクルかよ。アリエルみたいだな。


 帰りの道すがら、ミリアムとマオに南の大陸の話を聞いた。

「私も南には行ったことがないの。何でも途中で太陽が真上を通る海を越えて行くので、向こうでは太陽が北側の空を通るんですって。南じゃなくて。それで、こっちとは夏と冬が逆なんだとか」

 南半球か。大学時代の夏休みに、ワーキングホリデーでオーストラリアに行ったっけな。生涯一度の海外旅行になりそうだが。

 いや、ここも異国の地ではあるが。


「こちらの大陸にも迷宮はあるんですが、ほとんど魔素が枯れてきているようです。その点、南大陸のガジョーエンは最盛期ですね」

 マオは流石に詳しい。

「迷宮って、枯れるんだ」

 設備ってことは、耐用年数とかがあるのかな?

「魔力が迷宮を支えている以上、その力の源泉は魔核であり、魔物です。その魔物を限界まで狩り尽してしまえば、枯れてしまいます」

 なんだか、環境問題みたいな話になったぞ。というか、マオが以前話していた魔人化マジンカゼータ計画とも似てる。


「じゃあ、なんで南の迷宮は枯れないんだろう?」

 マオは肩をすくめて言った。

「単純に人口の差でしょう。南の大陸は大部分が密林と砂漠で、迷宮に挑む者も北ほどはいませんから」

 そんな辺鄙なところにわざわざ盟約の指輪を隠す魔神って……。

 まぁ、性格の好い魔神とかありえないよな。今のマオは御人好しだけど、廃業する前はなかなか狡猾な魔王だったし。


 ちなみにマオは一度だけ、南の迷宮都市ガジョーエンを皇帝の名代として表敬訪問しているらしい。なので、そこまでの道中は把握できた。

 ちなみに、一度行った所なら転移で行けるわけだが、マオの魔核が暴走しかねないから、海路と陸路で無難に進むことにした。

 待てば海路の旅路ありとか、人生万事最強の馬というし。やっぱ馬しか。(作者注:「人生万事塞翁が馬」です)


 小屋を出せる広さのところまで徒歩で戻ると、丁度夕食時となった。と言うわけで、小屋を出してまずは一泊だ。

 なんだかんだで、今日は疲れた。夕食時にギャリソンが、この料理は帝国ホテルメニューのナントカ風何とかで、と教えてくれてたが、ごめん、ほとんど聞き取れなかった。

 とにかく、美味しかったからいっぱい食べた。そんで、眠くなった。エレと一緒に寝床に潜り、キウイに充電させるのだけは確認した。

 それからエレと念話でお喋りしたが、古竜のジーサンにまで「かわいい」と言われたとか。


 竜ってのはそろって重度のロリコンなのか? というあたりで意識が途切れてる。


******


 翌朝、マオが控えめに言ってきた。

「ひょっとして、昨日、小屋を出す前に全員を小分けしてアイテムボックス転送できたのでは?」

 Oh……そうだよね。でもまぁ、全員一緒の方が心細くないだろうし。住み慣れた我が家とも言える小屋ごとの方が落ち着くだろうし。

 と、目一杯、自己正当化しましたです。諦めたらそこで試合終了ですぜ安西先生。


 さて、ひとまず竜の子の里まで俺たちは戻ってきた。色々世話になった養育係の竜に、御礼がてらいにしえの竜の様子を伝える。

『あのお方がご健勝とは望外の喜びですじゃ。お主には沢山借りを作ってしもうたのう』

 いや、そんなの十分ですから。

 俺としては、戦闘狂バトルジャンキーな若いのを一発でのしてくれたのがあり難い。巻添え喰らったエルマーはちょっとかわいそうだけど。


 とはいえ、竜たちともここでお別れだ。今度会うときは、青魔核への魔核変換ができるようになった時のはず。そうなれば、戦闘狂バトルジャンキーぶりも収まって、もっと付き合いやすい相手になることだろう。

 そう、願いたい。


 エルマーはエレとの別れが名残惜しいようだった。谷の出口まで俺たちの後を着いてきたが、そこでいつまでも手を振っていた。

 健気だが、嫁にはやらんぞ。


 以前のように、交替で馬に乗りながら、南に折れ曲がる街道まで進む。違うのは、一日が終わって皆が小屋に入ると、俺が外からアイテムボックス転送を掛けること。その後、俺は転移であとを追う。

 これのおかげで、谷を出て二日目の朝には、西へと進む街道の終着点にある廃村にまで戻れた。


「おお、あったあった」

 打ち捨てられていた納屋の一つに隠してあった馬車が、そのままの姿で俺たちを待っていた。グインとマオが、馬たちの二頭を前のように馬車に繋ぐ。

 そこからは馬車の旅だ。グイン先生の言う速歩はやあし、時速十二~三キロで街道を進む。スピードが上がったおかげで、昼前には街道の分岐点の農村についた。


 まずは、往きに寄った時に世話になった村長に挨拶する。宿屋の無いこの村で、俺たちを泊めてくれたからね。

 村長は俺たちが竜の谷に行って来れたのが信じられないようだった。まぁ、その点はいいや。


 たまにはギャリソンにも楽をしてもらいたいので、この村で休んで一泊する手もあったのだが、小さな村では俺たちをもてなすだけでも負担が大きいようだ。

 食料などを買い付けるだけにして、自前で昼飯を取ると、街道を折れて南へ出発した。


 南へ進む街道の終着点は、港湾都市エルベラン。そこから船旅で南の大陸へ渡ることができる。その手前にはいくつか宿場町があるので、今日の目的地はその一つだ。


 こちらに向いた街道にはそれなりに交通があるらしく、途中では道端で休んでいる商人風の馬車を何台か追い越すことがあった。商人風と分るのは、馬車の後ろ半分が荷台になっていて、商品らしい箱や樽が山積みになってるからだ。

 馬車は快調に進んで、最初の宿場町には日没前に着いた。いくつかある宿屋のうち、一番最初に目についたところへ乗りつける。


「いらっしゃいませ!」

 看板娘なのだろうか、十代の娘が元気よく出迎えてくれた。こういうのは印象良くなるね。

 娘さんは馬の扱いも慣れていて専属の馬の世話係もいるというので、馬車を任せて先に宿屋の入り口をくぐった。後でグインかギャリソンに様子を見に行ってもらおう。

 宿屋の作りはどこも一緒で、一階が酒場を兼ねた食堂になっていた。まだ日没前なのに、既に何人も客がいて盛り上がっていた。

 こうした雰囲気はしばらくぶりだな。悪くない。


 まずは部屋が空いているかどうかだ。宿の主人によると、何とか三部屋の空きがあるそうだ。一人用の狭い部屋が一つと、三人部屋が二つ。ギャリソンとジンゴローがベッドを半分ずつ使えば足りるだろう。

 一泊だけの予定だから、料金はニコニコ現金前払いだ。

 部屋に着替えなどの荷物を置いて、すぐに食堂に集合。注文を取りに来たのは先ほどの娘さんだった。


「随分賑わってるね」

 俺が話しを向けると、娘さんはにこやかに答えた。

「ええ、南との交易が最近は盛んなようで。今日も美味しいお魚が入荷したので、おすすめはその塩焼きです」

 ほう、魚か。しばらく食べてなかったな。みんなも異存ないようだ。

「じゃあそれで」

 あとは。


「みんな、何か呑むかい?」

 今夜はもう寝るだけだからね。

 ギャリソンはこの土地のワインを、ジンゴローは蒸留酒。俺は他の客が飲んでるエールが気になったのでそれを。

 グインはダメね。また酔いつぶれたら、二階まで運ぶのが大変だ。人前でアイテムボックス使うわけにもいかんし。その代り、魚は二尾にしてもらった。

 表情の分かりにくいグインだが、なんとなしにがっかりしてる感じ。弱くても飲むのは好き、てのもいるしな。今度、機会をつくってやろう。

 マオと女性組はノンアルコール派なので、お茶と果実水を頼んだ。


 娘さんが進めたとおり、魚の塩焼きは美味かった。サンマによく似た魚。でも、それ以上に注目されたのは俺の食べ方だった。

 こっちに来て、ずっとナイフ&フォークな生活だったから、ジンゴローに頼んでマイ箸を作ってもらったんだけど。木を削って磨いて、天然塗料を薄く塗っただけ。


 で、これで焼き魚を食べたわけだ。

 まず、魚の真ん中を箸でサッと切り裂き、鰓のすぐ後ろから箸を入れて背中側の身を剥がす。腹の方は小骨があるから、剥がした後で裏返し、箸でつまんで取り除く。そして尻尾をつまんで背骨を剥がせば、あとは食べるだけだ。


「ご主人様、それ、なんて魔法ですか?」

 真顔でアリエルが聞いてきた。

「いや、これ普通な食べ方なんだけど?」

 父親が魚好きだったから、子供の頃からこうやって食べるのが当たり前だった。そうか、こっちはそもそも箸がないからな。


「なるほど、作っておいて何ですが、便利ですね、ハシってのは」

 ジンゴローも感心しているようだった。ひょっとして、箸がこっちでヒットしたりして。

「ご主人様♡ボクの魚も捌いて♡」

 やたら「♡」付けるので警戒したが、トゥルトゥルは単に魚の食べ方が下手なだけのようだ。

「しょうがないな、これやるよ」

 俺は皿をトゥルトゥルと交換して、同じように身をほぐした。

「意外な特技ね」

 珍しく、ミリアムが素直にほめてくれた。こっちも素直にありがたがることにしよう。


 ちなみに、味の方もサンマとそっくりで、油が乗ってて美味しかった。これで、おろし大根と醤油があれば最高なんだが。醤油……大豆はあるみたいだから、あとは製法だな。麹が手に入るかどうか。


 酒の方だが、エールは少々酸味が強かった。度数も低いが、炭酸の刺激は久しぶりで、苦みと共に魚料理に合った。ギャリソンが選んだ白ワインも良かったらしい。ジンゴローは呑兵衛なので、アルコールなら何でもいいようだ。


 腹いっぱいで眠くなったが、その前にエレにも御飯だ。

 部屋に戻り、アイテムボックスから出してやる。生肉と水をそれぞれ深皿に入れて与えた。肉はトゥルトゥルが罠で捕まえた野兎。最近の定番だ。

 そうそう、明日、生肉も仕入れてからここを出るか。エレも違ったメニューの方が楽しみがあっていいよな。


 そして、エレと念話で話しながら、キウイに充電してもらう。

 竜の谷を出てからずっと、エレの話すのは竜のことばかりだ。ほんの一度会っただけの古竜のことが凄く気になるらしく、盛んに「おじいちゃん」と連発してた。

 エルマーの話題はほとんど出ない。ざまみろ。


 話しているうちにエレの念話がとぎれとぎれになり、やがて寝てしまった。俺も心地よい眠りに突入。


******


 翌朝、例によってみんなは俺より早起きだった。唯一の例外がマオ。最近はずっと、こいつを起こすのが日課になってる。


「マオ、朝だぞ、起きろ」

「むにゃ~、勇者様、あと五分だけ」

 誰が勇者だ。さては、百年前も起こしてもらってたのか? 十代のピチピチギャル(死語)にか? 五十過ぎのジジイだったくせに。リア充め爆発しろ。

 ムカついてきたので、鼻をつまんでやる。

「ふがっ」

「四十秒で支度しな」

 相手が魔王でも容赦しない。それが朝の掟だ。

 俺以外のね。


 階下に降りると、みんなテーブルについて待ってた。

「ごめんよ、待たせた?」

 ミリアムが答えた。

「そんなでもないわ。マオは起きた?」

「多分」

 これ以上寝坊したら朝食は抜きだな。

 夕べの娘さんが、朝も元気に注文取りに来た。

「えーと、朝食を七……いや、八人分お願いします」

 例によってグインは二人前だ。マオの分は起きてきてからにしよう。


 皆が食べ始めてしばらくして、ようやくマオが起きて来た。

「随分遅かったな」

「はい……昨夜、陛下と遠話で定時連絡してたら、朝方までかかってしまって」

 そう言えば、コイツはこの帝国の皇帝補佐官だったな。そして、陛下はコイツの孫だっけ。見かけに騙されるが、実年齢百五十歳。


「何か厄介な問題でも?」

 宿の娘さんにマオの分の朝食を頼んで、俺は話を促した。

「厄介というか何というか。不足する穀物を、例の魔物化穀物で埋める計画。あれがとん挫したので、南の大陸からの輸入に切り替えることで話が進んでたんです」

 なるほど。その穴埋めがどうなってるのかは、俺もザッハ絡みでちょっと気になってた。


「で、最近までは上手く届いていたんですが、ここ数日の荷が滞るようになったとの事なんです」

「……魔物か?」

 定番だよな。やはり、マオはうなずいた。

「はい。南の大陸で魔物が活発化しているようです。あと、海上でも」

「それ、南の迷宮が活況なのと関係ある?」

 再び、マオはうなずいた。

「南の大陸全体で、魔素の濃度が上がってますね。ここ数日で、急激に。私の魔力感知能力が告げるところによると」

 海を隔てて感じ取るとは、さすが魔王だけのことはある。


 そこへ娘さんがマオの分の料理を持ってきた。立ち去るまで、マオに見惚れてたな。

 俺じゃないのは良くわかります。はい。


「何が原因だろう?」

 俺の疑問に、マオはちぎったパンをスープに浸して食べながら答えた。

「魔神が、私の代わりの魔王を立てたんでしょうね。あちらの大陸に」

 初雪もまだだというのに、一気に周囲は氷点下だ。


 よくもまぁコイツは、いつもさらりと言うよな。こんな大事を。


******


 昼までの間、俺はみんなに旅の必需品の補充を命じた。ギャリソンには食材、アリエルにはタオルやシーツなど、生活雑貨全般。ジンゴローには馬車の整備と、修理や工作に必要そうな材料の調達。グインとトゥルトゥルには狩り。時間がないから、罠ではなく、この間の猪みたいに、その場で仕留めるほうで。


 俺は、マオとミリアムの三人で、宿の俺の部屋で作戦会議だ。

「二人目の魔王なんて、あり得るのか?」

 俺の疑問に、ミリアムは首を振った。

「少なくとも、私の知る限りそんな前例はないわ」

 マオも眉間にしわを寄せて答えた。

「魔王が勇者に倒された直後、側近だった魔族が魔王に昇格した例ならあるようです」

 なるほど。中ボスを全滅させるまでラスボスに会えないってのは、ある意味合理的な設定なんだな。

 この世界では全然当てはまらないけど。


「それでも、魔王が同時に二人というのは例がないですね。まぁ、そもそも私みたいに魔王を廃業しちゃう例が無かったわけですが」

 コイツ、自分で答えを出しやがった。まぁ、それが正解だろう。


「てぇことは、魔神はマオを見限って、替わりを立てたってわけだな。その場合、マオはどうなる?」

 魔神の加護が無くなるというわけだ。今まで、何といってもコイツのチート能力が最後の頼みの綱だったからな。


「基本的に、今まで通りのはずです。たとえ創造神様でも、一度決めたことわりは、おいそれとくつがえすことは出来ませんから。魔神も同じです」

 なるほど。理不尽世界ファンタジーワールドとは言えど、最低限の理屈は通すんだな。


「てことは、南の大陸に行ったら、その二代目魔王との対決もあり得るわけかな?」

 疑問というより、事実の指摘に近い。二人ともうなずいた。

「私たちの当座の目標、人と竜の盟約の復活を何よりも嫌ってるのが魔神ですからね」

 わざわざ、当時は人口が極端に少なかった、辺鄙な地方の迷宮に盟約の指輪を隠したくらいだしね。魔神のくせに、やることがセコイ。どこの意地悪小学生だよ。


「マオの魔力に変化が無ければ、戦力的には俺とミリアムが加わるから、相手が魔族大集合でもない限り、何とか行けそうかな?」

 かなり楽観的推測が混じってるが、一応の裏付けはあるはず。

「そうですね。期間的に見て、あちらの魔王がそれほど多数の魔族を手なずける余裕はなかったはずです」


 よし、なら方針は決まりだな。

「全速力で南の迷宮に到達し、出来るだけ短期間で最深部まで潜り、盟約の指輪を回収して帰還する。これだね。」

 二人ともうなずいた。

 こうなったら、スピードが命だ。時は金なり、だよね。

 で、真面目くさって決断するとフラグ立ててるっての、お約束なんですね。


 来ましたよ、流れを無視した余計なトラブルが。

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