第5話「お弁当は、毎朝用意される感じ」


「あれ、涼太郎。今日もお弁当?」


 昼休み。いつもの場所へ行き、中野と共に昼食を取る。

 昨日同様、涼奈のお弁当を開くと、案の定ツッコミが入った。


「ああ、そうだ。今日も用意してくれてたから、有難くいただくとするよ」


 卵焼きを一口。うん、美味い。


「……それにしても、今日も豪華だね」

「そうだなぁ。これで朝ご飯と晩御飯まで用意してもらってるんだから、本当に感謝しかないっていうか……」


 三食、ここまできっちり用意するのは、なかなかに手間のかかることだろう。

 すっかり、用意されるのが当たり前のようになっていたが……たまにはちゃんと、お礼を言わなきゃいけないな。

 と、そんなことをぼんやり考えていると。


「へえ……少し気になるかも」


 と、中野が言葉を口にした。


「気になる? 弁当の中身が?」

「いや、それもあるけど……涼太郎の妹についての方が、興味の対象としては上かな」

「ほう」

「涼太郎の話を聞いてたらさ、兄妹仲は随分冷え切った感じだったよね?」

「それも間違いではないけどな。現に、会話らしい会話もしてないし」

「けど、朝と晩、きちんとご飯を用意してくれるし、お昼ご飯まで、こんなに手の込んだ料理を準備してくれる。……果たして、その真意やいかに、って」

「そこなんだよなぁ。俺も、てっきり涼奈には嫌われていると思ってたからさ。飯だって、作ってもらうのが当たり前みたいに思ってたけど、普通、三食も用意するのは大変だよなぁ」

「そうだね。自分にとってメリットが無ければ、決してやろうとは思わないと思うよ」


 メリットかぁ。涼奈にとって、俺に三食食事を用意するメリット……あ、分かったぞ。


「そうか。涼奈は料理の練習をしたかったんだな」


 確かに、料理スキルを上げることは、決して無駄にはならない。

 いずれ、自分の好きな相手に料理を振舞う機会だってあるだろう。

 そのために、腕を磨く。このお弁当も、その一環かもしれない。


「……とすると。これは実験か何かなのか……? 涼奈には弁当をこしらえたくなるほど好きな相手がいて、その練習として俺に……」


 そう考えると、辻褄が合うような気もしてきた。

 涼奈も学校に通い始めて二か月。そろそろ、そういう相手が出来ても不思議ではないだろう。

 と、我ながら名推理だなと思っていると、中野は「はぁ……」とため息をつき。


「ま、涼太郎がそう思うなら、そうなんじゃないかな?」


 と、呆れながらに口にした。


「中野は、そうじゃないと思うのか?」

「さあ、どうでしょうね。このお弁当には無限の可能性があると思うよ。もちろん、涼太郎の考えが正解の可能性だって、ね」


 難しいことを言うな。

 俺には、それ以外の理由は思いつかないんだが……。



 帰宅後、リビングへと向かうと、涼奈がいつも通り晩御飯の準備をしていた。

 そんな涼奈の姿を見て、ふとお昼のことを思い出す。

 そういえば、涼奈にお礼を言おうと思ってたんだよな。弁当を作ってくれて二日目。日頃の感謝も、できればこの場で言っておきたい。


「涼奈、ちょっといいか?」


 俺が声をかけると、リズムを刻むように動かしていた手が、ぴたっと止まった。

 そして、こちらを振り返ることは無く。


「……なに?」


 と、返事をしてくれる。とりあえず、会話は成立しそうだ。


「その、弁当のことなんだけど、ありがとうな。昨日も、それから今日も」


 一安心し、まずは弁当のお礼をする。


「別に……自分の分も作ってるから、そのついでだし」

「それでも、だ。ごちそうさま」


 そう言うと、涼奈は小さく。


「……どういたしまして」


 お礼を素直に受け取ってくれた。

 良かった良かった。

 ……それにしても、こうして涼奈と話をするなんて、久しぶりだな。

 今なら、ちゃんと話を聞いてくれそうだし……これを機に、涼奈と少しコミュニケーションを取ってみようかな。

 話題、話題……そうだ。


「涼奈はさ、もしかして好きな男でもいるのか?」

「……え!?」


 俺からの質問に、やけに驚いた返事をする涼奈。

 この反応……ひょっとして、ビンゴか?


「いや、この弁当、かなり手の込んだものだったからさわざわざ手間をかけて準備するなんて、てっきりそうなのかと思って」


 そう言うと、涼奈は何やら慌てた様子で。


「……ま、まさかバレて……けど、そんなウソ……」


 ぶつぶつと独り言を口にしている。何を言っているのかは分からないが、図星をつかれて慌てているといったところだろうか?

 ──よし、それなら。ここは兄として、しっかり弁当の感想を言ってやらないとな。


「弁当、本当に美味しかったよ。これなら、きっと涼奈の好きな男の子も、喜んでくれるだろうな!」


 と、俺は応援も込めて、そう言ったんだが……


「…………は?」


 スッと独り言が止まったかと思うと、ずいぶんと低い声色で、そう一言返してきた。

 ……え、何か俺、マズいことでも言ったか?


「す、涼奈? すまん、もしかして触れられて欲しくない話だったか? そりゃそうだよな、クラスメイトか誰かは知らんが、そういう話はあんまりして欲しくないよな」

「……」

「け、けど安心していいぞ。俺なら、幾らでも練習台になるから。ほら、弁当の感想だって、聞かれればちゃんと答えるし……」

「……お兄ちゃんは、私に好きな人がいると思ってるんだよね?」

「え? ああ、そうだな」

「それで、その人に弁当を作るために、私がお兄ちゃんを練習台にしていると、そう思っていると?」

「……ち、違うのか? それ以外、思いつかなかったんだが……」


 すると涼奈は、ぶるぶると身体を震わせながら。


「……ちゃんの」

「へ?」

「おにいちゃんの、ばか!」


 と、怒鳴ってキッチンを後にし、ものすごい勢いでドアを閉めたかと思えば、どたどたと階段を登って行ってしまった。


 ……え、何で俺、怒られたんだ!?

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