3-14.グインの主君
屈強な四人組とグインは、すぐに意気投合した。
同じ戦士系と言うことでわかりやすいんだろう。食事の後など、通路の床に腹ばいになって腕相撲なんてやってた。腹、冷えないのかな?
実際、筋力だけなら四人はグインといい勝負だ。散切りモヒカンことザンギリエフ氏などは、一度腕相撲でグインに土を付けたくらいだ。大したものだ。
食事と言えば、アイテムボックスからエレとロンを出した時に、連中はパニックを起こしかけた。
そりゃ、エレは確かに魔獣だし、そろそろ牛くらいのサイズだからね。ロンはまだ小型犬くらいだが、そのうちエレを追い越すだろう。
「……旦那は
「俺の最愛の娘に息子だ。傷つけたらコロス」
「め、滅相もない!」
四人とも、抜きかけていた剣を収めた。
『グインみたいなおじちゃんたちだね』
エレの評価は的確だ。賢い子に育って、パパは鼻が高いよ。……いや、グインはこの四人よりずっと賢いけどね。
御美脚の修理の方も終わったので、アリエルとジンゴローも一緒に出してやった。
いい加減、驚きに耐性ができたはずの四人組だが、人魚のアリエルには口があんぐりだった。まぁ、そうだろうな。空中を泳ぐ人魚が木と鉄で出来た脚で歩きまわるんだから。
ちなみに、ジンゴローは目に入らなかったらしい。ちっさいからな。
その四人組だが、一方で同じ戦士系でもランシアとは距離を置いている。というか、距離感がつかみにくいようだ。
女性の冒険者は結構いるが、やはり体力的に戦士系は厳しい。グインのように達人レベルとなって闘気をまとえるようになればその差も縮まるが、それまで生き残るのが難しいから、希少となる。
それでも、ジンゴローとの連携はなかなか見事だ。さっき巨大ネズミの群れに襲われた時など、ランシアがリーダーらしい大型犬サイズの相手をしている間に、ジンゴローが小柄ゆえの敏捷さで中型犬サイズの群れを斬りまくり、ほとんど二人で倒してしまった。
その間、グインは大剣を背負ったまま腕組みして見守るのみ。
「ちっこいの、素早いな」
「赤毛のネーチャンもやるな」
「……うらやましい」
「zzz」
本音が漏れてるのと、寝てる奴がいるな。
「つーか、お前ら戦わないとレベルアップしないぞ?」
こっそりマオに鑑定してもらったから、レベルがまだ一桁なのはお見通しなのだ。
ま、俺なんて未だにレベル1だけどね。
ザッハが「勇者の証は、力じゃない。戦う決意だ」と言ったな。あれはウソだ。だって、レベルがちっとも上がらないんだもん。キウイを使って戦ってるのは、俺の意思なのに。
そんなわけで、四人組の間には「グインって、実力はどうなのよ?」という疑問が湧いたらしい。いや、心を読んだわけじゃなく、歩きながら四人でボソボソやってるからだ。
迷宮が迷路のように曲がりくねっているのは当然だが、面倒くさがりな俺としては、アイテムボックスでドーンと壁に穴でも開けて直進したいところだ。しかし、それをやっちゃうと落盤が怖いし、みんなのレベル上げにもならない。なので、地道に進んでいる。
「そろそろ、出てくる魔物もレベルが上がってきましたね」
隣のマオが話しかけてきた。
「そうだな。保護の呪文が必要かもな。次の休憩でグイン以外にかけてくれるか?」
俺は後ろの屈強な奴らをチラリと振り返った。腹筋などを誇張したいのか、やけに軽装だ。
「あっちの四人にも、できたら」
「いいでしょう」
そして、次の休憩。
「旦那! なんでグインだけ呪文かけないんすか?」
「俺たちにはかけてくれたのに」
「獣人差別反対」
「オイラ、のりたまかける」
……俺の知らないネタが!?
でも、一応誤解を解いておかないとな。
「グインはレベル二十二の達人だから、下手な保護の呪文より防御力があるんだ」
四人は納得いかないようだが、そのうちわかるだろう。
筋肉の性能の違いが、戦力の決定的差でないことを教えてやる。
グインがな。
*******
「マンティコアだ!」
トゥルトゥルが叫ぶ。さすがにこのレベルだとキウイの危険探知に引っ掛かっていたが、トゥルトゥルが役に立ってる事を示してやりたいから黙ってた。
マンティコアは、トゥルトゥルが持つ光玉の明かりが届く、ギリギリの距離にいた。そこから尾の毒針を何本も打ち出してたきたので、ゲート盾で防ぐ。
「トゥルトゥル下がれ! グイン、頼む!」
「御意!」
大剣を抜いたグインが、闘気をまとって突進する。そこへ、再び毒針が!
「ああっ!」
後ろの四人から声が上がったが、グインは正面の針は大剣で弾き、肩などに当たった物は闘気の鎧ではじいた。そして、マンティコアめがけて大剣を一閃。
大剣が届く間合いの二倍から、マンティコアは闘気の刃で両断された。
「……」
背後で四人が絶句してるが、俺は頭を抱えた。
「グイン、やり過ぎ。上を見ろ」
天井が闘気の刃でえぐられ、亀裂から大きなヒビが広がってる。
「誠に申し訳ありません、我が君。久しぶりに腕が鳴ってつい……」
「うん、いいから。アリエル、できるだけ天井を支えて。マオ、土魔法で修復できる?」
「わかりました」「やってみましょう」
アリエルが亀裂の真下に立ち、魔法の手で落ちそうなかけらを押さえる。その間にマオが呪文を詠唱し、亀裂やヒビを泥で埋め、硬化させた。
「ありがとう、マオ、アリエル」
例によって、マオの対価はキウイに引き取らせる。
「よし、じゃあ行こうか」
もうすこし進めば下に降りる階段があると、マップに載っていた。そろそろ日も落ちる時刻だし、野営の場所も決めないとな。
********
迷宮にはところどころ、通路から隔てられた少し広い空間がある。狭い出入り口で繋がったそうした部屋は、魔物の巣だったりもするが、中には魔物が出ない安全地帯もある。野営には最適な場所だ。
階段を降りてすぐの場所に、そうした安全地帯があったので入ってみた。
「お、ここは先客なしか」
今までは大抵、他のパーティーが既にいて、疲れや傷を癒していた。
それと、アスクレルの神官も高確率でいた。言わば、神殿の出張所みたいなもので、重傷者を地上へ運べるくらいまで祈りで治癒させるのが役割だ。有料だけど。
しかし、階層を下るにつれて、到達してくるパーティーが減っているらしく、神官の出張所も減って来た。
「よし、今夜はここで休もう」
地下で小屋を出すのは意味がないし、目立ちすぎる。なので、中身のベッドやテーブルだけをアイテムボックスで出した。
「……」
四人組は、いちいち驚くことに疲れたのか、何も言わない。俺も相手にせずギャリソンとアリエルに食事の用意を命じた。四人分、追加なので、トゥルトゥルにも手伝わせた。
ジンゴローはランシアと部屋の隅で会話の華を咲かせてる。イチャラブかと思いきや、回廊効果で聞こえてきたのは今日の戦いぶりについてらしい。熱心で良いか。邪魔しないでおこう。
で、その間俺はというと、やる事がある。テーブルに座ってグインを手招きした。すっとやってきて跪く。
「我が君、先ほどは……」
「いや、あれはもういいから」
実際、迷宮での戦闘は最初だったし、教訓は得たわけだし。
テーブルの向いに座らせる。
「それより、話しておきたいのは今後の事なんだ」
「……今後、と言いますと?」
表情が分かりにくい豹頭だけど、声の感じで怪訝に思ってるのはわかる。
「この冒険が全部片付いた時のことさ。俺はお前たちを全員、奴隷から解放しようと思う」
耳がペタンと寝た。
「……それは、お役御免ということでしょうか?」
「まぁ、護衛としてはね。俺は冒険者って柄じゃないから、どこかに腰を落ち着けて、小物を作って売る商売をやろうかと思っててさ。ペイジントンでやってたみたいに。ザッハにもおろして、売りさばいて欲しいな。で、ジンゴローにも共同経営者ってことで、話してるんだ」
「ジンゴローに……」
「それには奴隷じゃ無理だからね。で、グインなんだけど」
大事なことだから、身を乗り出して。
「たとえば、剣で身を立てるなら、帝国騎士団に士官する手もある。あるいは、剣術指南役でもね。マオに聞いたら、獣人の騎士もかなりいるらしいし」
お、耳が立った。
「それとも、祖国に戻るのも良いだろう。いや、これが一番自然かもね。で、素敵な嫁さんもらってさ」
うーん、反応が薄いな。
「じゃあさ、冒険者を続けるのがいいよ。魔術師の支援なしでマンティコアを一撃で倒せるんだから、どこのパーティーでも引く手あまただ」
あ、またペタンと。
「……しかし、どの場合でも、我が君は我が君ではなくなってしまうのですね」
それか。
「うん……てゆーか、俺がお前の主君ってのが、無理があるよ。俺自身は勇者でも何でもない、何の特別な力のない人間だから」
「そんなことはありません!」
がおっと吠えるような声。全員の視線が集まる。
「……びっくりした」
「も、申し訳ありません」
グインの巨体が縮こまる。
「しかし、我が君は断じて、無力な只人ではありません。私を生き返らせることが出来たのは、我が君、あなたしかおりませんでした。他の誰であろうと、古の竜は納得しなかったでしょう」
「……そうかもしれないけどさ、それとこれとは」
「同じです。私は、我が君以外の誰にも、使えるつもりはありません」
耳がピンと立った。
「私は、我が君にお仕えし続けたいのです。これは私の我がままです。でも、私の本心なのです」
なんだよ、泣けてくるじゃないか。
なんとか折衷案みたいなのはないものか。
……そうだ。
「ペイジントンにいた時、お前、門番の仕事したよな」
「……はい、しましたが」
「あれにしよう」
「?」
というマークが、グインの頭上に浮かんで見えた。
「俺もさ、普段は小物とかあれこれ作ってるけど、変わった材料とか探して旅に出るとかするはずなんだよ、年に何度か、何カ月とか。その時は一緒に行こう。それ以外の時は、期間限定で剣術指南とかやればいいよ」
グインは黙ってる。なら、もうひと押し。
「そもそも、誰を主君と見なすかなんて、心の中の問題じゃないか。奴隷でなくても一緒だろ。要は、対外的な主君と俺が対立関係にならなきゃ問題ないだろ? 皇帝と俺が仲よくしてれば良いだけだよ」
耳は立ったままだ。
「我が君は……我が君でいて下さりますか?」
俺はうなずいた。
「俺が生きている限り、お前がそう思うことを許す」
グインは立ちあがり、跪いた。
「ありがたきお言葉。我が命続く限り、お仕えさせていただきとう、願います」
「うん。こちらこそ、よろしくな」
主人と言えど、奴隷の心までは縛れない。だからこれは、魔法の縛りより強い、魂の絆みたいなもんだな。
……なんて余韻に浸ってると、ギャリソンが。
「失礼、若様。料理が出来ましたので、夕食にしてもよろしいでしょうか?」
「あ……ああ、よろしく頼むよ」
なんか、座ってると邪魔みたいなので、席を立って部屋の隅へ。
あれ? なんか四人に取り巻かれてしまった。
「……あんな強いグインに、あそこまで言わせるとは」
「つか、グインも奴隷なんすか」
「惚れてもいいですか?」
「掘ればいいと思うの」
なんか、危ないのとヤバイのが!?
********
その夜。
ベッドに寝転がりながら、思い起こす。ペイジントンの、あの日々。ザッハとその家族。
そうだ、全部やり遂げれば、またあんな日常が戻って来るんだ。
……ザッハの娘さん、あれから大きくなったかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます