2-22.幕間いに咲く愛
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今回はミリアム視点です。短めです。
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女子部屋に駆け込み、乱暴にドアを閉めてベッドに身を投げ出す。
――これ以上、あなたのそばには居られない。
タクヤに酷い事を言ってしまった。でも、取り消すことはできない。本当に、もうこれ以上は耐えられないのだから。
召喚魔法の詠唱には、私も加わってた。詠唱が終わり、お爺様が「召喚、勇者よここへ来たれ!」と叫んだ瞬間、魔法陣の中に彼が転げ出てきた。見たこともない服装で、すぐに異世界の人だとわかった。
その時のタクヤは小太りの体型で、見るからに体を動かすのは苦手そうだった。その違和感は正しかったと、じきにわかった。
儀式の祭壇に映し出された彼のステータスは、可哀そうになる位貧相なものだった。何より、「魔力なし」と言うのが凄い。「少ない」ではなく「なし」なのだから。
彼のステータスはその時からずっと変わらない。ああ、そう言えば。こっちで半年近く暮らして、贅肉はずいぶん落ちたわね。
結局、お爺様もタクヤに勇者の資質が無いと認めるしかなくて、王都から追い出すために、私に彼の付添役を押し付けてきた。
はっきり言って、不満だった。最初は口もききたくなかった。それでも、時々見せる不思議な行動が気になった。
その一番は、致命傷を負った
エレが電気を出せるので、タクヤが異世界から持ち込んだ知性のある魔法具、キウイが使えるようになった。そのキウイが、書物や昔話でしか聞いたことのない空間魔法、アイテムボックスを使えるとわかった時の衝撃。
そう、最初はタクヤ本人じゃなくて、彼の
だから、彼がペイジントンに居を構えて、ちょっとした魔法工房を始めた時、そこに残ることにした。本来なら、付添い人の役目は終わったのだから、王都に帰ってよかったのに。
……そう、あの時私は帰るべきだった。帰ってお爺様に、タクヤは本当に異世界の勇者だと報告するべきだった。遅くても、ペイジントンの戦いが終わった時に。
あの黒い魔族が襲ってきた時、私はタクヤをひっぱたいた。キウイという勇者の魔法具を持ちながら、戦いを拒む彼を。本当に腹が立った。くやしかった。
それでも、彼は戦ってくれた。そう、本当の勇者になってくれた。
だから私は、あの時タクヤを王都に連れ帰って、異世界の勇者として国王陛下に会わせるべきだった。そうすれば、お爺様の立場が悪くなることもなく、国を上げて魔王討伐に出ることができたはず。
でも、本当にそうかしら。
下手をすると、魔王のいるルテラリウス帝国との戦争になっていたかもしれない。そうならなかったのは、オーギュスト――タクヤがマオと呼ぶ魔王本人が、エレの青魔核を見て考えを変えたから。
そう、タクヤは勇者。しかも、戦うだけでなく、魔族に家を焼かれ、瓦礫の下敷きになった人たちを、懸命に助けていた。なにもそこまで、と言うくらいに、自分が関わった人のために金銭も労力も厭わない。
あれは、ペイジントンで戦いを拒んだ結果、被害者を増やしてしまったことへの罪滅ぼしなのかしら……。
とにかく、彼は変わった。相変わらずレベル1で、勇者ぶったりもしないけど。
そして、きっと多分、私も変わった。変わってしまった。気がつくとタクヤを目で追ってる。タクヤの事を考えてる。そう、まさに今私がしているように。
アリエルやトゥルトゥルが羨ましい。彼女たちは、自分の気持ちをタクヤに素直に伝えることができる。
それなのに私は……。
最初の頃、私はなんであんなに無愛想にしていたんだろう。
でもそれは、タクヤだけに、じゃない。男だろうと女だろうと、人間関係そのものから逃げていた。誰かに好意を示すのが怖い。拒否されたり、好意を示した後で裏切られるのが恐ろしい。
……大好きだった両親に、二度と合えないと分った、あの日から。
でも、タクヤと一緒に旅をして、彼が奴隷とすることで助けたみんなと関わって、私は変わった。
そしてオーギュストとも出会って、私が一生かけても辿りつけない高みを見せつけられた。
私は変わった。でも、中途半端。タクヤの事が気になっても、アリエルたちみたいに素直にはなれなかった。
そして、昨日の女性冒険者。
わかってる。タクヤはいつもと同じように助けたのだし、同じように気遣ってるだけ。でも彼女は、ランシアは、その感謝の気持ちを、まっすぐ彼にそのまま伝えていた。
私は、そういった自分の気持ちを素直に出せない。怒りや悲しみは出せるのに、親愛の情だけは、上手くいかない。凄く馬鹿げている。たった一言、「大好き」と言えば良いだけなのに。
これからも彼は、沢山の人を助けるだろう。沢山の人に感謝され、愛されるだろう。そのたびに私は、自分の歪さに絶望的になる。
船の上で、タクヤの言う「明るい魔族計画」の工程表を書いたのもそのため。出会う人すべてを助けていたら、路銀も何も尽きてしまう。そう指摘することで、私は自分の心を守ろうとした。
それでもタクヤは「困ったね」と微笑んでいた……。
そして、今回のお爺様の辞職。
この間の遠話では、本当に憔悴しきっていた。たった一人の肉親だから、そばについて居て上げたい。これは本当の気持ち。
……だけど、全てじゃない。
私は、タクヤのそばに居て疲れてしまった。見ず知らずの他人に、なんでそこまで出来るのか。そんな彼に惹かれているのに、素直になれない自分に。
その時、ドアがノックされた。
「ミリアムさん、一緒にお夕飯にしませんか?」
アリエルが迎えに来てくれた。
「……タクヤは?」
ベッドの上から問いかけると、彼女は首を振った。
「今夜は召し上がられないそうです」
「そう……なら私もいいわ」
とはいえ、タクヤが食べると言ったとしても、私は同じだったろう。
今さら、タクヤに顔を合わせられない。私がどれだけ彼を傷つけたのか、見せつけられたくない。
ベッドに突っ伏す。アリエルは諦めたのか、ドアを閉めて階段を下る音がした。
しばらくして、またノック。今度はトゥルトゥルが入ってきた。ごそごそと着替える音がした後、声をかけてきた。
「ミリアムさん、いなくなっちゃうってホント?」
あ、その寝巻。新しいの下ろしたのかしら。可愛いわね。
「そうよ」
必要最低限の返事。
「ボク、寂しいな。ミリアムさんがいないと」
「そうね、私も寂しいわ」
アリエルのたおやかな気遣いと、トゥルトゥルの天真爛漫さ。
どっちも私には欠けているもの。旅の間、ずっと二人と一緒の女子組で、すっかり親しくなった。それでも、私には欠けているところを埋める方法がわからない。他人へ、特に異性の相手への好意を示す方法が。
「私も着替えなくちゃ」
今夜、アリエルは別室だ。女冒険者の傷を手当てするため、同じ部屋に移った。だから、このパーティーでの最後の夜は、トゥルトゥルと二人きり。女子トークをする気分じゃないし、話し上手なアリエルがいないと盛り上がらないわね。
「明かり、消すわよ」
ベッドに入ってからそう言って、私は部屋の明かりの光玉を消した。
トゥルトゥルの方からは、鼻をすすりあげる音が何度か聞こえた。
翌朝。
気合いを入れて食堂に降りたけど、正直、タクヤがいないと分かってホッとしている自分に気づく。
みんなと一緒の、最後の朝食。味なんてわからなかった。でも、食べておかないと、一日駅馬車に揺られたら酔ってしまうかも。
アリエルから、パーティーから抜ける理由をやんわりと聞かれたけど、お爺様のことだけしか話せなかった。
一番の理由については、どうしても人に話すことができない。どう話していいかわからない。
朝食後。
既に荷物をまとめておいたので、そのまま宿を後にする。私の分の荷物なんて、大してない。せいぜい、着替えと幾つかの魔道書と金銭、あとは長短二本の杖。本などと長杖は肩掛け鞄に、短杖は腰に。金銭の方は、スリ対策の定石通り、衣服のあちこちの隠しポケットに入っている。
……そのポケットから出てきた小物。ペイジントンでタクヤが買ってくれた、木彫りの子犬だ。
捨ててしまえばいいのに。そっとポケットに戻す。
みんなに別れのあいさつをする。特にアリエルとトゥルトゥルとは固くハグをした。
「また会えるよね」
そう言って泣きじゃくるトゥルトゥルには、曖昧に「そうね」と答えることしかできなかった。
宿屋を出て、乗りあい駅馬車の出る広場に向かう。南の大陸は初夏。朝日は意外と強い。フードを被って歩き、乗車を待つベンチに腰掛けた。
そこに居たのは、商人風の男性と、顔も体も傷跡だらけの男。後者は、傷跡を見せつけるかのように上半身裸だった。
冒険者なのかしら。腰に長剣を佩いているし。
私が座ると、その半裸の男が絡んできた。
「おう、姉ちゃん。折角同じ馬車に乗り合わせるんだ。ちったぁそのフードを下ろして顔くらい見せろや」
男の言葉には関係なく、ここは日陰なのでフードを下ろしただけだった。それがいけなかったのか、男がさらに絡んできた。
「きれいな顔立ちじゃねぇか。どうだ姉ちゃん、旅を一日遅らせて、俺と宿に入らねぇか?」
しょっちゅう聞かされる定型文。
「その気はないわ。これ以上話しかけないで」
激昂した男が襲いかかってきた。
「てめぇ! お高くとまりやがって気にくわ……」
すかさず、腰の短杖を抜いて柄の部分を男の腹に打ち込む。杖に仕込んだ魔核が発動し、電撃が男の体を麻痺させた。
「見事なもんですな」
商人風の男が感心するけど、女の旅路だもの。当然の防衛手段よ。
それも、ペイジントン以降、タクヤと一緒の旅では必要なかったのに。……ダメね、考えるとまた泣きそうになる。
やがて、駅馬車が入ってきた。地面に昏倒した半裸の男は放置して、私と商人風の男が乗り込み、宿場を後にした。
ゴトゴトと揺れる馬車の中。思いは今後に馳せる。
旅の間、どう過ごそう。アストリアスの王都までは、ひと月はかかる。
その間、タクヤの助けた人たちのその後を尋ねるのも良いかもしれない。
北の港湾都市エルベランで、海賊の噂とか。街道の分岐点の農村で、西の廃村に入植した元山賊の奥さんたちの様子が聞けるかも。流石に竜の谷までは回れないけど。
そして、ペイジントン。禿頭の商人のザッハは、もう館は再建できたかしら。それとも、まだあの倉庫を改装した家?
タクヤがそこを借りて工房を起こしてからの数か月。なんだか、もう遠い昔のように思える。街の宿屋に泊り、毎日その工房を訪ねては、タクヤの作るものに驚嘆し、一緒に街を巡って楽しんだっけ。
あの日々は、もう還らないの?
無意識に、ポケット上から小物を押さえる。
タクヤは、勇者としての務めを果たしたら……二人目の魔王を倒すか、オーギュストのように恭順させたら、あそこに戻って来るかしら?
なんとなく、そんな気がする。タクヤは基本、誰かが喜んでくれるものを作り出すのが生きがいなんだと思う。彼が言う「明るい魔族計画」も、青魔核を持つ魔物や魔人を生みだして、共存・共栄するのが目的だし。
タクヤはきっと大丈夫。そう信じることにしよう。
問題は私。
大好きな人に素直になれない私。
同性ならまだしも、異性のタクヤには素直になれない。
なんとかしてここを克服しないと。
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