1-7.カモナマイハウス

 門前広場で残念な昼飯を食べ終わると、ザッハがやってきた。


「なぁ、あんたら。この街にしばらくいるなら、住む場所はどうする?」

 新しい街についたら、まずは宿屋探しがデフォだよな。

「とりあえず、宿屋をあたろうかと」

 それらしい看板は、この広場でもいくつか見かけた。


 しかし、ザッハは顔をしかめた。

「兄ちゃんとそっちのお嬢さんだけならいいが、ヒト族以外がいると泊めてもらえないところがほとんどだぞ」

 オッサン。何気に俺とミリアムの扱いに差がないか?


 しかし、豹頭族とか泊めてもらえないのか。人種差別反対。


「仕方ない。地道に探すよ」

 俺が答えると、ザッハは意外な申し出をしてきた。

「良かったら、うちの店の裏に住まないか?」

 なんでも、今は使っていない倉庫があるらしい。


「いいのか?」

 三日間の旅で気心は知れてるとはいえ、赤の他人に対してそこまでするものなのか。

「あんたとレプラコーン、結構いい腕してるじゃないか。うちの店じゃ雑貨とか小物を扱ってるんだ。作った品をうちに卸してくれればいい。売れ行き次第では家賃無しでもいいぞ」

 それはありがたい。ザッハの頭に後光が見える。決してつるっぱげだからではない。


 とはいえ、まずは現物を見ないとな。俺たちはザッハについてぞろぞろと歩き出した。アリエルは魔法で空中を泳ぎ出したが、疲れが溜まりそうなのでグインにお姫様抱っこで運んでもらった。御美脚バージョン2.0を早く作らないと。

 ちなみに、トゥルトゥルは俺とミリアムが両手をつないで強制連行だ。


「なんだかパパとママみたい♡」

 いや、浮かれるんじゃないよ、キミ。両手を掴まれてるのに、興味を惹かれるものに身を乗り出してばかり。門の前でのようなトラブルは、もう沢山だ。


「倉庫を住居にするならば、掃除や模様替えのし甲斐がありますな」

 ギャリソンは仕事が沢山ある方が楽しみらしい。ありがたいことだ。


「小物ですか。何を作りましょうねぇ。まずは工具とかそろえたいですな」

 ジンゴローもやる気満々だ。後で色々買い出しに行かないとな。


 そして、エレは俺の肩の上だ。周りをキョロキョロ見回している。

 この子も好奇心はいっぱいだが、俺から離れるのは不安らしい。その方が、どこに行って何するか分らない男の娘より、余程安心だけどね。


 ザッハの店は、正門に続く大通りから二つばかり裏手の路地にあった。目抜き通りではないが、むしろ庶民的な活気に溢れている商店街だ。あまり広くない間口の店内を通り、裏口を抜けると、裏庭に面した倉庫があった。

 タダ同然で住まわせてくれるのだから贅沢は言えないが、日当たりも悪く、カビ臭く、埃だらけだった。


 ミリアムは露骨に嫌そうにしていたが、ギャリソンは嬉しそうだった。

「このギャリソン、この場を若様が住むにふさわしい住居にしてお見せしましょう」

 頼もしい限りだ。彼に他の奴隷を指揮する権限と、大銀貨デカスタ一枚を渡して任せることにした。


「特に、コイツが暇を持て余すと碌なことないから、キリキリ使ってくれ」

 トゥルトゥルの監督が非常に大事だ。ギャリソンはいつも通り慇懃に承った。


 俺はと言うと、ジンゴローを連れて色々店を見て回ることにした。この町で売られている雑貨や小物も見てみたいし、ここで手に入る工具や材料次第で何が作れるかも決まる。

 エレに生肉を与えるため、短時間キウイを起動する。アイテムボックスの保温性は抜群で、生肉の下の氷はほとんど融けていなかった。これなら十分に冷蔵庫代わりとなるな。

 満腹になったエレはおねむなので、ここに残して置くことにした。中庭の陽だまりが気に入ったようだ。表の店から見れば裏庭だが、うちから見れば中庭だな。


「ミリアム、君はどうする?」

 俺がこの世界で生きていけるか見届けたら、彼女の役目は終わりだ。旅の間に少しは親しくなれたので、ちょっと寂しい。なんつっても、この一行の中では唯一の正統派美女だし。


「……もう少しここにいてもいい? キウイの空間魔法に興味があるの」

 嬉しい申し出だ。俺への興味でないのが残念だが。

「いいとも。好きなだけいてくれ。つーか、これからもよろしく」


 とはいえ、問題が一つある。

「寝起きはどうする? 旅の途中と違って、流石に雑魚寝ってわけには」

 俺の質問に、彼女は微笑んだ。

「それなら大丈夫。近くに宿をとるから」


 懐から子袋を出し、例の三つの魔核を取りだした。

「魔法屋で売れば結構な値段になるから、生活費も心配ないし」

 なるほど。魔獣さまさまだな。特に、ゲリ・フレキの魔核が二つひと組で手に入る事は珍しいらしい。片方が殺されると他方がその魔核を取り込んで手がつけられなくなるとのことで、同時に仕留めたミリアムは流石だ。


 ミリアムもこの街を見て回りたいというので、三人で出かけることになった。

 さすが商業都市と言われるだけあって、ペイジントンはどの通りも凄い人の波だった。背の低いジンゴローが流されないように、しっかりと手をつなぐ。うーむ、どうせならミリアムとつなぎたいんだが。


 その彼女も、雑貨屋に入ると目の色が変わった。やはり女性はこの手に目がないな。あれこれ手に取っては、キレイ、カワイイとつぶやいてる。トゥルトゥルを連れてこなくて良かった。アイツならきっと半分は、無意識のうちに懐に入れてると断言できる。


 ミリアムが特に気に入ってた木彫りの小物を、いくつか買ってプレゼントした。犬などの動物を丸っこくデフォルメしたものだ。

「いいの? 私に?」

 びっくりしたみたいだ。

「もちろんさ。色々世話になったし。加工の仕方とか参考にしたいから、後で見せてくれればありがたいけど」

 ちょっと値が張ったが、このレベルが量産できるようになると結構いい収入になるはずだ。ザッハが何割掛けで買い取ってくれるかにもよるが。


 チュニックをツンツンと引っ張られた。ジンゴローだ。

「旦那、これらを作るなら彫刻刀とか要りますぜ。それから砥石も」

 そうだ、工具も買わないとね。レザーマンは便利だけど、流石に本格的な工作には向かないし。ゲートの刃では直線でしか切れないから、細かい掘り物には向かない。


 ミリアムが退屈しないかと思ったが、彼女は工具の店でも色々手に取っていた。好奇心はトゥルトゥルに負けないくらい旺盛らしい。


「魔法具や杖は、自分が使いやすいように手を加える人が魔術師には多いの」

 腰から抜いた短杖を見せてくれた。確かに、複雑な文様が細かく彫られている。俺もパソコンのカスタマイズとか夢中になっちゃうからな。


 彫刻刀のセットとノコギリなど木工用具を一揃い購入し、日が傾くころに俺たちは住居となるはずの倉庫へと帰った。


「へぇ、これがさっきの倉庫とはね」

 ブラウニーの魔法か? と思うほど、室内は片付き、掃除されていた。

 ギャリソンが慇懃に報告してきた。

「方付けにはグインとトゥルトゥルに頑張ってもらいました。掃除はアリエルが魔法で箒や雑巾をいくつも同時に操ってくれまして」


 体力自慢のグインは余裕だが、トゥルトゥルは部屋の隅でへたばってた。あれなら悪い癖も出ないからいい。

「アリエルにそんな特技があるとはな。ご苦労様」

 俺のねぎらいに、彼女は笑顔で答えてくれた。

「操れるのは自分のそばだけなのですが、この部屋くらいなら届きます」

 はにかみながら彼女は言った。しかし、さすがに少し疲れた様子だ。


 そういえば、魔法で体を浮かせるのは念力みたいなものだが、同時に複数というのは便利なものだ。


「快適にするには、家具がいくつか必要です。テーブルと椅子、若様のベッドは最低限ないと」

 と、ギャリソン。

 俺だけベッドというのもな。これはちょっとよく話し合わないと。

 必要な家具は注文済みだそうだ。さっき渡した大銀貨一枚でお釣りが来るらしい。ただ、ここに届くのは明日以降だそうだ。さすがに、宅配便の即日配送はないだろうなぁ。


 今夜はしかたないから、床にごろ寝だ。旅の間は野宿だったから、夜露がしのげるだけ随分ましだろう。

 その前に夕食だ。熊肉はいくらでもあるが、パンや野菜も欲しいな。


 ギャリソンを連れて、店の方に顔を出してみる。生憎、ザッハは出かけていたが、従業員の一人が相談に乗ってくれた。煮炊きをする鍋釜を貸してもらい、倉庫の片隅にあったかまどのために薪を分けてもらった。

「野菜などは朝市で売られてますが、この時間では売り切れでしょう。よろしかったら、これをどうぞ」

 店員の賄いに使った残りの野菜までもらってしまった。これは、余程いい品物を作って納めないと、ザッハに当分頭が上がらないな。


 ありあわせのものだが、焼いた熊肉と野菜のスープで、久しぶりにまともな夕食が食べられた。倉庫の床に藁を敷いただけでも、野宿に比べれば天国だ。


 とりあえず、ここが我が家だ。ここにいるみんなが家族だ。ミリアムは宿屋に引き上げたけど、また明日会える。

 魔物の心配もなく、俺はこの世界に来て初めて、ぐっすりと眠れた。


********


 翌日、俺はアリエルの御美脚バージョン2.0の製作に取り掛かった。キウイは節電のため休眠しているので、アイテムボックスのゲートで切るのではなく、普通にノコギリなどを使う。


 軽量化に加えて、脚も固定ではなく膝などが曲がるものを考えてみた。

 アリエルの魔法の手が結構器用なので、これで動かせば体重を支えながら歩かせられるはずだ。身体を空中で支えるよりは、かなり楽になる。


 ポイントは、脚を上げても踏み下ろしても、足の裏が常に地面に平行になる仕組みだ。これは、左右の脚をそれぞれ二本の棒にして、関節とで平行四辺形になるようにすれば可能だ。支点の部分には金属棒を使い、金属板で補強し強度を得る。さらに、関節に仕込んだバネの力で、体を支える力を軽減できるようにした。

 脚を真っ直ぐに伸ばした時と、しゃがんだ状態の時に、安定して体重を支えられるようにする。しゃがんだ状態で乗り降りすれば安全だからね。

 両足の間で体を支える部分は、籠などを編む籐を使った柔軟な作りにした。アリエルの尾にフィットするよう、立体的になっている。


 鞄からボールペンと紙のノートを出して、大雑把な設計図を引く。大体描ききあげたころ、ミリアムが宿からやってきた。


「早速始めてるのね」

「そりゃそうさ」

 ミリアムが見守る中、ジンゴローの手伝いもあって、昼頃には何とか完成した。試着してみたアリエルは感極まって泣いてしまった。


「私……歩いてます」

 一歩一歩、魔法の手で脚を動かしながら、アリエルは部屋を歩き回った。

 彼女が空中を泳ぐ姿は美しかったが、十分もすると疲れてしまうという。しかし、この御美脚なら負担が少ないはずだ。慣れれば一人で買い物にも行けるだろう。


 こうなると、やはりメイド服を着せたいな。……マーメイドなのは置いといて。

「ご主人様、めいどふくって何ですか?」

 トゥルトゥルが聞いてきた。しまった、声に出てたか。


 俺は紙のノートにささっと絵を描いた。

「俺の育った国では、女性の召使はこんな服を着てるんだ」

 いや、正確にはほとんどが秋葉原の喫茶店だが。


 トゥルトゥルが目を輝かせた。コイツも可愛いものは大好きだっけ。

「作ります! ボク作れます!」

 ただの手癖の悪い男の娘だと思ったら、洋裁の特技があったとは。

 しかも、当然のように自分の分も作るつもりらしい。早速、午後に反物や裁縫道具を買いに行かせることにした。もちろん、お目付け役は頼まないとな。ミリアムにするか、アリエルにするか。


 と、そこへ訪問者。

「いよう、兄ちゃん元気にしてるかい? お嬢さん、こちらへの滞在はどのくらいですか?」

 相変わらず、ザッハは女尊男卑だ。それでも、礼は言わないとな。

「住む場所ばかりでなく、色々世話になってしまって」

 俺の言葉に豪快に笑う。


「気にすんなって。それより、これがあの倉庫かよ。すっかりきれいになったじゃないか」

「ギャリソンとアリエルのおかげだよ」

 指さした先を見て、ザッハの口がぽかんと開いた。部屋の隅にいたアリエルが歩み寄って来る。

「すげえ。歩いてるじゃないか」

 膝が動くだけでも、随分違うものだ。


「すまんが、ちょっと見てもいいか?」

 仕組みが気になるのだろう。オッサンはアリエルの足元にしゃがんで、スカートの裾に手を伸ばした。どう見てもセクハラ親父だが、エロい要素はないはずだよな?


 アリエルの方を見ると、彼女は微笑んでうなずいた。良いことにしよう。

 アリエルがスカートをたくしあげ、木製の脚を見せた。関節の仕組みなどを見て、ザッハは何度か唸った。

「すげぇなこれ。今朝作ったのか?」

「まぁね。ジンゴローが手伝ってくれたし、良いサイズの木材が店で売ってたから」


 この倉庫のすぐ裏手が材木屋だった。これから何度も取引することになるだろう。立ち木から製材する手間を考えれば、サイズのそろった木材があるのはすごくありがたい。

 ちなみに、御美脚バージョン1.0の方は、後でばらして小物作成の材料にするつもりだ。生木がいい具合に乾燥して、彫刻刀の刃が通りやすくなっている。


「この脚は流石に用途が用途だから売り物にはなんねえけど、他にも色々作れそうだな」

 商人だけあって、ザッハは商機に敏感だ。高値で売れるものがどんどん作れれば、みんなの暮らしも良くなるだろう。


 だが、ザッハは禿頭をペシ、とはたいた。

「おっと、商売の話はまたにして。昼飯を一緒にどうかと、誘いに来たんだ」


 俺たちは夕べの残りを片付けるつもりだったが、折角の誘いを断るのもなんだから、全員で出かけることにした。ミリアムに頼んで空いているアイテムボックスに氷を入れてもらい、夕べの残りの鍋をしまった。

 エレは俺の肩に乗ったが、心なしか重くなった。肩凝りに悩まされる前に、自分で歩くようにしてもらわないと。


 ザッハのおすすめの食堂は、通りを街の中心部へ少し行ったところだった。ボイルしたソーセージとかポトフのような野菜とソーセージのスープとか、とにかくソーセージずくしの店だった。ソーセージは美味かったから大満足だ。

 家で先に熊肉をたっぷり食べたエレだが、ソーセージには興味があったらしい。一本食べてみて「しょっぱいね」と感想を述べ、あとは食べなかったが。


 実は、席に付いた時に、アリエルの問題に気が付いた。太い尻尾があるから椅子に座れないのだ。しかし、彼女は曲げた木製の脚と尻尾で体重を支え、座った格好になった。

「大丈夫? 尻尾が痛まない?」

 気になったが、問題ないと彼女は答えた。尾びれを保護するカバーとか、後でジンゴローと相談しよう。


 あとは……グインの食が進まないようなので気になった。

「ひょっとして、口に合わないとか?」

 聞いてみたら、意外な返事が。

「いえ、そんなことは……ただ、料理が熱いので」

 ……猫舌なんだ。豹だしな。


 店の支払いはザッハがおごると言い張ったが、こちらの分は俺が払った。世話になりっぱなしは辛いからね。

 もちろん、店を出る前にはトゥルトゥルの身体検査だ。ナイフとかフォークとか出るわ出るわ。


 店の前でザッハと別れ、我が家に向かう。ザッハの家は店から何ブロックか離れたところだそうだ。奥さんと幼い娘が一人いるという。今度、何か手土産を用意してお礼に伺おう。

 ちょっとびっくりしたのは、ザッハの年齢だ。なんと三十歳。俺とそう変わらない。なるほど、俺のことを「兄ちゃん」と呼んでいるのは、ずっと年下に見られていたからか。日本人が外国で若く見られるのはよくあることで、同期の同僚が出張先でタバコが買えなかったとか言ってたからな。


 トゥルトゥルが「メイド服! メイド服!」と騒ぐので、アリエルにお目付け役になってもらって、反物などの買い物に出した。アリエルは御美脚に慣れさせるためもある。


 家につくと、まさに家具が運び込まれるところだった。予定よりちょっと早いが、遅れるよりずっといいよね。大きめのテーブルと人数分の椅子。これは、ギャリソンとちょっと口論になった。

 奴隷が主人と同じ席に着くのはよろしくない、とギャリソンはやんわり言うのだが、俺にとってはみんなは家族だ。家族は一緒に食卓に着くべきだ。これだけは譲れない、と。結局、ギャリソンが折れてくれた。

 しかし、アリエルの分まで買ってしまったが、彼女は椅子が要らない。ミリアムが居てくれるのは丁度良かった。


 そして、ベッド。これはちょっと困った。女性のアリエルを床に寝かせて、俺だけベッドと言うのもなんだからなぁ。

「問題ありませんわ、ご主人様」

 にこやかにアリエルは答えた。

「そもそも、人魚はベッドに寝ませんから」

「……いや、それは海にいる時だろうに。陸上で床に寝るのは辛いだろ?」

「問題ありません」

 意外と強情だったりする。

 結局、藁を敷いてシーツを被せた簡易版の寝床を人数分きちんと用意することにした。起きたらシーツを剥いで、藁はまとめて部屋の隅に積めばいい。

 場所さえあれば、人数分のベッドを買っても良いくらいなんだけどね。そのくらいの出費は構わない。


 その時、グインが控えめに話してきた。

「我が君。その、お金のことなんですが……」

 収入を支えるため、働きに出たいという。

 確かに、街の中なら彼に護衛してもらう必要はない。彼が昼飯の時にザッハに聞いたところ、正門の門番などは獣人や奴隷でも雇ってもらえるとのことだそうだ。門は夕方で閉まるから、朝夕は一緒に食事もできる。

 これも納得だ。グインはすぐにでも面接に行きたいらしい。手続きには主人の俺が行く必要があると言うので、一緒に家を出ることにした。ついでに、ジンゴローもつれて工作の材料なども帰りに仕入れていこう。


 日が傾くころに家につくと、トゥルトゥルが色々な反物をテーブルに広げてはしゃいでいた。

「そろそろ夕餉の支度をしたいのですが……」

 ギャリソンが困っていたので、一旦片付けるようにトゥルトゥルに命じた。

 買い物の方は、アリエルによるとすんなり終わったそうだ。

 目的がはっきりしていると、トゥルトゥルの悪い癖も治まるのか。この子に必要なのは、熱中して取り組める課題だな。


 みんなで夕食を食べた後、ミリアムは宿へ引き上げて行った。俺はこっちに来て初めて、ベッドで寝た。夢も見ずに、ぐっすりと。


 翌日、トゥルトゥルはアリエルやミリアムにまで手伝わせて、張り切ってメイド服を作り始めた。アリエルと二人分なので着替えも含めて四着。完成まで三日ほどかかったが、出来は素晴らしかった。

 いや……片方は中身が男の娘なんだけどね。


 俺とジンゴローの小物製作は、試作品をいくつかザッハに見せたところ、好評だった。量産の方はジンゴローに任せて、俺は素材やちょっとしたカラクリの工夫を考えた。足に車が付いていて、走らせると頭や尻尾が動く馬の置物とかね。

 そして数日後、その置き物の試作品をザッハの店に出してみたら、早速、父親に連れられた十歳くらいの女の子が、目の前でお買い上げくださった。亜麻色の髪の、そばかすの可愛い子だった。よほど気に入ったのだろう、胸にだきしめてお持ち帰りだ。嬉しいものだな。また作ろう。やる気がみなぎってきた!


 そんな風にして、この街での生活は軌道に乗ってきた。エレも日に日に大きくなり、元の子猫サイズから小型犬ほどに成長した。そして、パソコンのキウイの充電も難なくできるようになったころに。


 奴は突然現れたんだ。

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