3-13.トゥルトゥルは男の娘!

「いた!」

 探しまわるまでもなく、トゥルトゥルは見つかった。広場の反対側で、上からのスロープの終端だ。そこで数人の屈強な男たちに取り囲まれている。脳裏にペイジントンに着いたばかりのエピソードが。

 足早に、それでも走らず目立たぬように向かう。

「キウイ、透明鎧と身体操作」

『了解、マスター』

 最大限の対人警戒態勢で急行したわけだが。


「あ、ご主人様♡」

 ……あれ? 笑ってないか、コイツ。

 こっちに向かって、背伸びしてブンブン手を振ってるし。

「トゥルトゥル、心配したぞ。勝手にふらついちゃダメだろ」

「えへへ、ゴメンチャイ♡」

 だから、そこでいちいち媚び媚び光線乱射しないの。周りの人たちだって呆れてるだろう。


 呆れて……ん? なんか熱い視線が、俺を突き抜けてトゥルトゥルへ。

「あー、すみませんねどうも、うちの妹がご迷惑を」

 一応、頭下げて挨拶して引き上げようとすると、目の前に壁が立ちふさがった。

「ちょっとあんた」

 筋肉の壁が喋った。見上げると、壁の上には鬼の顔があった。……もとい。鬼みたいな、いかつい顔だ。角はないみたいだし。牙みたいな八重歯はあるが。

「この子はお前の妹か?」

 本能的、危険信号。


「はい、ええ、妹分とでもいいますか」

「ボクは、身も心もご主人様♡の奴隷なの」

 トゥルトゥル……お前、絶妙のタイミングで誤解招く発言するのに命かけてるだろ?

「奴隷……!」

「……こんな小さい子を!」

「身も心とは……身も心とは……」

 やばすぎる。誤解が臨界点を超えそう。

 そこへ、追い打ちが。


「さっきだって、城壁を渡る籠の中で、いくらあがいてもギュッと抱きしめて放してくれなくてむむー」

 片手で脇の下から抱き上げて、もう片手で口をふさぐ。

 いかん! 状況がメルトダウンする!

「すいません、そろそろ仲間のところに戻りませんと」

 小脇に抱え、脱兎のごとく走り去る。仲間のところへと。

「タクヤ、一体――」

「マオ、俺の後ろを一瞬眠らせて。このまま迷宮に入るぞ。みんなも!」

 アリエルの御美脚はまだ分解したままだったので、ジンゴローごとアイテムボックスへ。人目を気にしてられない。そのアリエルはグインが抱き上げた。

 そしてマオが無詠唱で眠りの霧オミヒイプノを発動。トゥルトゥルに絡んでた連中が、その場にへたりこむ。が、その周囲のかなりの人たちもとばっちりを食ったようだ。


 迷宮の入り口は、広場の中央を抜ける通りの端にある。これ以上なくわかりやすい。だが、その手前には番兵がいて、右側に受付があった。

 ゼィゼィと荒い息をしながら、受付嬢に告げる。

「すみません、今すぐ、迷宮に、入りたいんですが!」

「あ、はい、では会員証の予備側と、パーティー名ないし略称を」

 俺は自分の会員証を胸元から引っ張り出した。

「略称は、ドラコン。全員、そろってます!」

 受付嬢は、慣れた手つきで俺の会員証から予備側のプレートを外した。そして、全員のを次々と。

「えーと、もう一人、ジンゴローと言う方がいるようですが?」

 と言うことなので、ジンゴローをアイテムボックスから引きずり出す。人目を気にしてる暇がない。

「何すか一体、旦那?」

「いいから、会員証を」

 全員分の予備証を受けとると、受付嬢はそれらを袋に入れてしまいこみ、叫んだ。

「開門!」

 左側の扉が開き、俺たちはそこへ吸いこまれていった。


*******


 意識が途切れたのは、たかが数秒だと思う。だが、未知の場所では十分に致命的だ。


 迷宮の扉に、何か魔法がかかっていたみたいだな。おそらく、出入りの際に魔物が逃げ出さないための。

 真っ暗闇なので光玉を取り出す。石造りの地下道らしい感じだ。天井は高く、四、五メートルはある。

 点呼を行う。

「ランシア」「はい!」

「グイン」「ここに」

「ギャリソン」「おりますぞ」

「トゥルトゥル」「ご主人様ぁ♡」

「アリエル」「はい」

「ジンゴロー」「おりやすぜ」

 よし。全員居るな。

 ……いや。

「マオ」「はい」

 わ、忘れたわけじゃないからね!


 迷宮の入り口は内開きの大扉だ。外からの侵入ではなく、内からの漏出を食い止めるものなのだから当然だ。その内側は十メートル四方ほどのホールとなっていて、正面と左右に道が分かれている。

「ジンゴロー、御美脚の組み立ては?」

「あと一刻はかかりやす」

 一刻ってことは二時間か。アイテムボックスを開く。

「よし。作業を続けてくれ。アリエルも入ってて」

「へい」

「わかりました、ご主人様」

 とりあえず、これで良い。


「よし、じゃあ出発するぞ。トゥルトゥルは罠発見で前へ。グインとランシア、ギャリソン、俺とマオが続く」

 試してみたが、早速、遠隔視と遠話が利かなかった。なら、全員が視界に入る殿しんがりがいい。仲間が奇襲をかけられてもゲートの盾で防げるし、背後から襲われても、俺自身は透明鎧で守られている。

 マオにはここの迷宮について色々調べてもらってるから、あれこれ相談したい。遠話が使えないから、そばにいてもらわないと。

 ベストな編成のはずだ。先に進もう。


 ……その前にマップだな。キウイの画面に、マオが買っておいてくれた迷宮の地図を表示させる。長い事探索されているだけあって、浅い階層ならほぼ完ぺきなマップが手に入る。

「よし、まずは正面の道を続くだけ進む。警戒を怠らないで」

 迷宮の入り口でいきなり強い魔物が出てくるとは思えないけど、疲れて帰って来るパーティーを襲って獲物を奪うようなPKプレイヤーキラーは居てもおかしくない。


 そうしてしばらく進んだところで、キウイが警報を発した。

『後方より接近する者あり。マギは回答を保留してます』

 また曖昧な警告。後半の文言はやっぱりあれだな。キウイの深層学習のネタに、オタクなテキストを混ぜ込んだせいだ。

「マオ、後ろから来るものがいる。強盗かもしれんから気をつけよう」

「了解」


 途中、幾つもの横道が枝分かれしつつ、道はT字路にぶつかった。マップのルートによると、一層目は表の広場を取り巻く同心円状の通路で、一番外側に出てから右に行って、そこから脇道をくねくねと入りながら、反対側の下り階段に続いている。総当たりで行ったら大変だが、ルートが分かれば一時間もかからないだろう。

 画面上のマップに現在地を記入しながら、俺は仲間を誘導して最短コースを進む。

 十分もしないうちに、マオが囁いてきた。

「後ろの曲がり角の向こう。こちらを窺ってます」

 一応、何の用か聞いておこう。みんなに止まるように伝え、俺は壁伝いに曲がり角へ近づいて。


「もしもし、何か御用でしょうか?」

「ひっ!?」

 壁にへばりついていたのは四人の男たちだ。みな屈強な……トゥルトゥルに絡んでた奴ら。

「道案内に利用したいのなら、堂々とついてきて構いませんよ」

 こっちは、最深部の「盟約の指輪」以外はどうでもいい。邪魔さえしなければ、魔物のいわゆるドロップ品、牙だの魔核だのは全部譲っても良いくらいだ。


「あ……あんないたいけな子に、罠の露払いさせるなんて!」

「魔物に襲われたら盾にする気か!」

「自分だけ逃げる気だろう!」

「そうだそうだ!」

 ……誤解がこじれてるな。

「ああ見えて、あいつはレベル二十なんですけど」

「れ、レベル二十!」

 異口同音に仰天する屈強な男たち。

 それが「男の娘」のレベルだってのは伏せておく。


「斥候のスキルが高いから先行させてるだけです。俺は魔法使いだから後衛なんです。理屈に合ってるでしょ?」

「魔法使い?」

「杖もないのに?」

「なんだそのマントだせえ」

「そうだそうだ!」

 なんか今、俺のファッションセンスをディスらなかった?


「まぁ、こんな感じで」

 ゲート刃を出して、前から三番目の男の、モヒカンみたいにつっ立ててる髪に切りつけた。ハラリ、と毛が舞い落ちる。モヒカンが散切りになっちゃった。ザンギリエフ氏と呼ぼう。

「うわっ、毛が! 俺様の毛が!」

 毛がないけど怪我ないよ? 人のマントをディスった仕返しだ。気に入ってるのに。ミリアムが選んでくれたんだぞ。


 ついでに、ゲート盾を二十枚ほど出して体の回りを周回させる。これも旅の間に作ったアプリ、ゲート・ファンネル。キウイの危険感知と連動してオールレンジ防御を行うことができる、対迷宮システムだ。


「こんなふうに攻防一体の魔法なんで、うちらの後ろを着いてくるなら安全度高いですよ。こそこそつけてくると、魔物の襲撃があっても庇えませんが」


 ゲートを消して、俺はみんなのところへ戻った。

「よし、前進だ。あ、そこ左ね」


*******


 四人の屈強な男たちは、戦士系だけのパーティーらしい。今は、おとなしく後ろから着いてきてる。名乗らないので、勝手に八重歯、シャクレ、ザンギリエフ、ソノタと呼んでる。シャクレ氏は凄い受け口だから。ソノタは、まぁその他だ。


 俺への誤解は多少薄まったのか、ポツポツと話してくれるようになった。

 パーティーとしていびつな構成なのは自覚しているらしく、あちこちで魔術師など他の職種に声をかけたのだが、なかなか加わってはくれなかったという。それも当然で、いい年して「可憐な女性魔術師を守る俺たち、気は優しくて力持ち」というイメージに脳を侵されているからだ。

 で、トゥルトゥルの事を「美少女魔術師」と勘違いして誘ったらしい。確かに、フーパックは魔術師の杖に見えなくなくもないし、コイツも外見だけは「美少女」だもんな。


 そう。冒険者と言えば命がけの職業だ。女性もいるが、みなランシアのように気丈なタイプだ。

 そんな中でトゥルトゥルは異彩を放つ。天真爛漫。コイツが人を恨んだり憎んだりするところは見たことないし。あどけない、いたいけのない、て言う形容詞がぴったりだ。

 放っておけない、庇護欲を刺激される存在だよな。


 でも、コイツはこれでしっかりしてる。伊達に百年は生きてない。うちらの非戦闘組では一番実戦経験があるみたいだし。フーパックを使ったパチンコも杖術も大したものだ。ペイジントンでも蜂の巣退治でも活躍してくれた。それに狩猟の腕は最初から達人レベルだし。

 それに加えて、裁縫。アリエルのメイド服をはじめ色々作ってる。


 俺は後ろの八重歯の肉壁氏に向かって言った。

「トゥルトゥルにはそのうち、服飾の店を出させてやるつもりなんだ」

「服飾……ですか?」

 さっきからなぜか、敬語になってる。

「今着ているあの服も、アイツが自分で作ったんだ」

「へぇ」「ほう」「ふむ」「腹減った」

 みな一様に感心した……一人違うようだが。


 いくら大迷宮と言っても、一層目では魔物も出ないか、なんて思ってたら、そうでもなかった。


「魔物だよ!」

 トゥルトゥルの声で、俺は前列まで急いだ。なぜか屈強な奴らも。


「……スライムか」

 さんざん強敵と戦ってきて、ようやくお出ましかよ。お約束通り、不定形のゼリーみたいなのが、壁の石組の隙間から滲みだしていた。

 キウイの危険感知が黙ってるところを見ると、よほど弱っちいんだろうな。

 と、迂闊に近づいたら。

「ご主人様!」「タクヤ!」

 そして、音が消えた。


 おう、トゥルトゥルとマオの顔が歪んで見える。

 なるほど、今度はスライムに食われたのか。でも、透明鎧のおかげで消化されずに済む。二人を手で制して、ニッコリほほ笑む。ここでマオが暴走したら、他の者まで魔法の巻き添えになりかねないからな。


 さて、このままじゃ息ができないから、手早くやるか。

 スライムも魔物である以上、魔核があるはずだ。獣タイプの魔物は心臓とか中枢神経の近くだが、昆虫でも重要な器官のそばにある。こいつの場合は、と。キウイの魔力感知は使えるので探ってみた。

 なるほど、ここか。アイテムボックスで切り取ると、スライムはドロドロと溶け落ちた。


 透明鎧が解除されて音が戻ってきたが、スライムの水分でびしょびしょだ。

「マオ、ちょっと乾かしてくれる?」

「了解」

 びゅう、と熱風が吹きすさび、一瞬で乾いた。しかし、変な臭いが残ったな。後で洗濯しなきゃ。


「ご主人様ぁ♡」

 トゥルトゥルが抱きついてきた。まぁ、たまにはいいだろう。他の仲間が不意を突かれたら、こうはいかないから。

「よく見つけてくれたな。これからも頼むぞ」

「はい、ご主人様♡」

 ボブカットの赤毛を撫でてやる。ふと、八重歯氏と目が合った。

「ね。結構、優秀でしょ?」

「は、はいっ!!」


 なんでキミ、直立不動なの?

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