第4話「最悪のタイミング、だけど……」

『涼太郎。昨日は突然、あんなことを言ってごめんね。

 でも、このことはいつか貴方と涼奈、二人には言わなきゃと思っていました。

 私はもう少し成長してからでもと思っていたけど、結局、いつが正解なんて分からないものね。

 だから、昨日二人に事実を伝えたこと。後悔はしていません。

 一つだけ後悔があるとすれば、もう少し貴方たち二人の元にいてあげたかったわ。また、すぐに日本に戻ってくるから、もう少し待ってて頂戴ね。

 

 ──最後に一つだけ。

 涼奈のこと、支えてあげて。

 後は頼んだわよ。お兄ちゃん』


 学校終わり、母親から届いたメッセージに目を通しながら帰宅する。

 支えてあげて、か。なかなか難易度の高いミッションを課してくれるな。

 もちろん、たとえ血が繋がっていなくとも、涼奈は俺の妹だ。それに変わりは無い。

 ただ、距離を置いていた時間が長すぎたせいで、涼奈に対してどう接すれば良いのか。それがいまいち分からないというのも事実。

 とりあえず、家に戻ってゆっくり考えるとするか。


「ただいま」


 涼奈からの返事は無い。いつも通りだ。

 ただ、涼奈の靴は下駄箱で確認済み。恐らくは部屋に戻っているのだろう。リビングにも、姿は見えない。 

 いつものパターンであれば、食卓に涼奈お手製の晩御飯が置いてあるはずだ。

 ただ、それに手をつけるのはあと。まずは、シャワーで汗を流して……。

 

 ……。

 …………。


「──あっ」


 脱衣所のドアを開けると、風呂上がりの妹と遭遇してしまった。

 かろうじてタオルのおかげで大事な部分は隠されていたものの、一糸纏わぬ姿であることに変わりはなく。一瞬の出来事とはいえ、思いっきり妹の裸を拝んでしまったわけだ。

 手に掴んだままのドアノブを引っ張り、そのまま脱衣所の扉を閉める。


「……終わった」


 ……いやいや、何で鍵を閉めてないの!?

 基本的に我が家では、誰かが脱衣所を利用するときは鍵を閉めるのがルールとなっている。家族とはいえ、涼奈も俺も高校生。流石に、その辺りは気を使って当然だろう。

 だが、今は何故か鍵が掛かっていなかった。

 更に、涼奈はてっきり部屋にいるものだと思っていたから、まさか脱衣所で鉢合わせるなんて……それも、こんな状況で。


「……どうする、謝ったほうがいいのか? それとも、何食わぬ顔をしてやり過ごしたほうがいいのか」


 全国の妹がいるお兄ちゃんに尋ねたい。

 妹の裸を見てしまった場合の、正しい対処法はどれですか!?


 結局、どうすればいいのかわからないままでいると、着替えを終えた妹が脱衣所から姿を現した。

 顔が赤い。分かってはいたことだが、その火照り具合を見るに、ついさっきまでお風呂へ入っていたのだろう。


「す、すまん。まさかいると思わなかった」


 結局、俺は謝罪することに決めた。というより、反射的に言葉が口から漏れていた。

 よく考えれば、ノックを怠った俺の責任もある。人間だ、そりゃ鍵をかけ忘れることだってあるだろう。

 だから、ここで悪いのは俺だ。

 すると、俺の話を聞くため立ち止まっていた涼奈は、何を言うことも無く、早歩きでその場を去ってしまった。結局、謝罪が受け入れられたのかは分からない。


「……最悪のタイミングだなぁ」


 昨日の今日で、こんな事件が起こるなんて。

 これじゃ、涼奈を支えるどころじゃない。きっと、今日の一件で、また涼奈との距離が出来てしまったことだろう。

 すまん、母よ。あなたとの約束、守れそうにありません。

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