2-11.南の魔王、小鹿の選択
昼になっても、グインとトゥルトゥルが帰ってこない。遠話をかけても出ない。これ、緊急事態だよね?
「どうしよう。二人に連絡が付かない」
屈強なグインが付いていて、まさかこんなことになるなんて。俺は二人が心配で、ただオロオロするだけだった。
「マオと手分けして、遠隔視の呪文で探せない?」
言葉だけ聞くと冷静そうなミリアムだが、顔色は真っ青で震えている。
マオの政策変更で、魔物の勢いが減っているので油断した。南の大陸の魔族がこの辺に潜んでる可能性だってあるし、さらに言えば、こちらの魔人や魔族が向こうに取り込まれている可能性も否定できない。
南へ向かうこの街道は、東西を深い森に挟まれている。そのどちらへ二人が分け入ったのかも分らないので、俺が東、マオが西を遠隔視で探す。
「西の方には、二人の気配がありませんね」
マオだけは冷静に見える。見えるだけかもしれんが、今はありがたい。
東側は俺の担当だ。しかし、キウイを介した遠隔視では、気配みたいなものまでは検知できない。代わりに、森への途中にある踏み分けられたあとを探った。グインはあのガタイだから、くっきりとあとを残すはず。今更ながら、それに思い至った。
その後は速い。グインの通った後がある以上、こっちが正解だ。ほどなく、二人が折り重なって大木の
「どうしたの、タクヤ」
ミリアムが俺の表情の変化に気づいた。
体毛に覆われていた背中が大きくえぐられ、背骨の中の脊髄までが見えている。周囲は血だまりだ。
「背中を酷くやられてる。トゥルトゥルをかばったのか」
つぶきながら立ちあがる。
「待ってタクヤ!」
待たないよ。待てないよ。大事な仲間が、家族が、二人も死にかけている。
俺は返事もせずに、転移で二人のところに駆けつけた。
******
ああ、コイツか。二人を襲ったのは。
森の中に潜んでいたのは、見たこともない魔族だ。
……いや、二人として同じ魔族はいないけどね。さすがに、緑にオレンジの斑模様とは目に悪い。しかも、首には細い鎖のネックレスが光ってる。……短いから、チョーカーと言うんだっけ? オシャレさんめ。
「コンニチハ魔族。会えてウレシイヨ。さっさと死んで」
我ながら変な口調だ。余裕がないからかもしれない。グインの命は時間制限が厳しい。
「出来そこないの元魔王に味方するのは、出来そこないの勇者か。お似合いよの」
マオの配下でないなら、南の魔王の眷属で決定。
「余は魔王オルフェウス。魔神様の恩寵を受けし身……」
眷族ではなく、魔王本人か。口上が延々と続きそうなのでさえぎる。
「時間が惜しい。こっちに救急車ってないからね」
空間断裂斬。百を越えるゲート刃が、魔王オルフェウスの体を切り刻む……はずだった。
「亜空間鎧!?」
オルフェウスの体が銀色の鏡面に包まれ、ゲート刃はそこに溶け込むように消えた。
「ふむ。お前がこれをペイジントンで使わなければ、こんな使い方には思いもよらなかったわ。礼を言わねばな」
鎧が不活性化したオルフェウスが呟く。そして暗転。遠隔視を起動すると、亜空間鎧に包まれた俺の周囲に、ヤツのゲート刃が出現しかけては融けていく。
コイツも、空間魔法使いか。なんてこった。
「解せぬ。解せぬぞ。お前とムサシ、どこが違うと言うのだ!」
ムサシって誰だ? 昔の勇者か?
いや、そんな疑問は後回しだ。
キウイがどれだけレベルアップしても、なぜか攻撃に使える魔法は空間魔法のみ。しかも、本来は戦闘用でないアイテムボックスの特性を活かしたものだけだ。そして、それですら無敵ではない。
そう、おそらくこれが、俺を召喚した神なる存在の意志だ。つまり、「一人で戦うな、仲間を頼れ」ってことだろう。
『マオ、来てくれ』
頼れる仲間の筆頭は、悔しいがマオだ。転移でマオが眼前に現れる。
「ほう。お前が南の魔王か。北の魔王が相手になってやろう」
一瞬で事情を読み取ったマオは、それでも人の姿を崩さずに対峙している。魔核の暴走は起こしていない。
「頼むぞ、マオ。俺は二人を助けないと」
「ええ、そっちは頼みますよ、タクヤ」
二人をアイテムボックスに収納し、宿の男子組の部屋へと転移する。
部屋ではアリエルとミリアムが、包帯や薬をそろえて待ち構えていた。しかし、グインの傷を見て言葉を失う。
「トゥルトゥルの方だけでも頼む」
グインを助ける方法は、一つしかなかった。
俺は古の竜の洞窟まで転移を繰り返し、彼の目の前でスライディング土下座した。
「盟約の儀式が未だなので、無理を承知でお願いします。どうか、エリクサーの製法を教えてください」
古竜は、興味深げに俺を見た。
『たかが奴隷一人に、そこまでするとはな』
魔王が現れたくらいだ。遠隔視で見ていたのか。
俺は抗弁した。
「奴隷であっても、家族です。身分も種族もどうでもいい。一緒に暮らせば家族なんです!」
『面白いな。確かに、創世神様が作られた世の
しばし考えた後、古竜は答えた。
『だが、盟約を越えて便宜を図るなら、それなりの対価が必要じゃの』
それも飲もう。でも、条件がある。
「どうか、俺個人が支払える物にしてください。俺の家族の誰かではなく」
エレを嫁に、なんて絶対無理だ。
『良かろう。では、対価はお主を食うことじゃ』
え?
「食われちゃうと、盟約が……」
『早とちりするな。お前が死んだら、じゃ』
ああ。いつか俺が死んだらか。いつかは死ぬからな、そりゃ。
「あの、俺はそんなに美味くないと思いますが」
古竜は呵々と笑った。炎の輪を吐きながら。
『お主の体にも魔素が満ちておる。その魔素はアカシックレコードに繋がり、それを通じてお主の生涯の記録が見て取れる。お主の体を食うと言うことは、この世界にかつてない、異色の勇者の記録を食すと言うもの。これほどの珍味、天地創造のこの方、あったであろうか?』
うーむ。なんか説得力あるような。
「分りました。この命が終わったなら、復活などせず、あなたの元に身体を送りましょう」
契約成立だ。俺はキウイの画面でメモ帳を立ち上げると、古竜が語るエリクサーの製法を書き留めていった。
これは……!
その製法自体が、山ほど抱えてる謎の、まさに一つの答えだった。
******
転移で宿に戻ると、マオが出迎えてくれた。
「魔王は?」
「久々にガチでやり合いましたが、逃げられました」
それは仕方ないか。周辺の被害が気になるが。
「エリクサーの製法を聞きだした。材料も揃った。手を貸してくれ、マオ、ミリアム」
製法の途中には、何度か魔力を必要とする「錬成」という工程がある。キウイにはそのモジュールがインストールされていないので、二人の手が必要だった。
男子組の部屋は、アリエルが二人の治療中だ。そこで女子組の部屋に行く。ベッドの上の適当な高さにゲートを出し、作業台代わりとする。エッジの保護の斥力場は強めに出しておいた。
キウイのメモ帳を読み上げる。
「まず、竜鱗を砕いて粉にする」
この世で堅いものトップクラスだ。普通では砕けないので、小型の空間断裂斬を小刻みに繰り出して小片とする。ミリ以下まで刻んで、ようやくすり潰せるようになった。
「これに竜の髭の微塵切りをくわえて」
以下、何段階もの処理が続く。要所要所で、ミリアムやマオに聞きだした呪文を詠唱してもらい、錬成を行う。
最後、ほのかに薄赤く光るエリクサーを、活性化させる工程が必要だ。しかし、これを行うことができるのは青魔核の持ち主のみ。これこそが、エリクサーの製法が失われた本当の理由なのだろう。
ミリアムが言っていた「触媒」だ。
『エレ、頼むよ』
アイテムボックスからエレを出す。
『どうしたの、パパ』
俺はエレの瞳を見つめながら言った。
『グインが大怪我をして、死にそうなんだ。助けられる薬を作れるのは、お前だけなんだよ。手を貸してくれ』
エレには少しショックだったようだ。
『グインおにいちゃん、しんじゃうの?』
安心させないとな。
『大丈夫。パパの言う通りにして薬ができれば、必ず治るから』
しばらくして、エレはうなずいた。
『わかった。エレ、がんばるね』
俺は半完成品のエリクサーの瓶を、エレに持たせた。
『これに向かって、グインの傷、治れって願うんだ』
本当はもっと抽象的に、病や怪我や死からの回復を願うんだが、具体的で悪いことはないはずだ。
エレは目を閉じてお願いを始めた。すると、エレの体から青い光がにじみ出て、瓶の中のエリクサーに流れ込み、吸収されて行った。すると、エリクサーの光が赤から紫、そして青へと変わって行った。
エレが目を開いても、エリクサーの青い光は消えない。
『よくやったぞ、エレ。お薬ができた』
エレも喜んでる。小さくジャンプして拍手。
そう。エリクサーとは、治癒と再生に特化した、高濃度の青い魔素に他ならない。竜鱗と竜の髭には魔素が凝縮されている。それを抽出して濃縮し、練成で調整し、エレの青魔核で変換する。これが、古竜から聞きだした製法だった。
俺は急いで男子部屋に向かった。アリエルが飛びついてきた。
「ご主人様! たった今、グインが!」
くそっ、生きているうちにと思ったのに。でも、エリクサーの威力を信じよう。
言い伝えによると、エリクサーは傷に振りかけても、口から飲ませても効能があるようだ。口からの方は胃腸が動いてなくても関係ないらしい。
と言うわけで、まずは半分を背中の大きく抉れた傷に振りかけることにする。包帯をほどいて、軟膏の塗られたガーゼを取り除く。
うう、背骨や肋骨や内臓が丸見えだ。グロ耐性ないのに。むしろ、ついさっきまで息があったグインの体力が驚異的だ。
その傷口にエリクサーを振りかける。見る見るうちに肉が盛り上がり、傷を塞いでいく。皮膚からは体毛さえも生えて来た。
あまりの威力に、俺もアリエルも言葉を失った。だが、グインは「がふっ」と呼吸を開始しただけで、目覚めない。
「これ、飲ませてやってくれる?」
エリクサーは気管に入っても効くのかもしれないが、普通に飲ませてやりたい。それなら、魔法の手の方が器用だからね。
青く光るエリクサーを飲み下すと、やがてグインは意識を取り戻した。
「我が君……私は一体……」
「うん。助かってよかった」
俺は声が詰まってそれ以上言えなかった。仲間が、家族が死にかけるって、どんだけ。
ところが、グインはガバッと起き上がって言った。
「そうだ、トゥルトゥルが!」
トゥルトゥル? そいつなら俺の横で寝てるんだけど。
男子組のベッドだけどね。どう見てもただの脳震盪。骨折などはなし。
「よかった……」
仲間思いだな、グインも。
******
結局、宿場からの出発は一日遅れとなってしまった。
全快したグインはいつでも旅が再会できるし、トゥルトゥルも目が覚めたら元気いっぱいだ。
しかし、俺には約束がある。エリクサーの製法を手に入れたら、伊の一番に森の主の娘、小鹿ちゃんを蘇らせると。
実際にはグインを先にしてしまったが、これは正直に話すだけだ。ダメならタイマン勝負という約束だしね。
「これから、あの巨大鹿の森へ行って、エリクサーを作る。行くのは俺とミリアムとマオ」
本音を言うと、マオは非常時のためにこっちへ残したい。例の新魔王……名前はオルフェウスだったか。こいつが再度現れないという保証はないし。
だが、製法の中で非常に微妙な錬成工程があり、さすがのミリアムもそこは自信がないというので、背に腹は代えられない。俺が頻繁に遠話を掛けることで、何とかしのごう。
あの森……名前は……キウイのメモ帳……ああ、ゲオルンの森ね。そこまでの転移は俺が負担。正確にはキウイが。マオは魔核暴走が怖いから、なるべく普段は魔力を使わせない。これが鉄則。なのでキウイの対価に注目しないと。転移の対価は大きいから。
うん、現在四十パーセント。対価の処理力が落ちる半分だ。何とか行ける。
巨大鹿が足跡を刻んだ場所まで移動する。そして念話だ。思いっ切り強く。
『ゲオルンの森の
やがて、目前の森を踏み分けて、巨大な牡鹿が現れた。
『人間よ。では果たしてもらおうか、約束を』
だが、まずは事実を告げないとな。
『森の主よ。約束の中には、このエリクサーの製法が分ったら、まずお前の娘に、とあったが、これは守れなかった。申し訳ない』
巨大な牡鹿は、小首をかしげ、続きをうながした。
『俺の大事な家族、旅の仲間が命を落としかけた。彼を助けるために、一つ目のエリクサーを使ってしまった』
理解したようだ。
『人間よ、それは些末な問題だ。我が望むのは愛娘との再会のみ』
良かった。
『では、約束を果たそう』
俺は目の前にアイテムボックスのゲートで作業台を出し、道具と材料を並べていく。今度使うのはエルマーの逆鱗の方だ。魔素量が豊富なので、竜の髭は無くても良い、とレシピにあった。
そして要所要所でミリアムやマオに錬成をしてもらい、最後の仕上げはエレだ。
『エレ、今度は鹿の女の子なんだ。間違えて、この鹿のおじちゃんの子を、エレの御飯にしようとしちゃったんだ』
しまった、エレにはショックだったかな。
涙を流してブルブル震えている。
『大丈夫だよ、エレがこの薬に小鹿ちゃんを直して、とお願いすれば助かるから』
『ほんとうに? ほんとうにそのこ、たすかるの?』
『ああ。さっき、グインも助かったからね。間違いないよ』
納得したようだ。
エレはエリクサーの瓶に願いを込めた。液体が青く輝きだす。
エリクサーを受け取って、エレにはアイテムボックスに戻ってもらう。グロいのは見せたくないからね。
作業台の上を方付け、そこに小鹿ちゃん……の身体だった肉や臓物や骨格、毛皮などを出した。一応、元の体に近くなるように、毛皮の上に骨格や肉などを並べていく。
うう、鹿のお父さんがガン見してるよ。
めげず、ひるまず、その上にエリクサーを半分振りかける。作業台の上の肉片などが青い光に包まれ、横たわった小鹿の姿になった。
『おお!』
いなないて詰め寄ろうとする鹿のお父さんを押し留める。
『まだだ。魂を復活させるには、飲ませないと』
小鹿の首を抱きかかえ、残りのエリクサーを喉から流し込む。
ほどなく、小鹿の体がピクリと動いた。
作業台の上に寝かせて、少し下がる。やがて、首をブルブルッと振るわせると、小鹿は置きあがった。
『娘よ!』
『お父様』
感動の再会だ。
……いや待て。この子、念話できたっけ?
『お父様。またお会いできて嬉しゅうございます』
あれ? 話し方もやたら大人びてるぞ。
『けれど私は、申し上げなければなりません。しばしのお別れです』
『……何を申すのだ、娘よ』
立ちあがった小鹿は、父親に向かって語った。
『私は自分の不注意で、お父様の結界から外へ出てしまいました。ヒトの罠にかかって命を落としたのは、この世の
明らかに小鹿の言葉ではないが、違和感はない。成長して大人になった時のものなのだろうか。しかし、円環の
『娘よ、我が最愛の子よ。父を置いて逝ってしまうのか』
念話の嫌なところだ。言葉だけでなく、ここまで強い感情はそのまま伝わってしまう点だ。父親の嘆きはとめどなかった。
『お父様、私もお父様を愛してます。この世の
念話が途切れると共に、小鹿はその場にくずおれた。
俺は慌てて首筋や心臓の脈を見たが、既にこと切れていた。
『逝ってしまった。娘は逝ってしまった。この気持ち、どうしてくれよう』
森の主は、前足で地面を掻いていた。闘牛がやるように。
しかし、戦っても小鹿ちゃんは帰ってこないからな。
『まて、森の主よ。お前の娘は言っていただろうに』
噛んで含むように念話で言い聞かせる。
『ここで戦って死んだら、娘は二度と、お前の子として転生できないぞ。最後の願いを踏みにじるのか?』
地面を掻く前足が止まった。
『そうだな。お前は約束を守った。娘は世の理に従った。我だけが無理を通すわけには行かぬ』
森の方へ向き直り、巨大な牡鹿は言った。
『感謝するぞ、人間よ。この恩に報いる時が来たらんことを!』
牡鹿は森の奥へと消えた。
とりあえず、クエストはひとつ完了、だな。俺はマオとミリアムに向かって言った。
「で、この小鹿ちゃんの躰、どうしよう?」
やっぱり、食べて供養?
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