2-20.トレイン-ドレイン

 雑貨屋で品物を見ていると、トゥルトゥルが遠話で訴えて来た。

『ご主人様、助けて! 魔物の群れに追われている冒険者を助けたの。でも魔物の数が多すぎて、グインでも大変なの!』


 どうもこの二人を狩りに出すと、トラブルが高確率でやって来るな。


『わかった。どんな奴だ?』

『あのね、でっかい蜂みたいな奴。何百か分からないくらい』

 空を飛ぶ敵とは厄介だな。


 すぐに行くと伝えて、遠話をミリアムとマオにつなぐ。

『グインたちが蜂のような魔物の群れと戦闘中だ。手助けに行くので一緒に来てくれ』

 マオはすぐにOKしたが、ミリアムは少しためらってから答えた。

『いいわ。アリエルと一緒に、鋳掛屋の隣の店でお茶してたところ』

 その店なら前を通ったので、場所が分かる。

 転移でミリアムを迎えに行き、宿へ。ミリアムの長杖が必要だ。マオとも合流し、三人でゲートボードに乗ってトゥルトゥルたちのいる森に急行だ。


 目印になるものをトゥルトゥルに聞こうと思ったが、その必要はなかった。

 遠目に見てもわかるほど、黒い不定型の塊が森の上を覆っていた。色合いは蜂と言うより蟻だ。何百どころではない、千匹は下らないだろう。

 しかも、一匹が大型犬ほどのサイズがある。あんなのに刺されたら、毒針でなくても即死だ。


「これは魔族より厄介かもしれんな」

 数の力は侮れない。遠隔視の覗き窓を目の前に開いて、グインが奮戦しているところを映した。

 大木の根元にトゥルトゥルがY字型の杖、フーパックを構えている。その横にうつ伏せに倒れてるのが冒険者だろう。腰に剣を下げ、背中を怪我しているようだ。

 その二人の前で、グインは赤い闘気の鎧をまとい、長剣を目にもとまらぬ速さで振り回し、群がる蜂を切り落としていく。なんと、刃が届かない距離の奴まで切り落としてる。あれも闘気の力なんだろうか?


 だが、いくら達人でも体力は無限ではない。

「ミリアム、一番広範囲に攻撃できる呪文を頼む」

火炎旋風フロガアネモストロヴィロを使うわ」

 ミリアムは詠唱を始めた。

「マオ、時間を稼ぐために、奴らの動きを鈍くする魔法はないか? 対価の少ない奴で」

 しばし考え、マオは答えた。

眠りの霧オミヒイプノが良いですね」

「グインたちを巻き込むなよ?」

 笑ってマオは答えた。

「保護の魔法を先に掛けておきますよ」


 詠唱なしにグインとトゥルトゥルを赤い光が包む。続いて周囲を白い霧が満たした。眠りの魔法にかかった蜂が次々と地面に落ちる。

 俺は遠話V2をかけた。

『トゥルトゥル、ゲートを開くから入れ。宿屋に送る。グインはその冒険者を頼む。ここは焼き払うから』

『わかった、ご主人様♡』

『かしこまりました、我が君』

 まずトゥルトゥルが、次にグインが冒険者を肩に担いで、ゲートをくぐった。すかさずゲートを閉じ、宿屋の前に開き直す。


「……火炎旋風フロガアネモストロヴィロ!」

 ミリアムの杖から渦を巻く炎が広がり、地面に落ちた蜂を焼き尽くしていく。およそ一キロ四方の森を焼いて、炎は収まった。


「凄いもんだな」

 得意の火魔法だけあって、威力はすさまじい。

 魔核の回収は断念した。サイズは小さいはずだから、火炎に焼かれて消滅しているかもしれない。それより、あの冒険者の怪我が気になる。


「宿に戻ろう。転移だ」

 二人に声をかけ、ゲートボードの上に転移のゲートを開いた。二人を先に行かせ、自分がくぐるときにゲートボードを閉じた。


 宿屋では、食堂を借りてアリエルが冒険者の怪我の手当てを行っていた。魔法の手を駆使して、熱湯に布を浸して絞り、傷口を拭いていく。


 その様子を見て、マオがつぶやいた。

「どうやら、巨大蜂の毒針にやられたわけではないようですね。毒にやられたら体中で壊死が始まるからすぐわかります」

 グインもトゥルトゥルも怪我が無くて何よりだが、どうも冒険者の傷が気になる。


「これ、刀傷だよな?」

 でっかいカマキリの魔物に襲われかけたことがあるが、その鎌よりも鋭利な刃物のように見える。

「容態が落ち着いて、意識を取り戻してからにしましょう」

 アリエルが俺の疑問に答えた。確かにそうだ。

 彼女は魔法の手で傷口を洗浄し、手早く縫い合わせ、せっせと包帯を巻いていく。

 熱湯も消毒も問題のない魔法の手で、冒険者の手当はすぐに終わった。


 ――帝都で魔族が暴れた時も大活躍だったな。あれからまだ半月も経ってないとは。


 冒険者の体が魔法の手で抱き上げられ、向きを変えられた。ぐるり、と顔がこちらを向く。


 へ?

「女性だったのか」

 赤い髪がショートカットだったのでわからなかった。そう言えば、アリエルが手当てしてるときに見た肩が、意外と細かった気がする。冒険者で剣士なら男、というのは固定観念だな。


 手当の甲斐あって、冒険者の顔色はかなり良くなった。うつ伏せに寝た姿勢のまま、アリエルの魔法の手で二階の女子部屋へ運ばれていく。


 いやまてよ?

「女子部屋に四人は無理だろう。もうひとつ部屋を借りよう」

 俺は宿の女将にかけあった。部屋は空いていたから何も問題はない。傷の世話のためにアリエルが同室になるというので、彼女に任せることにした。


 俺たちは手当てに使った布や桶や、冒険者から脱がせた衣服や粗末な鎧などの片づけ。そろそろ昼時だから、女将さんがヤキモキしていた。昼飯時は稼ぎ時だからね。


 しかし、これを鎧と呼ぶのは抵抗があるな。ほとんど胸当てと言った方が良い。動きやすさを重視したのか、背中も腹も無防備すぎる。いや、この下に服は着てたからね。良くゲームで見かけるビキニ鎧じゃないので。

 鎧は背中側の皮紐がズタズタで、そもそも革製の胸当ての強度が心細すぎる。俺とジンゴローなら、もっとましな鎧が作れるな。

 どうせ、あの冒険者のネーチャンが意識を取り戻すまでは、この宿から離れられない。それに、冒険者ギルドに知り合いができれば、クラーケンの魔核を売るときに有利なはずだ。迷宮に潜るには、ギルド会員になる必要もあるだろうし。


 よし。工作ならジンゴローだ。

「あの冒険者にまともな鎧をプレゼントしたいんだ。手を貸してくれ」

「おお、そいつはいいですな、旦那」

 まず採寸だが、怪我で寝てるし包帯でぐるぐる巻きだから、脱がせた服や鎧……胸当てが手掛かり。止めるための皮帯を長めにしておけば、後は絞めつけるだけだな。


 金属製の鎧は重くなるので、女性にはキツイだろう。そこで実は、とっておきの素材がある。

 ペイジントンで仕留めた昆虫系の魔物の甲殻だ。

 死骸はまとめて深淵投棄したんだが、意外とあちこちに残っていた。殻だけを剥がしておけば場所を取らないので、アイテムボックスの肥やしになってた。それでも特に、カブトムシなど甲虫の殻は軽くて丈夫だから、軽装の鎧にはぴったりだろう。


 カブトムシ型魔物の背中の羽を覆う部分。これを一枚使って、体を前後から挟む鎧とする。残りの部分は肩当てや篭手、脛当てにした。旅の用意にと買っておいた皮帯が役に立った。また買わないと。


 そして夕食時が近づいた頃、女冒険者が意識を取り戻した。


******


「仲間に裏切られたんです。最初から私を犠牲にするつもりだったんです」

 女冒険者の慟哭が胸に刺さる。ベッドに起き上がり、背中の傷の痛みに時々顔をしかめながらも、思いを吐きだすように語った。


 彼女はランシアと名乗った。年齢は十八歳だそうだ。あまり外見にこだわらないようで、短くした赤毛の下の顔は化粧気が全くない素っぴんだが、茶色の瞳は表情が豊かだ。普通にドレスとか着れば似合うだろう。


「あたしは駆け出しの冒険者で、仲間に入れてくれるパーティーを探してました。そこへ声をかけてきたのが、あの連中なんです」

 そのパーティーとやらは現場から速やかに立ち去ったらしく、俺たちは目にしていない。


「あの蜂に似た魔物は、大きな家くらいある巣を作ります。あのサイズなので、巣には人が潜り込めるくらいの通路があるんです。で、ギルドで売っている煙玉を使えば、それを嫌う蜂は逃げ出すというので、そのすきにお宝を頂こうと狙ったんです」

 ちなみに、お宝はロイヤルゼリーだという。滋養強壮の薬として、こちらでも大人気だそうだ。


「体が小さいからと、私が巣に潜りました。ところが、巣の中に煙で麻痺した蜂がいて、うっかり一匹を殺してしまったんです」

 なるほど。

「それで、巣から逃げていた他の蜂たちが襲ってきたんだな」

 俺の言葉に、ランシアはうなずいた。


「そこからはもう、魔物に追われての逃走でした」

 この世界でどう呼ぶか知らないが、元の世界でのゲーム用語、「魔物を引き連れた逃走トレイン」だな。


「追いつかれそうになって、パーティーのリーダーに『お前のせいだ』と責められて」

 ランシアはぐっと唇を噛みしめた。

「ここで奴らの餌になれ、と言われて、切りかかられました」

 それが背中の刀傷か。しかし、仲間を犠牲にして逃げのびるってのはエグイな。


 蜂といったら花の蜜だと思うが、魔物だとやはり肉食なんだな。


「背中をやられて、別な方向に逃げていたら、あなたの家来に助けられました」

 グインとトゥルトゥルだな。しかし、あの傷でよくも走れたものだ。見かけより体力があるのだろう。


「思ったより傷が酷くなくて、何よりだね。跡は残りそうだけど」

 これが男なら、このくらいの傷跡は勲章かも知れんが、女の子にはちょっと酷だよな。


「アリエル、君の見た感じで、あとどのくらいこの子の手当に必要かな?」

 少し考えこんで、彼女は答えた。

「ガーゼと包帯は、あと三日は毎日二度、取り換えないと行けません。傷口がくっついたら、今度は抜糸しないと。動けるようになるまで、十日は見ないといけませんね」

 十日か。


 少し待つように言って、階下に降りて宿の女将に掛け合った。十日分の宿代と食事代、傷の世話代を前払いし、治療のスキルのある人を紹介してもらう。そして、部屋にもどり、ランシアに向き直る。


「傷が直るまでここにいるといいよ。俺たちは明日出発するけど、宿の人に手当をお願いしておいたから」

「あの、でもあたし宿代が」

 戸惑う彼女に、微笑み返す。

「出世払いでいいよ」


 さて、ますます路銀が心細くなってきたぞ。ソルビエン市の冒険者ギルドがクラーケンの魔核を買い取ってくれないと、面倒なことになりそうだ。


「ところで、君はこの辺に暮らしているの?」

「いえ、ソルビエンです。ここへは今回の依頼のために来ました」

 お、当座の目的地だな。

「でも、どうしようか考えてます。もう冒険者やめようかと」

 うーん、それもそうだな。こんな目にあったら考えちゃうね。

「じゃあ、これは売るなり何なりして、当座の生活費の足しにしてくれ」

 彼女に見えないようにアイテムボックスを開き、さっき作った甲虫の殻の鎧を取り出す。


「これを……私に? そんな、こんな高価なもの、頂くわけには」

「元手はせいぜい銅貨数枚だよ。皮紐と金具くらいだ。甲虫の殻は拾いものだし」

 ランシアの目が丸くなった。

「まさかこれ、タクヤさんが作ったの?」

「彼と二人でね」

 ジンゴローを呼んだ。ニコニコしてる。気のいいオッサンだ。


 ランシアは俺たち二人を見て、手元の鎧を見つめ、泣き出した。黒光りする鎧の上に、大粒の涙が落ちる。

「なんでそこまでしてくれるんですか? あたしなんて役立たずで、お返しに上げられるものなんて何もないのに」

 うーん、なんでだろうなぁ。脳裏に浮かぶのは、あの女の子だ。俺が作った置物を抱きしめて死んだ。


「俺にもよくわからないけど、やりたいからやってるだけさ。それで、いつか君が困っている人に出会ったら、同じようにできることをやってあげれば良いよ」

 困った時はお互い様だよね。


 その時、階下が何やら騒がしくなった。数名の足音と野太い男の声。

「おい女将! 部屋は空いてるか? それと五人分の飯だ」

 その声を利いたランシアの顔が凍りついた。

「ドグレス……」

 例の冒険者パーティーだな。

 あんな目にあわされた後では、怒りも憎しみも言葉では表せないほどだろう。涙を流して身を震わせている。


「ちょっと見てくる。アリエル、ランシアを頼むよ」

 俺は階下に降りて行った。念話でキウイに身体操作を有効化させる。

「済まないが、怪我人がいるんだ。あまり騒がないでくれ。あと、できたら宿も別の所に当たって欲しいんだが」

 俺の言葉に、パーティーのリーダーらしい大男が顔をしかめた。ドグレスというのはコイツの名か。


「何だてめぇは。ここの主人か?」

 なんだろうな、この気に入らなければドスを利かせばいいという傾向は。

「いや、ただの宿泊客だ。実は今日、森の中で倒れてた女冒険者を見つけてね。背中にひどい刀傷があったが、なんとか命は取り留めたところなんで、ゆっくり寝かせてやりたいんだよ」

 俺の言葉に、ドグレスの顔色が変わった。パーティーのメンバーも気まずそうな表情になる。


「ふん、こんな辛気くさい奴と同じ宿になんか泊まれるか。おい、てめぇら行くぞ!」

 ドグレスはそう言い放つと戸口に向かった。と見せかけて、いきなり腹のあたりを蹴ってきたので、身体操作が起動した。どうやら、体をひねって蹴りをかわし、脚を掴んで持ち上げたようだ。格闘ゲームで鍛えた動体視力が、ようやく役立ったか。


 大の男が派手にすっ転んだ。もろにテーブルの角に頭を打ち付けたので、後頭部が切れて血が流れだした。ああ、グロ耐性ないんだってば。


「ああ、なんか知らんが急に倒れて……アリエル、薬箱を」

 俺の声で階段の上に現れたアリエルが、魔法の手でドグレスの顔にガーゼをはたきつけた。

「それで押さえておけば、血などすぐに止まります」

 うう、完全に怒り心頭だな。まぁ、それだけの下衆野郎だから仕方ないね。


 ドグレスはガーゼを後頭部に押しあてながら、仲間の肩を借りてヨロヨロと出て行った。まぁ、ちょっとは溜飲がさがったかな。


 二階の部屋に戻ると、ランシアはまだ泣いていた。

「悔しかったら、恨みを晴らすとっておきの方法があるぞ」

 俺の言葉に、彼女は顔を上げた。

「あいつらが羨むくらいに、幸せになっちゃうのさ」

 我ながらクサイ言い回しだが、ランシアが泣きやんだから許してほしい。


 めでたしめでたし、と思ってたら。


 部屋を出たところでミリアムに捕まり、廊下の隅まで連行された。

 なにこれ? ひょっとして告白?

 まさしくビンゴで、ミリアムは深刻な顔で告白してきた。


「……私、このパーティーから抜けるわ」

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