第49話「それじゃ、私からのお願い」
「んー、楽しかったね。お兄ちゃん」
昼食をとった後、適当にアウトレットを回った俺たち。
これといって目的はなかったが、涼奈の言う通り、十分に楽しい時間を過ごすことができた。
ただ、一つ気がかりなのは。
「けど、よかったのか? やり直しが、こんな感じで」
前回、一緒に水族館へ行ったとき。俺は、涼奈にひどいことをしてしまった。
その償いってわけじゃないけど、今日は涼奈の望むことをなんでもしてやろうと思っていた。楽しかったとはいえ、そういう一面もあった一日だったからこそ、もっと涼奈もやりたいことを言ってくれてもなと思わなくもなかった。
「うん。私はすごく楽しかったし、それに──」
「それに?」
「お兄ちゃんとは、これからいつでもデートできるから。別に、今日が特別じゃなくてもいいかなって」
「……ははっ。そっか」
涼奈は、俺のことを好きだと言っていた。
その思いに、俺が答えてやれるか。それとこれとはまた、話が別だが。
「まあ、俺も楽しかったから。こういう一日なら、今後も大歓迎だ」
涼奈と過ごす一日ってのも、まあ、悪くはない。
さて、あとは家に帰るだけ。そう思いつつ、駅へと向かおうとすると。
「……けど、お兄ちゃんがそういうなら。最後に一つ、お願いをしてもいい?」
と、言い出した。
「お願い? それはもちろん、俺ができる範囲でのことなら」
ここに来てのお願い。一体何だろうか。
時刻はすでに十八時を回ったところ。今から行けるところも、出来ることも限られている。
疑問に思いつつ、涼奈の方を見てみると。
「うん。それじゃ、私からのお願い」
真剣な表情で、こちらを見つめていた。
やがて──。
「杏子さんのところに、行って欲しいの」
「……え? 中野のところに?」
と、口にした。
「杏子さんが部活に来ていないのは、お兄ちゃんも知ってるよね?」
「ああ、それはもちろん。お昼だって、一緒に食べなくなったしな」
「それって、どうしてか。お兄ちゃん、理由はわかる?」
「理由……」
訳もなく休むやつじゃないとは思っている。
だから、何か部活に来られない、あるいは来たくない理由があるのは間違いない。
ただ、その理由とやらについては、俺は全く心当たりがなかった。
最後に中野と顔を合わせたのは、確かあの尋問を受けた翌日だったと思う。
あの日は、特に何事もなかったはず。普通に部活動をして、いつも通り解散した。
……いや、そういえば。
確かあの日は、涼奈と中野が、二人で一緒にどこかへ行くとかで、ひとりで家まで帰ったんだっけ。
その翌日から、中野の様子がおかしくなった……。
こんな質問をしてくるくらいだ、もしかして涼奈は。
「涼奈は、理由を知ってるのか?」
「うん、知ってるよ。どうして杏子さんが部活動に来なくなっちゃったのか」
「ちなみに、それを教えてもらうわけには……」
「ごめん。お兄ちゃんのお願いでも、これは教えられない。けど、このままじゃ駄目だって思うから……だからお願い。今から、杏子さんのところに向かってほしいの」
涼奈の顔は、かなり真剣なものだった。
決して、適当なことを言ってるわけじゃない。そう、言っているようだ。
「……杏子さんと、ちゃんと話をして欲しいの。土曜日のことだって言えば、きっとわかってくれると思うから」
土曜日のことって……まさか、涼奈。
「涼奈、お前あのことを中野に……」
「……ごめんお兄ちゃん。これ以上は」
この間、俺がうっかり口にしてしまった、中野との出来事。
涼奈の口から「土曜日のこと」という話が出た以上、それも絶対に、何か関係があるはずだ。
その話を経て、涼奈と中野が、二人で会って話をして……。どんな会話を交わしたのか、想像が全くつかないが。
「……わかった。中野のことを心配してるのは、俺も同じだから」
会って、中野に何を話せばいいのか。
そもそも、そんな状態で、中野は俺と話をしてくれるのか。
分からない、わからないけど……。
どうも、話のもとをたどれば、原因は俺にもあるみたいだ。
なら……このままにするわけにも、いかないだろう。
そうして俺は、涼奈を一旦家まで送った後に。
「──もしもし、中野か?」
『……やあ、涼太郎。どうしたんだい?』
「お前のことが心配でな」
『ああ、それなら心配は……』
「今、お前の家の近くまで来てるんだ。土曜日のことで、少しだけ俺と話をする時間をくれないか?」
◆
部屋に戻った私は、一人でずっと悩んでいた。
自分の言ったことが、本当に正しかったのか。分からなかったから。
杏子さんは、お兄ちゃんに自分の好意を知られたくないと言ってた。
なのに、お兄ちゃんに告白したって聞いて……それで、いてもたってもいられなくて、杏子さんにそのことを尋ねて。
でも、杏子さんの様子がなんだかおかしくて、まるで"告白した覚えがない"みたいな反応を見せて……。
それから、杏子さんは部活に顔を出さなくなってしまった。
何か、決定的なズレが、私たちの中にあると思う。
それはきっと、もうお兄ちゃんと杏子さん、二人で話さなきゃ、修正できないような気がして……。
それが本当に正しいのか分からないけど、少なくとも私はそう思ったから。
だから、お兄ちゃんに最後、あんなお願いをして。
もしかしたら、この後二人が話し合った結果、うまく行ってしまうかもしれない。
どんなことを話すのか、それはもう、私には分からないけど……。
杏子さんとお兄ちゃんが結ばれるのは嫌だ。
けど、杏子さんのことは、好き。
お兄ちゃんに好意を抱いていると知ってからも、嫌いにはなれなかった。
だから、今のままっていうのも、それと同じくらい嫌で……。
結局、最後はお兄ちゃんが杏子さんのことをどう思っているのか。
それに、委ねるみたいな形になってしまった。
「……ごめんなさい、杏子さん」
けど、私だって何もせずに送り出すわけにはいかないから。
少しでもお兄ちゃんが、私のことを意識してくれるように……わざと、デートの後に向かうよう、お願いしたんだ。
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